相談だけで終わらせない。引きこもりが自立するまで支援する
2019年5月に神奈川県川崎市で起きた殺傷事件を皮切りに、各メディアでは、大人の引きこもり問題が頻繁に取り上げられています。今や深刻な社会問題といわれている引きこもり。彼らを10年前から受け入れ、社会に出て自活できるまでの道のりを支援し続けているフリースクール(※)があります。全国と海外で計7校を展開するワンステップスクールです。今回は、生活を改善するために最初に入校する湘南校と、仕事に就くための準備を行なう、御殿場市にある就労訓練校を訪問。引きこもりが社会で再度チャレンジできるまでの道のりを取材しました。
※フリースクール…公的制度上の学校の枠組みを超えた教育施設・団体。
寄せられる相談件数は1日20~30件
神奈川県足柄上郡にあるワンステップスクール湘南校は、不登校や引きこもり問題に悩む、未成年から成人までを受け入れる全寮制のフリースクールです。現在、湘南校には45人の生徒が在籍。ほかに、国内5校とニュージーランドにも姉妹校があり、各校で14歳から49歳までが共同生活を送っています。スクールに寄せられる相談件数は増える一方で、最近では1日に20~30件もの相談が持ちかけられるといいます。海外からも問い合わせがあるほどです。
「不登校や引きこもりだった生徒たちが、『社会でもう一度チャレンジしよう』と思える状態にまでよみがえらせる。このことを前提に運営しています。なので、ただの相談では終わらせない。入校してくる生徒は、昼夜が逆転した生活を送っていて、親以外の第三者との関わりがほぼない状態です。しかし、社会で生きていくには、生活の基盤を整えて集団生活に慣れることが大事なので、まずはここで小さな社会を形成するようにしています」
そう語るのは、ワンステップスクールを運営する若者教育支援センターの代表理事、廣岡政幸(ひろおか・まさゆき)さん。共同生活を送る生徒たちは、自ら食事作りや掃除、洗濯などを行ないます。寮には支援スタッフのほか、精神科医や内科医、臨床心理士も在籍し、定期的な検診やカウンセリングも実施。この環境のもと4、5カ月を過ごすと、ほとんどの生徒が見違えるほど変貌するといいます。精神面が安定し、人とのコミュニケーションも取れるようになるのです。
「日本は、普通でないことを排除する傾向があるというか、一回レッテルを貼られるとやり直ししづらい面がある。引きこもりが長期化する要因はここにもあると思います。でも、それではダメ。再度挑戦できる社会づくりが必要なので、まずここで生活習慣を立て直して、未成年には進学指導を、成人には就労支援を行なうなどのバックアップをしています」
40歳以上の引きこもりは100万人超
廣岡さんが同校を設立したのは、2008年。当時、主に支援していたのは非行に走る少年とその家族でした。しかし、2010年頃から相談内容に変化が表れ始めます。
「『うちの子、25歳なんですけど……』とか『成人していて家庭内暴力があるんです』という相談が多くなってきたんです。次第に30~40代の引きこもりの相談件数が増えて、この状況は5年ほど続いています。今は生徒の7割が成人です」
2014年に出版された、池上正樹氏著の『大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち』(講談社現代新書)によると、40歳以上の引きこもりは日本に少なくとも100万人いると推計されています(潜在群含む)。不登校を経験した学生が、成人後そのまま引きこもるケースが多いようです。
「100万という数字は恐ろしいですよね。親戚をたどっていくと、自分の身内に引きこもりが一人か二人はいるかもしれないと想像できるほどの人数です。僕が今まで相談を受けた件数は3,000件ほどで、全体数からすると氷山の一角。そのなかでも、スクールには緊急性の高い案件を迎えています。例えば、家庭内暴力や金銭欲求、自傷行為、部屋の中がゴミ屋敷状態とか。そういう問題に苦しむお宅を訪問して、本人に直接会って話をし、了承を得た上でスクールに入校してもらいます」
出勤率は99.25%! 大企業からの信頼も勝ち取る
湘南校で生活習慣を改善させた後は、成年者は、静岡県御殿場市にあるワンステップスクール就労訓練校(運営:株式会社ノースゲート)に拠点を移します。ここで社会に出る準備を始めるのです。こちらも湘南校と同様に全寮制ですが、より自立を促すプログラムが組まれています。生活、学び、就労の三方向から生徒をバックアップする、株式会社ノースゲート副社長の岡田美幸(おかだ・みゆき)さんに話を聞きました。
「ここには5S(整理、整頓、清潔、清掃、しつけ)ファイルというものがあって、部屋やトイレ掃除、換気扇の掃除の仕方まで、規則正しい生活習慣を身につけるためのルールが記されています。これらのことを初めの2週間で徹底的に覚えると、次は資格取得の勉強を始めたり、ビジネスマナーを学んだりして就労に備えます」
校内にある学習室では、パソコン検定や日本語検定、マナー検定、生産マイスターなど、さまざまな資格の勉強に取り組めます。一つの資格を取得すると実際の仕事先での時給がアップする仕組みを取り、生徒のやる気の向上につなげています。
「うちは労働者派遣事業の認可を取得していて、生徒には派遣労働者として登録してもらっています。ここの生徒を初めて雇用してくださったのは、大手企業の株式会社リコーです。リコーさんは労働者不足で、もともと大手の派遣会社経由で派遣社員を採用していたのですが、2015年12月に“チャレンジ枠”として工場で2人を雇ってもらったところ、とても高い評価をいただくことができました」
初めのうちは、2人に対して支援スタッフも1人同行し、ともに仕事を行ないました。生徒たちの精神面が不安定になった際、スタッフが細やかにケアするためです。生活の場所も一緒のため、遅刻の心配もありません。この万全の対策が実り、99.25%という高い出勤率を叩き上げました。
「生徒たちが一所懸命働く姿を見て、リコーさんは太鼓判を押してくれました。これを機に、支援してくださる地元の企業がどんどん増えて、現在は、長崎ちゃんぽん専門店『リンガーハット』、ホテルやレストランを経営する『時之栖』、地元で複数の飲食店を展開する株式会社つぼぐちフードサービス、御殿場アウトレットモールなどで働かせてもらっています」
引きこもりから正社員だって夢じゃない
現在、つぼぐちフードサービスが運営する和食店『小山茶寮』で働く萩原俊(はぎわら・しゅん)さんは、12歳の頃から7年間引きこもり生活を経験し、19歳のときに、湘南校の前身である千葉校に入校。その後御殿場校に移り、リコーの工場や小山茶寮で仕事の経験を積んできました。23歳になった今、スクールで過ごしてきた日々をこう振り返ります。
「とにかく人と接するのが嫌で……。寮のルールや人との交流に慣れるのに時間がかかりました。無我夢中で、つらいことのほうが多かった気がします。以前の自分と変わったところはそれほどない気がするし、自信はついていないですけど……、今は、一緒に働く人たちに迷惑をかけないように頑張っています」
ワンステップスクールでは、就労する生徒の姿を見てもらうため、保護者向けの見学ツアーを行なっています。萩原さんの母親は、リコーの見学ツアーに参加した際、息子の働く姿を見た途端、号泣したといいます。7年間家に閉じこもり、人との会話を拒んでいた息子が、今では仕事を任され、周囲と協力し合い役目を果たしている。そして給与を得て自分で寮費を支払い、卒業までには、家を借りられるだけの蓄えができるよう貯蓄にも励んでいる。最終的には正社員の道も用意されているのです。この劇的な変化への、親の安堵感は計り知れません。
相談に乗るだけで終わらせず、自活へと導く
当事者が社会性を身につけるだけでなく、親子関係も良い方向に導いていく同校の取り組みに感動し、協力を申し出た人がいます。御殿場市の若林洋平(わかばやし・ようへい)市長です。
「一番の魅力は、プロの集団が運営しているという点です。引きこもり問題を仕事として捉え、さまざまなプログラムを用意して、完全に自活できるまで面倒を見る。この素晴らしい事業の存在を知ってもらうために、御殿場市は今年度から全面的にサポートを始め、市役所に“引きこもり就労支援相談窓口”を開設しました。相談者のカウンセリングは株式会社ノースゲートのスタッフが担当し、市内企業とのマッチングなども行なってもらっています。この“御殿場モデル”が全国に広がり、引きこもりには生活や就労の支援が必要なのだという認識が当たり前になってほしいものです」
現在、御殿場市には1,000人の引きこもりがいるとされています。これまでは、引きこもりについて市に寄せられた相談は年にわずか数件ほどでしたが、相談窓口を設けてからは、7カ月で100件に達しました。多くの人が、支援を求めているということが分かります。相談に乗るだけで終わらせず、自活までの道のりをしっかりとバックアップする。行政と民間が連携することで、今後も、より多くの引きこもりをよみがえらせていくに違いありません。
絵本作家の葉祥明による詩集。母親に伝えたい“大切な何か”を気づかせてくれる1冊。