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作:POTROT
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愉快な友人と友神。


 正義の神アストレア、並びにアリーゼ・ローヴェルを筆頭とした、彼女の眷属達。

 彼女ら【アストレア・ファミリア】は、正義の使徒として日々このオラリオを巡回し、この荒んだ世を再び正義の光で満たさんと奮闘しているのである。

 その活動は地道なものながらも確実に身を結んでおり、少なくとも俺が訪れた当初のオラリオと今のオラリオでは、確実に今の方がマシだと断言できる。

 

「チッ……。オイ、見せモンじゃねぇぞ。さっさと失せろ」

 

 ビッ、と中指を立てるテスカトリポカ。

 

「あら、はしたないわよテスカトリポカ。子供達が見ているわ」

「そうよ! ちょっとその手の意味はよくわからないけど、なんだかよくないものって言うのはわかるわ! 神様にお行儀を良くしなさいなんて言わないけれど、もうちょっとこう、気を遣ってもらえると助かるのだけど!」

 

 さて、見てわかる通り、彼女たちとテスカトリポカとの相性は最悪だ。

 単にテスカトリポカが彼女達のことを毛嫌いしているだけではあるのだが、彼女曰く、彼女の神としての在り方が、彼女達の掲げる『正義』と致命的なまでに食い違っているらしい。

 彼女が言うには「ここに害獣に食い散らかされたトウモロコシがあったとして。オレはこのトウモロコシの食われずに残った部分を種として地面に植える。それに対して、奴らは無くなっちまったの含め、一粒一粒を元の形に戻そうとする。愚行も愚行、大愚行だ」とか何とか。

 

 しかし、テスカトリポカも彼女らの持つ『気概』や『闘志』は十分に評価しているようだ。

 そうでもなければ、彼女らから魔法について教示して貰うなど、赦してくれなかっただろう。

 

「あァん? 何言ってやがる。オレは十分ガキどもに気ぃ遣ってやってるぜ? ここでおっ始めてないだけ有難いと思いやがれ」

「あのねぇ貴女……下界に来て日が浅いのかもしれないけれど、下界じゃあさっきのも十分その範疇に入るのよ? ほら、ご覧なさい? 妖精(エルフ)の子たちが顔を真っ赤にしているわ」

 

 アストレアが手で方向を示すので、釣られてそちらを向いてみれば、なるほど確かにエルフの二人組が顔を真っ赤にしている。

 それを見たテスカトリポカは、「ハンッ」と鼻を鳴らしてアストレアに向き直る。

 

「そりゃあ、あいつらが初心(ウブ)すぎるだけだろ」

「そう言うわけじゃないわよ! 私だって、見かけた時は思わず目を疑っちゃったんだから! ここにリオンでも居たら卒倒ものよ!」

 

 テスカトリポカが「誰だソイツ?」と言った顔をしている側で、俺は確かにそうなるだろうな、とウンウン頷いて納得していた。

 リオンと言うのは【アストレア・ファミリア】で一番の新人の、金髪に碧眼が美しいエルフの女性なのだが、エルフの中でも飛び抜けて『そちらの方面』に耐性が無い。

 遠目にでも先ほどの光景を見れば、アリーゼの言う通り卒倒するか、或いは顔を真っ赤にして大激怒するかの二択だろう。

 

「そんなんじゃ、カイの教育にだって悪いわ! このままじゃ、純真無垢なカイが荒んだ色欲魔にまっしぐらよ!」

「……あァン?」

 

 ……おっと、急にこちらに飛び火したぞ?

 そんな風に他人事のように思っていると、ぐりん、と。テスカトリポカの顔がこちらに向く。

 数秒間ほど俺の顔を覗き込んだテスカトリポカは、唐突に屈んで俺の肩に手を回し、自分の方に引き寄せて、コツンと彼女と俺のこめかみを合わせる。

 

「コイツぁオレの眷属(ガキ)だ。オレがオレの思うような戦士に育て上げて、何が悪い」

「あら、そうかしら? それはカイ本人に聞かないと分からないと思うのだけど?」

 

 そう言ってこちらを見やるアリーゼの目が「正直に言いなさい」と俺に語りかけて来る。

 アリーゼの後ろに控えるアストレアの目も同様だ。

 

「当然、オマエもそう思うよな、なァ?」

 

 さて、どうしたものかと返答に困っていると、グググとテスカトリポカは俺を自分に押し付ける力を大きくした。

 レベル4になった俺にはもはや何の痛痒も無いが、その瞳から焦りはひしひしと伝わって来る。

 ……全く、焦らずとも、俺がアンタの下を離れるわけがないだろうに。

 

「ああ。どうやら俺にはこの神の言う『戦士』と言うのが一番性に合っているらしい。心配してくれたところ申し訳ないが、俺は今後もこの神の眷属で居たいと思ってる」

 

 アリーゼがチラリとアストレアを見る。

 神には人の嘘を見抜く能力が備っているので、それを用いて俺の発言の真意を探ろうとしたのだろう。

 しかし勿論、この言葉は俺の本心からのものだ。そこに嘘の一片も含まれているはずも無し。

 アストレアはゆっくりと首を横に振り、アリーゼはそれならば仕方ないと肩を竦める。

 

「ハッハハハハハハハ! よーしよしよし、この可愛いヤツめ! オレのこと大好き過ぎだろ知ってたが! ハハハハハハハハハハハ!!」

 

 それに対して、テスカトリポカはと言うと死ぬほどテンションが上がっていた。

 高らかに哄笑を上げ、俺の頭をまるで犬を可愛がるかの如く撫で回している。

 恐らく安心して嬉しくなってしまったんだろうが、正直そろそろ鬱陶しいのでやめて欲しい。

 

「よし! んじゃあこんな連中放っておいて、とっととバベルに向かおうぜ!」

 

 と、丁度俺が鬱陶しく思い始めたところでテスカトリポカはパッと俺から離れ、街の中央への道を意気揚々と歩き出した。

 先程と同じ、或いはそれ以上の歩幅で、ただの歩行だと言うのにあっという間にその背中が遠くなってゆく。

 ちなみにバベルと言うのは街の中心に聳える、雲を貫くほどに高い巨大な塔で、ダンジョンに次ぐオラリオの代名詞であり、同時に神会(デナトゥス)の会場でもある。

 つまり、今回の目的地だ。

 

「あー……じゃあ、そう言うわけだ。いきなりで悪いが、俺はここで失礼させて────」

「ちょっと待ちなさい」

 

 くるりと方向を変え、テスカトリポカの後を追おうとした俺の肩をガシリと掴まれた。

 

「目的地は一緒でしょう? 折角なんですもの、一緒に行かなきゃ損だとは思わない?」

「ええ。私も、久々にあなたとお話ししたいわ」

 

 もう片方の肩にも、ポンと優しく手が置かれる。アストレア様の手だ。

 ……さて、どうしたものか。完全に捕まってしまった。

 今の俺のステイタスなら十分に振り切れるだろうが、彼女たちには相応の恩と言うものがある。

 テスカトリポカは怒るだろうが、仕方あるまい。

 

「……ゼヒ、ゴイッショシマセンカ」

「あら、嬉しいわ」

「決まりね! そうと決まれば、さっさとあなたの主神様に追いつきましょう!」

 

 そう言うと、アリーゼはアストレアを横抱きにして、テスカトリポカへ走って行ってしまう。

 俺もその後を走って追いかければ、レベル4の驚異的な膂力も手伝って、すぐに二人とテスカトリポカの背中に追いついた。

 

「おう、遅かったなァ……ってはぁッ!?」

 

 テスカトリポカはまさかこの二人が追いかけて来るとは思わなかったらしい。

 隣に現れた一人と一柱を見て、思わずと言った風に驚愕の声を上げた。

 

「ごめんなさいね! でも貴女が先に行き過ぎたのも悪いと思うのだけど!」

「テメェに言ったわけじゃねぇよ猪女ァ!」

「私もちょっと、このドレスだと走りにくいのよね」

「テメェでもねぇよトリ頭ァ! オイ、こりゃあどう言う事だ!」

「すまんテスカトリポカ。捕まった」

「……チィッ!」

 

 俺が正直に謝ると、テスカトリポカは大きく舌打ちして、不貞腐れたように前を向いた。

 

「別にそこまで邪険にする事もないじゃない、テスカトリポカ。私たちはただ、彼とお話がしたいと思っただけなのに」

「別に減るモンじゃないし、いいでしょ?」

「良くねぇ! オレの手塩にかけて育て上げた戦士に引っ付こうとするんじゃねぇ害虫(カメムシ)共! そんなにトウモロコシが欲しいならデメテルのトコにでも行きやがれ!」

「ちょっと! カメムシなんて酷いじゃない! せめてカブトムシと呼んで欲しいわ!」

「ねぇアリーゼ、私はホタルが好きなのだけど。ほら、私って星も司ってるから」

「じゃあホタルよ! ホタルと呼びなさい!」

「うっせぇ知るかァ!」

 

 うむ、実に仲が良いようで何より。

 これを言ったら恐らくぶん殴られるが。

 

 ちなみに先程話に出てきたデメテルと言うのは女神の一柱の事で、オラリオの少し外で大農園を運営している、言ってしまえば都市の食糧事情の大部分を担って下さっている方だ。

 ちなみにテスカトリポカとデメテルの仲は割と良好だ。

 どうやらトウモロコシに関して話が合うらしい。

 それとカメムシを如何にして殺し尽くすかと言う事に関しても話が合うらしい。

 

「クソッ、オレはコイツの新しい二つ名を考えるのに忙しいんだ! テメェらの相手してる暇なんて無ぇんだよ!」

 

 と、とうとう痺れを切らしたテスカトリポカが立ち止まり、二人を指差してそう言った。 

 すると、二対の目がこちらを見る。

 

「え? カイ、またランクアップしたの?」

「って事は、レベル3になるのかしら? まだ前回のランクアップから半年しか経ってないじゃない。もしかしたら世界記録(ワールドレコード)二つ持ちになるのかしら?」

「ハンッ! 二つじゃねぇ、三つだ! コイツはもうレベル4だ!」

 

 瞬間、時が止まったように辺りが静まり返った。

 アリーゼとアストレアのみならず、その周囲近辺にいた人間、全員が弾かれたようにこちらを向き、俺の事を凝視する。

 

「……え?」

 

 その呟きは誰のものだったのか。

 それは定かでないものの、その一言こそが恐らくこの場の人間全員の総意であろう。

 

「……おい、カイ。さっさとオレを安全圏まで運べ」

 

 周囲の様子を見たテスカトリポカが、流石にまずいと判断したのか俺にそう命じた。

 俺は溜息を一つ吐き、その命令を実行するために彼女へ近寄る。

 

「……迂闊だったな、テスカトリポカ」

「あぁ? 仕方ねぇだろ鬱陶しかったんだから」

「まぁ、アンタらしいっちゃアンタらしいが……後先ってモンを考えて欲しかったな」

 

 テスカトリポカの脚と肩に手を回し、横抱きにする。

 些か身長差がありすぎる気がしないでもないが、そこはステイタスでどうにでもなると言うものだ。

 

「今回は舌噛むなよ」

「誰にモノ言ってやがる。オレがンな下らないミスするわけねぇだろうが」

「アンタこの前調子乗って思いっきり舌噛んだだろうがよ。文句言わず口閉じろ」

「お? 不敬か? ……だがまぁ、テスカトリポカは寛容だ。赦してやる」

 

 いや不敬って……俺あの時マジで送還されるんじゃねぇかって焦ったんだからな?

 

「……まぁ良い。行くぞ」

 

 ぐん、と地面を蹴り、レベル4の膂力で以ってバベルへの道を全速力で駆ける。

 背後から爆発音が響いたのは、そのおおよそ5秒後のことであった。




Topic:テスカトリポカとカイは神々の間で『おねしょた』なる呼ばれ方をしているらしいが、その意味は定かでない。恐らく、神々の間でのみ通ずる天界の言葉なのだろう。
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