風花雪月場面切抜短編   作:飛天無縫

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 ここで支援会話を挟むことにしました。
 支援会話『黒鷲と傭兵団』を見ていないとフラグが立たない(という設定)


捏造支援会話、壊刃と皇女B

 こうして彼と席を共にするのは何度目になるか。

 紅茶に口を付けながらエーデルガルトはちらりと対面を見る。

 

「どうかしたか?」

「いえ、今さらですが少し不思議に思いまして。ジェラルト殿とこうして何度もお話しすることになるとは、以前の私では考えもしなかったでしょうから」

「言われてみれば……そうだな、こうもまめにあんたと話すことになるとは俺も意外だよ」

 

 テーブルを挟んで座るジェラルトが小さく笑ってそう言う。

 場所は騎士団長室。ジェラルトに誘われたエーデルガルトが、彼と茶会の席に着いていた。

 以前、ジェラルトがエーデルガルトを誘って話をした最初の機会から、この部屋で談笑することは二人の恒例行事となっていたのだ。

 

 ベレトが教師としてきちんと働いていけるように、その補佐をエーデルガルトに頼み込み、言われるまでもないとジェラルトに快諾が返されてから随分経つが、その結果どうなったのか何も言わずじまいでは不義理だろうと考えた真面目な級長が報告に参ったのが始まりである。

 騎士団長も一人の父親らしく、頭まで下げてしっかり任せておいて自分から様子を見に行ったり聞いたりするのは躊躇われても、息子のことは気になって仕方ないようで、エーデルガルトの方から定期的に話しかけられるのが彼にとっては楽しみになっていた。

 

 ジェラルトの遠慮がちな態度など、アロイスですら知らないかもしれない。

 傭兵時代とは違い、ベレトを傍で見てやれない生活がこうも長く続くのはガルグ=マクに来てからが初めてで、まさか自分がこんなにも心配性だったとは知らなかったと肩を落とすジェラルトの姿は、エーデルガルトの胸を温めるものだった。

 

 さて、この場で二人が話すものと言えば当然、ベレトのことに決まっている。

 日々の授業で見るベレト。

 昔とは行動が違うベレト。

 持ち寄った話題で静かに盛り上がり、片や楽し気に話せば相手は熱心に聞き入り、片や気付いたことを指摘すれば相手も面白がって返す。

 歳が大きく離れた二人も、今では友人と言っていい距離感だった。

 

 そんな二人が持ち寄った話題は幾つもあるのだが、その一部を取り上げてみよう。

 

(せんせい)が今日の授業で取り上げた内容は衝撃でした』

『何か変わったことやったのか?』

『睡眠学習です。あんなことやったのは初めてで……』

『ああ、それか。確かに士官学校でやるにしちゃ異端だろうよ』

『流石ですね。言っただけでジェラルト殿は分かってしまいましたか』

 

 エーデルガルトが受けたベレトの授業についてである。

 

 睡眠学習。この言葉を聞いて『寝ている相手の耳に流し込んだ情報を夢の中で覚える』という、我々もよく知る都市伝説みたいなアレを思い浮かべるかもしれないが、ここで取り扱うのはそうではない。

 ベレトが教える睡眠学習とは文字通り睡眠についての勉強で、眠るということに関して彼が身を以て経験したものを伝える授業だ。

 たかが睡眠と侮るなかれ。人間の三大欲求にも含まれており、誰にとっても切っても切り離せないものなのだから。睡眠と上手く付き合えなければ人生の約三分の一を損なうとさえ言える。

 これもまた、ベレトが考える基礎的な力の一つだ。

 

 寝床の確保。寝る時の姿勢の差。即席の寝具の調達法。その他諸々。

 もちろんベレトの授業なのだから知識だけに終わらず実践も抜かりない。

 床で寝る。椅子に座って寝る。外の芝生で寝る。それ以外にもあちらこちらで。

 課題の遠征で野営する時にも唐突に短めの授業が始まることもあった。

 

 最初は困惑と不満に溢れていた黒鷲の学級(アドラークラッセ)も、教えられる中で徐々にその有用性を認めるようになり、これもベレト特有の傭兵らしい指導として受け入れられている。

 今では週に一度行われる睡眠学習。意外と好評なのだ。

 

 ちなみに、読者諸氏には言うまでもないことかもしれないが、この授業で最も優秀な成績を収めているのはリンハルトである。それはそれは抜群の成績(特に寝付きの早さ)を叩き出した。

 

『こないだ食堂でベレトを見かけたんだが、あいつ生徒にデザートを分けてたんだ』

『私も何度かそういう師を見てますが、特別なことでしたか?』

『あいつ、よく食うだろ』

『ええ、あの細身で信じられないほどたくさん食べますね』

『無表情なくせに食い意地の張ってる奴だったんだが、ああやって飯を分ける姿は俺にとっちゃ意外なんだぜ』

 

 ジェラルトが話すのはベレトの食への姿勢が変わったことだった。

 

 傭兵にとって食事とは、普通の平民以上に大切な要素である。

 何せ仕事は生死がかかっているのだ。体が資本なこともあり、食べる時にしっかり食べなければ誇張抜きで命に係わる。自分の身は自分で守る戦士の彼らは、手にした食料は基本的に自分の腹に納めてしまうものだ。そうして食べたものが体を作り、明日を生きる糧となるのだから。

 特にベレトの場合、あの細い体のどこへそんなに入るのかと驚くほど彼はよく食べる(いやほんとにマジでどうなってんのあいつの腹)のだし、その強さに繋がっているのかもしれない。

 

 このフォドラの地には飢える者も少なくない。ジェラルト傭兵団とて常に食い扶持を稼げていたわけではなく、素寒貧な状態だったこともある。

 そういう時でもベレトは相変わらずの無表情で不満を口にしたことは一度もなかったが……本人の口から出ずとも腹の音は鳴り止まず、いざ食事にありつけた時には凄まじい勢いで食べ尽くしたものだ。

 

 そんなベレトが、生徒相手とは言え、一度自分の皿に乗った食べ物を他人に分け与えるということがジェラルトには驚きだったのだ。

 食を誰かと分け合うことを教えてなかったと今さら気付いて反省したし、その大切なことを教わるでもなく自然と動いてみせた息子の姿が嬉しかった。

 

 こんな調子で、定期的に合う二人は仲良く談笑していた。

 立場が大きく離れていても、切欠があれば人はこうして仲良く交流できるのだ。

 

 そこ。共通のネタで盛り上がるオタク仲間とか言っちゃいけません。フォドラにはその手の概念はない。まだ。

 

 そうして今日も報告会という名の談義を始め、師が、ベレトが、と熱心に語り合う中で、不意にジェラルトが言葉を切った。

 雰囲気の変化を察したエーデルガルトも口を止め、目線だけで問うと、意を決したようにジェラルトは顔を向けてくる。

 

「ありがとうな、エーデルガルト」

「いえ、この対話は私としても望ましいものですから」

「そうじゃなくて……まあ、なんだ、約束通りベレトを見ていてくれてよ」

 

 カップを置いて行儀悪く頭をガリガリ掻きながらジェラルトは視線を落とした。

 

「最近よく考えるんだ。そろそろあいつも独り立ちする頃合いなんじゃないかって」

「それは……ジェラルト殿の下から、という意味ですか」

「ああ。今まで聞いてきて、ベレトもちゃんと教師として生徒を指導してるのはもう分かった。誰かを守る側を立派に努めてるあいつを、俺もいいかげん認めて、離れる時期が来たんだろうさ」

 

 しみじみと語るジェラルトはどこか寂し気だが、それを上回る誇らしさが口調から滲んでいた。

 ベレトの成長が嬉しくて仕方ない。親として見守るだけでなく、彼を信じて手を放す時がやってきたのだと。

 

 これまでの対談でジェラルトが意外と子煩悩な父親だと知ったエーデルガルトは、彼がどれほどの決意を込めてこの言葉を口にしたのかを察し、敬意を抱く。

 

「ジェラルト殿にそこまで認められれば、師もきっと喜びますよ。彼にとって、貴方は一番の目標である人なのですから」

「そう思うか?」

「ええ。私は自分の子供を送り出す親の気持ちをきちんと理解できるわけではありませんが、ジェラルト殿がどれだけ考えてその結論を出したか、想像するくらいはできます。師も、貴方の気持ちを考えられない人ではありません」

 

 エーデルガルトの後押しを聞いてジェラルトは再び頭を掻く。

 彼のことだ。自分のことより、ベレトがそういう機微を察する人間に成長したと太鼓判を押されたことが嬉しいのだろう。

 

 自分以上に近くでベレトをよく見ているエーデルガルトからの言葉で、ジェラルトも安心できたのか、息子の将来を素直に応援できるようだ。

 自然とベレトの今後について話は移る。

 

「あいつの将来について俺はそんなに心配してないんだぜ。エーデルガルト、あんたベレトを帝国に誘いたいんだってな?」

「っ……誰から聞いたのですか」

「前にレンバス達が言ってたぞ。お嬢がレト坊に目をかけてて一緒にいたいんだろうなってよ」

 

 傭兵は口が固いのではなかったのか! ジェラルト傭兵団の陽気な面々を思い出してエーデルガルトは眉をしかめる。彼らを相手に安易に話し過ぎただろうか。

 というか、ベレト本人以外には勧誘のことをそこまではっきり言った覚えはないのだが……少なくともヒューベルトが話を漏らすなんて不手際をするはずがない。そんなにも自分の態度は分かりやすかったのか?

 

「嬉しいことじゃねえか。あんたほどの人にベレトがそこまで評価されるのは、俺にとっても自慢だよ」

「恐れ入ります……」

「ただ、競争は激しそうだな」

「はい?」

「同じ話を王国の王子や、同盟の次期盟主だとかいう小僧からも聞いてるぜ? 大層な人気者じゃねえか、うちの息子は」

 

 にやにやと笑みを浮かべてジェラルトはからかうように言ってくる。

 その顔からは、ベレトの行先を案じる気配はうかがえない。

 

「ジェラルト殿は、師が大修道院を離れることになってもよいのですか?」

 

 セイロス騎士団の団長である彼が、レアに雇われて士官学校の教師になったベレトの将来的な候補に、何も不満がないのだろうか。

 エーデルガルトも、ついでにディミトリもクロードも、ベレトを誘いたいという熱意は本物だ。帝国か。王国か。同盟か。ベレトが離れてしまえばセイロス教団の所属からも離れることを意味するのに。

 

「独り立ちするってのに、わざわざ俺と同じ職場に拘る必要もあるめえよ。あいつが決めた場所なら何だっていいし、それに……あんた達の所なら心配ないしな」

 

 そう言うジェラルトは本当に心配してないらしく、その笑みに陰りは見えない。

 

「ありがてえことに、俺には昔から慕ってくれる奴らがけっこういてな。昔はアロイスみたいな部下がいたし、傭兵をやってる時も団員達がいた。支えてくれる仲間ってのは得難い貴重な存在だ」

 

 かつてセイロス騎士団に在籍していた時から、ジェラルトはその腕前と、ぶっきらぼうに見えつつ面倒見の良い人柄もあって周囲から慕われていた。従者として雇ったアロイスを筆頭に、新兵から古参まで騎士団の連中が支えてくれていた。

 もちろん大修道院の人々も同じようにジェラルトを助けてくれた。命の恩人であるレアも気にかけてくれたし、子供から大人まで多くの人と交流したものである。

 

 ガルグ=マクを去り、それまで支えてくれた仲間もいない中、ベレトを守りながら裸一貫で傭兵として活動することになった時は苦労した。弱音を吐いていられないとは言え、赤ん坊を抱えて戦わなくてはいけないのはとてつもない負担だった。

 そんな時に縁を持った端から気にかけてくれた者が集まり、徐々に一つにまとまっていき、いつしかジェラルト傭兵団という仲間ができて自分を支えてくれた。

 

 自分を支え、守ってくれる人がいる心強さをジェラルトはよく知っているのだ。

 

「それと同じように、ベレトにも慕ってくれる生徒達がいる。もしあいつの身に何かがあっても、守ってくれる誰かがいる。俺はそれが嬉しい」

「……気弱なことを仰らないでください。仮に独り立ちしたとしても、師にとっては父親である貴方が一番の味方なのは変わりません」

 

 満足気に言うジェラルトだが、エーデルガルトは待ったをかける。

 

 ベレトが大修道院を出ることになったとしても、ジェラルトとの繋がりが消えることはありえない。この二人の絆の強さはエーデルガルトだけでなく、他の生徒にも知れ渡っていよう。

 それくらいジェラルトとて分かっているはずだ。何故そんな弱気な物言いを──

 

「なあエーデルガルト、親ってのはいつまでも子供を守ってやれるもんじゃねえ」

「……」

「俺はもう随分長く生きた。傭兵なんていう早死にしそうな仕事をしててもここまで生き延びられたのは、力もあるが運が良かったのもある」

「運も実力の内、という言葉もありますが」

「そうだな。だが幸運がいつまでも続くことはない。だから俺が生きている内にあいつがしっかりやっていけるようになってもらいたかったのさ」

 

 働く場が少し離れただけでこれだからな──参ったというように両手を上げて笑うジェラルトは無理をしているようには見えない。ベレトを案ずる気持ちを自覚しつつも、自分以外の誰かがそれを補ってくれるのだと知って安心できたから。

 

「だからよエーデルガルト、もう一度言わせてくれ。ありがとうな」

「……過分なお言葉です。私一人で師を支えているわけではありません」

 

 ジェラルトの言葉は光栄に思うが、エーデルガルトとしてはそれを自分だけが受け取るわけにはいかなかった。

 黒鷲の学級の生徒を始めとして、士官学校の生徒の多くがベレトを慕っていることを知っているのだから。

 

 ディミトリもクロードも、学級が違うというのに随分とベレトを気に入ったものである。早朝の訓練だったり放課後の交流だったりで積極的に絡みに来たり、ベレトの方からもそれに応えて付き合い、何なら迎えに行ったりしたこともある。

 鷲獅子戦が終わり、赤狼の節に入って教師の交代制が始まってからはベレトはより多くの生徒の面倒を見るようになり(今までベレトと一緒にいる時間を他人より多く取っている自覚があるエーデルガルトが、最近になってまた彼との時間を減らされて少なからず不満に思っているのは……まあ、その、置いとくとして)、関わる生徒達が彼を慕う様子はあちこちで目にしている。

 

 ベレトがどうするか、どんな道を選ぶかは彼自身が決めることだ。

 師には帝国に来てほしい、私を選んでほしい──エーデルガルトはずっとそう思ってきたし、気に入ってもらえるように努めてきた。

 もちろん媚を売るみたいなはしたない振る舞いはしてない。皇女たるこの身はそんな安っぽい真似は相応しくないし、ベレトの目にも好ましく映らないことくらいは分かる。毅然とした、これが自分なのだと胸を張れる姿を見せてきたと自負している。

 そのおかげもあって、彼の指導を受けている時、彼と向かい合って食事している時、彼と肩を並べて歩いている時、胸に温かな気持ちが湧かなかったことはない。

 だがそれはエーデルガルトにとっての話で、ベレトの方はどうだろうか?

 常より志高く在ろうと努力しているが、自分の道を彼に認めてもらえるか……今では少し、自信がない。

 

 加えて、日が経つにつれて見えてくるベレトと教団の繋がり。大司教が一介の傭兵に寄せる期待にしては、レアの視線は強すぎる。ベレトがセイロス教団と、レアと何かしら特別な縁があるとすれば、彼の将来はすでに決まっているようなものなのかもしれない。

 そして何より、エーデルガルトが秘める野望と動き出している計画からして、まともな思考の持ち主ならとても賛同できるものではない。

 

 ──きっと私と(せんせい)の道が重なることはないわ。士官学校にいる今は人生の中で少しだけ交差した一時だけのもの。離れてしまえば繋がりは切れて、いずれ再会する時は、恐らく敵として──

 

 そう考えていたエーデルガルトに向けてジェラルトが放った言葉は、幸か不幸か、未来を変える契機ともなった一声だった。

 

「個人的にはよ、あんたのところから仕事をもらえると安心なんだがな」

「……え?」

「こうしてあんたの人となりを知れて、ベレトとも仲良くしてもらってることがちゃんと分かってるからな。あいつもあんたと気心が知れてるし、俺はいいと思うぜ。未来の皇帝エーデルガルトお抱えの傭兵、なんて言やあ箔が付くってものじゃねえか」

 

 この時の言葉がエーデルガルトにとってどれほど後押しになったか、ジェラルトは知る由もないだろう。当然だ。彼女が近い将来にどんな事件を起こそうとしているのか知らないのだから。

 それでも、今の発言があったからこそ、少し考え直したのは確かである。

 

 ジェラルトとしては上機嫌ついでに何気なく口にしただけだろう。エーデルガルトを選ぶかもしれないベレトの進路、その可能性を一つ取り上げてみただけ。

 しかし間違いなく、この会話が与えた影響は大きかったのだ。

 

「まあ息子の勤め先について父親がああだこうだ口出しするのは野暮かね。そう考えると、逆に俺の方が子離れできてないってことか? はははっ……自分で言っといて何だが、これじゃあ否定できねえな」

 

 そうやってうそぶきながらも嬉しそうに、むしろ誇らしそうに言うジェラルトを見て、エーデルガルトは感謝する。貴方のような人が師の父親でよかった、と。

 

 同時にこうも思う。

 ベレトの道がどうであれ、ジェラルトと話して得た思いに背くことはすまい、と。

 進んだ道の先に何が待っていても胸を張れる自分でいようと、改めて心に誓った。




 思いついてからそこそこ(?)順調に書けて、久しぶりに調子良かったです。他も同じように書ければいいのになあと思います。安定した筆力が欲しい。
 この二人の支援会話はここまでです。すっかり仲良しになりましたね。

作者の活動報告に載せた後書き

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