テスカトリポカを抱えたまま、俺は背後から響いていた喧騒を振り切り、バベルを囲む
ここから数百
「おい、アレって……!」
「
「オネショタファミリアキターーーーーーーーーーーー!!」
「うおっ!? きゅ、急に暴れるんじゃねぇ!?」
俺達を見てざわつく人々、そして興奮する神々。
俺はそれらを一切合切無視してバベルへと突っ込んで行くが、テスカトリポカは俺に引っ付いたまま良い笑顔でそこらに手を振っている。
「……楽しいか?」
「オマエもやってみればどうだ? オレが楽しいかどうかわかるぜ?」
「やらん。両手がアンタで塞がってるんでな、アンタが俺を抱えてくれるなら考えてやる」
「お? 不敬か?」
あまりにも想像し易かったその返答に俺が溜息を漏らすと、彼女は俺の頭を撫でながら笑う。
そんな俺達のやり取りを見た神々が更に興奮し出すが、それらは全て無視だ。
神々の奇行には付き合うだけ無駄だと、俺はもう学んでいるのだ。
バベルの中に入り、階段を上へ上へと登って行く。
そのまま4階層まで辿り着けば階段が途切れ、色とりどりのステンドグラスで彩られた円盤────昇降盤が現れた。
これは魔石を動力源として浮遊し、操作盤を動かす事で好きな階層に移動できる優れものだ。
バベルの塔はあまりにも高すぎるが故、上階へは階段ではなく、このような昇降盤を利用して上がる事になる。
「よーし、ここまで来たら十分だな。下ろせ」
「ん」
テスカトリポカを丁寧に床へと下ろす。
時間にして約2分ぶりに地に足を着いた彼女は、ぐぐと大きく伸びをして、ふぅ、と息を吐く。
「乗り心地は良かったぜ。ただ揺れが多かったな。タクシーとしちゃ25点ってとこだな。赤点だ」
そして、彼女は俺の乗り心地を採点しながら昇降盤へ乗り込んだ。
タクシーが何かは分からんが、きっと天界の乗り物か何かなのだろう。
俺としてはあまり乗り物扱いをして欲しくないところだが、しかし、揺れが多かったと言う事は、体幹がまだまだ足りないと言う事だろうか。
となれば、今一度体幹を鍛え直してみるのも良いかもしれない。
「さて、オレはこれから30階に行くわけだが……お前はどうする?」
「ふむ……そうだな」
と、今後暫くの鍛錬の方針を打ち立てていると、昇降盤に乗ったテスカトリポカがそう聞いて来たので、少しの逡巡の後、俺もヒョイと昇降盤に乗り込む。
「7階で頼む。このまま外に行ったら確実に面倒な事になるからな。エルマーのところに暫く匿ってもらうことにする」
「おお、良いじゃねぇか」
エルマーと言うのは、【へファイストスファミリア】所属の
俺と直接契約を結んでおり、俺の武器防具は基本、彼が打つ事になっている。
そんな彼の工房に、テスカトリポカが戻って来るまで避難していようと言う腹積もりだ。
「よし、そんじゃあ……上へ参りまーす、ってな」
テスカトリポカが操作盤を動かすと、昇降盤が静かに上昇を始めた。
壁に嵌められたステンドグラスが、現れた側から下に流れて行く。
名工ダイダロスの手によって計算し尽くされて設計されたそれは、ずっと見ていても飽きというものを感じさせない。
「さ、到着だ」
そんな光景に目を奪われていると、不意にステンドグラスの流れが止まった。
どうやら7階に到着したらしい。
耳を澄ませれば、カン、カン、と鉄を打つ音が聞こえて来る。
「じゃあ、また後で」
「おう。新しい名前を期待して待ってろ」
昇降盤を降りて、テスカトリポカに一時の別れを告げれば、彼女は昇降盤と共に上へと昇って行った。
それを見届けた俺はくるりと方向を変え、目的の部屋へと歩を進める。
「ここ……だったか」
カン、カン、カン、と。
鉄を打つ音がそこら中から聞こえて来る廊下の、幾つにも並んだ扉の一つの前の立つ。
扉にかけられた名札を見れば、そこには煤けた『エルマー』の字。
うん、と一つ頷き、ゴンゴンと扉をノックする。
すると、工房の中から「入れ」と叫ぶ声が聞こえた。
「失礼する」
工房の扉を開いた瞬間、ブワっと工房内に籠っていた熱気が俺を襲う。
ここに来たばかりの頃はこの熱にやられそうになっていたが、しかしレベル4になった今、この程度の熱風には動じない。
工房に足を踏み入れ、部屋の中心付近に置かれた机に腰掛ける。
「……精が出るな、エルマー」
「フン! こちとら毎日真面目に打っとるわい!」
炉に向かい、ひたすらに槌を振るうエルマーに声をかけると、エルマーは大音量でそう答えた。
エルマー・ファイロンは年老いたドワーフだ。
頭に巻かれた手拭いから覗く髪と、顎に蓄えられた立派な髭は雪の様に白い。
しかしその髭の向こうに見える、強い意志を孕んだ瞳と精悍な顔付きは若々しさに溢れており、その体にはシワ一つなく、筋肉を覆う肌には確かなハリと艶が見受けられる。
これがあのガレス・ランドロックよりも30以上歳上、と言われても、誰も信じないだろう。
「で! 何しに来たんじゃ!」
「ここに来る途中でテスカトリポカがやらかしてな。
「お主がレベル4になった事でもバラしたのか!」
「大当たりだ。エルマー」
ガン、と槌の音を響かせたエルマーが、
ジュゥゥゥゥゥと音を立てて、周囲の水が蒸発してゆく。
「ったく、主神の手綱は握っておけと、散々言ってやったじゃろうに。遠慮する必要は無いんじゃ! 容赦なくあのにやけ面を引っ叩いてやれ!」
「そうは言われてもだな。テスカトリポカには恩を感じているし、何より……」
「何じゃ」
「そもそも手が届かん」
「……ぶわっはっはっはっはっは!!」
俺が戯けたように肩をすくめてそう言うと、エルマーは一瞬呆けたような表情を見せた後、大口を開けて大爆笑する。
「そうか! はっは! そうかそうか! 届かんか! 言われてみればそうじゃわい!」
そう言いつつ水に入れられた剣を引き抜けば、出て来るのは見事な銀色の直剣。
あれも、今後俺が使う事になる一振りだろう。
……しかし、何だろうか。あの剣からは、確かな違和感を感じる。
ふむ、これを何と形容すべきか……
「……腕を上げたか? 今になって?」
「今になってっつーのは何じゃ! 鍛冶師は鉄と同時に、常に己を鍛えるのよ!」
怒られてしまった。
どうやら鍛冶師としての在り方を刺激してしまったらしい。
しかし、そうなればあの違和感は俺の勘違いだったのだろうか。
「……いやまぁ、正直な事を言えば、主の予想は間違っておらん。数日前のことなんじゃが、遂に儂もレベル3を迎えてのう」
「…………そうなのか」
合ってたじゃねぇか。
どこに俺が怒られる必要があったんだ。
……まぁ良い。テスカトリポカが寛容なら、俺もまた寛容だ。この程度なら赦そう。
「……しかし、俺が数日前に報告に来た時は、そんな話聞かなかったが……」
「その報告の後に主神様に頼んだのよ。この際に20年近く貯めに貯め込んだ
聞いてみれば、【鍛冶】の発展アビリティもBに到達していたらしい。
それは剣の質も目に見えて上がると言うものだ。
「レベル3の時点でアレだったんじゃ。ランクアップのせいで主の剣をぶっ壊すスピードが更に加速して、儂の造るペースでは間に合わなくなる、なんて事も十分に有り得そうじゃったからのう。僥倖じゃったわ。えぇ?」
「ぬぐっ」
心に一本のナイフが刺さる。
「……仕方ないだろう。格上の相手にスキルを出し惜しんでる暇は無いんだ」
「そりゃあわかっとるがのう……」
俺のスキルの一つ、【
効果時間中であれば武器に
そのせいで、このスキルが生えてからは一回の探索につき、3〜5本の剣をダメにしてしまう。
その度にエルマーに剣を新しく打ってもらっているので、エルマーに負担をだいぶかけてしまっているのが現状だ。
ただ、戦闘中に壊れる心配は無いため、素材を気にする必要がなく、打つ難易度も、材料費も、そこまで高くないことはまだ救いか。
「……はぁ、しかし、これも惚れた弱みというやつかのう……」
「おい、気持ち悪いことを言うな、エルマー」
「そう言う『惚れた』じゃないわい!! ったく……このクソガキめ……剣振ってるか、そこの戸棚に入ってる菓子でも食って、大人しく待ってやがれ!」
「わかった」
俺は迷いなく戸棚の方へ。
引き出しを開けてみると……む、これは……極東の……アマナットウ? とか言うのだったか。
口の中に放り込んでみれば、何とも甘い。
テスカトリポカにも後で食わせてやるか……っと、そうだそうだ。新しい二つ名だ。
そう言えば、エルマーの【
さて、一体どうなるものか……