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人間であることをやめる。

とある禅僧とイベントに出た。主催者の女性から「この禅僧と坂爪さんは似たことを言っているから是非一緒に出演して欲しい」と言われ、呼ばれた。この禅僧は高名で、ファンも多い。面白がって出たが、俺とは全然違うと思った。禅僧は、禅の言葉を引き合いに出しながら「とらわれないこと」の重要性を語った。私は、彼が、とらわれないことにとらわれているように見えた。禅の教えにとらわれているように見えた。宗教家も大変だなと思った。自分ができていないことを、布教しなければならない。言っていることは正しいのだが、波動は重かった。

とある医者に呼ばれた。この医者は、自分だったら絶対に飲まない薬を患者に処方しなければならないことに苦しんでいた。医療業界の利権云々の関係で、薬を処方しないと生活していけない。だから、本当は薬を出したくないけれど生きるために薬を出していると医者は言った。医者も大変だなと思った。生きるために、詐欺師みたいなことをやらなければならない。医者を辞めたらどうですかと聞いたら「こどもを養わなければならない」と言った。自分がいなければ会社が回らないとか、家庭が回らないとか言う人がいるが、多分、違う。自分なんかいなくても世界は回る。回ってくれないと、困る。

とあるヒッピーに呼ばれた。俺たちと坂爪くんはとてもよく似ているから、一緒に何かやろうと言われた。私は「俺とは全然違うな」と思った。彼らはラブ&ピースを標榜しながら、現代社会と戦争をしたがっているように見えた。内部闘争も絶えない。常に、誰かとバチバチやっている。ヒッピーも大変だなと思った。権力から自由になりたくて作った組織の中で、権力争いをしている。これから宗教も病院も学校もなくなるのだろうなと思った。自分の教えは自分で決める。自分の病気は自分で治す。自分の信念は自分で生きることになるのだろうなと思った。幸せな共同体を目指すことよりも、幸せな個体を目指すようになるのだろうなと思った。

とあるカウンセラーに呼ばれた。普段は人の話を聞くのが仕事だが、そのカウンセラーは「私には根深い無価値感がある。無価値感が私の課題だ」と言った。私は、心理学にはまった人々が多用する『課題』という言葉がわからない。パートナーシップが課題だと言う女性は多い。課題ってなんだ。会話も運動もパートナーシップも、本来楽しくて気持ちいいものだ。本来楽しくて気持ちいいことが「克服するべき問題」になると、楽しくも気持ちよくもなくなる。問題と自分が同一化して、深刻になるだけだ。深刻になる考え方を採用して、自分はまだまだ修行が足りないと思い込むと、さらに波動は重くなる。人生に、課題なんてものはないと思う。

出会った人から「坂爪さんは坂爪圭吾であることが仕事ですね」と言われる。だが、私は、坂爪圭吾という名前さえ邪魔だなと思う。坂爪圭吾が仕事になると、坂爪圭吾という役割を生きるようになる。それを言うと「それでは、人間であることが仕事ですね」と言われる。だが、私は、自分は人間であると言う意識さえ邪魔だなと思う。人間が仕事になると、人間という役割を生きるようになる。心が病んだ人が増えた社会では「あなたは必要な存在ですよ」的なことを言って励ましたがる人が増えるが、私は、逆だ。肩書きなんて必要ない。名前なんて必要ない。自分なんて必要ない。自分にしか出来ないことをやりたいだなんて、微塵も思わない。自分がいなくても世界は回る。自分は必要な存在ではないからこそ、すべてを手放して、すべてを享受することができる。自分の代わりはいくらでもいる。だからこそ、俺たちは自由だ。

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おおまかな予定

6月2日(日)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com

SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z

バッチ来い人類!うおおおおお〜!

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