『声優ラジオのウラオモテ』

TVアニメ第9話に関連した過去の特典SSを期間限定復刻!!

 

※小説第3巻刊行当時に購入特典として配布されたものです

※公開期間:~2024年6月26日(水)23:59まで

 

『パンケーキを食べる』

「……渡辺。まだ決まんないの?」
「も、もうちょっと待って頂戴」


 千佳の返事にため息を吐きつつ、水を口に運んだ。からん、と氷が音を立てる。
 周りはガヤガヤと騒がしく、クリスマスイブらしくカップルの姿も見受けられる。とはいえ、やはりメインは女子で、多くのテーブルで楽しそうに談笑していた。
 しかしここ、由美子と千佳のテーブルは実に静かだ。
 と、いうのも千佳の注文が決まらないのである。彼女念願のパンケーキ専門店に連れてきたのはいいものの、メニューに釘付けになったまま動かない。
 どれにしよう、と一生懸命選んでいる姿は子供のようだ。最初は微笑ましく見ていたが、さすがにうんざりしてきた。窓の外のイルミネーションもすっかり見飽きている。


「……ていうか、渡辺。どんだけ悩むのよ。そんなにメニュー多くないでしょ」


 由美子の言葉に、千佳はバッと顔を上げる。真剣な表情でメニューに指を突き立てた。


「――初めてのパンケーキを、わたしは失敗したくない。食べてる最中に『あぁあっちにしておけばよかったかな』なんて思いたくない。これは、絶対に成功させなきゃいけないのよ」
「テンションがライブ前と変わんないんだよな」


 気持ちはわかるけれど、さすがに入れ込みすぎだ。
 このままだと決まらないだろうし、由美子はメニューを指で叩いた。


「じゃあせめて、二択に絞りな。で、片っぽはあたしが注文するから。それ半分こにすれば、とりあえず二種類は食べられるでしょ」


 由美子がそう提案すると、千佳の表情が驚きに染まる。「そんな裏技が……?」とでも言いたげに目をキラキラとさせた。けれど、それがすぐに不安げなものに変わる。


「……そうしてくれるのは嬉しいけど。あなたやけに親切ね」


 ……まぁ。自分でもそう思う。それには答えず、由美子はちらりと隣の席を見た。そこには自分の鞄と、小ぶりの手提げ袋がある。彼女が貸してくれたブルーレイだ。


「あなたが優しいと、何か企んでそうで怖いのよね」


 こいつは……。なんとまぁ可愛げのない……。

「すみません。キャラメルバナナをお願いします。飲み物はブレンドで」
「ストロベリー&ホイップで。飲み物はホットココアをお願いします。あ、あとトッピング追加でホイップクリームを!」


 えっ、と声が出そうになった。しかし、止める間もなく店員さんは「かしこまりました」と笑顔で立ち去っていく。ほくほく顔の千佳に、そっと耳打ちした。

「……あんた、クリーム追加って大丈夫なの? 普通でもめっちゃ多いよ?」
「ふふん。わたし、甘いもの好きだから。たっぷりと欲しかったのよ」

 胸を張って言う。どうも甘く見ている気がする……。大丈夫だろうか……。
 そんな心配をよそに、パンケーキが到着した。ふわふわのパンケーキに、高く積み上げられたホイップクリーム。千佳のは追いホイップだから、巨大な山のようになっている。
 彼女は目を輝かせて、パクっと口に含んだ。瞬間、ふにゃっとした笑みで「んー……」と幸せそうな顔になる。……こういうところは、素直にかわいいんだけど。
 嬉しそうにパクパクと食べる千佳を見ながら、由美子も自分のを食べ進めた。
 しかし。


「…………………………………………………………佐藤。クリームあげる」
「いらん。だから言ったのに」


 肘をついてうなだれる千佳。皿にはクリームがこんもりと残っているが、完全に気持ち悪くなっている。普通の量でも結構くるのだ。今の千佳は、きっと見るのも嫌だろう。


「失敗した……、あんなに……、吟味、したのに……、せっかくの……、パンケーキ……」


 表情は見えないが、苦しげに彼女は呻く。声は地獄の底のように暗い。ここまで落ち込むのは、なかなかに珍しい。物凄い後悔が見える。……ふぅ、と由美子は軽く息を吐いた。


「……また連れてきてあげるから」
「うん……」


 弱々しい返事を聞きながら、由美子は仕方なくホイップクリームに手を伸ばした。