五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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オリジナル設定ばっかりの本作も結構長くなってきて、一旦区切りの良いところまできたので、後書きの方にあらすじを置いておきます。(長いので前書きだと本編の邪魔なので)
主に原作との設定違いの部分と、ストーリーの超ざっくりとしたまとめです。
長いから敬遠されている方や、話がオリジナル過ぎて『結局今どうなってるの?』となってしまっている方はご利用ください。
※良くも悪くもネタバレ気にせず本作の重要部分全部書いているのでご注意ください。


39_久しぶりの観客席(これまでのあらすじ付き)

 長い夜が明けた。

 夜などどれほど長くとも、眠っている人間からすれば瞬きの時間でしかなく、逆に夜になれども眠りにつけなければその時間は永遠のように長く、闇は徐々に心を蝕んでいく。

 この数ヶ月の一花とそれ以外の人格達の体感的な話をするならば、そのような表現が適しているかもしれない。

 瞬きの時間しか体験していないのが他の人格であるとするならば、ただ一人取り残された少女が一花である。

 ただ、孤独に夜を過ごすはずだった一花にとって救いがあったとすれば、それは風太郎という月明かりにしては些か眩しすぎる光が差し込んでいたことだろうか。

 彼女は挫けることなく、夜明けを迎えた。

 目覚めと共に懐かしい感覚がした。

 体が思ったように動かなかった。代わりに自分の意思とは関係なく体は動き始める。

 布団から起き上がり、左右を見るなり、両手を天井へ突き上げると口は勝手に叫ぶ。

 

「ふっかーーーつ!」

 

 それが他人格、四葉の復活であり、自分が再び裏から覗くようになったということにようやく気がついた。

 目を覚ましてからの四葉は忙しそうだった。

 両親から具合の確認をされ、風太郎達にも挨拶をして回った。

 全員が四葉の出現に大層喜んでいる光景を裏で眺めながら、良かった、と思うことができた。

 きっと昔の自分だったら風太郎達が喜んでいる姿でさえ嫉妬をしていただろう。

 

 そうして、それからしばらくして帰る時刻になった頃。

 旅館の前で祖父が見送りのために表まで出てきてくれていた。

 昨日は一花達が多重人格だということを初めて聞かされて大層取り乱していたが、今は落ち着いた様子で顔色も良かった。

 少し離れたところで風太郎達上杉家が眺めている中、最初に零奈、続けてマルオが別れの挨拶を済ませた後で、四葉が前に立った。

 

「えと、おじいちゃん……」

 

 四葉にしては、らしくなくもじもじとしていた。

 

(……そっか、おじいちゃんは四葉と初対面だもんね)

 

 四葉は一花の記憶を受け継いでいるから初対面ではないが、祖父の場合は違う。

 祖父の方は顔だけが一花の得体の知れない存在と思われてしまっているかもしれない。

 四葉からはもしかしたら拒絶されてしまうかもしれないと、そう思っているのだろう。

 一花と同じ感情を抱いているなら四葉は祖父のことが大好きだろうし、その相手になんと思われているか分からないのなら怖いだろう。

 下手なことも言えず、どうしたらいいのかと困っているのかもしれない。

 そんな様子の四葉に対し、祖父が優しげに微笑んだ。

 

「顔を、もっと近くで見せておくれ」

「……うん……」

 

 四葉は前屈みになると祖父の眼前まで自分の顔を近づけた。

 顔がドアップで視界に映り、裏で見ている一花的には近い近い、と少し慌てた。

 祖父はその四葉の急接近に驚くでもなく、じっと見つめ返してきた。それから一度だけ手を伸ばして四葉の頬に触れ、すぐに離した。

 

「本当に一花とは違うのだな」

「……わかるの?」

「お主の顔は初めて見るが、一花と違うのはわかる」

 

 実際は同じ顔なのだが、それでも人格によって細かな機微は違うらしい。現に零奈や風太郎はそうやって見分けている。

 初めから『目の前にいるのは一花ではない』と知った上で見たのならば、祖父も何か見分けるためのポイントのようなものを見つけたのだろう。

 下げた手を再び上げると、祖父は四葉の頭を撫でた。

 

「またいずれ来なさい。今度来た時はお主ともっと話してみたい」

「絶対にまた来るね。私以外の子達だって良い子達ばっかりなんだから、紹介するね」

「その時は五泊はしないといけませんね」

 

 自慢気に語る四葉の後ろで、零奈の補足する声が聞こえた。声色は穏やかで微妙を含んでいた。

 四葉の返事に祖父は困ったように。

 

「いっぺんに来られると覚えるのも少し骨が折れそうだがな」

「あ、えと、じゃあ少しずつ小分けに来るとかの方がいいのかな……」

 

 四葉の返事の後、横やりのように風太郎の声がする。

 

「そんなしょっちゅう旅行に来る余裕お前にないだろ」

「お兄ちゃん! 今いいところなんだから静かにっ!」

「いって!?」

 

 後ろの方で風太郎が腰の辺りをらいはに殴られていた。

 四葉と……後はまぁ一花自身も含めて学力を鑑みると風太郎の言うことはもっともなのだが。

 

(ノーデリカシーにもほどがあるよフータロー君)

 

 そんな後ろでのコントを気にしていないのか、相手にしていないのか。

 笑みを崩さないままの祖父。

 

「構わん。次に来る時に全員顔を出しなさい。儂が覚えればよいだけのことだ」

「でも、それだとまたおじいちゃんの具合悪くなっちゃったりしない?」

「昨日はお主たちのこと自体知らなかったせいだ。だというのに、どこぞの小僧が口を滑らせたせいで心臓に悪い思いをさせられた」

 

 一瞬だけ祖父は後ろの方へ目をみやった。「うっ」という図星を突かれた声がした。

 

「だからお主が心配することはない。お主たちは全員、儂の孫なのだからな」

「……わかった」

「それではな、四葉」

「あの、おじいちゃん」

「ん?」

「他の子の名前も呼んであげてくれないかな。きっとみんな、私を通しておじいちゃんのことを見てると思うから」

「そうなのか?」

 

 流石に四葉達の多重人格がどういう風になっているのかまでは把握しきれていない祖父は、四葉の言っていることを理解はできても納得がいっていないように目を丸くした。

 

「本当ですよ」

 

 すかさず補足する零奈。

 ならばそういうものなのだろうと祖父も頷いた。

 

「わかった。またな来なさい、一花、二乃、三玖、五月」

 

(うん、また来るね)

 

 聞こえるはずがないのだが、それでも一花も返事をした。

 きっと他の人格達も同じことをしているだろう。

 四葉の挨拶を最後に、一同はその場を後にした。

 

 帰り際、例の誓いの鐘の傍も通ったのだが別れの挨拶に時間を取ってしまい、本州へ戻るフェリーの出向時間が迫っていた。

 四葉は一度寄れないかと言ったものの、また次回ということになった。

 

 

 

 

 

 旅館より帰宅してから数日後、中野家に風太郎が呼び出された。

 居間にはいつものように零奈と、その日の当番だった三玖がおり、それに加えてマルオまで待ち構えていた。

 零奈の出迎えの後で室内に入ってきた時、普段なら居ないマルオを目にしても風太郎は動揺した様子はなかった。呼び出された時に今日の要件を聞いているのだろう。

 風太郎が隣に立つ零奈へと向いた。

 

「この後はすぐに移動ですか?」

「はい、その予定です」

「来てくれてありがとう、フータロー」

「すまないがあまり時間が無くてね、細かい話は車の中でしようか」

 

 一同が軽い挨拶を終えた後、真っ先にマルオが席を立った。

 玄関先で靴を脱がないままでいた風太郎は踵を返して部屋前の外廊下へ出ると、ぞろぞろと三玖達も外へと出た。

 アパートの前には江端が脇に控えたマルオの車が停車させてあり、その足のまま乗り込んだ。

 席が三列ある長いリムジンだが、助手席に零奈が座り、中間の席に江端以外の残る三人が詰めて座った。端から三玖、マルオ、風太郎の順だ。

 

(個人的にはフータロー君の隣が良かったんだけど、今回は仕方ないか)

 

 聞こえていないのをいいことに、裏で終始その様子を見続けている一花はそんな自分の願望も吐き出しつつも会話に耳を傾けた。

 最初に話し始めたのは鞄から数枚の紙を取り出したマルオだ。

 

「事前に伝えていた通り、これから僕も今後は住むことになる、三玖君達の引っ越し先の候補を何件か見て回る。君には家庭教師という立場から、何か気になることがあれば忌憚のない意見をしてもらいたい」

「そこまでは一応聞いたんですが、少し確認してもいいですか」

「何かな?」

「一花と、五月の許可は取ってるってことでいいですか?」

「ああ、取れているよ」

 

 マルオは即答して頷いた。

 以前から出ていた三玖達の引っ越しの話。多様性の時代だから必ずしも夫婦や親子が共に暮らす必要がないにしても、マルオの希望としては引っ越させたいというものだった。何故かというと彼が零奈と一緒に暮らしたいからという短絡的な発想だけではなく、現在の零奈達の生活水準を上げてやりたいからという思いもあったからだ。

 この提案に反対していた人物はおよそ三人。

 一人目は零奈。彼女がマルオと籍を入れたのはおよそ二年半ほど前と最近である。引っ越しの話自体は当時から出ていたが、結婚してすぐさまマルオに全ての負担を負わせた上で新居を購入するなど金のために結婚したのではないかと、マルオの元教育者としてや零奈なりの女としてのプライドが邪魔をして断り続けてきた。しかし後述する一花の心境の変化に感化されてか、主張を取り下げた。

 二人目が一花。零奈以上に六年前の事故から立ち直れておらず、現在もマルオとの仲は最悪。そんな相手と同居するなど死んでもごめんだと言い続けていた。けれど最近は風太郎の尽力もあり事故のトラウマや多重人格に対する被害者意識など毒も大分抜けてきており、今は純粋にマルオが嫌いなだけとなっている。そして一花の場合は、他人格とこれからは共存し、風太郎と良好な関係を築いていけるならという打算的な考えのもと、渋々引っ越しの提案を受け入れた。

 最後の三人目が五月。彼女に関してはむしろ何故引っ越しの提案を拒んだのか、そちらの理由の方が謎であった。いつぞやはテストの結果次第で引っ越しをするかどうかを決めるなどといった突飛な話も出ていたがそれも有耶無耶になり、先日マルオが改めてテストの賭けをどうするかと五月に話を持ち掛けた時には驚くほどあっさりと自分の意見を取り下げた。

 

(多分、フータロー君と何かあったんだろうなぁ)

 

 少なくとも一花の見える範囲だと五月は旅館での復活以降、一度も風太郎とはまだ会っていないのだが何か心境の変化があったのかもしれないと、そう予想した。

 マルオが引っ越しの話を持ち出すまでに解決すべき前提ともいえるそれらは、現在は全て解決されている状況だった。

 そんな訳でマルオが引っ越しの許可を自分や零奈、五月に取るまでの経緯は色々あったが、風太郎には別に必要もないためそこまでは話さなかった。

 風太郎もそこら辺の細かい話は別に気にしていない……というかマルオの横で話を聞いている三玖が否定も何もしない辺り事実なのだろうと察したようで、それ以上深くはツッコんでこなかった。

 

「そうですか、もう一ついいですか?」

「質問が多いね」

「すみません。ただ気になったんで、下田さんは一緒じゃないんですか? 俺が意見するより本職に口を出させた方がどう考えてもいいじゃないですか?」

「もちろん声をかけたよ。だが──」

「『そういうメンドクセ────細かい話なら実務担当の上杉君に任せるわ』だって」

 

 マルオを遮って下田の真似のつもりか、三玖が横で会話を聞いていた時に下田が言っていた内容をそのまま伝えると風太郎が苦い顔をした。

 

「あの人俺に押し付けやがったな……!?」

「それに今の三玖君達の家に文句をつけたのも君だと聞いているが?」

「それも記憶にないんですけど……!?」

 

 風太郎を見ていた三玖の目線が逸れて、窓ガラスの外を眺め出した。

 犯人だから気まずいのだろう。

 

(本当はお母さんとこの人を一緒に暮らさせたいからって言い出したんだもんねぇ……)

 

 ずいぶんと前の話になるが林間学校後に一時期入院してた頃の話だ。少なくとも一花の記憶では風太郎が文句を言っていたなどというのは大嘘だし、その大嘘を何の脈絡もなくうたい始めたのは三玖だった。

 

「自分の言ったことには責任を持ってもらいたいのだがね、上杉君」

「だから責任も何も俺は言ってな──」

「君を家庭教師にし続けるのはもしかして良くないのかもしれないね」

「大変失礼いたしました。たった今思い出したところです」

 

 風太郎が無い記憶を捏造して頭を下げた。

 

(ていうか今のパワハラでしょ)

 

 他人格で唯一、事務所所属タレントという社会人経験もある一花的には父の最後の一言は脅迫以外の何物でもないのだが、裏で控えているせいで指摘できないのが歯がゆかった。

 むしろ脅迫する前にマルオが少し気を回して言い出しっぺの三玖に『本当に彼は言ってたのかい?』と確認をすればいいだけなのをしない辺り、この人も結構娘に甘いのかもしれない。

 

「他に質問は?」

「いえ、もう大丈夫です」

「では行こうか」

 

 それ以降は特に話もなく、出発した車は最初の物件に向けて発進していった。

 

 

 

 最初の物件に着いた時、風太郎は空いた口を閉じられないまま上へと目を見やって固まった。

 ただ、それに何か言ってやれる人間はいなかった。というのも三玖も零奈も、同じようにして固まっていたからだった。

 

「でっけぇ……」

「これが私達の家……?」

「まぁ、マンションですからこの中の一室だとは思うのですが……」

 

 目を上に向けたまま三者三様の感想を漏らす。

 目の前の建物は大型マンションだった。少々綺麗すぎる景観に加えてとにかく階数が多い。窓の数を数えようにも最上階付近になると豆粒程度しか見えないし首が痛くなりそうだった。

 

「ここが最初の物件だよ」

「ようこそ中野様、お待ちしておりました」

 

 唯一いつも通りでいるマルオの元へ、三玖達が到着する前から建物の前で待機していたスーツを着た中年の男性が歩み寄ってきた。

 名刺交換などもしているのを見ている限り、どうやら不動産の人間でこの物件を担当している人のようだった。

 彼は懐からカードキーを取り出すと、建物の中へと案内した。

 

「それでは早速中へどうぞ。建物のご説明はあるきながら」

「頼むよ」

 

 男の後に続いて一同は自動扉をくぐった。

 二枚扉となっている中間の位置のパネルに男がカードキーを差し込むと二枚目の扉が開き、更に中のエントランスへと入る。

 入ってすぐ右にあるエレベーターの昇りボタンを押すとすぐに扉は開いた。

 エレベーターの中に入ってようやく、階指定のボタンがあることでようやくこの建物が30階建てということを知った。

 流石に一花も想定外の高さだった。

 

(二倍にしたら大阪で一番高いビルと張り合えるよね……)

 

 などとくだらないことを考えていると、男も昇りの時間を有効すべく説明を始めた。

 

「こちらのマンションの名前は『PENTAGON』と申しまして、あのアメリカの国防総省と同じ名前を関しています」

「仰々しい名前だな……」

 

 呟く風太郎に男は肯定するように頷いた。

 

「仰る通り、このマンションはそれだけの名前を用いるほどにセキュリティを売りにしております」

 

 それから男は警備体制やセキュリティシステムなど、部屋以外の情報について説明をしているうちに目的の階へと到着した。

 まさかの最上階、30階だった。

 エレベーターからマンションの内廊下へと出ると、磨き上げられたタイル張りの床が出迎えて来た。廊下の先には全面ガラス張りの壁があり、展望エリアのようになっている。

 そんな場所を案内されるがままに、その中の一室に入った。

 出迎えてきたのは部屋ではなく、家だった。

 

「すご……」

 

 三玖が思わず呟いた。

 案内された室内は、入居前だから当たり前に家具は置かれていなかった。

 ただそれでも玄関から廊下を通って最初に入ったLDKでは、まずキッチン周りには3口あるIHコンロが備え付けられているし、シンクの下にはビルドイン食洗器が付けられていた。

 リビングスペースとダイニングスペースは併合しており、冗談みたいに広かった。そしてそのスペースを全て太陽の光で照らせるよう、廊下で見たガラス張りの壁が部屋の中にもあった。

 また、ここはあくまで30階という1フロアのはずなのだが二階へと続く階段がダイニングスペース横の壁沿いに施設されている。

 階段を上った先はロフトのような空間があるが、そこはどうやら単なる廊下であるらしく、上った先の壁沿いにいくつか扉がついていた。部屋は扉の中らしい。

 部屋の良し悪しなど分からないと思っていた一花だったが、このドラマの中ですら高級マンションといったような扱いを受けるだろう空間を目の当たりにすれば、ここはマンションの”部屋”ではなく”家”と表現した方が適切だろうと思ったのであった。

 言葉を失う一同の中で、真っ先に立ち直った零奈がおずおずと。

 

「あの、マルオさん」

「早速気に入られましたか?」

「逆です。やりすぎです」

 

 マルオにしては珍しくどことなく自信があり気だったのだが、ピシャリと一刀両断されていた。

 

「綺麗さだとか安全面についてはこれ以上ないほどあなたが私達のことを気遣ってくれたのが分かります。ですからそれについてはまあ……個人的には分不相応な気もしますが甘んじて受け入れましょう」

 

 ですが、と零奈は二階を指さして言う。

 

「あれ五部屋ありますよね? 私達が何人で住む予定か分かってます?」

「……三人です」

 

 答えたマルオは先ほどの自信はどこへ消えたのかしゅんとしていた。

 昔からそうだが、基本的に我が強く口論で折れることのないマルオだが零奈から何か言い返されるとすぐに意見を変えていた。

 尻に敷かれるとはまた一種別の情けなさがあった。

 その他にもくどくどと文句を言われている最中、不動産の男はスススッと風太郎の元へと寄って行った。

 耳元へ内緒話をするような姿勢を男が取ったので、三玖が耳をそばだてた。丁度一花もそうして欲しいと思ったところだった。

 

「あの、三人ってことは今いらしてるどなたかは別にお住まいには……?」

「一応俺が部外者です」

「どうしてご一緒にいらしてるんです?」

「俺が知りたいです」

 

 無論家庭教師としてなのだが、目の前で夫婦漫才を始めた二人を見て辟易気味の風太郎だった。

 

 




これまでのあらすじ

 1話
 風太郎の元に新たなバイトの連絡が舞い込んで来た。それは同級生の中野という女子の家庭教師という内容だった。
 原作と同様、五月と喧嘩をしてしまった風太郎は謝罪と、自分が新しい家庭教師だということを告げるために彼女の家へと押しかけた。
 彼女の家は綺麗な高級マンション……などではなく、寂れたボロアパートだった。
 家の前で何とか事情を説明した風太郎だったが、あまりの衝撃に崩れ落ちる五月。心配して肩を揺すろうとした時、五月の様子は一変した。
 彼女は自らを五月ではなく二乃だと名乗り、そして同時に多重人格であることを打ち明けた。

 2話
 五月から入れ替わり二乃に家庭教師の授業をすることになった風太郎。
 多重人格者が生徒であることを重荷に感じつつも何とか仕事に取り組もうとしたが、当の二乃本人は風太郎を拒絶した。
 しまいには家から追い出されそうにまでなったところで助け船を出してくれたのは、タイミングよく帰宅してきた二乃の母親、零奈であった。
 原作であれば五人の娘を女手一つで育てようとし過労死している零奈は、この作品では生きていた。
 何とか授業へと漕ぎつけることができた風太郎だったが、更に新たな事実として二乃も五月も、全員が赤点候補ということまで判明し風太郎のプレッシャーはどんどん大きくなっていった。

 3話
 翌日の学校で風太郎は第三の人格、四葉に屋上へ呼び出された。
 四葉は五年前に京都で会った少女が自分であること、そして約束を守れなかったことを悔やんでいることを打ち明けた。
 全てを話し終えた後で風太郎は気にしてないことを伝えると、四葉は安堵して自分の気持ちをそのまま言ってしまう。五年前からずっと好きだったと。
 本当だったら後ろめたさから秘めようとしていた四葉の気持ち、それを後押ししたのは零奈のアドバイスによるものだった。

 4話
 会ったばかりの女子からの告白に動揺する風太郎。
 家族からも心配をされてしまい、風太郎は素直に一つの相談をした。荷が重くなり過ぎている家庭教師をやめてもいいか、というものだった。
 父、勇也の説得もあり、その場はなんとか仕事を辞めずに続けるということになった。

 5話
 休日の上杉家に五月が家庭教師の授業を受けに訪問してきた。
 休憩がてらに風太郎は五月から家庭教師を初めるようになってから出てきた疑問に答えてもらうことにした。
 中野家は再婚した父親の収入のおかげで裕福のはずだが、お金目的で再婚したと思われたくない零奈の意思で同居していないこと。
 風太郎が会ったことがない他の人格に、一花と三玖という二人がおり、自分達は全部合わせて五重人格であるということ。
 四葉の告白は他の人格達も裏で控えている間に見えていたが、適切な距離を取っていれば五月としては特に気にしていないこと。
 多少は謎も解消され、仕事に対する溜飲も下がってきたころ、五月は次の予定である花火大会に向けてその日の勉強会は解散となった。

 6話
 五月達の花火大会に同行した風太郎と、妹のらいは。五月も零奈と合流していた。
 打ち上げ花火が始まる直前、人混みに押されて風太郎と五月の二人は零奈とらいはとはぐれてしまう。
 二人っきりになったところで不意打ちで上がった打ち上げ花火によって人格の入れ分かりが発生してしまう。
 次に現れたのは、意味不明なことを言い始める第四の人格、一花だった。

 7話
 一花の様子は原作の性格とは少し違っていた。
 年上ぶった余裕のある話し方はそのままだが、常に風太郎を挑発し続ける。
 そして自分達多重人格者が恋愛をするなんて、解決しなければいけないハードルが多すぎて不可能だと釘も差してきた。
 話の最中、常にあおられ続けた風太郎は限界を迎え、一花を置いてその場を離れてしまう。

 8話
 風太郎一人で零奈とらいはに合流すると、一花について説明を受ける。一花達の多重人格は生まれながらではなく後天性で、一花は多重人格になる前からの体の持ち主だったとのこと。
 他の人格に体を乗っ取られようとしていると思い込んでいて、心が不安定になっているとのことだった。
 場所代わり、一花は風太郎へ置いて行かれた後で仕事へと向かっていた。この作品での一花もできる内容は絞られるものの、芸能の仕事をしていた。
 その仕事の終わり際に一花の元へ父、マルオが迎えに来る。
 一花は自分はマルオを父だと認めていないと、まるで前の父親を覚えているような発言をして険悪な空気を醸し出しながらやむなく帰宅する。
 帰りの途中、二乃へと入れ替わっていた。
 二乃の家では風太郎が待っていた。冷えた頭でもう一度一花と話そうとしていたらしいが、二乃に入れ替わっていることを知ると仕方なく一花への伝言だけを受け取ることとなる。
 その一言はむしろ二乃へと刺さってしまう。五年前に風太郎と会っていた時には既に四葉達は多重人格者であり、二乃もまた当時の風太郎を知っていたが"まだ"好きではなかったのが、この一言によって二乃は風太郎への気持ちを自覚してしまうのであった。

 9話
 学校でしれっと初対面を済ます三玖。それを逃がさず、授業をしようとする風太郎だったが、その日は既に三玖は別の家庭教師の予定が入っていた。
 この作品では風太郎より先に、既に下田という女性が家庭教師に付いていた。
 同じ生徒を相手にする仕事仲間として風太郎は下田と対面する。

 10話
 風太郎との邂逅により、いかに風太郎が家庭教師として大変な状況であるかを理解した下田は零奈と勇也を別の場所へと呼び出した。
 そこで子供に仕事をさせるならキチンとフォローするようにお説教をする。

 11話
 下田が親たちへ説教している間、家庭教師の仕事をバトンタッチさせられた風太郎。
 三玖と再び五年前のことや、四葉の恋心の話をすることになるが、ここでとうとう我慢の限界を迎え、自分に恋愛は不要だと宣言してしまう。
 翌日、嘘ではないが勢いで強いことを言ってしまったと後悔している風太郎は登校してきた姉妹の誰かへ謝ろうとする。
 その日は四葉の番だったが、彼女は風太郎に嫌われないよう、露骨に距離を取るようになっていた。

 12話
 五月と家庭教師の授業をした。

 13話
 少し日が経った後の家庭教師の日。事情があり授業ができるような状況ではなかった。
 五月からの提案もあり、その日は解散するのではなく二人で外出することになったのだが、風太郎は一緒にいる相手が五月ではなく、四葉であることを外出の途中で見分けた。
 自分を見分けてくれたことに希望を見出した四葉は、ただ距離を取るのではなく、お友達からまた少しずつ自分達の関係を築いていくよう提案してきてくれたのであった。

 14話
 とある家庭教師の日の一日。
 運の無い日で色々な不幸が降りかかりどんどん人格の入れ替わりが発生してしまう日だった。

 15話
 林間学校が近づいてきたころ、気まぐれによるものなのか、勢いに任せて彼女達と林間学校を一緒に過ごさないかと誘う風太郎。
 そのすぐ後、一花の元へも武田という別クラスの男子がキャンプファイヤーを一緒に踊らないかと誘いを受ける。
 風太郎が影で見ている中、一花はその誘いを受けてしまう。

 16話
 林間学校の前日、らいはが熱を出してしまう。
 林間学校を一緒に過ごす約束を果たせなくなった風太郎は、そのことを五月へ連絡すると、零奈と五月が看病に来てくれた。
 零奈の夜通しの看病のおかげで無事、林間学校へと風太郎とその日の当番だった四葉は向かっていった。

 17話
 豪雪によって林間学校へ向かう道中の旅館で足止めを喰らってしまう風太郎達。
 四葉が露骨に落ち込んでいることに理由がわからない風太郎。
 しかし後々になってそれが、三日あっても多重人格のせいで一日しか楽しめない彼女達、強いては四葉にとって何の成果もないまま終わってしまおうとしていることに気が付いた風太郎は、四葉を夜の散歩に呼び出した。

 18話
 旅館の庭で話をする風太郎と四葉。雪に囲まれた屋外は寒く、あんまり話はできなかったがそれでも、四葉は満足してくれた様子だった。
 次の日、無事に到着した風太郎とその日の当番の二乃。
 二人は肝試しをする中でちょっとしたトラブルにより、二乃は自分の恋心を風太郎へ漏らしてしまう。
 そして同時に起きる更なるトラブルによって、二乃から一花へと入れ替わってしまう。

 19、20話
 一花と肝試しをすることになった風太郎。再び風太郎をあえて遠ざける様な振る舞いをする一花だった。
 喧嘩をしながら進んでいくと、いつの間にか肝試しのコースから外れてしまった二人は林の中を彷徨う。
 出口だと思って一花が駆け出していった先は崖だった。
 間一髪救出された一花だったが、尋常ではない様子で過呼吸を起こし、気を失ってしまった。

 21話
 翌日、肝試しの一件によって零奈から帰宅命令が出てしまう。
 その日の当番、三玖の希望によって風太郎も帰宅に付き添うことになる。
 帰りの車の中で三玖は、どうして一花があれほどのショックをおこしてしまったのかを説明した。
 自分達の実の父親、無堂仁之助はこの作品では零奈から逃げておらず、むしろ良い父親をしていた。
 だけど五年前に風太郎と会った時よりもっと前のころ、一花の過失による事故によって肝試しと同じような状況により亡くなってしまっていた。
 一花はそれをトラウマとして抱えてしまい、その時に多重人格にもなってしまったのであった。

 22話
 三玖は更に話をした。
 もしも本当に自分達と風太郎が付き合うなら解決策が一つだけある。五人全員が風太郎を好きになって、風太郎が五人全員を好きになることだと説明した。
 だけど三玖自身、まだ風太郎に恋はしていなかったため、自分に恋をさせてほしい願いでるのであった。

 23話
 自宅に帰ってきた三玖。
 家では零奈とマルオが心配して待っていてくれたが、挨拶もしないで布団へと飛び込んだ。
 何故なら家の前に車が到着した時、三玖は眠っていた。
 眠りから覚めると人格が入れ替わる、替わった後のその誰かは偶然にも車の隣の席で眠っていた風太郎と寝相のせいか手が重なってしまっていた。
 その時の時刻はキャンプファイヤーが終わる頃の時間だった。

 24話
 一応事故にあった一花達が検査入院をしている間のお話。

 25話
 家庭教師の仕事環境を良くするため、風太郎がスマホを買うお話。

 26、27話
 三玖が風太郎を好きになろうと、そして好きにさせようと水族館デートをするお話。
 だけど成果は得られなかった。

 28話
 色々な原作との設定の違いから風太郎への当たりが多少丸いマルオ。
 風太郎が家庭教師の仕事に苦労しているという話も聞いていたため、元々契約していたマルオと零奈、五月達の新居を探す話に、風太郎の仕事もしやすいように一枚噛むかと持ち掛ける。
 しかしそれはやけに機嫌の悪い五月によって、部外者に自分達が住む物件選びに口を出させるなと猛反発を喰らう。
 マルオは五月の反発を受け入れるかどうか、次のテストの結果次第で決めると条件を持ち出した。

 29話
 面倒くさい事態になったと仕事の報告と相談を下田へする風太郎。
 とにかく今まで通り勉強を教えていればいいということになったが、五月の不機嫌は依然治らないままで、そんな彼女の相手をしているうちについ喧嘩となってしまう。
 気持ちが高ぶり過ぎた五月から、一花へと運悪く入れ替わってしまったこともあってその日の授業は解散となってしまう。
 そしてその日以降、一花以外の人格が現れなくなってしまった。

 30話
 医者からの話で、一花の多重人格はトラウマの克服と共に治りかけているとのことだった。
 初めは喜んでいる一花だったが、多重人格として長く生き過ぎてしまった弊害に突き当たり、自分の今後に失望してしまう。
 その日の晩、風太郎の元へ最後に一度だけ現れた一花以外の誰かに、一花を助けてあげるようお願いされた風太郎は、その時には既にその"誰かに"恋心を自覚していたため受け、約束した。

 31話
 一人に戻ってからなにをやっても上手く行かず、自暴自棄になる一花を説得し、風太郎は今度こそ向き合うと宣言するお話。

 32、33話
 一花とクリスマスデートをするお話。
 このころになると一花もかなり心を改めていた。

 34話
 零奈と買い物中に遭遇する。風太郎だけではなく、零奈も本当は他の人格に戻ってきてほしいと思っていることを確認するお話。

 35話
 春休み。一花のおじいちゃんの旅館へときた。
 実父、無堂の死亡事故もこの旅館の近くで起きているため、一花が実際どのぐらいトラウマを克服できているか確認するお話。
 トラウマはほぼ克服していた。

 36話
 今後、多重人格を戻すか、頑張って一人で生きていくか選ぶように医者から言われた一花。
 その決断の材料とするため、風太郎に好きな人がいるんじゃないかと確認するお話。
 風太郎は一花以外に、すでにいることを正直に答えた。

 37話
 一花の情緒不安定な精神に最後のトラブルが起きるが、零奈の説得により解決する。
 そしてその日の晩、風太郎の元へ再び彼女が現れる。
 風太郎はとうとう彼女、五月へと告白をした。

 38話
 五月が風太郎へ返事をするお話。
 好きかもしれないが自信を持てないと答えた後、風太郎に他の人格達ともきちんとケリをつけてもらってから、もう一度答えることを約束した。

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