タイプ3の教え方に衝撃を受けた話
以前、私の職場にタイプ7っぽい女性がいました。7と判断したのは、周りの評判からです。仕事ではつながりが無かったのですが、職場の中で会った時や皆との食事で会うときは、とにかく明るい印象のあるかたでした。
それで、そのかた、ここではAさんとします。が、何かのときに、「私もグラフィックソフトが使いたい」と言い出して・・・、
私は、フォトショップというソフトを思い浮かべながら、「難しいです」「簡単じゃありません」「レイヤーとかアルファチャンネルとかマスクだとか理解する必要があるし」「操作も結構多いです」なんて答えていました。
Aさんは、仕事でメールや、もしかしたらオフィスくらいは使っていたのでしょうが、それと、グラフィックソフトは操作性も違うので私は「難しいです」と答えていました。
そんなある日、Aさんがご機嫌でやってきました。「グラフィックソフト教えてもらっちゃった♪」
驚く私「え?!」
Aさん「Bさん(タイプ3)にグラフィックソフトを教えてもらっちゃったの」
こんな短期間で、そんなことできるのか、と私は思いました。Bさんは教えるのが、かなり上手いのかな、とも思いました。
それで、「(どれくらいできるのか)見せてください」とお願いして、見せてもらったら、
ウインドウズの「ペイント」でした。ウィンドウズに標準である、一番かんたんなお絵かきソフトです。レイヤーもアルファチャンネルもマスクもありません。操作も超簡単です。
子供だましだと私は思いました。でも、Aさんはうれしそうでした。
これはいろいろと勉強になる出来事でした。
まず、Aさんは、私には子共だましに見えるけども、別に「ペイント」でも良かったということ。もしくは、導入時は、「ペイント」から始めても良いということ。
もしかしたら、私が勝手に難しく考えていたということ。本格的である必要は無かったということ。
次に、タイプ3のBさんの要領の良さ。人あしらいの上手さ。要求に応えるスピードの速さ。
それに対して浮かび上がる、私の要領の悪さ。
プログラムの話で、
『顧客が本当に必要だったもの』
の絵がありますよね。
Aさんが欲しかったのは、つまり、タイヤがぶら下がった遊具で、
私が提供しようとしたのは、「営業の表現、約束」にあるような立派な椅子がぶら下がった遊具だったわけです。
そして、Bさんは、ズバリ、タイヤががぶら下がった遊具を提供したわけです。
最近読んだ文章で、
哲学者・千葉雅也さんがこんなことを言っています。
『気鋭の哲学者・千葉雅也の東大講義録 #1 「勉強とは何か」(文春オンライン)』より
一方で、今は情報が過剰であって、そのためにかえって勉強の意気がそがれる面もあると思うのです。
そこで大事なのが「有限性」の設定です。情報を絞って、「ここまでの範囲でいい」と設定することです。
教師の役割も、まさにそこにあります。教師とは、豊富に知識を与えてくれるというよりも、「まずはこのくらいでいい」と、勉強の有限化をしてくれる存在なのです。
私は、「勉強の有限化」ができていなかったのですね。
今、エニアグラムの電子書籍を書こうとしているので(書けてませんが・・)、少し考えさせられました。
ついつい、十ウン年の知識を詰め込もうとしてしまうのですよね。私は変わっていないですね。む、難しい。。。
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