五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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11_答え合わせのその結果

 ファミレスで大人達が大人にお説教をされている一方、子供達の方は真面目に勉強に勤しんでいた。

 中野家の居間で座卓を前にして横並びしている風太郎と三玖。

 室内にはペンを走らせる音がひたすら響いていた。

 正直に言って、風太郎はこの空気に気まずさを覚えていた。先ほど、零奈たちと話をつけていくと言って出ていった下田にこってり絞られたのが原因である。

 数々のバイトをこなしてきた風太郎であったが、家庭教師という仕事をいかに適当にやっていたかを本職から嫌というほど指摘を受けてしまった。

 無論、本職としてキチンとアドバイスももらったわけなのだが、それにしても年上から、ああも口汚く怒られれば萎縮もするものである。

 そして恥ずかしいことにその一部始終は三玖にも見られていた。

 年頃の男子として、同年代に恥を晒したような気にもなり更に居心地の悪さも感じていた。

 そんな風太郎の空気を察してか、三玖はノートに目を音しながら言う。

 

「下田さん、あんなんだけど悪い人じゃないんだよ」

「わかってる。言い方がキツいだけで言ってることは正しかった」

「分かってくれてて良かった。フータローが男の子だから特別厳しくされてたとか、そういうわけじゃないから」

「お前らにもああなのか?」

「うん。勉強で教えてもらったところを次の時忘れてた時とか、結構キツく怒られる」

「それはお前らが悪いな」

「……むぅ」

 

 三玖がわずかに頬を膨らませた。事実だろうに何故そんな顔をするのか。

 会話はそれっきりだった。またペンを走らせる音だけが鳴り響く。

 時折、勉強で詰まったところを聞かれては答える時もあるが、これが会話と呼べるようなものではないことは風太郎だって理解している。

 だから気まずい時間が再び流れようとした時、また三玖の方から口を開いてくれた。

 

「昨日はごめん」

「昨日?」

「一花のこと。フータローを結構困らせたよね」

「……別に。それにお前が謝ることじゃないだろ」

「そうかもだけど、次フータローが一花にいつ会えるか分からないし……仮にすぐに会えたとしても謝るとは思えないから」

 

 三玖の言うことには同意だった。

 昨日のことは鮮明に記憶に残っている。

 好きだと言ってキスをしようと迫ってきたと思えば、そのすぐ後に自分たち五重人格と付き合うことがどれほど難しいことなのかをこんこんと説明した。挙げ句の果てには嫌いだと、初めに言っていたこととは真逆のことまで言ってきた。

 一花が何故あんな行動を取ったのか自体が理解ができなかった。

 

「あいつはいったい何なんだ。何がしたいのかさっぱり分からん」

「それは私たちも一緒。何を考えているかまでは分からないから」

「だが、それでもお前たちは上手くやってるだろ。聞きたいんだが、一花は普段からあんな感じなのか?」

「他の人たちに対してはそうでもないかも。だけど私たちには結構冷たくて、フータローへの態度は結構、私たちに接する時と近いかも」

「私たちと接する時って、例の日替わり日記のことか?」

 

 風太郎の問いに三玖は頷いた。

 以前聞いたことがある。こいつらは日記を通じて意思疎通をとっていると。

 

「私たちに冷たい態度をとる理由ならわかる。多分だけど、一花は私たちのことを嫌ってるから」

「お前たちのことを、邪魔だと思ってるって話か」

「……そのことはもう聞いてるんだね。そうだよ。一花は私たちが生まれてから、ずっと私たちのことを邪魔者としか思ってない」

 

 花火大会の日に零奈からも聞いた話だ。

 元は一花一人の体だったのに、後から他の四人が住むようになった。

 普通に考えて、たとえ一花ではなく自分がその立場になったとしても、後から生まれた人格連中に対しては"自分の体を取られた"としか思えないだろう。

 それは三玖たち自身が乗り越えなければいけない、おそらく今後一生付き纏っていく問題なのだろう。

 それを風太郎がとやかく言ったところで何も変わらないのはわかっていた。

 だから自分の話をすることにする。

 

「なら俺がお前らと同じように接されるのはどうしてなんだ……お前らが分からないってことは、全員じゃなくて一花個人の問題ってことだろ」

「考えられるのは、五年前」

「……京都の約束か」

「うん。あの出来事は私たち五人全員を大きく変えたことだから」

「どういう意味だ」

「フータローのことを好きかもしれないのは、四葉だけじゃないかもしれないってこと」

「──」

「あの日のことは、みんなの思い出の中でも結構──」

「待て」

「……何?」

 

 風太郎の横槍に、三玖は言葉を切ってこちらを見てきた。

 対して風太郎は実際にはしているわけではないが、頭痛を抑えるように頭に触れた。

 ハッキリ言って、またこの話か、というのが正直な感想だった。

 

「あの時のことは俺もよく覚えてる。俺にとっても、自分の人生の歩み方を一変させる出来事だった」

「うん、だから私たちはフータローのことが──」

「だがそれは、恋愛としてではない」

「──」

「恋愛など、最も愚かな行為だ。今までは家庭教師を続けるために少しでも四葉の機嫌を損ねない先伸ばしていたが、もう十分だ」

「ふ、フータロー……何言って……」

「お前が恋愛をしたいならすればいい。だが、俺を巻き込むな」

 

 

 

 

 失敗した。というのが三玖の率直の感想だった。

 あの後の記憶はぼんやりとしか覚えていない。一応、時間にも余裕があったから授業はそのまま続けてもらったと思う。

 だけど形式的というべきか、あの後で教えてもらったことはほとんど何も覚えてなかった。

 まさか、あそこまで強く拒絶されると思わなかった。

 風太郎の言う通りあの日、京都での出来事は恋愛的な意味での約束をしたわけではない。だから風太郎が都合のよく自分たちのことを好きになってくれている、なんて風には思っていなかった。

 それでも悪い思い出だと思ってもいないだろうと考えていた。事実、その考えが間違いでないことは風太郎自身が言っていた。

 どこに誤算があったのかと言えば、おそらく現在の風太郎があまりにも変わってしまっていたことだと思う。

 五年前の風太郎は端的な言い方をすれば陽キャに分類されるようなタイプだった。

 けれど現在の風太郎はその真逆を行くドが付くほどの陰キャとなっていた。

 もちろん、五年も月日が経っているわけだし、再会してからだってもう一ヶ月近く経っているのだから風太郎の変化には気がついていた。

 唯一見落としがあるとすれば、四葉を初めとしてずっと自分たちは、自分たちの気持ちと向き合おうとしていてばかりで、風太郎が自分たちに対して、恋愛に対してどのように思っているのかを確かめてこなかったことだろう。

 その見落としに気づかず、いつまでも自分たちの気持ちを押しつけるだけだったせいで、とうとう風太郎の中で限界を迎えた。

 その結果が今日の出来事というわけだ。

 

「どうしよう……」

 

 すでに風太郎は帰宅している。零奈は夕食を一緒に取った後、また出かけてしまってまだ帰ってきていない。

 三玖は一人で寝室に置かれた日記を前にして、一人呟いた。

 

「こんなつもりじゃなかったのに……」

 

 まるで言い訳のように続けて呟く。

 普通の人間ならばただの独り言だが、三玖の場合は違う。他の子達に聞かせるために言っていた。

 

「フータローのことは私だって良い人だと思ってる。好き……かどうかは分からないけど。四葉たちのことを手伝ってもいいとも思ってた。だから昼間はあんな話をしたんだけど……」

 

 こんなことになるとは思っていなかった。

 やはり今日の出来事は失敗だった。と考えたところで、考えがループし始めていることに気がついた。

 風太郎が帰ってからというものずっとこの調子だ。よくない考え方をしている自覚はあったが、こういう時は自分の中でほとぼりが冷めるまで考え事が頭から離れないものだしさっさと寝てしまおうかとも考えた。

 その時であった。脇にマナーモードにして置いていたスマートホンが震えた。

 二度、三度とバイブレーションが続くことから通知ではなく電話が鳴っているのだと気づくとスマートホンを手に取った。

 父親、マルオからの着信だった。

 

「もしもし」

『僕だ。少し話をしたいのだが、まだ三玖君のままかな?』

「うん」

『そうかい。先ほど零奈さんから話を聞いたよ。下田に随分と叱られてしまったようだね』

「私は別に……フータローが結構大変だったみたいだけど」

『同じ話を零奈さんにもしたようでね、随分と肩を落としていたよ』

「私と夜ご飯を食べてた時は普通に見えたけど」

『娘の前だから気を張っていたのかもしれないね』

 

 確かに、言われてみれば今日の夕食どきの零奈はヤケに元気があるというか、よく話していた気がする。

 三玖も零奈も、どちらかといえば言葉数が少ない性格だから自分の番の時は二人して会話もなく静かなことなどよくあるのだが、それが今日はやたらと零奈が一人で話し続けていた。

 機嫌がいいのかと思ったが、今思えば空元気だったのかもしれない。

 

『上杉君のことも聞いたよ。彼は家庭教師を辞めたがっていたらしいね』

「どうして……!?」

『先ほど話した下田から怒られてしまった内容のせいだよ。色々と僕達大人の気が回っていなかったせいで彼に負担をかけすぎていたらしい』

 

 要するに自分たちの家庭教師をするにあたってしておくべき情報伝達ができていなかったことを言っているらしい。

 一瞬、昼間の自分とのやり取りによって早速風太郎が辞表を出したのかと肝が冷えたものだから安心した。

 

『そのための改善案も聞いている。それで彼の負担が軽くなったり、気持ちを変えさせられるかは分からないがね。それともう一つ、これは僕からの提案だけどね』

「提案?」

『このまま上杉君には家庭教師を辞めてもらうというのはどうかな?』

「…………!」

『元々は君の勉強の面倒を見る人手がもう一人欲しいというだけの話だ。そこにちょうど彼の父親から話があって上杉君が抜擢されたにすぎない。その本人が辞めたがっているのだから、こちらとしては止める義理もないだろう』

「それは…………」

 

 マルオの言い分は分からないものではなかった。

 色々と問題が多かった風太郎の職場環境にようやく改善が見られた。しかし、それで風太郎の考えが変わらなければそれまで。辞めたいと言っているのに無理やり続けさせるのはとんだブラックな話になってしまう。

 それに昼間のこともある。仕事としてだけではなく、自分たちとの個人的な付き合い方にも嫌気を差されでもしていたら最早止めようがないだろう。

 風太郎が家庭教師という仕事をどんな風に考えているのかと想像すればするほど、暗い気持ちになってしまう。

 そんな沈んだ気持ちが電話越しで伝わってしまったのか、はたまた黙りすぎていたのか、痺れを切らしたようにマルオから話し出した。

 

『とはいえだね。君の教師をさせるとなると多少なりとも適性が必要となる。上杉君も言っていた通り、多重人格の子に勉強を教えるとなれば普通の家庭教師の領分を超えた対応が必要となることもある。他を当たるにしても断られることもあるだろう』

「…………」

『上杉君は多少なりとも実績のある君の先生だ。もし君自身が彼に辞めてほしくないと言うのなら、彼を引き止める方法を考えるのもいいかもしれないと僕は考えているよ』

「お父さん……」

 

 それは三玖にとって少々意外な言葉であった。

 元々風太郎を家庭教師として迎え入れたのはマルオであるが、そこには零奈の意思や風太郎の父親からの強い要望も絡んでいることは何となく話として聞いている。

 なのでマルオ本人としては、同年代の異性を家庭教師につけるのなど反対だと思っていたから引き止めてもいいと言われるとは思っていなかった。

 だけどである。

 マルオの問いに対する返事を考えた時、どうしようかと思ってしまった。

 ここで安易に『続けてほしい』と答えてしまっていいのか分からなかった。もしそうやって答えれば、マルオのことだから単刀直入に風太郎に対して『娘も続けてほしいと言っているから、もう少し頑張ってほしい』などと言いかねない。

 そんな風に言われたら風太郎は逆に引いてしまわないかと、自分はまた余計なことをしてしまうのではないかと思ってしまった。

 だから、答えられなかった。

 

「分から、ない……」

『……そうかい』

 

 返事をしたマルオの声色は、少し沈んだものだった。

 

『"無堂先生と零奈さんの良い出会い"を思えば、君と上杉君も何かの縁だと思ったのだが、残念だよ』

「…………」

 

 その言葉に、マルオが何故風太郎を引き止めてもいいと言い出したのかに合点がいった。

 マルオは自分と風太郎の今回の出会いを、自分の実母と実父、零奈と仁之介の馴れ初めに結びつけているのだろう。

 元は高校の生徒と教師だったらしく、仁之介に憧れて零奈も教師になったとのこと。やがて結ばれた二人によって自分が生まれたことを遠い昔、"まだ仲の良かった零奈と仁之助の二人から"聞かされたことがあった。

 結局"あの事故"によって仁之介は他界してしまい、一人残された零奈を支えたいとマルオが申し出て今に至るわけなのだが。

 過去の恋愛話と結びつけるなどマルオらしからぬロマンチックな考え方だし、常識的に考えれば後夫のマルオが前夫の仁之介などよく思わないものと思うのだが、それほどまでにマルオにとって零奈と仁之介の話は美談として認識しているのだろう。

 だから、マルオは更に続けて往生際の悪い話をしたのだろう。

 

『結論を急ぐ話でもないからね。この話はまた改めて、君の考えがまとまってからするとしよう』

 

 

 

『十月二日 三玖

 二乃、四葉、ごめん。二人に協力しようと思ったんだけど失敗した。

 お父さんの話も聞いてたよね。きっとフータローには家庭教師を続けてもらった方がいいんだと思うけど、どうしたらいいか分からなくて何も言えなかった。

 ごめんね。』

 

 

 

 

 

 翌朝、学校へ登校していた風太郎は自席で頭を抱えていた。

 

(なんであんなこと言っちゃったんだー!!)

 

 昨日の昼、同業の下田という女性から色々とアドバイスをもらったというにも関わらず、その日の晩にはつい感情的になってしまった。

 確かに元々恋愛なんて馬鹿らしいと思っていたのは事実だし、そんな馬鹿らしいことに振り回されているような感覚は常々感じていた。

 だけど昨日の場合は少し特殊で、一昨日の花火大会で一花からもらってしまった苛立ちが消化できないまま三玖からまた恋愛絡みの話をされてしまい、爆発してしまったに過ぎなかった。

 思い返してみれば三玖は自分を困らようとして話をしていたわけではないし、むしろ友好的な雰囲気を感じていた。

 それをぶち壊してしまったのは自分自身だ。

 

「下田さんからの提案だってある……次の中間テストを乗り越えれば給料も上がるんだ……ここは自分を抑えて仕事に徹するしかないだろ」

 

 いつの間にか口から漏れていたが、ともあれ昨日のことは自分の間違いだったと結論付けると風太郎は顔を上げた。

 タイミングよく、教室の扉が開かれると中野が入ってきた。

 昨日は三玖だったが一晩経っていることだし別の人格に変わっていることだろう。

 一花だった場合、少々話しづらいとも思ったがとにかく昨日のことを謝ろうと覚悟を決めると、昨日と同様に風太郎の横を通り過ぎようとした彼女へ話しかけた。

 

「よ、よう、おはよう」

「──」

 

 こちらの呼びかけは間違い無く聞こえていたようで、一瞬こちらを見はしたものの早足で通り過ぎていってしまった。

 明らかに動揺の色が見えた表情は、昨日ことを引きずっているのだろうと風太郎ですら察することができた。

 だから、風太郎は自分に原因がある以上ここで引き下がってはいけないと喝を入れると、もう一度意を決して席を立ち彼女の席へと向かった。

 昨日と少しデジャブを感じた。

 席の前に立つと、彼女は鞄のものを出す手を止めてこちらを見上げた。

 対して風太郎は自分が挙動不審になっている自覚を持ちながらも話を続けた。

 そういえばこいつの転校初日にも同じようなことがあったなと思った。

 

「き、昨日は……わ、悪か──」

「気にしないでください。"上杉さん"は何も悪くありませんよ」

「え……」

 

 話を遮られた風太郎は顔を上げた。

 ようやく直視した眼前の彼女は昨日のことなどまるで気にしていないような笑顔を浮かべていた。

 丁寧な口調で話すことから一瞬五月かと思ったが、それにしてはあまりにも温和な雰囲気で、まるで──

 

「私も少し浮かれ過ぎていたみたいです。困らせるつもりはなかったんですけど……上杉さんの気持ちは昨日きちんとお聞きしましたから……」

「お前、四葉か?」

 

 風太郎の問いに、四葉は頷いた。

 

「だから、ちゃんと距離を取りますね……ごめんなさい、ちょっとお手洗いに行ってくるので付いてこないでくださいね」

 

 それから四葉は荷物をそのままに席を立つと、教室の外へ出ていったっきり、朝のHRが始まるまで戻ってこなかった。

 席に戻らざる得なくなった風太郎は席に戻ると再び頭を抱えたのであった。

 

(家庭教師の仕事……終わったかも……)


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