メディアはきっと変えられる。諦めません、その日まで…
メディアの仕事の在り方を変えようという試み、いろいろと試しています。こちらも合わせてご紹介します。(前編はこちらから)
地方の記者を孤独にしない 支援の仕組みも
地方局の記者からは、仕事の負担だけでなく、こんな悩みも耳にします。
① 調査報道などをやろうとしても、人手も時間も足りない。
② デスクと方向性が合わず、やりたいことができない。
③ 上京して取材したい案件があるけど余裕がない。
そこでまず私たちが考えたのが、①を解消する方法です。
地方局というのは、実はネタと現場の宝庫。「社会の課題は地方でこそ顕在化する」とさえ思っています。そこでの記者の「気づき」を逃さず捉えて、全国に訴えることができれば…。
そこで始めたのが「全中展開」という取り組みです。どこかの地方局の記者が気付いた問題について、全国に取材を広げ、社会的な課題として警鐘を鳴らしたり、解決につなげたりしようというものです。
地方の記者・デスクから提案を受けることもありますが、ネットワーク報道部の記者が当番で毎日、地方局がどんな取材をしているかウオッチし、ピックアップしています。その上で、これは重要だ!という取材テーマが見つかったら、東京の記者やデスクを投入し、全国に取材を広げます。また、同じような問題を取材している地方局と地方局をつないで、より多角的、重層的に取材を深めていきます。
その実際の例がこちらです。
富山局の記者の「こんなに転落事故が多いのに、国の統計は明らかに数字が少ない。どうしてなんだ」という気づきから始まりました。ネットワーク報道部から記者・デスクを投入して調査を全国に展開し、岡山局も巻き込んで問題提起と解決策の提示をするキャンペーン報道をしました。そしてテレビ界では権威のあるギャラクシー賞を、去年、富山局の記者らにもたらしました。
いま、地方メディアと全国組織がコラボして調査報道やソリューション・ジャーナリズム(社会課題を解決するための報道)に取り組むケースが増えています。よく知られているのが、去年のピューリッツアー賞を受賞したこちら。
アラスカの「アンカレッジ・デイリー・ニュース」という小さな新聞社が現場を取材し、優れた調査報道で知られるNPO「プロパブリカ」がデータの分析などをするコラボで、警察官の不足によって性犯罪が横行する「無法地帯」が出現している、という問題を報じました。「全中展開」の考え方は、いわばこうしたコラボを組織内で行ったものです。
私たちの願いとしては、今後は局内にとどまらず、地方の新聞や民放ともこうしたコラボを実現したいということ。ぜひ、メディアどうし連携しましょう。西日本新聞から始まった「JOD」や、「コトバのチカラ」といった取り組みもありますが、まだまだ、より効果的なものが考えられると思います。
次に②なんですが、NHKの場合、拠点局を除いた地方局ではデスクの数は概ね3人です。記者がその3人のいずれとも価値観が合わない、ということだってあるでしょう。また、最初に述べたように記者の世界は領域が広大なので、たった3人だと自分がやりたい分野に詳しいデスクがいないかも知れません。
事実、私は2004年に新潟局に赴任して事件や司法を担当するデスクになったのですが、その時、「新潟水俣病」に関心を持っている記者がいました。しかし私は公害なんて全くの専門外で、他の2人も極めて詳しいとはいえる状態ではありません。そんなところに、記者が提訴をめぐるスクープ情報を持ってきました。東京の詳しいデスクなどに尋ねて勉強しましたが、記者にとってはすこぶる頼りないなあと映ったことでしょう。
こうした「ミスマッチ」で、せっかくの記者の成長の機会を失わせてはいけません。そこで地方の記者の気づきに反応し、同じようなテーマに興味を持っていたり、知識があったりする東京や他局の記者やデスクをマッチングするサービスも始めています。自局のデスクと方向性が違い、困っている記者の救済にもなればいいかなと思っています。
そして③ですが、例えば急に知事が上京して大臣に要請するのに、取材したくても離れられない!というようなことがあった時に、東京の出稿部の記者が取材を代行する支援も始めています。
地方局の記者の負担をあらゆる手段で軽減し、やりがいを実現させたい。まだまだこんな支援もお願いします!ということがあれば、他社のかたを含めてぜひご意見・ご要望をお寄せください。
「上下関係」を変えたい
NHKのメインのニュース番組、「ニュース7」や「ニュースウオッチ9」などの看板番組で、どのニュースをどのよう報じるか、決めているのは40代後半~50代の「編責(編集責任者)」です。
経験を積んだプロのジャーナリストの視点・価値観というものは、確かに重要です。一方で、伝える相手の価値観とずれていては、なかなか振り向いてはもらえません。何を発信するか、どう発信するかは媒体によって変えなければならないと考えています。
NHKではいま、多様な伝送路を使って、より多くの人に良質な情報を伝えるための試みを始めています。
そこで始めたのが、届けたいターゲットと同じ年代の記者に、事実上の「編責」権限を与えること。
例えばLINEのNHK NEWSは、読者のターゲットを30代女性においています。そこで、編集を担当するのを、30代を中心とした女性記者にしました。ニュース7などNHKのメインニュース番組とは全く違う視点、価値観でニュースを選び、タイトルを付け直して発信しています。
もちろん、管理職のデスクが最終的にはチェックしますが、あくまでミスなどがないかを確認する役割。記事は、NEWS WEBや私が運営している「政治マガジン」からも転載されることもありますが、彼女たちは、
「んーこれちょっとタイトル付け直しちゃっていいですか」
と、ソフトなようで強烈なダメ出しをして、自分のセンスでタイトルやサムネイルを変えてしまっています。
で、実際、そちらの方がアクセスが2倍以上、良かったりするんですよね。私も何度も…。もはやデスクの権威も威厳もあったもんじゃない。
いえ、違うんです。その権威とやらを取っ払って、フラットな関係にもしたいのです。いつしかニュース組織も、年功序列の上意下達が当たり前、縦系列のガッチガチになっていました。もちろん経験によって磨かれるニュースセンスもありますが、年を取れば一概に向上するというものでもありません。こうした価値観の逆転をさまざまな局面で起こすことによって、体質を変えていきたい。
そういえば、NHKニュースの公式ツイッターでもそんなことが。32歳の國仲記者が、40代のオジサンデスクたちが作成した文面を次々とやり玉に挙げ、「書き方がなってません!」「NHKのニュースのリードをそのまま使っても、ツイッターにはなじみませんよ」と指導。そんな勉強会が、つい先日も開かれていましたね。デスクたち、神妙な様子で次々と質問し、教えを請うていましたよ。
ちなみに、取材ノートの「3年で辞表…」のタイトルも、編集部最年少の杉本記者に見てもらって、何度もキャッチボールして変え、決めました。当初、私が付けたタイトルは…恥ずかしくてお見せできません(涙)。
スタジオワークはいらない AIのチカラで
先に、テレビ局だとスタジオ収録があるので、どうしても在宅勤務ができないことがある、と書きましたが、これを変えてしまおうという取り組みも始めています。
それが2018年にローンチしたAI「ニュースのヨミ子」です。「ニュースチェック11」でデビューし、現在は「ニュースシブ5時」にも登場しているので、ご覧になった方もいるかもしれません。
ヨミ子はCGキャラクターなので、ヨミ子でスタジオパートを作ってしまえば、スタッフがたくさん必要なスタジオ収録などの作業がいらなくなるのではないか。そこでこの春から始まったのが、BS1「週刊ワールドニュース」での取り組みです。
世界のニュースを紹介するこの50分の番組、VTR以外はヨミ子が登場するバーチャルスタジオで、スタジオパートはすべてノートPCで制作しています。そして、海外のVTRパートとノンリニアで編集。なんと、在宅勤務でも番組制作ができるようになってしまいました。NHKとして初めての取り組みです。
これを可能にしたのが、音声合成によるヨミ子の自然な「読み」です。このヨミ子の「読み」なんですが、この3年で大幅に性能が向上。昨年秋から「第2世代音声合成」に進化しました。記者やディレクタが打ち込むテキストから、声によるコンテンツを自動で作ることができるようになり、さまざまな可能性が広がりました。
もちろん、全ての番組がこれでいいというわけでもありませんが、スタッフの負担軽減につながりますし、これによって浮いたリソースを、よりクリエイティブなことにつぎ込めるようになります。
「一度でも間違えたら終わり」を変えたい
「ヨミ子」がくれた、もう一つの宝物のようなものがあります。
それは、「間違えたら、直せばいい」という当たり前のことです。
メディアにとって「誤報」はあってはなりません。誰かの人生を一回の誤報で狂わせてしまうことさえあります。誤報を出せば即、そのメディアの存在が問われる事態になります。だから基本、私たちは、絶対に間違えないように、それこそ何重にも確認をしています。
ただし、この世に間違いが一つもないものなど、ありません。どんなに優れた記者でも、システムでも、間違いがゼロになることなどありえません。だから、間違えることを前提にして、あらかじめセーフティーネットを張っておくことが肝要です。
とはいえ、事前の備えで間違いを防げないことも必ずあります。その時には直して、真摯に謝るしかないのです。
しかし特にメディアでは、この「間違ってはならない」という圧力があらゆる面にわたって強い。命や人権に関わるようなことでなくても、とにかく間違えないようにと、みんな縮こまってしまう。それが原因で、本来、メディアとして伝えるべき表現ができなくなるようなことが起きてしまうことだってあります。
これが「無謬性(むびゅうせい)の呪い」と呼ばれるものです。メディアはそんな在り方から早く脱却したほうがいい。
それは、とにかく他人の小さな誤りをあげつらうことに喜々としている社会からの脱却にもつながると思うのです。
ヨミ子はAIなので、間違えることがあります。
あるイベントでAIアナウンサーを開発している会社が、「AIなので間違えることはありません!」と説明していましたが、それはどうかなと思います。AIは学習すれば完璧ですが、逆に言えば「学習していないことは何も知らない」のです。例えばニュースには固有名詞が頻繁に登場します。初めて登場する名前は、過去の学習から類推して正しく読めればいいのですが、そうでないと間違えてしまう。正しく読める保証はないのです。いわゆる「キラキラネーム」は、AIにとってまさに天敵。
ヨミ子を世に出す時に、「間違える可能性があるものを、世に出していいのか」という議論が局内でありました。間違いを監視する体制を用意し、すぐに修正できるようにしていましたが、ここでも「無謬性の呪い」が登場したのです。ただ、実際に使わないと何をどう間違えるのかも分からないし、AIが成長しません。最終的にある理事が、「間違えたら直そうよ。人間のアナウンサーだって読み間違えるじゃん。間違えたらお詫びして直しているんだから」と言ってくれたおかげで、世に出すことができました。
このヨミ子による突破をきっかけに、「間違えないか監視する、間違えたらすぐ直す」ことにしたことで、従来より何倍もの早さで情報を提供できるサービスが、このあと次々と生まれました。
社会の声を無視しない SoLTが開いた地平
若い記者たちが常に感じていたのが、「自分たちが伝えていることは、世の中の感覚とずれているのではないか」という疑念です。確かにニュースメディアが伝えていることと、世の中の人たちが感じている問題意識や社会課題との乖離は、しばしば存在しています。
そんな「社会の声」の窓の一つであるソーシャル空間で耳を澄ましているのが、SoLT(Social Listening Team)です。メディア界隈ではかなり知られるようになった取り組みですが、24時間365日、「いま何が起きているのか」「何が話題になっているのか」「人知れず困っている人はいないか」などをチェックしています。
2013年にSoLTを立ち上げ、運営しているのが、ネットワーク報道部の足立義則統括です。
彼の発想は、単にこの仕組みを作ることにとどまりませんでした。
ネットの声に耳を澄ませる、といっても、中には誤った情報や、メディアを引っかけようという意図的なフェイクさえ混じっています。情報の価値を見極める「目利き」が必要です。
そこで彼が目を付けたのが、結婚などを機に記者やディレクターを辞めた人材でした。子育てがちょっと落ち着いてきたので、培ったスキルを使って空いた時間に仕事をしたい。そんな方が結構、いらっしゃるのですよ。彼女たちに、学生アルバイトとともに情報のウオッチにあたってもらっています。元は特ダネをバンバン書いていたような人たちですから、センスはしっかり。AIをはじめとした様々な「ツール」も駆使して、情報の真贋判定から新たな社会課題の発掘まで、すさまじいまでの威力を発揮してくれています。
SoLTで収集した「社会の課題」については、デスク1人と記者2~3人で構成する「展開チーム」がすぐにキャッチアップ。取材を加えて即座に発信するようにしています。「そうそうこれ。私も感じていたんですよ」という違和感などが言語化され、記者が自分の体験と合わせて発信することも。
コロナ前の展開チームとSoLT
また、東京の出稿部や地方各局から依頼を受けて、特定の情報の収集に当たることもあります。先に述べた「一報くん」と合わせて、情報収集する記者の負担も軽減させる効果にもなっています。
SoLTと似たような組織は、いま他のメディアも作りつつあります。しかしそんな仕組みを作る余裕がないメディアもあると思います。私個人の夢としては、全てのメディア/ジャーナリストが利用できる共有の情報収集組織としてのSoLT、みんなのSoLTができたらいいなあ、と思っています。やりませんか?
メディアの新しいモデルを作りたい
さて、ここまで私たちの取り組みを紹介させていただきました。今回は記者の「働き方」に関わってくるものに限りましたので、ほんの一部です。いずれも正直、まだまだ道半ばといったところです。もっとこんないい方法あるよ、というアイデア、お待ちしております。
繰り返すようですが、私たちの切なる願いは、これからのメディアのモデルケースを作りたいということ。記者の仕事を、もう「ブラック」なんて言わせません。そのつもりでやっています。「努力と根性」はいらないとは言いませんが、「知恵と勇気」で乗り切ることの方をより重視する時代に変わりたい。
もちろん、インタビューのために説得したり、当局から情報を聞き出したり、膨大な資料を分析したり、ミスをしてしまったり、問題のある取材先から脅迫まがいのことを受けたりと、必ず苦労もつらい事もこともあるでしょう。でもそれは、記者以外の仕事であっても、何かを成し遂げる時には大抵つきまとうことです。大切なのは、そんな状況を可能なかぎり緩和し、支えてあげられる組織になることだと思います。
仕事というのは大切なもので、その人が社会で生きるための大きな意義や支えにもなるものです。(山崎記者のノートに出てきた名プロデューサーFさんからの受け売りです)でもそれは、人としての豊かな暮らしがあることが大前提です。
そんなこと言ったって、うちの社では…という方もいらっしゃるかも知れません。いやいや、私たちだって向こう傷だらけで…そんな時こそコラボのチカラです。ぜひ一緒にできること、考えませんか。
熊田 安伸 ネットワーク報道部
いま必要なのは、手法を業界で共有する「オープン・シェア革命」です。「共有しなければ、他人からフィードバックがもらえないし、提案も得られない。共有をやめたら学ぶスピードが落ちる。それは損だと思う」
「自分が持っている技術を自分のものだけにしてしまうと、すごくもったいない。共有することがすごく大事なんだよって教えて、後輩の子たちも共有する世界を作っていきたい」
「様々な技術をオープン化させることによって、当然まねる方がいる=レベルが上がるわけですよ。技術力の高め合いこそがその業界のさらなるレベルを上げ=多くのファンがさらにつく」
さて、以前のノートにも書いた通り、調査報道を支援する新たな活動に、培ってきたノウハウを生かしていくことにしました。ニュースの価値を「深さ」へ。そしてメディアをもっと、コラボさせたい。NHKを公共メディアに進化させるための取り組みをしてきましたが、これからはNHKだけでなく、ジャーナリズム全体の価値を高める活動をしていきたいと思っています。