三本の矢
激しく揺れたアルカディアの内部。
バルトルトは、ルクシオンが沈む光景を見ていた。
「すぐに次弾を放て!」
船体に穴を開け、内部の爆発を確認した。
今も沈んでいくその姿を見ているが、まだ安心など出来なかった。
魔法生物が状況を報告する。
『貯蔵していたエネルギーは使い果たした。次弾発射まで三十分はかかる』
「くっ!」
ルクシオンを沈めるために、アルカディア最大の攻撃をお見舞いした。
その選択に間違いはなかったが、バルトルトは落ち着かなかった。
「こんなにアッサリと終わるものなのか?」
フィンから聞いていたリオンの情報からすれば、呆気なさ過ぎて肩すかしを食らったような気分だ。
魔法生物が一つ目を横に振る。
『旧人類の兵器を過大評価しすぎだ。奴らは、我々に勝てないために、大量破壊兵器を持ち出してきた無能だよ』
バルトルトが椅子に深く腰掛け、そして深呼吸をした。
「そうか。これで後は王国を手に入れるだけか」
リオンが倒れたと知れば、王国側の士気は簡単に崩れるだろう。
それに、アルカディアの脅威もなくなる。
「――これで、我々の勝利だな」
もはや、帝国に敵はない。
そう思っていたバルトルトに、部下たちからの報告が次々に届く。
「陛下! 今の攻撃でアルカディアのシールドに負荷がかかりました」
「このまま攻撃を受け続ければ、シールドの維持が出来ません」
「そ、それに、内部に負荷を受けております。次に主砲を撃てばどうなるか分かりません」
バルトルトは気を引き締めた。
(まだ終わっていないか。旧時代の兵器は残っているのだからな)
「わしの騎士たちも出せ。余力など考えるな。ただし、フィンだけは待機だ」
部下の一人が困惑する。
「序列第一位の騎士を出さないのですか?」
バルトルトは天井を見上げて目を閉じる。
「保険だ」
◇
自分以外の騎士たちが出撃した待機部屋で、フィンはソファーに座っていた。
側にいるブレイブが心配している。
『相棒、あまり考えるな。お前は、お前の敵を倒すだけで良いんだ』
「分かっているさ、黒助」
『その黒助って呼び方だけ変えないよな。相棒は頑固だぜ』
フィンが微笑むと、ブレイブも笑った。
そんな待機室に、侍女たちを引き連れたミアが訪れる。
「騎士様」
「これは、ミリアリス王女殿下」
敬礼をするフィンを見て、ミアは俯いてスカートを手で握りしめた。
その様子を見て、フィンはミアが何を求めているのか理解する。
フィンはミアの護衛でもある侍女や魔法生物たちに視線を向けた。
「すまないが、王女殿下と話をさせてくれ」
侍女たちがそれを認めない。
「それは出来ません。王女殿下のお側に、無闇に男性を近付けるなと陛下から仰せつかっております」
魔法生物たちも同様だ。
『認められない』
『許さない』
『我らが主人をどうするつもりだ?』
ミアが慌てて説得しようとすると、ブレイブが前に出て侍女や魔法生物たちを追い出してしまう。
『うるせぇ! 相棒はミアの護衛を務めてきた男だ! お前らの考えているような、ゲスと一緒にするな! さっさと出ていかないと、俺様が暴れてやるぞ!』
完璧な魔装のコアであるブレイブが暴れると危険なため、侍女や魔法生物たちが部屋から待避する。
フィンは侍女たちに言うのだ。
「部屋の外で待っていてくれ。陛下には俺から話をする」
そうして、待機部屋にフィンとミア、そしてブレイブだけとなった。
フィンはミアをソファーに座らせ、飲み物を用意する。
「どうした?」
王女殿下に対する態度ではなく、今まで通りの態度にミアが笑顔になった。
「あ、あのね、騎士様! わ、私――本当は戦いたくないです」
そして、その笑顔はすぐに曇ってしまう。
ここ最近で状況が目まぐるしく変わり、それについていけていない様子だった。
ポロポロと涙をこぼす。
「急にお姫様だとか言われても分からないよ。それに、王国の人たちと戦うなんて嫌だよ。みんな良い人たちだったのに」
フィンは、そんなミアの手を握る。
泣いている姿が前世の妹に重なって心が痛い。
(俺だって戦いたくないよ。けどな――お前が元気に暮らせる世界を手に入れるためなら、人の道を踏み外したって構わない)
前世で救えなかった妹とミアは違うが、それでもフィンは救いたかった。
(俺が最低なクズ野郎でも、この子だけは)
友人を殺してしまうことになっても、フィンには叶えたい未来がある。
それは、ミアが元気に外を走り回れるようになることだ。
「――ミア、お前に罪はない。全て、陛下と俺が片付けてやる」
「でも」
「大丈夫だ。俺がお前を守ってやるから」
ミアがフィンの手を強く握りしめ、顔を上げると潤んだ瞳で見上げてくる。
「騎士様、私は――」
ミアが言い終わる前に、天井を見上げたブレイブが焦った様子で伝えてくる。
『相棒! 上から来る!』
すぐにミアを抱きしめ、フィンは床に伏せるのだった。
◇
アルカディアの上空。
そこから急速接近してくるのは、大気圏を突破してきたパルトナーだった。
アルカディアの司令室は大騒ぎだ。
バルトルトも椅子から立ち上がり、歯を食いしばっていた。
「大気圏外からだと!?」
魔法生物がしてやられたという雰囲気を出している。
『そう来たか。だが、その程度は計算の内だ』
映像に見えるパルトナーへ、モンスターたちが放たれる。
しかし、パルトナーに近付くだけで吹き飛ばされ、足止めにもなっていなかった。
魔法生物が目を細める。
『特攻か? 機械共が好きな手だな』
パルトナーは七百メートルを超える飛行船だった。
それだけの質量を大気圏外からぶつければ、とんでもない破壊力を生み出す。
流石のアルカディアでも無事では済まない。
『ブースターで宇宙まで上がったか? ――だが、無意味だ。その程度は想定済みだ』
細くなった目を弓なりにし、魔法生物は笑って見せた。
むしろ、隕石落としでもしてくるかと予想していたが、そんな力も残っていないのか宇宙からやって来たのは飛行船一隻だけだ。
アルカディアのシールドが、直撃すると思われるポイントに厚く展開される。
他の部分の守りを捨てた。
そして、エネルギー不足ながらも、パルトナー迎撃のために主砲を放つ。
主砲の一撃を避けようとするパルトナーだったが、避けきれずに側面に命中して船体の半分が削れてしまった。
『おや? 爆薬を積み込んでいると思ったが、そうではなかったか。だが、確かに一部でも命中すれば、こちらに被害は与えられるな』
爆薬を積み込んで特攻し、アルカディアに一撃を当てる作戦ではなかったらしい。
ただ、これではアルカディアを沈められない。
バルトルトが手すりに拳を振り下ろした。
「王国軍も、目の前の宇宙戦艦も全て囮か! やってくれたな!」
火を噴きながらパルトナーが迫ってくる。
アルカディアも移動するが、パルトナーも人工知能を搭載して追尾してきた。
そして、魔法生物は白い歯を見せて笑う。
『だが無駄だ。我々の勝利は揺るがない!』
パルトナーが直撃して大爆発を起こすと、アルカディアが激しく揺れた。
バルトルトは椅子の手すりに掴まり揺れに耐えると、顔を上げて部下たちに声をかける。
「現状報告!」
「は、はい! アルカディアには損害ありません」
「魔法障壁で耐えきりました」
「で、ですが、今の衝撃で魔法障壁が解除されてしまいました」
魔法生物が笑う。
『ヒャハハハ! 長い年月で錆び付いたか、人工知能共? 本気で私を沈めたかったら、お前らは全員で大気圏外から突撃すれば良かったな。まぁ、それが出来ずに、苦し紛れにこんな作戦を立てたのだろうがな』
人工知能たちの作戦の甘さに笑っていた。
実際、ファクトたちが魔法生物の言う作戦をとっていれば、アルカディアは速度を上げて移動しながら逃げ回っただろう。
そして、突撃してくる宇宙船を迎撃するだけだ。
『お前たちに勝機など最初からないのだ!』
勝ち誇った魔法生物を見ながら、バルトルトは汗を拭う。
(今のは焦ったな。だが、これでルクシオン、パルトナーを沈めた。残っているのは――ん?)
リオンが保有する宇宙船と飛行船の内、二隻は沈めた。
残っている旧人類の宇宙船も、その性能を完璧に発揮できていない。
もう、アルカディアの敵はいない。
だが、一隻だけ、今も戦場に姿を見せていない飛行船がある。
バルトルトが声を張り上げた。
「アインホルンを探せ!」
ルクシオン、パルトナーと来て、残り一隻はアインホルンだ。
魔法生物が目を見開き、帝国軍の後方を見るのだった。
『この速度で接近する飛行船だと!?』
後方から信じられない速度で接近してくる飛行船があった。
――アインホルンだ。
◇
激しく揺れるアロガンツのコックピットの中で、体がシートにめり込む。
「このままぶつかってぺしゃんこになる、って間抜けな展開は勘弁願いたいね」
アインホルンにもブースターを取り付け、遠回りしつつ帝国軍の後ろを突く。
そのために、長々とこんな苦しい状況にいる。
『我慢してください。これでも軽減しているのですよ』
「軽減してこれかよ!」
ルクシオンはこの中でも平気で喋っている。
機械だから当然だが、それが腹立たしくも思う。
『クレアーレ、ファクトからの情報を整理しました。今のアルカディアに、まともな迎撃機能は残っていません』
「パルトナーを犠牲にした甲斐はあったな」
苦しいのを我慢して笑ってみせると、ルクシオンが頷く。
『はい。パルトナーは最後の仕事をやり遂げました。マスター、そろそろお時間です。我々の仕事を始めましょう』
それを聞いてマウスピースのようなものを噛む。
ルクシオンがカウントを始めると、外から攻撃を受けているのかアインホルンにこれまでと違う揺れを感じる。
『衝突まで――10秒です』
◇
アルカディアの司令室。
迎撃するためにモンスターや、砲撃がアインホルンに向けられていた。
『あの程度の船に!』
魔法生物が苛立っている。
その様子を見て、バルトルトは魔法生物たちがこの世界の飛行船――技術などを見下しているのを感じ取った。
「三段構えというわけか」
最初にルクシオン本体を捨て、その後にパルトナーを捨て、本命はアインホルンだった。
アインホルンが、その名にふさわしい一本角をアルカディアに向けて突撃してくる。
襲いかかってくるモンスターたちに向けて、アインホルンはコンテナを射出した。
そこからミサイルが何百と飛び出すと、周囲のモンスターを吹き飛ばしていく。
アルカディアや、帝国軍からの砲撃を受けても止まらない。
逆に、アインホルンからの攻撃によって帝国側の飛行船が次々に落ちていく。
バルトルトが腕を組んで待ち構えると、部下が叫んだ。
「直撃します!」
その後すぐにアルカディアは、これまでにない大きな揺れを感じるのだった。
魔法生物がその目を血走らせる。
『油臭い機械共がぁぁぁ!』
ただ、バルトルトは心の中で安心した。
(そうだ。それでいい。全力で向かってこい。そして、生き残った方が――この星の支配者として生きていける)
慌てる周囲に、バルトルトは命令を出していく。
「艦隊には王国軍の相手をさせろ。わしの騎士たちは呼び戻せ。侵入者たちの相手をさせる」
モニターに映し出されるのは、アルカディア内部に侵入してきた鎧たちだ。
六機の鎧に率いられた無人機たちが、不気味にカメラアイを光らせている。
先頭に立っているのは――アロガンツだった。
カメラに銃口を向け、そしてバルトルトに向けてリオンが話しかけてきた。
『ハロー、糞野郎な帝国の皇帝陛下。喧嘩を売ってきたから、買ってやったぜ。たっぷりサービスしてくれよ』
そう言って引き金を引くと、カメラが破壊され映像が途切れる。
そして、内部から破壊しているのか、司令室にも振動が来た。
バルトルトは声を上げて笑った。
「フィンの小僧もそうだが、若い奴らは本当に腹立たしい連中ばかりだ。――いいだろう、相手をしてやる。待機している騎士たちを迎撃に向かわせろ。それから、わしの騎士たちを呼び戻せ」
バルトルトが眉間に皺を寄せ、真剣な表情になる。
その横で魔法生物が不快感をあらわにしていた。
『アルカディア内部に侵入されただと。旧人類との戦いでも侵入されたことなどないというのに。――バルトルト、さっさと奴らを叩き出せ!』
激怒して血管を浮かべている魔法生物に、バルトルトは冷ややかな目を向ける。
「今命令したところだ」