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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

最終章

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見えない敵

 バルトファルト家の飛行船内。


 ニックスは近くの手すりに掴まり、窓の外を見ていた。


「これが戦争なのか? 俺の知っている戦争と違いすぎる」


 味方である宇宙戦艦たちから放たれる光学兵器や実弾。


 そして、帝国軍からはモンスターが放たれ襲いかかってくる。


 通信機からは無機質な声が聞こえてくるだけだ。


『前進せよ。迎撃は不要』


 椅子に座ったバルカスが、手すりに拳を振り下ろした。


「この中を突き進めって言うのか!」


『全軍、前進せよ』


 本来ならモンスターたちの相手を鎧にさせるため、速度を落としたい場面だ。


 しかし、ファクトがそれを許さない。


 ニックスも腹立たしく思う。


「いったい敵がどこにいるって言うんだよ!」


 双眼鏡を使っても見えない敵に突撃しろと言ってくるのだ。


 これまでの常識と違いすぎて混乱していた。


 それでも、バルカスが慌てる船員たちに(げき)を飛ばす。


「全員、今は命令に従って全速前進だ! 俺たちがためらっていたら、後ろの飛行船まで怖がって足を止める! 前に出ろ!」


 バルトファルト家の飛行船が前に出ることに意味がある。


 それを理解しているバルカスが、前に出ろと叫んでいた。


 ニックスは揺れる船内で手すりに掴まりながら、バルカスに意見する。


「親父、あんなモンスターばかりの中を突き進めって言うのかよ!? それに、さっきは――」


 続きを言う前に、前方が明るくなった。


 船長が叫ぶ。


「全員、何かに掴まれ!」


 すぐに船内が激しく揺れると、前方でシールドを展開する宇宙船が爆散した。


 沈んでいく宇宙船を通り越し、落下していくのを見送るニックスは冷や汗を拭う。


「ルクシオンと同じ飛行船が、もう二隻も沈みやがった」


 少し前に放たれた、艦隊を飲み込むような大きな光。


 それが敵の攻撃だと知ると、前に進むのが怖くなってくる。


「領主様、危険です! 後方に下がりましょう!」


 船長がそう言うと、バルカスは腕を組んで前を見ていた。


「駄目だ。リオンがこの方法を選択したなら、きっと意味があるはずだ。あいつは勝つために行動する。信じて進め!」


 いくら前進しても帝国の艦隊が見えてこない。


 ニックスは焦るのだった。


(リオン、本当に大丈夫なんだろうな)



『――アルカディアの評価を下方修正』


 ファクトがそう呟くと、サポートをする人工知能たちも次々に計算を行う。


『王国軍の速度上昇』

『接触まで、二度の主砲による攻撃が予想されます』

『残存するシールド艦は三隻』


 このまま行けば、王国軍はシールド艦のみを犠牲にして接触が可能だった。


 ただ、敵の主砲の威力を前に、王国軍の士気が下がり始めている。


 現状を伝えても、それを理解する指揮官が少なすぎた。


 ファクトは、帝国軍と接触する前に王国軍が内部から崩れる展開も予想する。


『このままでは――』


 勝率が下がると考えたところで、前に出る飛行船があった。


 それは旧公国――ファンオース公爵家の飛行船だった。


 全艦に聞こえるように通信を飛ばしており、それをクレアーレが支援している。


『何だ?』


 ファクトが余計なことをしないで欲しいと考えていると、ヘルトルーデの声が響き渡った。


『王国軍の皆さんは随分と足が遅いようね』


 挑発するような声を出すヘルトルーデは、戦場にいて指揮をしていた。


『これでは、ファンオース公爵家が一番槍かしら? 殿方は口先ばかりでいけないわ』


 女の私に負けて悔しくないのか?


 そんな煽りを受けて、一部の王国軍が速度を上げて前に出る。


 その光景をファクトは理解できなかった。


『何だ? 何故、このような挑発で速度を上げた?』


 旧人類――正規の軍人たちしか知らないファクトには、理解できない光景だ。


 そして、そんなファンオース公爵家と並ぶのは――共和国軍の飛行船だった。


『聞き捨てなりませんね。では、アルゼル共和国が先陣を切らせていただきましょう』


 次に声を出したのはエリクだった。


 共和国の代表として参加しており、部下である兵士たちを鼓舞する。


『勇敢なる共和国の兵士たちよ! この程度の戦い、あの悪夢と比べればどうということはない! 恐れず進め!』


 悪夢とは、共和国で聖樹が暴走した日の出来事だ。


 あの恐怖を知っている共和国軍は、勇敢にも速度を上げて前進した。


 ヘルトルーデがエリクをからかう。


『聖女様の前で見栄を張りたいのかしら?』


『姉御――んっ! 聖女様に我々の勇姿を見てもらえるなら光栄だ。だが、我々は勇敢なる共和国軍である! この程度で尻込みするような腑抜けではない!』


 すると、ファクトのもとに各艦からの通信が聞こえてくる。


『ファンオース公爵家が図に乗るな!』

『共和国の軍が勇敢だと? 共和国では勇敢という意味が違うらしい』

『奴らに遅れるな! 王国の意地を見せろ!』


 この程度の煽りで味方が速度を上げ、全体のスピードが上がった。


 ファクトは困惑する。


『――理解不能』


 だが、これで予想よりも早く帝国軍に接触できることになった。



 帝国軍が三度目の主砲を放った後。


 バルトルトは目を閉じていた。


 兵士たちが騒ぎ始めている。


「王国軍が目視の距離まで接近!」

「共和国の船を確認しました!」

「アルカディアのシールド、一部が貫かれています!」


 後ろへと下がる帝国軍に対して、突撃してくる王国軍の勢いは凄まじかった。


 バルトルトが目を開ける。


「ここまでだな」


 魔法生物が頷く。


『敵はこちらの切り札を知らない。いや、誤認していることだろう』


 バルトルトが立ち上がった。


「全軍、王国軍を迎え撃て!」


 帝国軍の陣形は、突撃してくる王国軍を待ち受ける形になっている。


 それは、王国が不利な状況にあるということだ。


 そして、アルカディアの前に味方の飛行船はいなかった。


「切り札は残しておきたかったな」


 バルトルトの呟きに、魔法生物が返事をする。


『問題ない。アルカディアは沈まない』


 バルトルトが腕を振り上げ、そして下ろすと手は目の前の王国軍に向けられた。


「撃て!」


 アルカディアが主砲を放つと、敵は防御特化に改造した宇宙船を前に出してその攻撃を防ぐ。


 魔法生物がその一つ目――肉眼を弓なりに曲げた。


『敵は次の攻撃を四十五分後と考えるだろうな』


 バルトルトが命令を出した。


「砲撃を開始せよ! 鎧も出せ! ただし、アルカディアの周囲には出すなよ」



 レッドグレイブ公爵家の旗艦。


 そこに乗り込むヴィンスは、帝国軍に砲撃可能距離まで接近できたことに安堵した。


「これであの攻撃も使えまい。全軍、可能な限り敵に近付け!」


 ヴィンスがこの場にいるのは、レッドグレイブ公爵家の面子のためでもある。


 そして、息子のギルバートは後方にいるリコルヌの護衛に配置した。


 この戦い、参加しなければ貴族としての価値を失ってしまう。


 だから、ヴィンスもギルバートも参加するしかない。


 何より、今後を考えれば不参加など不名誉になるからだ。


 レッドグレイブ家の飛行船が敵に近付くと、砲撃が開始される。


「公爵様! 敵が鎧を出してきました!」


 帝国軍が鎧を出撃させると、ヴィンスも王国軍の鎧を出撃させる。


「迎え撃て!」


 そして、ヴィンスは帝国軍の装備を見て苦虫をかみ潰したような顔をする。


(全ての飛行船が新型か)


 船体の横に大砲を並べた旧式ではなく、砲台が用意されていた。


 鎧にしても王国よりも優秀そうである。


「帝国の奴ら、いったいいつから準備をしていた? だが、近付いてしまえば」


 直後、公爵家の飛行船が激しく揺れた。


「な、何事だ!」


 艦長が叫ぶ。


「わ、分かりません。急に光が降り注いで――」


 窓の外を見れば、アルカディアから真上に放たれた光が弾け、そして王国軍に降り注いでいた。


 飛行船が展開する魔法障壁を貫き、王国の飛行船が次々に沈んでいった。


 公爵家の船もゆっくりと沈んでいく。


「おのれ、帝国!」


 ヴィンスがそう叫ぶと、光が公爵家の飛行船を貫いて爆発させた。



「父上!」


 リコルヌの船内。


 戦場の映像が立体的に表示され、それを見ていたアンジェが叫んだ。


 クレアーレが状況をファクトと確認する。


『ちょっと! 敵がこんな攻撃をしてくるなんて聞いていないわよ! それに、拡散しているだけで、主砲クラスの攻撃じゃないの!』


 その攻撃は、主砲の一撃を拡散させたものだった。


 不意を突かれた王国軍は、百隻近くが沈んでいる。


 シールドを展開し、リコルヌがフォローをしてもそれだけの艦艇が沈んだのだ。


『確認している。敵はエネルギーを蓄えていたようだ。これまでの行動は、こちらに誤解させるためのものだったようだな』


『冷静に解析していないで、さっさと対策を立てなさいよ! 私たちはともかく、王国の船は耐えられないわよ!』


『現在解析中だ』


『このポンコツ!』


 そして、戦場に動きがあった。


 前衛が崩れた王国軍に対して、帝国の通常戦力が襲いかかったのだ。


 ノエルが戦場を見て、生き残っている味方を指さす。


「まだ残っている味方がいるわ!」


 マリエもその味方を確認する。


「ファンオース公爵家と――共和国! エリクたちが無事よ!」


 ギリギリ持ち堪えたファンオース公爵家の艦隊と、イデアルが建造した共和国の飛行船は無事だった。


 帝国軍と戦っている。


 アンジェがすぐにファクトに指示を出す。


「すぐに増援を送れ! このままでは、帝国軍に前衛の艦隊が全て落とされる」


 涙目で声が震えているアンジェは、落ちたヴィンスのことを心配していた。


 だが、救助に回すだけの余力がなかった。


『前に出れば、また敵の攻撃に曝される。我々は距離を維持しつつ攻撃を続行する』


「味方を見捨てるのか!」


 すると、マリエが立体映像を見ながら叫んだ。


「待ってよ。この船はリオンの――兄貴の家族が!」



 降り注いだ光の雨の直撃を受けながら、バルトファルト家の飛行船は何とか浮かんでいた。


 ニックスがフラフラしながら立ち上がる。


「お、親父!」


 バルカスは怪我をしたクルーの応急処置をしており、終わると立ち上がった。


 額から血を流している。


「親父、無事か!? それより、早く撤退だ。周りの味方がほとんど沈んだ!」


 すると、バルカスがニックスの両肩に手を置く。


「ニックス――もうこの船はゆっくり降下している。お前はこのまま、海で味方の救助をしろ」


「親父?」


 飛行船はまだ無事で沈んでなどいない。


 それなのに、何故こんな事を言うのか?


 ニックスがそう思っていると、バルカスが続きを話す。


「被弾して戦線離脱だ。言い訳も立つから。お前はこのまま、味方を救助したらさっさと逃げるんだ。こんな戦場からは、すぐに逃げちまえ」


「で、でも! 親父も――」


 バルカスの物言いからすれば、一人だけ残ろうとしているように聞こえた。


「俺まで逃げたら、沈んじまった味方に申し訳がないからな。――家族を頼むぞ」


 そう言ってバルカスは艦橋を出て格納庫へと向かった。


「親父!」


 ニックスが追いかけようとすると、船長が止める。


「放せよ! 親父が!」


「坊ちゃん! いえ、ニックス様――領主様のお気持ちを考えてください」


 そう言われて体から力が抜けるニックスは、床に座り込んでしまう。


 そして格納庫から一機の鎧が飛び出すのを見て、空に向かって叫ぶのだ。


「リオン、お前はいつまで隠れているつもりだ!」


 戦場に姿を現さない弟に向かって叫んだ。


 すると、船員の一人が叫ぶ。


「坊ちゃん! 下です!」


 立ち上がって窓から下――海面を見れば、そこからルクシオンの船首が顔を出した。


 その姿はまるで、鯨が海面に姿を現したような光景だった。


 白い飛沫をまとい、姿を現したルクシオンは主砲をアルカディアに向けている。


 そして、青白い光の柱が発生した。


 その光がアルカディアの魔法障壁にぶつかり、バチバチと音を立てている。


 ニックスが笑顔になる。


「遅いんだよ、この野郎!」


 アルカディアの真下から攻撃を行い、そのバリアを貫こうとしていた。


 貫けば、厄介な敵の要塞が沈む。


 そうすれば勝利できると誰もが確信し――そして、アルカディアの魔法障壁が赤黒く変色する。


 要塞真下に赤黒い塊が出現すると、エネルギーをため込みだした。


 見ているだけで危険と分かる。


 そして、そのままその塊をルクシオンに向けて発射した。


 青白いルクシオンの攻撃を引き裂き、赤黒い球体はルクシオン本体に命中してその船体に穴を開ける。


「――え?」


 その穴から爆発が起き、ルクシオンはゆっくりと倒れて海の中へと消えていくのだった。


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