全て自分でデザインし 突破していく力を

大嶋功 法テラス壱岐法律事務所所長

弁護士になった経緯を教えて下さい。

大学卒業後の6年半、大手外食チェーンで働いていたのですが、ひどい腰痛の症状がでてしまい立ち仕事が厳しくなりました。「次の仕事を探さなきゃ」という状態の時に1冊の本に出合って。弁護士過疎地の北海道・紋別市に赴任した松本三加先生を追った『ひまわり弁護士』というノンフィクションなんですが、どれだけ儲けられるか」という価値観ではない仕事があるのか、と衝撃を受けました。ちょうど法科大学院制度が始まった頃で、法学部出身者以外にも門戸が開かれていたので「それだったら自分もやってみよう」と思ったのが弁護士を目指したきっかけです。人を助けて喜んでもらえてお金ももらえる仕事って素晴らしいな、と。なので「ちゅうぶ」の制度は渡りに船でした。

弁護士過疎地と都市部、仕事をする上で違いは。

ここでは困っている人に、より密接に関わることができます。名古屋にいた頃、「何とかしてあげたいが金額的に受任できないということもありましたが、弁護士過疎地ではそうも言っていられない。その人のために何とか方法を考えます。また、配当が生じる破産管財事件など都市部ではベテランの弁護士がやるような事件が回ってくるので、キャリアの面でも良い経験が積めています。

都市部と同様の事件でも、ここでは方針を立てることや打ち合わせの日程調整などあらゆることを全て自分でデザインして、自分一人の力で進めていかないといけない。先輩や上司から指示を受けることが無い分、自分の力で考え突破していく力がつく点は、都市部と大きく違う良い点だと思います。困る点は、アクセスできる文献量が都市部と比べ少ない点ですね。

壱岐島特有の案件や苦労はありますか。

特有の案件としては農漁業関係ですかね。事件に農地や船が出てくることはあります。農地の売却には知事の許可が必要となり、通常の土地の売買より難易度が高いです。苦労は、島外への交通機関が基本的に船しかないので、海が荒れて船が欠航になると全てが止まってしまうこと。スーパーから物が無くなるし、郵便が止まって仕事にならない時もありました。一度、司法修習先の先生が激励に来てくれたんですが、帰りの船が台風で止まっちゃって。はみ出た一日分の予定を全てキャンセルしなくてはならず本当に大変そうでした(笑)。飛行機も一部あるけど住民の足ではないので。

弁護士にとって必要な能力とは何だと思いますか。

自分の頭で考え、調べ、解決へ向けて事件を進める力、困難を突破していく力がマチ弁には一番必要だと思います。法的な問題は弁護士なので当然対応できなければいけませんが、手続きや相談者の金銭面など事実上の問題にも対応しなければならない。裁判で白黒をつける、ということだけではない問題解決力が求められています。依頼者のニーズをくみ取り、妥当な解決を模索する力。私自身もまだ勉強中です。

過疎地で弁護士をする意義とは。

都会では受けられる法的サービスが、離島に住んでいるというだけで受けられないのは住民にとって大きな不利益です。郵便や水道やガスと同様に、弁護士の仕事もユニバーサルサービスであるべきだと思います。等しく相談が受けられる環境をつくることに意義を感じます。


仕事の喜びと厳しさを感じる部分は。

しんどいのは、きりがないという点。一つ一つの相談は依頼者にとって人生の分岐点となるほどに重要で、結果によって人生が180度変わりかねない。それが次から次に舞い込むというのは、この仕事のタフな面だと思います。それでも「解決して良い方向に行けたな」と自分と依頼者が思えた時、喜びを感じます。

私自身、学生時代は答えがあるものを本で調べたり覚えたりするのが勉強だと思っていたのですが、実際は答えなんてないし、やり方も決まっていない。「じゃあどうするんだ?」となった時に、自分の頭で考えるしかない。学生は司法試験に合格するのが一番大事ですが、実務に出た時には自分の頭で考えることを忘れないでほしいです。

プロフィール

大嶋功(おおしま・いさお)。2016年9月から長崎県壱岐市・法テラス壱岐法律事務所所長(6代目)。44歳。愛知県小牧市出身。信州大学理学部数理・自然情報科学科を卒業後、大手外食チェーン勤務を経て金沢大学法科大学院の未修者コースへ。弁護士法人大樹法律事務所(名古屋市)に3年半ほど在籍後、壱岐市へ。12年弁護士登録の6年目。趣味は読書。


事務所と地域について

担当エリアは基本的に壱岐島内全域。この地域の管轄の裁判所は長崎地裁壱岐支部。相談は年間100件以上。島内には「法テラス」と壱岐ひまわり基金法律事務所の2法律事務所がある。壱岐は対馬と福岡県の中間にあり玄界灘に位置する島で、同名の市の一島一市体制。人口約2万7000人。基幹産業は農漁業。太古から東アジアと日本を結ぶ海のシルクロードの拠点として栄え、歴史遺産や神社が多く残る。地元民の島外への主な移動手段は博多と島を結ぶ船便で、長崎県本土より博多の方が身近な存在。麦焼酎の発祥地でもある。