実は共通する課題
子供を1人も持たない人を0、子供を1人持つ人を1、子供を2人持つ人を2……と表現していくと、0が増えている。
少子化問題から見ると、0と1の間にはさほど違いはない。0は1に、1は2に、2は3に、ともっともっと産んでほしいという、連続の中の1つにすぎない。
一方で個人から見ると、0と1の間には、時に深い溝が存在する。その1つは高齢期の問題、1つは心の問題になるように思う。
日本では家族がいないと老後も安心して暮らせない、子供を持たないと時に肩身が狭い気持ちになる。これらの問題は解決していく必要がある。人々を不本意に0の道へと押し流していく社会構造があるなら、それも改善していかなければならない。
一方で、0と1の間の溝というのは、実は存在しないのかもしれないとも思う。
人の寿命は長くなり、住む場所もライフスタイルも多様になった。
自身の高齢期に子供がどこにいて、自分とどのような関係にあるかは誰にも分からない。ある子供を持たない50代の女性は、取材に対し「自分たちの老後不安は、実はこれから誰もが抱えうるものなのではないか」と話してくれた。0が直面する問題は、1、2、3……と続いていく人々に実は共通する問題なのだろう。
0と1の分岐点は誰にでも明確に表示されているわけではない。本当にちょっとしたことで、人生というのは変わる。ある日、つまらないことで恋人とけんかをして別れてしまったというようなことでもだ。
月並みな結論だが、大切なのは個人がどのような生き方をしても安心して暮らせる社会にすることだ。国の立場で考えると、「安心」な社会でも子供を持たない人は増えるかもしれないという懸念は残る。だが、「安心」でない社会では子供は増えていかない。
多数派ではない存在であること
子供を持たない人と、現在子供を育てている人には一致点もある。どちらも社会の中で多数派に属することはないということだ。
子供を持たない人が、現在の予測で最大限増えたとしても5割を超える可能性は少ない。同じ世代の中ではいつでも多数側にはならないのである。それゆえ、これまで述べてきたような偏見にさらされてしまうことがある。
一方で、子供を育てる人たちもある面からすると少数派である。厚生労働省が2023年に発表した国民生活基礎調査では、18歳未満の児童を育てる「子育て世帯」は、991万世帯で、1986年の調査開始以来、初めて1000万を割り込んだ。「子育て世帯」が全世帯に占める割合は18.3%で2割に満たない。
社会の多くは、「かつて子供を持った世帯」が占める。核家族で共働きしながら子育てをするといった現代の「子育て世帯」に社会が必ずしも十分な理解があるわけではない。子供を持ったことが「ある」、子供を十分にケアした経験が「ある」というマジョリティーは、子供を持ったことが「ない」、十分なケアの時間が「ない」といったマイノリティーを時に無意識にも否定する。
「ない」側に、別の人生の楽しみや、新しい家族の形が「ある」場合でも、既存の「ある」側の人たちは、得てしてそれに気がつきにくい。気がついてもらわなくてもよいとも言えるが、人間は社会的な生き物でもあり、否定されれば傷つくこともある。そして社会の制度は変わらないまま、諸問題は個人の責任に転嫁される。
大事なことは、多数派ではない同士が不信感を抱くような社会環境をつくらないことだ。例えば、子育て世帯の仕事を、子供を持たない人が無償で負担するといった状況はなくすべきだ。生産性を上げ、全員の仕事量を減らそうとする視点をまず持つ必要がある。
子供を持つ人にも葛藤、世界で
子供を持たないという新しい生き方について、まだ当事者も含めて社会は模索を続けている。
世界では「child free」を掲げる人もいれば、「childless not by choice」と掲げる人々もいる。英国人女性が中心となり2017年から始めた「world childless week」も毎年9月に開催されている。オンラインでの集いなどが同時期に世界100カ国以上で行われているという。
子供を持つ人の中にも葛藤がある。イスラエルの社会学者オルナ・ドーナト氏が著した『母親になって後悔してる』(鹿田昌美訳/新潮社)がベストセラーになるなど、様々な国で女性が中心となり、子供を持たない生き方や社会のあり方について発信し、考えている。
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