おやどうしたんですか日テレさん。最初のポストが消えてるじゃないですか。私保存してたんで再掲しておきますね。 でも、ちょっと他人事みたいな印象を受ける記述ですね。当時中学生だった私でさえ「マスコミって傍若無人なんだな」と衝撃を受けた事件ですので、詳細に代筆しておきますね。 <元ポストの記述> 報道関係者や警察、消防、海外の火山学者など多くの人が犠牲となりました。 <詳細な代筆> 普賢岳の噴火に際し、市は火砕流に対する避難勧告を出していましたが、マスコミ各社は「行政が大げさに言っているだけ」「勧告区域内に立ち入るのはジャーナリストとして当然の権利」「報道の自由を規制するな」などと無視し、取材を続けました。 91年6月3日に大火砕流が発生。報道関係者16人のほか、マスコミにチャーターされていたタクシー運転手4人、地元の消防団員12人、警察官2人を含む計43人が命を落とす大惨事となりました。 実は、犠牲になった消防団員の方たちも一度は退避していたのですが、一部のマスコミ関係者が無人の民家に不法侵入して電源を無断使用する事件があったため、監視のために戻っていたのでした。また警察官の方々も、普賢岳が危険な状態になったことを受け、マスコミを退避誘導させるために避難勧告地域に向かったのです。そしてタクシー運転手の方々も、マスコミによるチャーターであったため、独断で避難できなかったとみられています。 彼らは、マスコミ各社が市の退避勧告に従っていれば、犠牲になることはなかった方々です。「他社を出し抜き、迫力ある映像を撮りたい」との功名心が、何の落ち度もない住民の命を奪ったのです。結果として地域には「マスコミのせいで住民が犠牲になった」との感情が長きにわたって残ることとなりました。 なお、この事件から20年後となる2011年6月5日に開かれた「2011雲仙集会」において、当時の日本テレビ映像取材部長は「住民に『マスコミがいるから安全』との誤解を与え、消防団に『報道陣よりも後ろにいては地域の安全は守れない』と思わせたことなどが、犠牲者を増やす結果になった」と謝罪しました。 代筆は以上です。事件から30年以上経ち、もしかしたら日テレ内でも当時のことを詳しく知る人がいなくなっているのかもしれませんが、ぜひ皆さんには自らの驕傲が引き起こした惨事を反省し、犠牲になられた方々を悼んで頂きたいところです。
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日テレ【気象・防災】そらジロー
@ntvsorajiro
雲仙普賢岳大火砕流から33年 参列者が犠牲者に黙とう #日テレNEWSNNN news.ntv.co.jp/category/socie
Readers added context
1990~1995年の雲仙普賢岳噴火について、災害教訓の継承に関する専門調査会報告書がまとめられています。 同専門調査会では、取材者の安全確保や災害報道のあり方など多数に渡る課題が挙げられていることに留意が必要です。 報告書(1990-1995 雲仙普賢岳噴火) : 防災情報のページ - 内閣府 bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/… 報告書 第3章 危機管理、情報伝達及び報道 bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/…