前回からの続きです。




全国氷川神社280社の総本社

『大宮・氷川神社』の境内摂社に




『門客人神社(もんきゃくじんじんじゃ)があり



同社はかつて

『荒脛巾社(あらはばきしゃ)

呼ばれていました。


おそらく『アラハバキ神』

祀っていたのでしょう。




 

アラハバキ神については』







また「アラハバキ神」について書くことは

縄文の『性』についてふれることでも

あります。



性について、現代において気恥ずかしく

避けるべきと、思われがちですが

(縄文時代と現代の性に対しての理解は、異なっていたと考えています)





縄文の生殖信仰、「アラハバキ)信仰」を書くにあたり、わいせつと思われてしまうことは私の本意ではないということを

あらかじめ、ここに書かせていただきますね。






 (あくまで個人的な考えとなりますが)

私は、「アラハバキ神」とは




 『月神』と深い関係をもちながら

『生殖』の神格を分有する

『縄文の蛇神』と考えています。



 


前回、その「蛇神(アラハバキ神)」とともに

人の根源とも言うべき、生殖信仰を担う


もう一方の偉大な女性神『月の神』




・『死と再生を司る女神』

(輪廻する力をもたらす女神)






について、みてきました。



(月の永劫に繰り返される「満ち欠け」が

死んでよみがえる不死の女神と理解されたのでしょう)




今回は、「月」と「水」との関係について

書くつもりでしたが、なかなか情報が多くなりまとめきれませんでした。



なので分けて書くことにしました。



月と水の関係について、書くまえに

もうすこし、縄文の月神のもつ

『死と再生』の神格について

書いてみたいと思います。


(月は、日中もみることができます)




「後期旧石器時代からの遺産は月の信仰で、月のほうが太陽より重視されている。これは受け継がれていると思うんですね。」


『見出だされた縄文の母系制と月の文化』

(<縄文の鏡>が照らす未来社会の像)高良留美子より




月の信仰は、石器時代までさかのぼり

きわめて古いものがあると思います。


今回は、その月の信仰の周辺について

ざっくばらんに

太古の月信仰の広がりと謎について

もうすこし書いてみたいと思います


具体的には




    月と関連付けられた不死の神々(動物)


    太陰暦(月の満ち欠けに基づく暦)


    現在の日本の月神



 


となります。




キーワードは『ウカ』です。




縄文の月の女神は

『豊穣の女神』たり得るのか?


考えてみたいと思います。




 

まずは①月と関連付けられた不死の神々(動物)』


月の霊力をやどす、「死と再生」の力をもつ

(と考えられた)動物についてです。



前回、月信仰は


とくに、女性と深い関わりがあった

と書きました。


その一つの証左として

フランスのローセルから出土した

25,000年前の旧石器時代のものとされる


『角(つの)』をもつ

『ローセルのヴィーナス像』があります。




ふくらんだ乳房・お腹は妊娠している女性とされ


この像が持っているものは

「バイソンの角」といわれます。


(画像「wikipedia」より)



角は、三日月を意味し、13の切り込みが彫られ


陰暦の13ヵ月、女性の一年間の月経周期の数を意味しているとも言われます。


角は伸びるので、『死と再生』の象徴と

考えられたのではないでしょうか。

(角の曲線が月の形(三日月)に似ていることもあるでしょう)



角といえば


とくに「鹿(しか)」は毎年生え変わるので

「死と再生」を象徴する動物と考えられたようです。


『アメノカク』について

(「國學院大学」公式サイトより)


ラスコーの壁画には

鹿の大きな角が描写されています。




『オオツノ鹿』
(「wikipedia」より) 



そして、「羊(ひつじ)」にも角がありますね。




(渦巻き状のアモン角)

(螺旋を描いて伸びるラセン角)
(画像すべて「wikipedia」より)



 

この『死と再生』という視点から

動物をながめてみると




 

・冬眠し、春に土穴から出てくる

(かえる)の行為は、よみがえりであり

(と、古代の人々は解釈したのでしょう)


 ・多産の生き物である猪(いのしし)

 キバは三日月形


 (かいこ)

 月齢「八日(やつか)」の半月紋を描く

個体がときに生まれ



というあたかも

別の生物への生まれ変わりともいえる

激烈な再生をとげます


群馬県では「オカイコサマ」として敬われ

半月紋は馬蹄型とされ、馬と養蚕は

関係性が深いとされています



群馬県高崎市吉井町の民間伝承にある

「ヤツカハギ」は最後にとなって

吉井町池村に飛び去ったと伝えられます。


(「心にググっと群馬県」より)





カエルや猪は、縄文土器に造形されています。


『猪(いのしし)の造形された土器』
(群馬県安中市は「猪」の土器の出土がとても多いです)
(群馬県安中市 『ふるさと学習館』)
 



これらの生き物は

月の死と再生(輪廻)の能力をもつ

「月の眷族(けんぞく)

理解されていたのではないでしょうか。


・「蛙(かえる)」も月と関係性が深いとされ


・「熊」も本土では、ツキノワグマであり

 胸に三日月形の模様があります。


(画像「wikipedia」より)


そして、これらの動物を考える上で

理解を助ける、もっとも重要なポイントは



彼らは人間より下等な生き物ではなかった



ということにつきると思います。


動物は自然界の中で

人間以上の知恵をもって生き抜く

非常に賢い存在であり


神の使い、ときには神そのもので

あったでしょう。



マタギ文化では

熊は山神からの授かり物であり


アイヌも熊を

「キムンカムイ(山の神の意)」と呼び

イオマンテという独特の熊送りの儀式を

行っていました。



そのように考えると、ラスコーの壁画も

単なる落書きではなく

動物への畏敬信仰の表現と

考えられるのではないでしょうか。





 『ラスコーの洞窟壁画』


フランスの西南部ドルドーニュ県、ラスコー洞窟内

起源前約一万五千年前(オーリニャック文化)に

描かれた洞窟壁画。




 


そして、ここで何度もふれている「蛇」


脱皮する性質や、男根への形状の酷似から

強い再生力・生命力をもつと考えられ




(個人的な見解となりますが)

「月」と生殖信仰を通して

きわめて深い関係をもつとは


縄文の蛇神『荒脛巾(アラハバキ)神』として

これまで、書いてきたとおりです。



沖縄県の宮古島伝承では

月の水「変若水(おちみず・をちみづ)」を飲み脱皮する不死の身体になったと

伝えられています。



彼らは、月の女神の力

「死と再生」の霊力をやどす

神に等しい動物なのです。






そして②『太陰暦(月の満ち欠けに基づく暦)』



明治になるまで日本は

「太陰暦(たいいんれき)を用いていました。


太陰暦とは、月の満ち欠けの周期を

もとにした暦(こよみ)です。




日本人はつい最近の、明治にいたるまで

月の暦(こよみ)を用いてきました。

(正確には「太陰太陽暦」で

 閏月を入れて、季節のズレを調整します)



つまり日本人は圧倒的に長い時間

月のリズムとともに、生きてきたのです。

ここにも月の信仰の根深さを感じます。



日々の読み方に、その影響がみられます。




・「1日(ついたち)」の語源は

「月立(つきた)ち」です。




また、愛知県の在野の歴史家

三浦茂久氏の唱えられる興味深い説として




・二日(ふつか)、三日(みっか)、四日(よっか)

 五日(いつか)、六日(むいか)、七日(なのか)

 八日(ようか)、九日(ここのか)


(こよみ)の「日」には

すべて『カの音』があてられています。



氏は、はじめからこの『カ』に

「日(ひ=太陽)の漢字を

用いていたのではなく


この『カ』は、もともと「月」を意味し

「カ」はかつて、月齢の単位を意味する


『若(ワカ)であり

『ウカ』に転訛(てんか)していたと記します。

(『古代日本の月信仰と再生思想』三浦茂久)


 




なかなか驚かされる知見ですが


著者の三浦氏も歴史を考える上で

新たな知見を提示したいとし

ご高覧ご叱正をいただければ幸いである

としています。



私自身、古代の月信仰

その祭祀者としての女性の重要性は

とても顕著なものがあったと考えています。


はたして、どうでしょうか。



お祭りは、夜に行われます。

満月に行われる祭りも多いです。


「東京中野区の桜祭り」
中野通りが桜で埋め尽くされます


 


そして最後に③現在の日本の月神』です。



日本で月の神といえば、何といっても

『月読命(つきよみ・つくよみのみこと)です。


『アマテラス』『スサノオ』の兄弟で

三貴神の一柱とされます。



神名にある『読』の字は、時間や潮流を

読むことに関係するのでしょう。






 ・月は、「太陰暦」で

人々の生活のリズム(具体的な時間)

提供し


・月の重力による潮汐力(ちょうせきりょく)

 から海の潮の干満(引き潮・満ち潮)

 引き起こし、潮流にも関係します。



 


ツクヨミについては「古事記」「日本書紀」に

性別の記載はなく

一般的に男神と考えられています。


(画像「wikipedia」より)


ロシアの生まれの東洋学者

ニコライ・ネフスキー氏によれば


ツクヨミは、他の兄弟

「アマテラス」「スサノオ」に比べ

存在感がうすく、その理由として




『古代記録作成者に特別の理由があったのであろう』




と記しています。



ツクヨミには、これまで当ブログで書いてきた、生殖信仰を司る女神としての神格は希薄です。



しかし、月と「死と再生」の関係の痕跡は

漢字にわずかに残っており


人間の身体の部首を表す漢字には



「腹」「膝」「肩」など…



相当数の『月』の字が入りこんでいます。



そして、じつは日本書紀において

かつて月神が「死と再生」を司っていたと

思われる痕跡が、ツクヨミの逸話に

わずかにあります。




 

書紀・第五段第十一の一書において


天照大神から保食神(うけもち)と対面するよう命令を受けた月夜見尊が降って保食神のもとに赴く。そこで保食神は饗応として口から飯を出したので、月夜見尊は「けがらわしい」と怒り、保食神を剣で刺し殺してしまう。保食神の死体からは牛馬や蚕、稲などが生れ、これが穀物の起源となった。天照大神は月夜見尊の凶行を知って「汝悪しき神なり」と怒り、それ以来、日と月とは一日一夜隔て離れて住むようになったという。(wikipedia」より)




 


これは

『ハイヌウェレ神話』といわれるもので

世界各地にみられる食物起源神話の一つで


殺された神の死体から

食べ物が発生するというものです。

(「死と再生」といえるのではないでしょうか)



ちなみに、縄文文化の代名詞ともいえる

『土偶』ですが


『東京江戸博物館』

特別展「縄文2021―東京に生きた縄文人」より



じつはほとんどが破壊された状態で

発見されます。



(以前にも、当ブログで書きましたが)

この土偶を破壊してバラバラに破壊し
埋めるという行為は



殺された「保食神(うけもち)」の身体から

様々な生産物が生じたように


壊した土偶の身体から五穀豊穣が実現する

そのように願った祭祀ではないかという説があります。



 


そして、この「死と再生」と

いってよい神話が、ツクヨミのほかに

収録されている神がもう一柱、存在します。


いったいどの神さまでしょう?



それはなんと、あのスサノオです。


(画像「wikipedia」より)

話の構図は、前述したツクヨミと保食神の

エピソードとほぼ同じで




こちらは、オオゲツヒメ

身体から生じた食物を調理・提供し

それをみて怒ったスサノオがヒメを殺害し


ヒメの頭から蚕、目から稲、耳から粟

鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が

それぞれ生まれるというものです。


(※違いといえば、最後に死体から生じた生産物を

「カミムスビ(神皇産霊尊、神魂命)」が回収すること

ぐらいでしょうか)





「ツクヨミ」と「スサノオ」にこの神話が

配置されていることは、注目すべきことで



スサノオにも月の不死性に関係する

神格が習合されているのではないでしょうか。


高良留美子氏は

スサノオは月のシャーマン

と書かれています。



三浦茂久氏は



月はかつて『若(ワカ)』であり

やがて『ウカ』に転訛(てんか)したと



記されますが、はからずも

「ツクヨミ」と「スサノオ」に


「死と再生」を意味する

穀物起源神話『ハイヌウェレ神話』

記録されています。



 次回は、『月と水』の関係について

できれば書きたいと思います。



『縄文の月神(女神)』は人々に穀物をもたらす、豊穣の女神たり得るのでしょうか?



 続きます。

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