807 クマさん、フローラ様に会いに行く
馬車は、わたしが知っているところで止まる。
いつも通る門から少し離れた場所だ。
わたしとエレローラさんは馬車から降りるとフローラ様の部屋に向かう通路を歩き出す。
ここからなら、一人でもフローラ様のところに行けるので、仕事に行かずに隣を歩くエレローラさんに尋ねる。
「エレローラさん、仕事はいいの?」
わたしの言葉に驚いた表情をする。
「今、ユナちゃんを案内する仕事をしているでしょう」
わたしが思っていた言葉が返ってきた。
いくら言ってもダメだと思い、諦める。
「国王様に叱れても、わたしのせいにしないでくださいね」
あとで仕事をさぼった理由にされても困る。
「ふふ、心配してくれてありがとう」
エレローラさんの心配をしたんじゃなくて、わたしの心配をしたんだけど。
まあ、国王に文句を言われたら、わたしはちゃんと仕事の確認したことを言うつもりだ。
わたしたちは行き慣れた道を進む。
逸れ違う人は、エレローラさんに向けて頭を下げる。
こういうところを見ると、エレローラさんは偉い人なんだなと改めて思う。
フローラ様の部屋の前ににやってくると、エレローラさんはドアをノックすると、返事を待たずにドアを開ける。
相変わらずだ。
ドアが開くと、フローラ様のお世話をしているアンジュさんの驚いた声が聞こえてくる。
「エ、エレローラ様!?」
「お邪魔するわね」
エレローラさんはそう言うと部屋の中に入っていく。
わたしもドアの前に立っているわけにはいかないので、エレローラさんと一緒に部屋の中に入る。
「ユナさんも」
アンジュさんは、わたしを見て驚くが、すぐにいつもの表情に戻る。
「フローラ様、ユナさんが来てくださいましたよ」
「くまさん?」
フローラ様は椅子に座って本を読んでいた。
わたしに目を向けると笑顔になり、持っていた本を置き、わたしのところにやってくる。
「フローラ様、元気にしていましたか?」
「うん」
満面の笑みをする。
わたしはフローラ様の頭を撫でる。
王族の頭を撫でて、不敬罪にならないよね? と考えても今更だ。
フローラ様も嬉しそうなので、気にしないでおく。
「フローラ様、本を読んでいたのですか?」
「うん!」
「ふふ、ユナちゃんの絵本のおかげで、他の本にも興味を持って、いろいろな本を読んでいるのよ」
わたしの絵本のおかげと言われると、少し嬉しい。
「フローラ様、偉いですね」
わたしが褒めると、フローラ様は嬉しそうにする。
「くまさん、あたらしい、えほんある?」
「ごめん。新しい絵本はないの」
わたしの言葉に、少し残念そうな表情になる。
描いてくればよかったかな。
お城に来る予定はなかったし、最近、忙しかったし、絵本のネタも考えていない。
「フローラ様、無理を言ってはダメですよ」
「……うん」
フローラ様はエレローラさんの言葉に頷く。
わたしが読んだ漫画や小説の王族だったら、「描いてこい」と言ったり、泣きじゃくったり、我が儘を言う王族が多い。
でも、フローラ様は教育がしっかりしているのか、我が儘を言ったりしない。
わたしはフローラ様になにかできないか、少し考える。
「……そうだ。フローラ様の絵を描きましょうか?」
「わたしのえ?」
せっかく、マーネさんからコカトリスの羽ペンを貰った。
「くまさんがかくの?」
「少し、時間がかかるけど、大丈夫ですか?」
「うん、だいじょうぶ」
フローラ様に笑顔が戻る。
わたしたちは絵を描く準備をする。
ずっと、立ってもらうのは疲れるし、王女を床に座らせるわけにもいかないので、椅子に座ってもらうことにする。
紙とイーゼルはアンジュさんが、どこからともなく用意してくれた。
「フローラ様、椅子に座ってください」
フローラ様は椅子にちょこんと座る。
「これでいい?」
「そのまま、少しだけジッとしていてくださいね」
フローラ様は言われたとおりに、ジッとして、わたしを見る。
もしかして、絵を描かれる経験をしているのかもしれない。
あの国王様なら、可愛い娘の絵を描いていてもおかしくはない。
わたしはコカトリスの羽ペンを持ち、フローラ様を描き始める。
まずは、黒色で輪郭を描いていく。
久しぶりの人物画だけど、和の国でサクラたちを描いたので慣れたものだ。
流石にべた塗りはできないので、線のみ。
髪の色は薄ピンク。
赤い色を調整すると薄ピンクになることを見つけた。
魔力を微調整しながら、描いていく。これが意外と難しい。でも、慣れていくると微妙な色合いも作れる。
髪飾りは緑、服は白と緑を基調とした感じ。
ぶらぶらと動く靴も緑。
「くまさん、まだ?」
「もう少しですよ」
徐々に、ジッとしていられなくなってきたのか、体が動き始める。
まあ、ほとんど描き終えているので、動いていても問題はない。
そして、絵は完成する。
「できましたよ」
わたしはイーゼルの向きを変え、フローラ様に見えるようにする。
「わたしだ~」
キャンバスには笑顔で、こちらを見ているようなフローラ様が描かれている。
「飾る額縁が必要ね」
大切にしてくれるのは嬉しいけど、額縁に入れられて飾られるのは少し恥ずかしい。
まあ、飾られるのはこの部屋だと思うし、見られるとしても、この部屋に入れる一部の人だけだ。
その一部に、少し問題があるけど……。
フローラ様は絵を嬉しそうに見ている。
喜んでもらえたなら、描いてよかった。
わたしはコカトリスの羽ペンを見る。
コカトリスの羽ペンの使い方も慣れてきた。
魔力の微妙な流れで、細かい色の変化もできることが分かった。
エレローラさんの言葉じゃないけど。このコカトリスの羽ペンで絵本を描くのもいいかもしれない。
ただ、問題は複写ができないかもしれないことだ。
「エレローラさん、この羽ペンで描いたものって複写できる?」
「そうね。できるできないと言われたら、できるわよ」
エレローラさんは簡単に答える。
「そうなの? でも、契約書で偽物が出ないようにするって」
「そうだけど。別に絵本が偽物と分かっても、問題はないでしょう」
確かに、絵本は一冊以外は複写されたものだ。
わたしが描いた手書きの絵本は世界で一冊。フローラ様が持っている絵本だけだ。
有名な画家の絵をプリンターで印刷したようなものだ。
見たら、偽物とすぐに分かる。
でも、見るだけなら問題はない。
そういうことだ。
別に、本物と区別ができない絵本を作るわけではない。
それじゃ、コカトリスの羽ペンで絵本を描いても問題はなさそうだ。
「フローラ様、クマさんに言うことがあるでしょう」
エレローラさんがフローラ様を諭すように言う。
フローラ様が絵を見てから、わたしを見る。
「えっと、くまさん、ありがとう」
「どういたしまして。大切にしてくれると嬉しいかな」
「うん、たいせつにする!」
満面の笑みだ。
「エレローラさん、フローラ様の教育もしているの?」
「気付いたときだけね。フローラ様に注意できる人は少ないから、気付いたときは指摘しているのよ」
「だから、ノアやシアみたいな、良い子に育つんだね」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」
娘を褒められて、エレローラさんは嬉しそうにする。
それから、遅めの昼食をすることになった。
本来なら、食事が運ばれてくるはずだったけど、アンジュさんが料理長に連絡をして、止めていたらしい。
絵の邪魔をしないようにとエレローラさんから言われていたらしい。
いつの間に。
わたしが絵を描いていて、気付かなかったみたいだ。「ユナちゃん」「くまさん」
エレローラさんとフローラ様の視線がわたしに向けられる。つまり、いつものことらしい。
なにかあったかな~。
少し考える。
「お蕎麦、食べる?」
「お蕎麦?」
「うどんみたいなものかな?」
「うどん? 確か、小麦粉を練った物を細くしたものよね。美味しいわよね」
「食べた事があるの?」
「食べるわよ」
「貴族なのに?」
「貴族だって食べるわよ。まあ、フローラ様は食べたことがないかもしれないけど」
確認するようにアンジュさんを見る。
「わたしが知るかぎりでは、食べたことはないと思います」
確かに、イメージ的にゼレフさんや王宮料理人たちがうどんを作るとは思えない。
「それじゃ、うどんにする?」
「うどんなら、ゼレフに頼めば食べられるでしょう。その、そばが気になるわ」
「そば粉って言うものを練ったものだから、基本的にうどんと似たようなものだよ」
話の結果、お蕎麦を食べることになった。
わたしは和の国で買っておいたソバの生麺をだす。
ケースに入っており、一人前別に小分けにされている。
さらに蕎麦つゆ。こちらも子樽に入っている。
美味しかったそば屋で頼み込んで購入した。
「これがそばね。うどんとは色が違うわね」
フローラ様も椅子の上に立って、テーブルの上に出した蕎麦の麺を見ている。
「これを食べるの?」
「少し、準備をしますね」
わたしは携帯コンロを2つ出す。
火の魔石がはめ込まれており、外で使うのは便利な魔道具だ。
普通に販売されている。
これも、昔に魔法省の人が作ったのかもしれない。
わたしは鍋にお湯を張り、蕎麦を茹でる。
もう一つのコンロでは蕎麦つゆを温める。
そして、二つがいい感じになったところで、どんぶりに麺とつゆを入れ、最後に長ネギを刻み、乗せる。
おっと、これを忘れるところだった。
作り置きの天ぷらを別皿に出す。
天ぷらは一人分を作るのは大変だから、まとめて作って、作り置きをしている。
作り置きしておいても、クマボックスに仕舞っておけば傷まないから、好きなときに食べることができる。
天ぷらはサクッと派と、しっとり派がいるから、お好みで食べてもらう。
これで、完成だ。
日曜に投稿ができず、申し訳ありませんでした。
活動報告にも書きましたが、話が纏まらず、お休みにさせていただきました。
今回はフローラ様の絵を描くことになりました。
今度は、絵本を描きたいですね。
※投稿日は水曜日、日曜日の0時になります。
予定が分かり休みをいただく場合はあとがきに、急遽休む場合は活動報告に連絡させていただきます。
【書籍】
書籍20.5巻 2024年5月2日発売しました。(次巻、21巻予定、作業中)
コミカライズ11巻 2023年12月1日に発売しました。(12巻作業中)
コミカライズ外伝 2巻 2024年3月5日発売しました。
文庫版10巻 2024年5月2日発売しました。(表紙のユナとサーニャのBIGアクリルスタンドプレゼントキャンペーン応募締め切り2024年8月20日、抽選で20名様にプレゼント)(次巻、11巻作業中)
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。
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