冒険とは、その行為に危険が伴う事を、理解した上で
そして冒険者とは、呼んで字の如く、そんな『冒険』をする者達の事を指す言葉である。
つまり、人はその行為に危険が伴うと理解した上でそれに及び、初めて冒険者であると呼ばれるわけだ。
何を当然の事を言っているんだ、と言う話であるだろう。
事実、常識的に考えれば、冒険、或いは冒険者という言葉は、その事を指して使われるものだ。
しかし、世界一の大都市にして、世界に唯一のダンジョンをその地底に持つ、迷宮都市オラリオにはこんな格言がある。
その格言とは曰く『冒険者は冒険をしてはならない』と言うものだ。
はいもう完全に先程述べた事に矛盾しています本当にありがとうございます。
だが、格言の成り立ちには得てして理由ないし原因が存在すると言うもの。
この一見すれば意味不明な格言も、その例に漏れず幾つもの理由と原因がある。
さて、その原因と理由であるが、他でもないダンジョンである。
と言うのも、このダンジョン。幾重にも重なった階層によって構成されており、下の方に行けば下の方に行くほど貰える経験値が増えるし、回収できる素材も高品質なものが増え、稼ぎも段違いに増えるのだ。
そんなわけで、そんなダンジョンに挑む者達……ギルド曰く『冒険者』達は、出来る限り下の階層を目指すわけだが、下の階層に行けば行くほど迷宮に住まう
なので、稼ぎや経験値に目を眩ませ、自分の身の丈に合わない階層へ突っ込めば、まぁ運が良いとかでもない限りは死ぬ。
それを受けて、冒険者の管理組織である冒険者ギルドは、『冒険者(=ダンジョンに潜る人達)は、冒険(=身の丈に合わない危険な行為)をしてはならない』と口を酸っぱくして言っているわけだ。
しかし!
そう、しかしである。
このギルドの方針は、我々冒険者の『とある最重要事項』と、圧倒的に相性が悪い。
その最重要事項とは、即ち『強くなる事』である。
先ほど、下に行けば下に行くほど得られる経験値は増える、と言ったが、基本的に我々冒険者は、『経験値を得る→ステイタスを更新してそれを【力】【耐久】【器用】【敏捷】【魔力】の
しかし、
だが、決してそこで打ち止めというわけではない。
『とある事』をする事によって、ランクアップ、即ちレベルアップが可能であり、圧倒的に能力が増すだけでなく、前レベルの
故に、冒険者が際限なく強くなるには、『経験値を得る→ステイタスを更新して
さて、ここで話を戻そう。
先ほどギルドの方針が強くなる事と圧倒的に相性が悪いと言ったが、その中で最も深刻なのが、ランクアップに必要な『とある事』だ。
『とある事』というのは、即ち『偉業を遂げる事』。
そして、『偉業を遂げる事』と言うのは、『冒険を達成する事』。
危険を顧みずに死地へと突っ込み、生還してようやく達成されるのだ。
これで分かっただろうが、つまりギルドの方針と、我々が強くなるために必要な事は、二律背反の状態にあるわけである。
だから我々はランクアップが非常に難しいのだが、しかし当のギルドは冒険者のランクアップを望んでいるのだから面倒臭い。
普段は無茶をするなとか言って来る癖に、『遠征』とか言う
────とまぁ、そんな話をして来たわけであるが、当の俺は強くなりたいと願っている。
それも心の底からだ。理由はまだ語れないが、強くなりたいとひたすらに願っている。
だから、何度目ともわからない『冒険者は冒険をしてはならない』と言う言葉に、俺はこう返してやった。
冒険します。冒険者なので。
「─────と言うわけで今回は、『ゴライアス』に単独で挑みたいんだが!! 構わんな!?」
ダンジョン18階層。
そこに建てられた人の街、『リヴィラ』の、とある建物の一室に、そんな声が反響する。
その部屋に居たのは、二人の男。
片方は豪華なソファに座り、ただでさえ強面な顔を更に渋くして耳を覆う、見るからにゴロツキといった風体の男。
もう片方は目を輝かせて机から身を乗り出す、銀の鎧に身を固めた銀髪の少年。
つまり、俺であった。
「……はぁ……」
そして、ソファの上で溜息を吐くゴロツキの名はボールス。
レベル3の冒険者にして、このリヴィラの街を纏め上げるリーダー的立ち位置の男だ。
「お前、【
心の底から面倒臭そうに、シッシッと手で追い払うような仕草をするボールス。
ちなみに、【
つまりこの男は、俺ではどうやってもゴライアスには勝てないと言っているのだ。
だがしかし、俺に言わせてみれば、その判断材料は古すぎると言わざるを得ない。
「3だ」
「あ?」
「俺の
「……はぁ」
ガタリと、ソファから立ち上がったボールスは、顔に影を作ってゆらりと俺に近寄って来る。
どうやら俺を威圧しているつもりらしい。
「なァ、【
「正確に言えば、レベル2になったのが前々回の
「あぁ、そうかよそうかよ……じゃあ、これは受け止められるなっ!?」
俺が事実を告げてやると、ボールスは一歩ほど後ろに下がり、鋭い蹴りを繰り出して来る。
レベル3の圧倒的な膂力によって放たれる蹴りは音を置き去りにし、ほんの瞬きほどの時間も無く俺へと迫る。
「なッ……!?」
それを、俺は片手で掴んで受け止めた。
じん、と。衝撃が腕に走る。だが、それだけだ。
「……へっ。大した目と【
次に飛んで来るのは、腰に差した剣による居合い。
受ければ確実な死が訪れるだろうそれは、先程の蹴りよりもより速く空を滑り、俺の首へと吸い込まれて、俺の指に摘み止められる。
「…………チッ。どうやら本当らしい。テメェが一体どんな
そう言って、剣を鞘へと納めたボールスは、「だが」と続ける。
「お前の知っての通り、ゴライアスの討伐は
「ああ、ここに500万ヴァリスある。受け取ってくれ」
背負っていた背嚢を机に置くと、じゃらりと音が鳴る。
ボールスが中身を開いてみれば、出て来るのは金貨の山。
「……上々だ。良いだろう。テメェに今回のゴライアス討伐は任せてやる。奴の
「ああ、感謝する」
そう言って俺は踵を返し、建物から外に出る。
「もし死んでも、骨くらいは拾ってやるぜ!」
その言葉を背に受けつつリヴィラを出て、17階層へと続く穴へ急ぐ。
緑の茂る森の中を駆け抜けると見える、白い外壁に空いた大きな穴がそれだ。
俺はそこに飛び込み、急な勾配に剣を突き立てつつ登ってゆく。
「……ふぅ」
そして辿り着いたのは、なんとも異質な広間だった。
幅は100
これこそが、『嘆きの大壁』。
たった一体、特殊なモンスターだけを生み出す、
ビシリ、と音を立てて、そこへ一筋の亀裂が刻まれる。
ビシリ、ビシリ、バキッ、バキバキ。
音はどんどん大きく響き、同時に壁に走る亀裂も大きくなる。
そして、ついに奴は現れた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
壁をぶち破り、もうもうと土埃を上げながら産声を上げるのは、17階層の階層主。
そして、王に続くようにして四方の岩壁からわらわらと湧き出すのは、その取り巻きの
「……行くぞッ!!」
俺は剣を構え、目の前の巨人に突貫して行った。
────所要期間六ヶ月。異例にして史上最速のレベル3、及びレベル4。
その知らせが迷宮都市のみならず、世界を駆け巡ったのは、その一週間後の事である。