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TS転生したからロールプレイを愉しむ 作者:ドスコイ

序章

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第三話(表)――――だが僕と言う例外が存在する

「(……ルークス様は本当に綺麗だな)」


 部屋の隅に控えるシンはソファーに腰掛け酒瓶を呷る主を見つめ色っぽい溜め息を零す。

 彼女がルークスの押し掛け”奴隷”となって一週間。

 ルークスは特に何をするでもなく拠点として奪い取った貴族の屋敷でぼんやりとしていた。


「(未だに分かんないけど、ルークス様は一体何をどうしたんだろ?)」


 シンはルークスが屋敷を奪う瞬間を見ていた。

 見ていたが何一つとして理解が出来なかった。

 無遠慮に屋敷に入ったルークスを誰が咎めるでもなく素通し。

 元の主やその家族、使用人らは何をするでもなく大人しく屋敷を去って行った。

 事前に話が通っていた? いや、どう話を通せばそうなると言うのか。

 第一、


”此処で良いか”


 あの口振りから察するにルークスはテキトーに拠点を見繕った可能性が高い。

 事前に話を通すなんて不可能だ。


「(……あたしにそう見せ掛けたってんなら筋は通らんこともないが)」


 ルークスがそんな真似をするとは思えない。

 だからこそ不可思議なのだ。

 とは言えシンにも分かることがある。


「(きっと、考えても無駄なんだろうな)」


 時間を止めたり特定の個人を認識出来なくしたりなど常軌を逸した力を振るうのだ。

 ”出来ないことはない”と考える方が自然だろう。

 それでもついつい考えてしまうのは、少しでもルークスを知りたいから。


 ルークス自身は何も言わないがシン本人は己をルークスの奴隷だと認識している。


 あれほど自由を願った彼女が、だ。

 自由を差し出しても構わないと思うほどにシンはルークスに惹かれていた。

 恩もあるがシンにとってルークス・ステラエは揺ぎ無い”真実”なのだ。

 自由を奪われ最底辺に叩き落とされたことでシンは世界の本質を悟った。


 腐っている、どうしようもない、欺瞞と嘲りに満ちた掃き溜めこそが人と世界の本質なのだと。


 総てに価値無し、確かなものなんて何一つ無い。

 目に映るものは何もかも虚構で、硝子細工のようにあっさり砕け散る虚しいもの。

 だからこそルークスの絶対さにどうしようもなく心を惹かれた。

 どんな悪意も彼女を損なわせることは出来ない。

 至高にして永久不変の輝き、世界が滅びたってルークス・ステラエだけは変わらず存在し続ける。

 そんなある種の安心感にどうしようもなく胸が焦がれた。


「……何だ?」


 見蕩れるシンに怪訝な顔をするルークス。


「い、いえ! 何でもありません!!」


 慌てて頭を下げるとルークスは興味を失ったようにまた視線を宙に彷徨わせ始めた。

 瞳には今日も今日とて消えぬ失望と諦観。

 あの目を見る度、シンは思うのだ。


「(……やっぱり優しいよな、ルークス様って)」


 ルークスにはきっと瞬きする間にこの世界を終わらせてしまえるだけの力がある。

 なのにそれをしていない。失望し、諦めきっていると言うのにだ。


「(あたしもきっと似たような目をしてる……いや、あの御方ほどの深さは無いかもだけど)」


 もしも自分が同じ力を持っていたらきっと世界を終わらせていた。

 こんな世界に意味も意義もありはしないと。

 たかだか十年少し生きた程度の自分ですらこれだ。

 気の遠くなるような時間を生きて来たルークスはもっと多くの醜いものを見て来たのだろう。

 だけど、未だ世界は続いている。


 それはルークス・ステラエと言う人間の根底にある優しさゆえだろう。


「(……あたしの声を聞き届けてくださったのもそう)」


 奴隷の小娘が上げた叫びなど拾い上げる必要なぞどこにもありはしない。

 だけどルークスは無視せず聞き届けてくれた。

 手を差し伸べ、力と自由、そして名前をくれた。

 最初は気紛れだと思っていたし、シンとしても別にそれで構わなかった。

 例え気紛れであっても自分にとっては生涯を尽くし恩を返すべきだと思った相手だから。

 だが名を貰った直後にそれが誤りであったことを知る。


”小汚い野良犬に傍をうろつかせるような趣味は無い”


 そう言い放つや血や垢で汚れ放題だったシンの身体を浄化。

 後で鏡を見れば伸び放題だった髪も肩のあたりで綺麗に切り揃えられていた。


「(あれはびっくりしたな)」


 それだけでもシンにとっては十分だった。

 だと言うのにルークスは更に服や靴まで与えてくれたのだ。

 その衣装のデザインを確認した瞬間、シンは確信した。


 あ、この人すっげえ優しいと。


 人生の大半を掃き溜めで過ごして来た彼女にお洒落なんてものは分からない。

 それでも、服を並べられれば好きな色やデザインぐらいは判別出来る。

 その漠然とした好みを酌み取り編み上げてくれるのだから頭が上がらない。


「(……他にも野垂れ死にされたら掃除が面倒だってお金もくれたり)」


 口も態度も傲岸不遜極まるが中身はえらく優しい。

 威に溢るる風格とそれに見合う力を備えた超越者からそんな優しさを向けられてみろ。

 シンのような境遇の少女がドップリとハマってしまうのも無理はないだろう。


「……」


 シンが想いを募らせているのを知っているのか知っていないのか。

 ルークスは気怠るげな顔で宙に何かを描いていた。


「(何やってるんだろう?)」


 白く細い指が踊る度に光の筋が走り何もない空間に幾何学模様が刻まれていく光景は中々に美しい。

 だがそれはそれとして、その行為に何の意味があるのか。


「(学が無い……いや、あっても分からなさそうだな。聞いたら教えてくれるかな?)」


 だが直ぐに思い直す。

 説明されても自分の頭じゃ一割も理解出来そうにないと。


「……鬱陶しいな」

「ひゃう!? あ、あの……あたし、何か気に障るようなことでも……」

「何か言いたげで、その癖言葉にせず黙って飲み込む。それを何度も繰り返している人間が視界の隅に居て快いと思う者が居るか?」


 居るとすればよっぽど奇特な阿呆だとルークスは嘲る。

 この魔女は別に心を読んだ訳ではない。

 心を読まずともそうと分かるぐらいシンが百面相をしていただけである。


「ご、ごめんなさい!」

「謝罪は要らぬ。至らなさを指摘されたのであれば改めることだけを考えればよいのだ」


 埃を払うように軽く手を振り幾何学模様を消し飛ばす。

 そこでようやくルークスの視線がシンに向けられた。


「……」


 黙って己を見つめる主、


「(えーっと……改めろって言うのは表情に出すなとかそう言うことじゃなくて……)」


 言いたいことがあるなら口にしろ。

 話ぐらい聞いてやる――無言の視線はそんな意思表示なのだろう。

 素直じゃないから分かり難いが、考えれば察せないこともない。


「(えへへ、嬉しいな)じゃ、じゃあ良いですか?」

「何だ?」

「その……あの、不敬かもしれませんが……あ、あたしもルークス様みたく強くなれるでしょうか?」

「…………それが私に聞きたいことなのか?」

「さっき何やってたとかも気になりますけど、他にもお聞きしたいことが沢山あったので」


 その中から優先順位の高いものを見繕ったのだ――と言っても別にこれが一番と言う訳ではない。


 どうして自分を助けてくれたのか。

 何を考えて生きているのか。

 一体何者なのか。

 どうして望みを失い諦念に身を委ねることになったのか。

 今投げた問いより優先順位が高いものは幾らでもある。

 ただ、心の奥深くに立ち入るような質問については答えてくれないだろうと省いただけ。


「更なる力を望むのか?」

「……はい」


 嘘偽らざる想いだった。

 力を得てどうしたいのかは分からない。だけど、どうしようもなく力が欲しいのだ。

 シンは自らの裡で燻り続けている憤怒を自覚していない。

 自覚していればそれに起因するものだと理解出来るだろうが気付ける日が来るのかどうか。


「それで、その、どうでしょう……?」


 不安げな瞳で問いを重ねる。

 強くなれるかどうかなんて流した血と費やした時間に比例する、ゆえに明確な答えを出せるはずがない。

 シンもそれぐらいは承知の上だがルークスほど規格外の存在ならば話は別だ。

 理屈をすっ飛ばして結果だけを教えてくれるような気がしてならないのだ。


「知らん」

「え?」

「貴様が強くなるかなぞ知らんと言ったのだ。そも、私からすれば皆同じようなもの」

「(あー……それは確かに……)」


 ルークスぐらいになれば蟻も人も変わらない。

 何の抵抗も出来ずに蹂躙されることを定められたか弱き命だ。


「だが、私のようにと言うのならばそれは不可能だろう。

私が師から受け継ぎ、己で育んだものを受け止められるだけの器が無い」

「ルークス様の、お師匠……?」


 しぱしぱと目を瞬かせるシン。

 才能が無いと言われたことよりも、ルークスに師匠が居たと言う事実の方が衝撃的だったらしい。


「何だ?」

「い、いや……ルークス様は生まれながらにルークス様だったと思ってたから……」


 語彙の貧弱さえゆえ曖昧だがニュアンスは分かるだろう。

 ルークス・ステラエは常識の外に座する存在だ。

 女の胎から生まれたとも思えないし、赤子の時代があったとも思えない。

 努力するまでもなく力は傍に在り、誰に教わるでもなくそれを十全に振るう。

 常識的に考えればあり得ないことだが、シンにとってのルークスはそんな桁外れの怪物だった。


「ククク――アッハッハッハッハ!!」

「る、ルークス様!?」

「いやいや、貴様は愉快な存在だな。女神だ何だのとほざいたり……フフ、諧謔の才はあるようだ」


 突然笑いだすものだから自分は気に障るようなことを言ってしまったのでは?!

 と一瞬焦るシンであったがどうにもそんな感じではない。

 本当に心の底から愉快な冗談を聞いたと思っているようだ。


「期待外れだろうが、私にも師は居たさ。私なぞ足許にも及ばぬ立派な御方がな」

「(あ……)」


 初めてその黄金の瞳に失望と諦観以外の感情が宿った。

 それは深い尊敬の念であり愛情であり哀愁であった。


「(過去形、なんだな)」


 申し訳なさで思わず目を伏せるシンであった。

 だが一方のルークスは瞳こそ何時も通りのそれに戻ってしまったものの上機嫌だ。


「それで? 他に聞きたいことはないのか? 今は気分が良い、もうしばし付き合ってやらんこともないぞ」

「え? じゃ、じゃあ……」


 折角、主の機嫌がよいのだ。

 もっと上機嫌になってもらうために笑えるような質問を。

 そう意気込み口を言葉を紡ぐシンであったが、


「ルークス様みたいに胸が大き――――ッッ!?」


 ズン! と強烈な揺れを感知する。


「じ、地震!? いや、これは……!」


 地面が揺れている訳ではない。

 空間だ。空間自体が大きく震えている。

 何の前触れもなく起こった異常に警戒を露わにするシンだがルークスは違った。


「私の胸がどうした?」

「い、いやルークス様……こ、これ……」


 グラスを傾けながら続きを促すルークス。

 不思議なことにグラスの中を満たす葡萄酒は波紋一つ立っていない。


「ん? ああ……蜥蜴が一匹迷い込んだだけだろう」

「と、とかげ……?」

「存外肝が小さいな」


 左手にグラス、右手にボトルをぶら下げたまま立ち上がったルークスはそのまま窓際へ。

 手も触れていないのに窓が開かれバルコニーへの道が現れる。


「ほれ、あれだ」


 顎で空を指す主、正直な話をすればシンは動くのも手いっぱいだった。

 それでもどうにかこうにかバルコニーまで這い出て、空を見上げる。


「――――」


 言葉を失った。

 空には王都を丸ごと覆い尽くさんばかりの巨体を誇る白銀の竜が居た。

 美しく、雄々しい。

 言葉にすればそれだけだが、その度合いが違う。


「(る、ルークス様と同じぐらいやべえ……!)」

「ああそうだ、アレを殺すことが出来れば強いと言えるのではないか?」

「(んな無茶な……!?)」


 からかうような口調、本気ではないことぐらいは分かっている。

 それでも無茶だとツッコまざるを得なかった。


「さて、どうするのかな?」

「(……ホント、どうすんだアレ)」


 今のところ竜は何もしていない。

 しかし、何かしようと思えば王都は一瞬にして地獄へ様変わりするだろう。

 仕掛けないのが一番、だが放置するにはあまりに危険過ぎる。


「冒険者への召集がかかってる! おら、さっさと行くぞ!!」

「ックショー! 何なんだよアレ!?」

「魔女様に任せときゃ大丈夫じゃねえのかよ!!」

「非戦闘員は誘導に従って!!」


 傍観者を気取っているルークスらと違い人々は実に慌ただしい。


「! ルークス様、気のせいか、アイツこっち見てないですか?」


 ビリビリと鳴動する大気。

 大きく開かれた口の奥では小さな太陽の如き熱量を秘めた光球が不気味に輝いている。


「チッ、面倒な」


 世界が凍て付く。

 シンはこの感覚を知っていた、ルークスが時間を止めたのだ。

 だが静止した世界の中においても竜の動きは止まらず破壊光線が放たれた。

 迫り来る破壊光線、その速度は音を越えていた。

 しかしそれがルークスらを呑み込むことはなかった。

 半ばほどで圧し折られたようにその軌道が変わり破壊光線は空へと昇っていく。


「(す、すげえ……!)」


 唐突に始まった生態系の頂点に立つ最強達の対峙。

 力を渇望するシンはじゃれ合い程度ですら神話の領域に達する二頭に心を奪われていた。


『成る程、貴様がそうであったか』


 地響きのような声が空より降り注ぐ。

 声だけで心を折られてしまいそうな威圧感にたじろぐシンであったが、


「(無様は見せられねえ……!)」


 自分はルークス・ステラエの奴隷だ。

 あの竜に自分が見えていないとしても無様を晒す訳にはいかない。

 その一心でグッと歯を食い縛って竜の声に耐える。


「やかましい、息が臭い、とっとと失せろ」


 いっぱいいっぱいのシンと違いルークスは実に何時も通り。

 態度がデカイのも口が悪いのも何一つとして変わっていない。


「(やっぱ半端ねえ……自分とタメ張るような奴相手にも堂々としてて超カッケーよ!!)」

『今しがた、時間が止まったような気がした。寝惚けていたので勘違いかとも思ったが……ククク』


 今しがた、と言うのは先ほど光線を放つ際に時間を止めたことではない。

 シンが閉じ込められている地下牢に赴いた時のことである。

 規格外の寿命を持つ竜であるがゆえに時間の感覚も人のそれとは違うのだ。


「それで? だからどうしたと言うのだ」

『我は生命の極点。誰が異を唱えることも出来ぬ至強である』


 竜はさも当然のように言ってのけた。

 傲慢? いや違う、最強を自認するに相応しい力の持ち主なのだとシンは唇を噛む。


「(一番すげえのはルークス様だって信じてるけど……)」


 そのルークスですらアレを倒そうと思えばその力の総てを見せざるを得ないだろう。

 その事実がシンにとっては悔しくて悔しくてしょうがなかった。


『極みに至った者には責務がある。ただ怠慢に耽るは愚者の所業なり。

誰も辿り着けぬ頂に在ろうとも、更に上を目指さねばならぬ。

立ち止まることが許されぬのだ。それこそが至強の責務である。

嗚呼、だが悲しいかな。皆、餌でしかないのだ。”敵”と成り得る者には中々出会えぬが現実。

餌を幾ら喰らったところで肥え太るのみ。高みへと至るための糧にはならぬのだ』


 だがようやく、気の遠くなる時を経て”敵”が現れたのだと竜は笑う。


『我には届かずとも敵と成り得るだけの力を貴様は備えている。光栄に思え、貴様は我が力の糧となるのだ』


 大上段からの物言い、しかし不遜さではルークスも負けていない。


「話が長い、つまらない。図体がデカイだけで威厳も何もあったものではないわ」


 グラスのワインを呷りながら竜を煽る。


「ああだが物珍しくはあるか。お喋りな蜥蜴、見世物小屋に売り飛ばせば小遣い程度にはなろうさ」

『何時の時代も人間と言うものは愚昧よな。まるで己が万能の神にでもなったかのような振舞いをしおる。

しかし、赦そう。貴様にはそれだけの力がある。我には及ばぬとて勘違いしてしまうのも無理はない』

「……はぁ。場所を変えるぞ」

『ほう、同族に対しての情か』

「戯けが。年甲斐もなく蜥蜴と戯れている姿なぞ誰に見せられるか」


 ルークスが空を指でなぞると竜と地上との間に次元の裂け目が出現する。

 竜は一度愉快そうに嘶いたかと思うと躊躇うことなく裂け目の中に飛び込んだ。


「貴様はどうする?」

「え……あ、あたしは……」


 シンは少し逡巡するものの意を決した瞳でルークスに願う。


「……お赦し頂けるのであれば見届けたく」

「そうか」

「わわ!!」


 シンを小脇に抱えルークスは次元の裂け目に飛び込んだ。

 裂け目の向こうにあったのは不毛の荒野。

 果て無く続く死に絶えた大地と分厚い雷雲が空を覆い尽くすその場所は……成るほど確かに気兼ねなく暴れられそうだ。


「アイタ!?」


 荒野に辿り着くと同時にポイ捨てされたシンが尻もちをつく。

 雑な扱いではあるが文句はまったくなかった。


「(あ……これ……)」


 ルークスは最早欠片もシンに意識を向けていなかった。

 だが無関心と言う訳ではない。

 その証拠に、今シンを温かな光が包み込んでいた。


「(あたしを護るための結界だ)」


 戦いの余波で塵のように消し飛ばぬようにとの配慮だろう。

 主の慈悲に胸を熱くさせながらシンはその場に座り込んだ、しかも正座である。

 これから始まる戦い、その一挙一動を見逃さぬと言う強い意思を感じる。


『フフフ、餌はともかく敵に対して手を抜くような礼を失した真似はせん』

「御託の多い奴だ。何かするならさっさとしろ」

『ハハハハ! 何千……いやさ、何万年振りだ? 我がこの姿を見せるのは!!』


 その巨体が光に包まれたかと思えば、竜は少年に姿を変えた。

 銀髪銀眼、背はシンより少し高いぐらいでその身体つきは華奢の一言。

 中性的な顔立ちはその手の性癖を持つ変態にとっては垂涎ものだろう。


「……ふぅ、久しぶりだから上手く出来るか不安だったけど、ちゃんと出来て安心したよ」


 鈴が鳴ったような愛らしく澄んだ声。

 先ほどまでの威厳溢れる低音とは大違いだ。

 しかし、この少年が竜であることに疑いはないだろう。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 シンの呼吸が荒くなる。

 少年の姿をした竜が無意識に発する圧に怯えているのだ。


「垂れ流しにしていた力を凝縮したと言う訳か」

「御名答。罪なものだね、力に指向性を持たせるだけで此処まで極まってしまうのだから」

「……アホらしい」


 右腕に巻かれていたリボンが両刃の長剣に形を変える。

 ルークスは具合を確かめるように軽く振るい、その切っ先を竜に突き付けた。


「さっさと始めるぞ」

「その前に名を名乗りなよ。闘争の作法と言うものだ」

「……ルークス・ステラエ」

「極殲竜バハムート――――いざ、参る!!」


 侮りはしない、本気で戦う。

 竜――バハムートのその言葉に偽りはなかった。

 ルークスが仕掛けるよりも先に大地を蹴り彼女に接近、嵐のような拳打を繰り出す。


「……」


 一撃一撃が大陸を砕いても尚、余りある力を備えた連打だ。

 その余波だけで大地が抉れ、雲が吹き飛ぶ。

 そんな攻撃を涼しい顔で受け止め続けているルークスだが、


「(ぼ、防戦一方だ……)」


 表面上は余裕があるように見える。

 だがそれなら何故、反撃しないのだ?

 シンの目には二人が何をやっているかなんて見えてはいない。

 それでも攻撃や防御と言う過程を経ての結果であれば、ある程度は理解出来る。

 攻撃の余波で小さくではあるが傷を負っていくルークス、傷一つ負わぬバハムート。

 どちらが優勢かなど子供にも分かる。


「時の氷結、それが君の得意技であり切り札なのだろう?

時を凍て付かせる、それだけでも人の身には余る業。

だと言うのに君は更にその先を行っている。世界規模で時間を止めてしまうなんてね、素直に凄いと思うよ」


 時間さえ止めてしまえば後はやりたい放題だ。

 無敵の盾にして無敵の剣。

 それを備えるルークス・ステラエに届き得る者なぞ居ないだろうとバハムートは笑う。。


「――――だが僕と言う例外が存在する」


 無敵の盾も無敵の剣も意味を成さない。

 それは何故か、


「格の違いだ。時間停止に縛られるような弱者とは違うんだよ」

「……」

「ああ、君が時間停止だけの女だと言っている訳ではないよ?

それしか取り柄が無いなら、こうして僕の攻撃を受け続けることすら出来やしないからね」

「……」

「見事な剣の腕だ。君が餌ならば、信条には反しないから受けてあげても良かったんだけどね」


 戦闘形態を最後に取ったのは随分と前だ。

 しかし、その時の敵もそれ以前の敵もこれほど長くは耐えられなかった。

 シンプルな殴る蹴るを突き詰めて最強の武器と化した自分を前にすれば、皆容易く砕け散ってしまう。

 その点でもルークス・ステラエは規格外だとバハムートは惜しみない賛辞を贈る。


「……」


 大上段からの見下した物言いにもルークスは無言を貫く。

 いや、喋る余裕すらないのだとシンは思った。


「ルークス様! あたしのことは構いません! 全部の力を使ってください!!」


 シンは自分がルークスの足を引っ張っているのだと考えている。

 結界に回している力も注ぎ込めば、戦況は変わるのだと。

 しかし、


「ハハハ! お嬢さん、その程度の力を加算したところで意味は無いよ」


 バハムートの一際強い一撃によりルークスが彼方へ吹き飛ぶ。


「完全に防いでいたようだけど受け止め切れなかったようだね」


 そう言ってバハムートは間髪入れずに最大出力のブレスを放つ。

 真っ直ぐ放たれた光線はルークスが消えた方角を進み、やがて甚大な爆発を巻き起こした。

 夜のように薄暗い荒野が一瞬にして昼間になったかのような光と総てを焼き尽くさんとする熱が荒野を渦巻く。


「やれやれ、今のを囮にして最高の一撃を叩き込むつもりだったんだけど……駄目だったか」


 苦笑するバハムートの左拳には最大限度にまで圧縮した力が注ぎ込まれていた。

 ド派手な目くらましを囮に使ってそれを叩き込むつもりだったと本人は言っているが……それは嘘だろう。

 言動の節々からも分かるようにバハムートの気位は高い。

 礼を尽くしているように見せ掛けてその実、どこまでも相手を見下し切っている。

 ハナからブレスだけで終わることは分かっていたのだ。


「る、るーくす……さま……?」


 結界のお陰かシンは無傷だった。

 だが、その表情は絶望で塗り潰されている。

 誰にも、何にも損なわれぬはずの”絶対”がやられたことが信じられないのだ。


「――――呼んだか?」


 聞こえるはずのない声がシンとバハムートの耳朶を揺らす。


「「!?」」


 ルークスは健在であった。

 ドレスがボロボロになり傷が増えていてはいても、五体満足でバハムートの背後に佇んでいた。


「ッ!」


 バハムートは咄嗟に身体を捻りその勢いで”最高の一撃”を放つ。

 力の籠め方、重心の移動、何もかもがパーフェクトだった。

 しかし、


「ふむ」


 それはまるで意味を成していなかった。

 無防備に顔面を打ち抜かれたと言うのに、その頭部は原形を保っている。

 一応、額からだらだらとかなりの血を垂れ流しているがそれだけ。

 重傷なのは事実だが、その命の火は変わらず燃え続けている。


「――――で、それだけか?」


 ぺロリと血を舐め取りながら呆れたようにそう言い放つルークス。

 そう、誤解していたのだ。

 シンも、バハムートも、ルークス・ステラエと言う最強の魔女を見誤っていた。


「ば、馬鹿な……」


 唖然とするバハムートに更なる追い打ちが放たれる。

 瞬く間に傷が塞がりドレスも新品同然に修復されたのだ。

 まるでお前の行いに何一つとして意味は無かったのだと嘲笑うように。


「やれやれ、極限まで防備を薄くしてやったのにこの程度とはな」


 ルークスの口から更に信じられない言葉が紡がれた。

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