巨大戦力「ソフトバンク」は、なぜ勝てなかったのか…藤本博史前監督を変えてしまった“深すぎる心の傷”

スポーツ 野球

確実に勝ちたいという指揮官の心理と重圧

 1年目の2022年、主力の柳田らがコロナ禍で戦線離脱した8月下旬に若手を積極的に使っての勝利を収めたことで「筑後ホークス」と呼ばれ、2軍、3軍で監督を務めた藤本ならでは、と称賛されたこともあった。しかし、藤本を“変えた”ともいえる、大きな出来事が、2022年のV逸だった。

 その悔いが、2年目の2023年に挑むにあたって「この1勝を逃せば、また最後に響くかもしれない」という恐怖に駆られ、ひたすら目の前の試合を取りに行くことに心を奪われてしまう……。

 2023年、ソフトバンクで1軍起用された投手は28人、野手は29人。オリックスは投手29人、野手32人と、起用した選手数はオリックスを下回る。豊富な戦力をフル活用し、疲労や調子を見ながら、入れ代わり立ち代わり、フレッシュで好調な選手を使うことができる状況にあるはずなのに、確実に勝ちたいという指揮官の心理と重圧が、中堅・ベテラン組の重視へと変わってしまう。

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 例えば、先発ローテを担った31歳の石川柊太は4勝8敗、33歳の東浜巨も6勝7敗と、夏場以降の失速が目立って負け越し。リチャードや正木智也ら右の大砲候補が伸び悩む中、指揮官が球団側に要請したのは、デスパイネの復帰だった。

 V奪回の命題をつきつけられる中で、若手を起用しづらかった藤本の思いも分からないでもない。ただ、藤本に求められていたのは内川聖一や松田宣浩がいなくなった「戦力の過渡期」に、育てながら勝つという、その難しいミッションに“折り合い”を付けながらチームを育てる、また、それだけの素養と経験があるという期待ゆえだった。

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 だから「勝てなかった2年間」は、厳しい表現だが、こう結論づけられるのかも知れない。

 課されたミッションを、忘れてしまっていた――。

 あと1勝で逃した、2022年のV逸。藤本にとって、その“心の傷”は、それだけ深かったのだろう。

喜瀬雅則(きせ・まさのり)
1967年、神戸市生まれ。スポーツライター。関西学院大卒。サンケイスポーツ~産経新聞で野球担当として阪神、近鉄、オリックス、中日、ソフトバンク、アマ野球の各担当を歴任。産経夕刊連載「独立リーグの現状 その明暗を探る」で2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。産経新聞社退社後の2017年8月からは、業務委託契約を結ぶ西日本新聞社を中心にプロ野球界の取材を続けている。著書に「牛を飼う球団」(小学館)、「不登校からメジャーへ」(光文社新書)、「ホークス3軍はなぜ成功したのか」(光文社新書)、「稼ぐ!プロ野球」(PHPビジネス新書)、「オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年」(光文社新書)、「阪神タイガースはなんで優勝でけへんのや?」(光文社新書)

デイリー新潮編集部

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