陸上自衛隊の幹部らが靖国神社に集団参拝した問題で、防衛省は調査結果と処分を公表した。憲法に定められた「政教分離」の原則を踏まえ、宗教の礼拝所への部隊参拝を禁じた1974年の事務次官通達には違反しないと判断。しかし公用車の使用は不適切とし、参拝を主導したとされる陸上幕僚副長を訓戒とするなど計9人を処分した。
陸自トップの陸上幕僚長も監督責任を問われ、注意となった。全員が休暇を取り、参加の強制はなく、玉串料も私費で支払われ、私的参拝だったと結論付けた。ただ20人以上が参加した参拝の組織性を重く捉えず、処分理由を公用車使用に絞った点には疑問が残る。
靖国神社は幕末以降、国のため命をささげたとされる軍人・軍属を「英霊」として祭り、戦前・戦中は軍国主義や植民地支配と強く結び付いて国民を戦争に駆り立てるのに利用された。極東国際軍事裁判で「平和に対する罪」などに問われて刑死や獄死に至ったA級戦犯14人も合祀(ごうし)され、参拝は戦後解体された旧軍との連続性を想起させる。
戦争への反省を忘れて正当化しようとしているのでは―と疑念を抱かれても仕方ないだろう。折しも能登半島地震の被災地で救命・救助活動が本格化する中、今回の問題は起きた。猛省して規律の徹底を図る必要がある。陸自にととまらず、防衛省・自衛隊全体と靖国神社との関係を検証することも求められよう。
集団参拝が行われたのは今月9日午後。陸上幕僚副長が委員長を務める陸自航空事故調査委員会の関係者が参加。新年の航空安全祈願が目的とされ、全員が時間休などを取得し私服で臨み、聞き取りには「公式参拝的な意味合いではない」という趣旨の説明をした。
74年の通達は部隊参拝や参加強制を禁止。2015年、陸自化学学校が「精神教育の一部」として靖国神社に参拝し、通達違反で処分された。
今回の参拝で防衛省と靖国神社との間を公用車で往復した副長は「能登半島地震の災害派遣中で、速やかに職務に戻るための備え」と説明。参拝については「私的な行為」としたが、午後3時半から4時まで30分間の参拝計画は、陸上幕僚監部内で行政文書として作成・共有されていた。
案内は41人に送られ、22人が参加した。参加の強制はなかったとはいえ、組織的な参拝を否定するのは難しいだろう。
かつて靖国神社は国家神道の中核的な施設として、陸軍省と海軍省の管理下にあった。戦後は国家から切り離されて一神社になったものの、境内に併設された遊就館の展示などを通じて、先の大戦はアジア解放のためだったとする「靖国史観」を提示。近隣諸国などから「戦争美化」に厳しい視線が注がれている。
そうした中、防衛大学校学生が自主的に参加する学校から靖国神社までの夜間行進や、遠洋航海前の海上自衛隊幹部による集団参拝に懸念の声が上がったこともある。
憲法は信教の自由を保障している。自衛官が一個人として靖国神社に参拝することには何の問題もない。しかし厳しさを増す国際環境に対応するため防衛力の抜本的強化が叫ばれ、自衛隊の任務拡大と装備増強が続いている時だ。実力組織である自衛隊は組織的参拝がもたらす影響をこれまで以上に意識し、行動を律していく必要がある。(共同通信・堤秀司)