ふざけてなんかいません!私たちが赤いマントで取材するワケ
真っ赤なマント、たなびくスカーフ・・・
日曜朝9時半からの戦隊ヒーローではありません。
平日の午後6時半から、栃木県内向けのニュース番組に出演している「全力取材!シラベンジャー」です。
NHK宇都宮放送局の“総力”を挙げて、ことし4月に誕生しました。
私たちはこのいでたちで、栃木県内はもちろん、永田町まで取材に出かけています。
悪ノリ?いえいえ、決してそういうわけではありません。
赤いマントをつけて取材するには、深いワケがあるんです。
“シラベンジャー”誕生!
私はシラベンジャーの隊長、平間一彰。NHK宇都宮放送局の記者です。
これまで国内外の航空業界を取材してきたほか、2016年のアメリカ大統領選挙ではトランプ政権の誕生の瞬間を伝えたり、2020年からは新型コロナについて医療機関の最前線で取材したりと・・・報道の現場一筋で歩んできました。
そんな私が赤いマントをまとうきっかけとなったのが、去年(2021年)の宇都宮局への赴任です。宇都宮での生活にも慣れてきたかな・・・そんな時、私のもとにやってきた上司がひと言。
「視聴者の疑問に徹底的にこたえるコーナーを作ろうと思う。とりまとめ、お願いできる?」
このとき、決まっていたのはコーナーの枠組みだけ。思えばここで、シラベンジャーとしての第一歩を踏み出していたのです。
NHK宇都宮放送局はことしの4月で、栃木県向けのローカル放送を始めてちょうど10年の節目でした。
この間、テレビを巡る状況は一変。スマホやSNSが普及し、メディアも多様化。ニュースをこちらから一方的に伝えるだけでは、なかなか届きにくくなっていると感じることも増えました。
視聴者の声に応えて放送につなげる「双方向」を大事にしたい。
そこで夕方6時半からの栃木県内向けニュース「とちぎ630」の目玉コーナーとして「シラベンジャー」の立ち上げが決まったのでした。
視聴者の疑問に徹底的にこたえるキャラクターってどんな感じだろう?
当初、私はこんなイメージを持っていました。
・ハンチング帽をかぶった探偵風
・虫メガネや白衣をまとった科学者風
さっそく上司に伝えると・・・
「ごめん、名前が「シラベンジャー」に決まった!だから、戦隊ヒーロー!あとはよろしく!」
戦隊ヒーロー!シラベンジャーって何?
ここに来て、ほぼ丸投げです。
しかし、私もいっぱしのテレビ局の記者。戦隊ヒーローと言われたからには、徹底的に演出にもこだわりました。
プロモーション動画の制作では、スモークをたいて撮影。同僚2人を引き連れ、決めポーズも真剣に考えました。
こうして、プロモーション動画は完成したのです(リンクはこちら☟)
マント姿で街に出ると……
キャラクターの設定やプロモーション動画まで完成したシラベンジャー。しかし、一番肝心なものが足りません。視聴者からの質問です。
さっそく赤いマントをまとって街に出て質問を集めることにしました。同僚の女性ディレクターと、地元の商店街で片っ端から“聞き込み”開始です。
「すみません、NHKなんですが、日ごろ感じている何気ない疑問ありますか?あなたに代わって調べますよ!」
「・・・」
尋ねられた女性はきょとんとした顔で私たちを見つめます。すかさず職員証を差し出し、怪しい者ではないことをアピール。
こんなことを繰り返しながら、初日はこんな質問が集まりました。
・成人年齢は18歳になるのになぜお酒は20歳から?
・栃木県の方言「だいじ」はどの地域で使われている?
・仕事中のタバコはなぜサボっていることにならないの?
・地元の商店街から大手ファストフード店はなぜ撤退したの?
赤いマント姿なので、街の皆さんから奇異な目で見られるのではと心配していましたが、意外といつもの街頭インタビューより反応がよかったという印象でした。
普段は、いろいろな事象への賛否や考え方を聞くことが多いのですが、今回は自分たちが疑問に思っていることを自由に話してもらうというものです。こういったフリーなインタビューでは、よりたくさんの意見が出てくると感じました。
そして赤いマントをつけて街に出ると、私自身、なにかのスイッチが入るような感覚でした。“ヒーロー”になった気分です。
カメラマンとのロケ中、通りすがりの子どもや女子高校生に手を振ることもありました。
すると、ほぼ全員、無視です。私は誓いました。
「いつか、子どもたちから私に手を振ってもらえるぐらいになってやる!」
そういえばこれまでも、ハロウィーンの日に渋谷のスクランブル交差点でかぼちゃの着ぐるみを着て中継したことがありました。私にとって、この赤いマントは、新たな境地を切り開くものでした。
「これからNHKが赤いマントで撮影、どうぞ!」
いよいよ迫ってきた初回の放送。私たちが選んだテーマは「成人年齢は18歳になるのになぜお酒は20歳から?」という女子高校生の疑問です。
若者の素朴な疑問から、問題提起につながる放送に展開できればという思いもありました。
でも、そこに立ちはだかったのは上司です。
「NHKがあたかも18歳からの飲酒をすすめているように受け止められないように!国の見解もしっかり伝えないと!」
その必要性は感じつつも、これではいつものNHKニュースと同じでは・・・
出ばなをくじかれた形でしたが、そんなことではへこんでいられないのがシラベンジャー。ならばと、成人年齢を引き下げる法律を改正した当時の厚生労働大臣・加藤勝信氏に直撃取材することに。
実は私の前任地は岡山放送局。加藤氏は岡山県選出で、何度も取材していました。衆議院選挙の投開票日には、スタジオで解説を担当していた私と生放送の掛け合いも。そこで思い切って連絡してみました。
「私、いま宇都宮で赤いマントをつけているんですが、この格好で永田町に取材にうかがっても大丈夫ですか?」
ふたつ返事でOKをもらい、さっそく永田町に向かいました。
加藤氏に会う前に、国会議事堂前で撮影をしていると、長い警棒を持った警察官が近寄ってきました。
「何かの撮影ですか?」
「はい、NHKなんですけど、シラベンジャーという赤いマントのキャラクターで撮影していまして」
「時間はどれくらいかかりますか?」
「10分もあれば」
すると警察官は私たちに背を向け、無線機に向かって話しました。
「これからNHKが赤いマントで撮影するとのこと。こちらで対応します、どうぞ!」
シラベンジャーVS厚労大臣
赤マント姿でいよいよ厚労大臣と対面です。応接室で3分ほど待っていると大臣が入ってきました。
「いやいや、どうもどうも」
赤いマントが視界に入っているはずなのに、マントについての言及はありませんでした。そこで質問を始めるとーー
「なぜ飲酒は18歳から、ではダメなんですか?」
「若いころからの飲酒は健康への影響が懸念される。海外では、飲酒開始年齢が早ければ早いほど、アルコール依存症になりやすいというデータもある…」
「海外では18歳のところも。20歳という根拠は?」
「若いころから飲酒することで、犯罪や非行など、社会的に問題となるケースも出ていると理解している。したがって我が国としては…」
官房長官を務めていただけあって、ガードの堅い回答が続きます。
そういえば開票速報のときも、なかなか思うような回答が引き出せなかった・・・
「ところで、そのマント、何なの?」
取材を終えるとようやく大臣からマントについての言及が。マントに警戒していたのかもしれません。
調査で浮かんだ答えは“国を強くするため”
こうして迎えた初回の放送。
「成人年齢は18歳になったのにどうしてお酒はダメなの?」
女子高校生からの素朴な疑問に対して「健康被害や非行防止のため」という国の見解は示したものの、それで終わっては、とてもシラベンジャーは名乗れません。
海外で飲酒が可能になる年齢も詳しく調べました。
16歳からがキューバやルクセンブルク。18歳からが実はもっとも多く、フランスや中国、ブラジルなど。20歳からが日本やタイなど。アメリカは21歳からでした。
さらに、日本もずっと20歳からというわけではないことも分かりました。
お酒の歴史に詳しい酒文化研究所の山田聡昭さんによると、明治時代以前はお酒が飲める年齢に制限はなく、未成年もお祝いの席などではお酒を飲んでいたといいます。
きっかけは富国強兵。強い軍隊を作るためには若者はお酒におぼれてはいけないという機運が広まりました。その結果、大正時代の1922年に20歳未満の飲酒を禁止する法律ができたそうです。
こうしてシラベンジャーの出した答えは「受け継がれた100年の教え」
国を強く豊かにするため若者はお酒を控えるべきという教えを、その後も変更する積極的な理由がないまま引き継がれていること。飲酒年齢は社会的なコンセンサスによって決まることなどをニュースで伝えました。
シラベンジャーVSさだまさし
初回の放送から3週間で、なんと、シンガーソングライターのさだまさしさんと共演することになりました。
共演の舞台はNHK総合で放送している「今夜も生でさだまさし」。ここでシラベンジャーを全国にPRできることになったのです。
この番組は台本はあってないようなもの。番組担当プロデューサーからは「生放送でさださんに突っ込まれてください!」とだけ言われました。
赤いマントをつけてスタジオへ。
すると、さださんからは、笑みがこぼれています。
とりあえず心はつかんだ!
「さださんもシラベンジャーポーズをお願いします!斜め右に18度です!」
すると、スタジオじゅうの全員が立ってシラベンジャーポーズをとってくれました。
スタジオを出る際、さださんは「あの方は赤マントにタイツを履いたら似合いそう」とぼそりとこぼしていました。
それを耳にした私はスタジオ裏でスタッフに「今度はタイツ履いて街に繰り出すか!?」と伝えましたが、「それはやめましょう」とみんなから真剣な表情で止められました。
さださんとの共演のおかげでシラベンジャーの知名度は飛躍的に向上。
私が私服で、なおかつマスクをしてドラッグストアで買い物をしていたにも関わらず、主婦から「ひょっとしてシラベンジャー?」と声をかけられ、グータッチを求められるほどに“成長”しました。
この出演を機に、視聴者からの質問もどんどん寄せられるようになりました。シラベンジャーが定着することへの手ごたえを感じ始めていました。
シラベンジャーVS選挙報道
この夏の参議院議員選挙でも、シラベンジャーは活躍しました。名づけて“選挙シラベンジャー”。選挙に関する若者の疑問に徹底的にこたえようというコーナーを、2週間にわたって設けました。
若者の疑問を集めるため再び街に出たシラベンジャー。そこでは、高校生から若手の社会人まで、こんな質問が集まりました。
・投票したい人がいない場合、どうすればいい?
・総理大臣は政治家の家系しかなれないの?
・選挙に出るのにいくらお金はかかるの?
・参議院はなぜ必要なの?
・昔の若い人たちの投票率も低かったの?
実際に街で若者に話を聞くと、私が思ってもみなかったような疑問が集まりました。専門家に話を聞いたり、図書館で文献をあさったりと、必死に答えを探りました。
たとえば、「投票したい人がいない場合、どうしたらいい?」という若者の質問。この答えを知っているのは誰なのか……国会議員や選挙管理委員会、別の取材でお世話になった人たちまで取材し、悩んだあげくたどりついたのが「グルメサイト」でした。
飲食店選びで「グルメサイト」を参考にしたこと、ありませんか?
限られた数の飲食店から“よりよい店”を選べるよう、口コミを読んだり、店内の写真を見たり。
候補者選びも、それと同じだと考えたのです。選挙ポスターや街頭演説、SNSなどを参考に、限られた選択肢から1人を選ぶ。
放送では、このように「グルメサイト」を引き合いに、限られた選択肢の中でどう選ぶかについて精一杯、こたえました。
また「候補者はどう支持を拡大し当選しているのか?」という素朴な疑問には、学校の「生徒会長選挙」を例にあげて説明しました。
例えば部活動のキャプテンを味方につければ、その部の生徒たちの“組織票”が手に入るかも。一方で、部活動に入っていない、いわゆる“帰宅部”の生徒は、いわば無党派層のようなもの。登下校時に校門などで支持を訴える必要がありますが、これは候補者が街頭に出て支援を求めるのと同じです。
こんな風に、選挙のあれこれをできるだけ身近な話題に例えて紹介するようにしました。
これまでの選挙報道で私たちは、「1票を投じましょう」と呼びかけてはきたものの、そもそもその1票を投じるためにどうしたらいいか、視聴者目線で十分伝えられていなかった気がします。“選挙シラベンジャー”は、こうしたNHKの選挙報道の手法を、根本から覆そうという試みでした。
シラベンジャーの今後は……
私がシラベンジャーとして“デビュー”して間もなく9か月。このあいだに、次の2つのことを学びました。
脱“予定調和”のニュース!
視聴者目線で!
これまで出してきたニュースは、ともすれば「予定調和」だったなと私自身、反省する部分があります。
選挙報道では「活発な論戦が期待されます」というお決まりの締めくくり。地域経済の話題なら「官民一体となった取り組みが求められます」
話の“落としどころ”が見えている中で、安易な取材・伝え方をしていたのではないかと。
でも、シラベンジャーは違います。
この質問、どうやって答えを調べるの……?
そもそも答えはあるの……?というものばかりです。
地をはうような取材をして答えを必死に探していく。そうすると意外な答えが見つかる。まるで真っ白なキャンバスに絵を描くようなだいご味があります。そんな私たちの思いが、視聴者にも伝わっていてほしいと思います。
そしてもう1つは、改めて、視聴者目線の大切さです。
私たちメディアが必要だと判断した情報を伝える従来のスタイルは、いわば“押し売り”のようなものですが、それだけではなく視聴者の“知りたい”という欲求にこたえる。
そのためには、目線を低く、泥臭く、徹底的に調べて答えに迫るという姿勢が、なにより重要です。
赤いマントは、そんな取材姿勢の「象徴」でもあり、それこそがシラベンジャーの真骨頂です。
赤いマントをつけていない日々の報道でも、貫徹したいと思っています。
今後は、これまで取り上げてきた生活者目線の疑問のほか、新型コロナのような社会的なテーマも扱いたいと考えています。
シラベンジャーに“タブー”はありません。ぜひみなさんから愚直な疑問や質問をお待ちしています。
平間 一彰 宇都宮放送局 記者
1996年入局 国際放送局でアメリカ大統領選などを取材。コロナ禍では新型コロナと闘う医療現場の最前線に密着。小型飛行機免許を持ち、国内外の航空業界取材も。
平間記者はこんな取材をしてきた