挿絵表示切替ボタン
▼配色






▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

最終章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
159/177

アルカディア

「アルカディア、出力上昇!」

「出力、三十パーセントで安定!」

「いつでも動けます!」


 慌ただしく兵士たちが動き回るのは、アルカディアのブリッジだった。


 移動要塞のブリッジはとても広く、バルトルトはそこからの眺めを見ている。


 外にはモンスターたちだけではなく、帝国の戦力がほとんど集結していた。


「いよいよだな」


 軍事力だけではなく、外交も駆使して王国を追い詰めようとした。


 だが、王国の抵抗もあって、目標としていた成果は得られていない。


 バルトルトの横には、アルカディアの主人であるミアが緊張した様子で座っていた。


 今も、ミアは戦争に反対の立場だった。


 だが、バルトルトは絶対にこの戦争を回避しない。


(ミア、お前はそのまま優しい子でいてくれ。全ての罪はわしにある)


 自分たちが生き残るために、旧人類側の代表である王国を滅ぼすのだ。


 その罪を娘に背負わせるわけにはいかなかった。


「――発進せよ」


 バルトルトの声により、アルカディアをはじめとした大勢の飛行船が動き出した。


 ミアは俯いてしまう。


「ごめんなさい」


 王国にいる友人たちのために泣いているのだろう。


(お前は優しい子に育ったな。そんなお前のためなら、わしはいくらでも罪を背負おう)


 泣いているミアに、バルトルトは声をかけなかった。



 アルカディアにある一室。


 そこは序列第一位から十位までの騎士たちの休憩所だった。


 部屋は豪華な内装で、騎士たちのために使用人たちが世話をしてくれる。


 帝国の剣聖――リーンハルトは、グラスの中にあるジュースを見ていた。


「凄いですよね。これだけの物体が動いているのに、揺れていませんよ」


 グラスの中の液体が揺れていないのを確認してから、一気に飲み干すとメイド服姿の女性に投げて渡していた。


 その様子を見たフィンが目を細める。


「リーンハルト、態度が悪いぞ」


「お~、怖い。先輩ってば優しいですね」


 ヘラヘラしているリーンハルトは、新しい飲み物を受け取るとまた眺め始める。


「先輩、少し緊張していませんか? 大丈夫ですよ。情報では、王国に味方した国は少ないですからね。それに、国境を預かる貴族たちは動けないそうですから」


 油断しているリーンハルトに、フィンが釘を刺す。


「王国にはリオン――バルトファルト公爵がいる。忘れたわけじゃないよな?」


「先輩が気にかけているのも知っていますよ。それに、最重要人物ですからね。その公爵を倒せば、戦争も終わったようなものですし」


 フィンは床に視線を向ける。


(どうして俺たちは戦わないといけないんだろうな)


 フィンは王国での思い出が頭をよぎる。


 あの楽しかった日々は、二度とは戻ってこないのだ。


 自分が帝国側で、リオンが王国側だから。


 それは理解しているフィンだが、納得できなかった。


 ただ、戦う以上は勝ちに行くつもりだ。


「――公爵が出てくれば俺が相手をする」


 誰にも譲りたくないという気持ちと、同時に危険すぎて他に任せられないという思いがあった。


 それを聞いたリーンハルトが肩をすくめる。


「なら、僕には王国の剣聖を譲ってくださいよ。それと、剣聖には息子がいましたよね?」


 フィンがクリスを思い出す。


「クリスか? 確か、王国では剣豪と呼ばれていたな」


「そう、その人です! 剣聖は年齢的に全盛期を過ぎているかもしれませんから、そいつも僕に譲ってくださいよ。確か、クリスはファンオースの黒騎士を倒したはずです。少しは楽しめます」


 ファンオース公国の英雄である黒騎士を倒したのは、公式ではクリスになっている。


 そのため、リーンハルトはクリスと戦いたいのだ。


 それはまるで遊び感覚だった。


「――状況次第だ。だが、公爵が出て来たら俺を呼べ。あいつは危険だからな」


 他の騎士たちは納得できないような顔をしていた。


 そして、フィンの側にいたブレイブが話しかける。


『相棒、あいつらが出て来たら複数で叩かないと駄目だぜ』


「分かっている。だが、リオン一人に魔装(まそう)を持った騎士を何人も付けたくない」


 帝国は数では勝っているが、それでも不安がないとは言えない。


 魔装と呼ばれる魔法生物をまとった騎士の数は少ない。


 対して、リオンの側は旧人類の兵器たちが集まっている。


(アルカディアを沈められるとは思えないが、用心するに越したことはないからな)



 ホルファート王国の王宮では、帝国が動き出したという知らせを受けて大騒ぎになっていた。


「艦隊の移動はどうなっている!」

「まだ、二割が目的地に到着していません!」

「急がせろ! 帝国の奴らをこの国に入れてはならん!」


 王宮内では騎士、軍人たちが走り回っている。


 文官たちも書類を持って慌ただしく駆け回っていた。


 メイドたちも忙しそうに働いている。


 そんな中――リビアはリコルヌに乗り込むために廊下を歩いていた。


(また戦争が始まる)


 公国との戦いや、共和国での戦いを思い出してしまう。


(その度にリオンさんが傷ついて――だから、今度は)


 後ろにはノエルと――カイルの母親であるユメリアが付いてくる。


 ユメリアは聖樹の若木を操作するのに必要と判断し、リコルヌに乗せることになった。


「ユメリアちゃん、本当に大丈夫?」


 ガチガチに緊張したユメリアを心配するノエルも、やはり緊張した様子だった。


 ユメリアはぎこちなく頷く。


「だ、大丈夫です! それに、カイルも一緒に乗り込みますから」


 マリエの付き添いでカイルも乗り込む予定だ。


 王宮の飛行船の乗り場へと向かうと、そこにはアンジェの姿と一緒に――マリエの姿もあった。


「アンジェ」


 その姿を見て、リビアは少し驚くのだった。



 リコルヌに乗り込むタラップの前に来たマリエは、そこにいたアンジェリカと鉢合わせとなる。


 聖女の衣装に身を包んだマリエは、アンジェリカが苦手だった。


 マリエの後ろにいるカイルとカーラが、アンジェリカを見て困っている。


 何しろ、マリエはアンジェリカから婚約者を奪った過去がある。


 これまでも、出会えば鋭い視線を向けてくる相手だ。


 今も何を言おうとしているのか分からない。


 マリエがリコルヌに乗り込もうとすると、アンジェから呼び止められた。


「待て。少し話がしたい」


 マリエはタラップに乗せた足を戻して、アンジェリカに振り返った。


「何よ? 文句なら戻ってから聞くわよ」


 何を言われるのだろうか?


 そう思ったマリエだが、内心では何を言われてもよかった。


(こいつの人生を私が狂わせたのよね。なら、文句くらい聞いてあげないと)


 次がどうなるか分からない。


 すると、アンジェリカは右手で自分の左手の肘を掴み、視線を下げてマリエに頼む。


 そうすることで大きな胸が強調されるのが、少しだけマリエは羨ましかった。


「リコルヌにはお前の力が必要だ。頼む――リオンを助けてやって欲しい。私では、ここから先は役に立てない」


 重要なのはリビア、ノエル――そしてマリエの三人だ。


 クレアーレは、リビア一人でも装置が完全に動くように改修を終えていた。


 アンジェリカが手伝えることは何もない。


 頼まれたマリエは、拍子抜けてして呆れるのだった。


「言われなくても頑張るわよ。それより、なんで私に頼むのよ? あんたからすれば、私は憎い相手じゃない」


 言われたアンジェリカは、マリエに初めて笑顔を向けた。


 それはなんの裏もない笑顔だった。


「何度も憎んだことはあったよ。だが、私はお前に感謝しているのさ」


「感謝?」


「お前のおかげでリオンやリビアに出会えたからな。私にとって、今はユリウス殿下よりもリオンの方が大事だ。そのリオンのためなら、誰にだって頭を下げるさ」


 マリエは下を向く。


(――何よ、悪役令嬢の癖に。――あんた、本当にいい女じゃない。こんなの、私が凄く惨めよ)


 以前はアンジェリカに勝ったと――ユリウスを奪ってやったと思っていた。


 その自分の醜さがマリエは嫌になる。


 それに、自分を選んだユリウスは、それが原因で王太子の地位を失った。


 マリエからしてみれば、自分のせいで大勢を巻き込んでしまっただけだ。


 大勢が不幸になった。


(あ~あ、やっぱり私って駄目な女よね。ろくでもない男ばかり集まるわけだわ)


 マリエは顔を上げると胸を張った。


 精一杯の虚勢を張る。


「私が手を貸すんだから、絶対に勝てるわよ。これでも私は聖女よ」


 アンジェリカはクスクスと笑う。


「あぁ、そうだな。期待させてもらう」


 すると、マリエとアンジェリカを心配したオリヴィアが駆け寄ってきた。


「アンジェ!」


 どうやら、アンジェリカがマリエを責めていると思ったのだろう。


 だが、笑顔のアンジェリカを見て、オリヴィアは驚いている。


「どうしたんですか?」


「何でもない。それよりも、さっさと乗り込むぞ。ここからは、お前たちが頼りだ」


 マリエが乗り込もうとすると、今度は自分が人生を狂わせたもう一人の人物がやって来る。


 ――クラリスだ。


 近付いてくるクラリスを見て、マリエは平手打ちを覚悟する。


 クラリスはジルクの元婚約者で――こちらも、マリエがジルクに手を出したことで、婚約破棄となった。


 そんなクラリスに警戒していると、マリエの横を通り過ぎてアンジェリカに話しかける。


「アンジェリカ、あんたまで乗り込むことないでしょうに」


「止めるな。――リオンの側にいたい」


「貴女、自分の立場を分かっているの?」


「悪いが決めたことだ」


「はぁ――分かったわよ。それより、戻ってきたら覚悟しておくのね。しばらくは忙しくて寝る暇もないわよ」


 クラリスは文官の仕事を手伝っているのか、手がインクで汚れていた。


 クラリスが手を振って離れていく。


「私は忙しいから、見送りはここまでにするわ。ちゃんと戻ってきなさいよ」


 クラリスが去って行く途中、マリエの横を通り過ぎる。


 すると、クラリスが呟いた。


「あんたもちゃんと戻ってきなさい。言いたいことが山のようにあるからね」


 マリエは下を向いて杖を握りしめる。


(どいつもこいつも、なんでもっと――最低な奴じゃないのよ)


 もっと女のドロドロした部分を見せてくれたら、マリエだって心が救われた。


 自分が醜く見えて仕方がない。


 マリエは空を見上げる。


(――でも、これでいい。こんな私でも役に立てて、残るのはみんないい子ばかりだって分かったから。兄貴――今回は絶対に生き残った方がいいわよ)


 今世、リオンは幸せなのだと確信して、マリエはタラップへと足を向ける。


 カイルが緊張していた。


「今回も勝てますよね?」


 カーラは、気丈に振る舞っている。


「勝てるわよ。マリエ様も協力して、バルトファルト公爵も本気なんだから。きっと帝国なんて倒してくれるわ」


 そう思いたいのだろう。


 カーラは自分に言い聞かせているようだった。


 マリエが杖を担ぎ、そして二人の方を向く。


「心配しなくても、絶対に勝つから安心しなさい。それよりも、カイルはお母さんのフォローをちゃんとするのよ」


「え? で、でも」


 照れてはいるが、カイルはユメリアの方を気にしている。


「あんた、親とはいつまで一緒にいられるか分からないのよ」


「わ、分かっていますよ」


 カイルがユメリアの方へと向かうのを見て、マリエはリコルヌに乗り込む。


 カーラがマリエを心配する。


「マリエ様? 今日はいつもと違いませんか? その、何だか――」


「いつもと同じよ。それより、カーラのことも色々と考えないとね。いつまでも私と一緒だと、結婚できないし」


「いえ! 私はずっとマリエ様のお側にいます!」


「――あんた、自分の幸せを考えた方が良いわよ」


「私の幸せは、マリエ様と一緒にいることですから!」


 笑顔でそう言い切るカーラを見て、マリエは苦笑いをするのだった。


 カイルが空を指さす。


「ご主人様! 神殿の飛行船ですよ!」


 そんなマリエが空を見上げると、神殿の旗と一緒に聖女の旗を掲げている飛行船があった。


 その数は多くないが、神殿側がかき集められる精一杯の数である。


(あいつらも参加するのね)


 マリエはそんな飛行船たちに向かって、杖を掲げてみせるのだった。



 出発しようと飛行船へ乗り込もうとしていた。


 そんな俺の前に現れたのは――。


「お前ら」


 ――学園の友人たちだった。


 ダニエルが腕を組んでいる。


「遅いぞ、リオン」


 レイモンドは眼鏡を人差し指で位置を正して、俺に声をかけてくる。


「待ちくたびれたよ」


 他のみんなも照れくさそうにしている。


「お前ら――なんでここにいるんだ? 逃げなかったのか?」


 少し前にもっとも冷遇されていたのは、俺の友人グループだ。


 結婚してもらうために女子に頭を下げ、それでも田舎貴族と馬鹿にされ相手にもされない。


 王国の政策でもっとも割を食ったのは、間違いなく彼らだ。


 こんな戦いに参加するとは思えなかった。


 ダニエルが自分の胸を叩く。


「お前がいるからな。今回も勝って、勲章をもらえれば箔がつくだろ」


 そんなことを言っているが、嘘だとすぐに分かる。


 俺は勝てる確率は低いとちゃんと伝えたのだ。


「馬鹿かよ。逃げたって誰も責めないぞ」


 そんな俺にレイモンドが呆れたようだ。


「別にリオンのためじゃないよ。参加した方が良いから参加するだけさ。それに、リオンの側にいれば生き残れそうだからね」


 抜け目のない事を言っているようだが、これも嘘だった。


「――俺の近くにいれば死ぬ確率の方が高いぞ。お前ら、それを分かっていないのか?」


 全員が顔を見合わせ、そして諦めたような顔をしていた。


 そして、笑っていた。


 ダニエルが俺に肩を組んでくる。


「馬鹿! それくらい知っているよ。けどさ――今まで、お前のことを何度も見捨ててきたからさ。今回も見捨てたら、俺たち本当に屑だろ?」


「お前ら――」


 レイモンドが眼鏡を外す。


「決闘騒ぎとか、他にも色々とあるからね。それに、リオンにはこれからもお世話になるし、恩を売っておかないと怖いんだよ」


 俺は髪をかく。


「――無理はするなよ」


 ダニエルとレイモンドが頷き、周りは笑っていた。


「もちろんだ!」


「死にたくないからね」


  • ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねで応援
受付停止中
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ