皇帝
司令室のモニターに流れた映像は、丁度ブレイブが崩れていくところだった。
その様子を見ていたミアは、目を見開き、呼吸が乱れている。
「き、し――様?」
目の前の映像が理解できなかった。
悪い夢でも見ている気分だ。
ミアが両手で頭を押さえると、髪が乱れてしまう。
「嘘だ。嘘だよ。こんなの嘘だよ!」
ミアが涙を流す。
自分に優しかった――自分を守ってくれたフィンが、アロガンツに倒されてしまった。
そのことがミアには処理しきれなかった。
そんなミアに悲しい瞳を向けるのは、バルトルトだ。
ミアには声をかけず、モニターを見る。
「ミアを泣かせるなとあれほど言っていたのに――やっぱりお前は馬鹿な小僧だよ」
周囲の部下たちが絶望した顔をしている。
帝国最強の騎士が敗れたのだ。
そして、アルカディアは動力炉を破壊されてしまった。
ここから再起を図るのは不可能に近い。
アルカディアのコアである魔法生物が、ミアを一瞥した後にバルトルトに血走った目を向けてくる。
『バルトルト、このままでは我々は敗北する』
バルトルトは腕を組み、魔法生物に視線を向けなかった。
「いや、違うな。わしたちの負けだ」
『我々に敗北はない! 私は海の底で鉄屑共を全て破壊し、旧人類を滅ぼすことだけを夢見て生きてきた! 気が遠くなるほどの時間を耐えてきたのだ!』
そこまで耐えて、結果が敗北というのは魔法生物には耐えられないようだ。
バルトルトが鼻で笑う。
「アルカディアの動力炉は破壊された。この要塞もすぐに落ちる」
『まだだ! まだ終わらない――魔素を取り込み、やつらの本拠地を破壊し尽くしてやる! アルカディア本体がなくなろうとも、我々に敗北はない!』
鬼気迫る魔法生物の雰囲気に、周囲は息を飲む。
自分たち――新人類の勝利のためなら、帝国などどうなってもいいという態度だ。
バルトルトは自分に呆れる。
(こいつを信じて挑んだわしが馬鹿だったな)
だが、戦いを挑んだことを後悔はしない。
戦わなければ、バルトルトではない誰かが立ち上がって生存競争の争いを始めただろう。
バルトルトがこのタイミングで戦いを挑んだのは、勝つにしても負けるにしても、うまくやるためだった。
「今更、王国を滅ぼしてどうなる? また世界を荒廃させるつもりか?」
『旧人類共に支配されるくらいなら、滅ぼした方がいい! ――バルトルト、手を貸せ』
魔法生物が手を伸ばしてくる。
体から出て来た手は、とても小さいが何本も出て来てバルトルトに近付いていた。
それを持っていた剣で全て斬り裂く。
『バルトルト!』
「王国の英雄殿には生きてもらわねば困るのだよ。倒しきれないなら、生き残って――我ら、帝国の民を生かしてもらう」
フィンから聞いたリオンの性格ならば、新人類の末裔だからと滅ぼしはしないだろう。
バルトルトも、最初から旧人類の末裔を滅ぼすつもりはなかった。
それでも戦わなければならなかった理由は、どちらも肩身の狭い暮らしをしたくなかったからだ。
だが、負けてしまえば納得する。
納得するしかない。
そうなれば、皇帝であるバルトルトは処刑だろう。
一族全てが対象になるかもしれない。
それだけの覚悟があって挑んでいた。
「帝国最強の騎士も負けた。アルカディアも沈む――我々は敗北したのだ」
魔法生物を斬り殺そうと剣を構える。
すると、魔法生物が大きな口を開いて笑って見せた。
『ならば、主人に頼むとしよう! ミリアリス、お前はあいつに復讐したくないか? お前の思い人を殺したあいつを、その手で殺したくないか!』
魔法生物はミアにその手を伸ばした。
床に座り込んだミアの周囲を、魔法生物の細く小さい腕が巻くように囲んでいた。
だが、ミアには触れていない。
それはバルトルトへの人質という意味合いもある。
バルトルトが剣を下げた。
「お前の主人はミアのはずだが?」
『そうだ。だから共に戦おうと言うのだ! 旧人類などという汚物を全て滅ぼすためなら、私はこれぐらいする!』
旧人類を徹底的に嫌っている魔法生物は、その大きな瞳をミアに向けた。
ミアが顔を上げると、瞳から光が失われている。
バルトルトが手を伸ばす。
「ミア!」
ミアはモニターに映るアロガンツを見ていた。
ブレイブの大剣を拾い上げるその姿を見て、涙を流す。
「いいよ。騎士様の復讐が果たせるなら、私はどうなったって」
「止せ! ミア、もう戦争は終わりだ!」
「終わってない!」
ミアは涙を流しながら、怒りを滲ませた表情になる。
「まだ終わってない。騎士様の仇を私が討ちます」
『よく言ったぁぁぁ!』
魔法生物がミアを包み込み、そして大きな口を広げてそのまま飲み込んでしまった。
バルトルトが魔法生物に飛びかかる。
「よくもミアを!」
だが、魔法生物の腕に弾かれて吹き飛んでしまった。
バルトルトに部下たちが駆け寄ると、魔法生物は床と融合していく。
司令室に血管が浮き上がり、脈打ち始めた。
バルトルトは、額から血を流しながらその光景を見ていた。
「ミア!」
魔法生物は膨れ上がり、そして亀裂が入るとそこからミアが出てくる。
全身が銀で覆われた裸体姿だ。
へそから上が姿を見せ、そして手を広げると周囲から黒いドロドロした液体が集まり、徐々に姿が大きくなっていく。
ミアは喋らない。
代わりに魔法生物が歓喜の声を上げる。
『いいぞ、主人よ! 共に旧人類を殲滅だぁぁぁ!』
魔法生物に取り込まれたミアが、目を開くと瞳が赤い宝石になっていた。
そのまま天井を突き破って外に出ていく。
バルトルトが手を伸ばす。
「ミアァァァ!!」
◇
アルカディアの動力炉を破壊した。
その報告を受けたリコルヌに乗り込むメンバーだが、目の前の光景を見て喜んでなどいられなかった。
ノエルが唖然とする。
「どういうことよ。これ――どうなっているのよ!」
沈んでいくアルカディアから出て来たのは、星形の刺々しい黒い何か、だ。
大きさにして二十メートルくらいだが、今も魔装を取り込み膨らみ続けている。
クレアーレが最大望遠で対象を確認した。
『これ――アルカディアのコアよ! しかも、ミアちゃんが取り込まれているわ!』
マリエが杖を抱きしめる。
「何でミアちゃんが取り込まれているのよ!?」
『情報がないから分からないわね。それよりもまずいわね。動力炉破壊したけど、大量の魔素が吹き出てモンスターたちが増えているわ』
どこを見てもモンスターたちばかりだった。
魔素によって血肉を得て出現し、他には魔素に吸い寄せられ戦場の周辺から集まってきている。
クレアーレは、データから敵を解析していく。
『まずい。凄くまずい状況よ。あれ、どう考えても強いわよ』
ノエルがすぐに聞き返す。
「どれくらい!?」
『――アルカディアの主砲を、連続で何発も撃ってくるわ』
「どうしてそんなに強いのよ!」
先程までは、主砲を撃つまで時間がかかっていた。
なのに、動力炉が破壊されて強くなるなど納得できないのだろう。
ノエルにクレアーレが説明する。
『動力炉に高濃度の魔素を固めたものがあったのよ。それを元にして魔素を増やしていたけど、外に出たから取り込んだの』
マリエが下を向く。
「終わったと思ったのに」
ノエルも立ち尽くしている。
アルカディアよりも強いというのは反則過ぎた。
これまでの戦闘で宇宙船の防御艦は全て失っているし、宇宙船自体も数多く落とされてしまった。
王国軍も半数以上が失われている。
魔法生物――アルカディア・コアが、魔素を吸収している。
このままでは、魔素を取り込み終わったら手が付けられなくなるだろう。
『――駄目、どのパターンでもアルカディア・コアを倒せない!』
クレアーレの計算では、アルカディア・コアを現状戦力で倒すのは不可能だった。
リコルヌの周囲にもモンスターたちが集まり、そして味方が必死に抵抗しているが数が多すぎて対処できていない。
アンジェが奥歯を噛みしめる。
「何か手はないのか。何か――リビア?」
支えていたリビアが、両足を肩幅まで広げてしっかりと立った。
汗を流し、辛そうな表情ながら前を見ている。
「アンジェ――力を貸してください」
「私に? いくらでも貸してやるが、何をするつもりだ?」
リビアはアンジェの手を強く握りしめた。
「モンスターなら、私の能力で吹き飛ばしたことがあります」
アンジェは一年生の頃を思い出す。
超大型と呼ばれたモンスターを、リビアの力で吹き飛ばしたことがある。
「公国との戦いで見せたやつか? 出来るのか?」
アンジェがクレアーレに視線を向ける。
『――出来るけど、かなりの負担になるわよ。リビアちゃんだけじゃない。アンジェちゃんにも大きな負担になるわ』
アンジェが笑みを浮かべる。
「構うもんか」
クレアーレの周囲にいくつもの映像が映し出され、それらは全て数字だった。
『――聖樹のエネルギーをリビアちゃんに預けるわ。広範囲のモンスターを吹き飛ばすけど、時間がかかるわね。それと、以前とは違って整備もしているから、リビアちゃんが本気を出すとどうなるか分からないわよ』
以前とは規模が違う。
王家の船とは性能も違い、聖樹のエネルギーも加わっているのだ。
クレアーレもどのような結果になるか予想も出来ない。
「お願いします。私たちの力でリオンさんを助けたいんです」
リビアが淡く輝き始めると、アンジェが優しく抱きつく。
「私も手を貸す。――リビア、やってくれ」
リコルヌも輝き始めていた。
クレアーレがサポートを行う。
『どうなっても知らないからね。――三分だけ時間を頂戴。出来うる限りサポートするけど、それだけの時間が必要よ』
外を見れば、そんなリコルヌに目がけてモンスターたちが押し寄せてくる。
◇
『マスター、危険な状況です』
呼吸をするのも辛い中で、出て来たのはラスボスの風格を持っているミアちゃんだった。
表面を銀色に、そして瞳を赤い宝石にしたその姿は裸体だ。
精一杯の軽口を叩く。
「ミアちゃん、肌の露出が多いと――フィンが悲しむぞ」
咳き込み、血を吐くとミアちゃんが反応する。
『騎士様を殺しておいてぇぇぇ!』
黒い刺々しい塊は、その棘を発射してくる。
ルクシオンの自動操縦により、アロガンツは何とか避けていた。
『マスター、現在満足な支援が出来ません。アロガンツも本来の性能を出せません。撤退を進言します』
「逃がしてくれないだろ」
操縦桿を握るが、手に力が入らなかった。
「うん、あれだな。――やっぱり、切り札は残しておいて正解だな」
そう呟くと、ルクシオンが俺に怒鳴ってきた。
『マスター!』
「他に方法がないだろ」
まだ動きがなれないミアちゃんは、融合した相手――アルカディアのコアに助言を受けていた。
『主人よ。よく狙え! こいつがお前の愛した人を殺した男だ!』
ミアちゃんを煽っている魔法生物は、何というか嫌な感じがする。
ブレイブも嫌いだと言っていたな。
デッキ上が棘だらけになってくる。
そんな中を逃げ回るアロガンツだが、徐々に逃げ場を失い直撃をもらった。
床に右腕が縫い付けられた。
『右腕をパージ!』
「アロガンツもボロボロだな」
目がかすんできた。
俺は動けなくなる前に、ルクシオンに命令を出す。
きっとルクシオンは反対するだろうと分かっていたが――これしかない。
「ルクシオン――最後の投薬だ」
『――っ!』
しかし、投薬を行う前に、ミアちゃんの様子がおかしかった。
魔法生物が慌て始める。
『主人! あの白い船は危険だ。先に破壊しろ』
ミアちゃんの視線が、リコルヌに向けられてしまった。
『――船?』
「や、止めろ!」
慌てる俺の姿を見て、ミアちゃんは察したらしい。
『貴方の大事な人が乗っているんですね? なら――私と同じ気持ちを味あわせてあげる』
ミアちゃんがリコルヌに向けて攻撃を開始しようとしていた。
「ま、待ってくれ!」
止めようとするが、今の俺の体ではまともに動くことも出来なかった。
ミアちゃんが俺を見下ろしながら言う。
『そこで、大事な人が死ぬところを見ているのね。私と同じように!』
◇
モンスターたちに襲われているリコルヌは、危険な状況だった。
ノエルが覚悟を決めて、右手の甲を掲げる。
「させない!」
右手の甲には聖樹に認められた巫女の紋章が輝く。
リコルヌの真上に巫女の紋章が出現すると、緑色に輝く魔法陣がいくつも出現する。
そこから木の根やら、鋭い木の葉が周囲のモンスターたちにばらまかれた。
突き刺さり、突き破り、モンスターたちを黒い煙に変えていく。
ノエルの紋章がリコルヌを守っていた。
ユメリアが聖樹の若木に抱きつく。
「お願い。力を貸して」
頼み込むと、聖樹が風もないのに葉を揺らして音を立てる。
聖樹が淡い緑色に輝くと、ノエルの紋章も強く輝いた。
クレアーレが出力の上昇を伝えてくる。
『出力向上! あと三分だけ持ち堪えて!』
ノエルが苦しそうな顔をする。
何とかモンスターを近付けないようにしているが、数が多くさばきれなかった。
「――流石にきついかも」
そう呟くと、リコルヌの隣に共和国の飛行船が近付いてくる。
ノエルはすぐに気付いた。
「レリア!?」
共和国の飛行船の真上に輝くのは、ノエルとは少しだけデザインの違う巫女の紋章である。
魔法陣が出現し、リコルヌを守るために周囲のモンスターたちの相手をしていた。
モニターにレリアの顔が映る。
『姉貴、何とかなるのよね? なるのよね!? 丸いのが言っていたから手を貸すけど、本当にどうにかしてよ!』
レリアは頭を抱えて泣いていた。
どうやら、通信用に配備していた球体人工知能が、現状を説明していたようだ。
飛行船から赤い鎧が飛び出してくる。
『姉御ぉ! 俺がお守りします!』
赤い鎧で出撃してきたのはエリクだった。
聖樹に認められた紋章を出現させ、モンスターたちを倒していく。
クレアーレが残り時間を伝えてきた。
『残り二分!』
レリアたちの協力もあってどうにか乗り切れそうになっていたが、アルカディア・コアに動きがあった。
アルカディアのデッキでリオンが戦っているのだが、目標をリコルヌに変更したようだ。
クレアーレが悪態を吐く。
『あいつ、こっちの方が危険と判断したわね!』
アルカディア・コアがリコルヌに目がけて攻撃を開始する。
すると――ファクトたち宇宙船が、リコルヌの前に出るのだった。
マリエが驚く。
「あ、あんたたち」
アルカディア・コアの攻撃を受けて、ファクトたち宇宙船は耐えきれず次々に爆発して落ちていく。
モニターにファクトの姿が映し出される。
『――我々は君たちを過小評価していた。君たちの評価を上方修正する』
何を言い出すのかと思ったら、評価云々と言い出す。
クレアーレが、状況を考えろと怒るのだ。
『こんな時に何よ!』
『こんな時だからだ。我々の戦いには意味があった。それを――確認できた』
最後に残ったファクトも、モンスターやアルカディアの攻撃を集中的に受けて各部が爆発していく。
ファクトが最後に言う。
『この時代に目覚めたのも――きっと――運――命』
そこで通信が途切れる。
そして、クレアーレが静かに告げる。
『――あいつら、最後にしっかり仕事を果たしたわ。リビアちゃん、いつでもいいわよ』
リビアが輝くと、髪が下から風でも吹いているかのように揺れた。
ゆっくりと目を開けるリビアの瞳が光る。
「――はい」