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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

最終章

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集う

 王都には各地から飛行船が集まっていた。


 王宮に駆け込むのは、クリスと同様にボロボロになったグレッグだ。


 出迎えるのは、こちらも怪我をしているブラッドだった。


 グレッグがブラッドに状況を確認する。


「実家から連れて来られるだけ連れてきたぜ! お前らはどうだ?」


 ブラッドが親指を立てて成功したと言う。


「こっちも成功だよ。もっとも、公国――ファンオース公爵家の動きが分からないからね。全ての戦力を持ってこられなかった」


 グレッグが悔しがる。


「仕方がないな。だけどよ、随分と集まったじゃないか」


 王宮から見える空は、飛行船で一杯だ。


 空を覆い隠そうとする勢いだ。


 今も、次々に集まってきている。


 そんな二人のところに、ジルクが駆け寄ってきた。


「グレッグ君も間に合いましたね」


「おうよ! それより、お前の方はどうだ?」


 尋ねられたジルクは、二人のようにボロボロではなかった。


 だが、手がインクで汚れている。


 書類仕事に忙しそうだった。


「王宮内は色々と大変でしたよ。陛下が王位から退いたのに、その手続きが淡々と進むんですからね。おっと、その話はいいとして――すぐに補給などが必要なら書類をまとめてください。王都にある補給物資を配布しますから」


 ブラッドが驚く。


「気前が良いね。こっちは補給を受けられないかもって覚悟していたのに」


 王都に押し寄せる飛行船の数が多い。


 そのため、王国から補給物資をもらえるとは考えていなかった。


 ジルクが微笑む。


「この期に及んで出し惜しみを考える役人たちもいましたけどね。――黙らせておきました。ついでに、懐疑的だった方々の説得も終わりましたよ。苦労しましたけどね」


 一体何をしたのか聞きたいグレッグだったが、ジルクがいい笑顔をしているので止めておいた。


「まったく、お前が一番怖い奴だよな」


 三人がいるところに、一人の女性がやって来た。


 学園を卒業したクラリスだ。


 大臣の娘であり、実家は文官職の者たちと繋がりが強い。


 ジルクと同様に、書類仕事に忙しそうだった。


「三人揃って何をやっているんだか。それよりも、リオン君が――いえ“リオン様”が戻られたわよ。クリス君はそちらの出迎えに向かったけど、三人はここでノンビリしていて良いのかしら?」


 言われて、グレッグたちが慌てて出迎えに向かうのだった。


 その様子を見送るクラリスは、少し嬉しそうにしている。


「まったく――流石にここまで上り詰めるとは思っていなかったわ」



 アインホルンが王都に来ると、まさかの大艦隊が待ち受けていた。


 空中でアインホルンに道を空ける飛行船たち。


 その数に驚いてしまう。


「いったいどこからかき集めた?」


 ルクシオンが言う。


『一千二百隻を超えていますね。まだ増加中です。こちらに向かってくる飛行船がいますから』


 壮観だった。


『――アンジェリカは約束を果たしましたね』


「そうだな。俺は――アンジェを信じていなかったのかな」


 ここまでするとは――できるとは思っていなかった。


 どうやら、俺が思っている以上にアンジェは凄いらしい。


『マスター、王国が一丸となれるなら勝率は大きく上がります』


「どれくらいだ?」


『五割に届きます』


「――そいつは凄いな」


 これだけ集めて五割か。


 多いのか少ないのか――いや、多いのだろう。


「お前たちで三割なのに、残りの二割を王国が埋めるのか?」


『帝国の邪魔な戦力を相手にしてもらえるなら、勝率は大きく上がります』


「そいつは凄いな」


『――多くが沈むことになりますが、勝率は上がります』


「敵も味方も大勢死ぬな」


 こんな決断はしたくなかった。


 だが、ルクシオンは俺の考えを否定する。


『マスターはまだ勘違いをしていますね。彼らを巻き込んだのはマスターではありません。彼らの戦いにマスターが巻き込まれたのです』


 巻き込んでしまった、という気持ちの方が強いけどね。


『マスターが勝利するためには絶対に必要な戦力です』


 俺はルクシオンに本音をこぼす。


「俺さ。王国は絶対に協力しないと思っていたんだ」


『はい』


「王族はローランドを筆頭に酷いし。あ、でもミレーヌさんは別かな。エリカも良い子だ」


『――そうですか。ミレーヌへの評価の高さが気になりますけどね』


「貴族も酷い奴らが多いから、日和見を決め込むか帝国に味方すると思っていたよ」


『実際にそうした動きがありました』


「なら、なんでここにこれだけ戦力が――」


『ユリウスたちが動いた結果です。お忘れですか? 彼らの実家は名門の大貴族です。そして、彼らが実家を説得しました』


 名門貴族たちが従うから、他の貴族たちもそれに従ったのか?


「あいつら――役に立つんだな」


『驚きですね』


 アインホルンが王宮にある飛行船の発着場へと来ると、そこに待っていたのはアンジェだった。


 こちらに向かって大きく両手を振っている。


『マスター、アンジェリカが待っていますよ。――そして、アンジェリカは約束を果たしました』


 ルクシオンが何を言いたいのかすぐに分かった。


 俺に認めてやれと言っているのだろう。


「分かっているさ」


 アインホルンが発着場に降り立ち、タラップが用意されると俺はすぐにアンジェのもとへと向かった。


 駆け寄ってくるアンジェが俺に飛び付いてくる。


 強く抱きしめられた俺は、アンジェの腰に手を軽く添える。


 アンジェは涙声だった。


「心配させるな。連絡くらいしろ」


 俺から連絡が来ないため心細かったのだろうか?


 ここまで想ってくれる人がいるというのは、何だか嬉しいものだ。


 アンジェが少し離れ、俺の顔を見る。


「王都に各地から戦力が集まっている」


「うん」


「悪いが、フレーザー家や他の国境を守る貴族たちは動かせない。それでも、これだけの戦力を集めた」


 どこにこれだけの戦力が温存されていたのだろうか?


 お前ら王国はもっと最初から本気を出せ、と言ってやりたい。


「エリヤの実家は大変だな」


 エリカの婚約者であるエリヤは、国境を預かるフレーザー侯爵家の跡取りだ。


 あいつの実家はラーシェル神聖王国への守りであるため、動かせないらしい。


「大変なのはこちらの方だ。だが、エリヤは実家を説得してきたぞ。お前を全面的に支持すると宣言してくれた」


 エリヤの奴も頑張っているようだ。


 もし、俺が帝国に勝利したら、きっとエリヤは次の王様候補だな。


「そいつはありがたいね」


 こうなると、終わった後のことは安心だろう。


 廃嫡されたが、ユリウスも――男に走った弟のジェイクもいるからな。


 王国は続くというわけだ。


 アンジェが俺の腕に自分の腕を絡め歩き出す。


「リオン、お前と話をしたいという公爵がいる」


「公爵?」


 はて? いったい誰だろうか?



 王宮にある一室。


 そこに急いで駆け込むと、待っていたのはお茶の用意を終えていた師匠だった。


 師匠は微笑んでいる。


「ミスタリオン、乱暴にドアを開けてはいけませんよ」


 普段と変わらない師匠――いや、公爵は、俺に席に着くように促すのだった。


「どうして教えてくれなかったのですか、師匠!? 師匠が王族で――しかも公爵だなんて」


「名ばかりの公爵ですよ。何の権限もありません」


 身分が高い人であるのは何となく察していたが、まさか公爵だとは思っていなかった。


 俺以外にも知っている奴は少ないはずだ。


 学園では、みんな師匠のことをマナーの講師程度に考えている。


 他の教師の態度などから、身分は高いのだろうと何となく思っていた。


 だが、その程度だ。


 まさか公爵だとは思わなかった。


 師匠は俺とテーブルを挟んで向き合うように座り、そして色々と話をしてくれた。


「ミスタリオンが生まれるよりももっと前に、王位継承権を巡って色々とあったのです。その頃に、私は苗字とミドルネームと一緒に色んなものを捨てましたからね」


 先王の弟――王弟だった師匠は、名前も地位も捨ててローランドに王位を譲ったらしい。


「師匠が王様になれば良かったのに」


 ついつい、本音がこぼれてしまった。


 師匠が王様なら、きっと何の問題もなかったはずだ。


「私は王位から逃げたのです。王位を継いでいたら、きっと今よりも大変なことになっていたでしょう。あの時の選択を後悔はしていません。ですが――今は少し後悔をしています」


 師匠の後悔。


 それはこれまで起きた数々の事件と――俺だった。


「ミスタリオンに頼りすぎたと後悔しています」


「俺に頼りすぎた?」


「ファンオース公国、そして共和国、そして内乱――本来であれば王国は自らの力で切り抜けなければならなかったのです」


 そう言えば、師匠が俺の背中を押してくれたのは公国戦だけだったな。


 あの時も強要はしなかった。


「逃げた私が言える立場にないのは分かっています。ミスタリオン、どうか我々に力を貸していただきたい」


 師匠が俺に頭を下げてくる。


「頭を上げてください、師匠」


 師匠がゆっくりと頭を上げる。


 俺は師匠の用意してくれたお茶を飲む。


 ――うまい。


「俺はね、師匠。もう、戦うと決めたんです。お願いされなくても――たとえ、嫌がられても戦いますよ」


 師匠が俺を見る目は、どこか悲しそうだった。


「ミスタリオンは逃げたいと思わないのですか?」


 大事な人たちを連れて逃げることも考えたが、どうにも自分はそれが出来ないようだ。


「自分でも思っていたより責任感が強いようです」


 いつもの調子で言えば、師匠が組んだ手に額を乗せる。


「――また私は若者に重荷を背負わせることになるのですね。分かってはいましたが、辛いものがあります。いっそ自分が、と思うこともあります」


 俺とローランドのことをいっているのだろう。


 俺はともかく、ローランドのことは気にしなくて良いと思う。


 あいつは苦しむべきだ。


 いっそ、あいつだけは道連れにしてやりたい。


 師匠が顔を上げる。


「私も微力ながらミスタリオンを支えましょう」


 師匠が手を貸してくれるなら百人力だ。


 俺は席を立つ。


「助かります。それから、お茶――おいしかったです」


 結局、俺は師匠みたいになれなかったな。


 師匠が俺に伝えてくる。


「そろそろ謁見の間の準備も終わる頃でしょう。皆がミスタリオンを待っていますよ」


 大勢の前で、毎度も煽ってきたな。


「人前で話すのは苦手なんですけどね」


 そう言うと、師匠は少し驚き――その後すぐに笑顔になった。


「ミスタリオンはジョークもお上手ですね」


 ――いえ、本音です。



 謁見の間。


 玉座の前に立つ俺の前には、貴族たちが整列していた。


「よくこれだけ集まったな」


 俺の横――舞台袖のような場所には、アンジェが控えていた。


 ユリウスもそこにいる。


 整列した貴族の中には、親父や兄貴の姿もある。


 学園を卒業した先輩たちの姿もチラホラ見かけ、エリヤも緊張した様子でこちらを見ている。


 俺は深呼吸をしてから、話をするのだった。


「結成式だの何だのと集めたが、そもそも俺は全員を奮い立たせる演説などする気はない。元から集まるとは思っていなかったから、スピーチを考えていなかったんだ」


 ざわつく謁見の間。


 俺は気にせず続ける。


「だが、これだけの戦力が集まった。王国も捨てたもんじゃないな」


 ヘラヘラしてやれば、小声で俺の悪口を呟く声がする。


 こいつらも、好きで俺に協力しているわけじゃないのだ。


 だが、そんな連中を――グレッグたちが睨んで黙らせていた。


 どうやったのかは知らないが、実家の嫡男として返り咲いたらしい。


 そして、帝国との戦いに参加するようだ。


 少し前は女に騙され、世迷い言ばかりだったこいつらも成長したものだ。


 俺は姿勢を正した。


「――正直、期待なんてしていなかった。また、俺一人で解決するのかと思っていたからな。だから――言わせてもらう」


 どうせこれで最後だ。


「事情を聞いて怪しんでいる連中もいるだろうが、実際に帝国が攻め込んできているのは事実だ。なりふり構わず動いているのも知っているだろう?」


 これが生存競争だと言われて納得する奴は少ない。


 ルクシオンから事情を聞いたアンジェたちならともかく、マリエから事情を聞いて納得したユリウスたちが例外みたいなものだ。


「帝国は強い。切り札まで持ち出してきやがった。だから、今回ばかりは俺だけじゃどうにもならない。――力を貸してください」


 頭を下げる。


 謁見の間が一瞬静寂に包まれ、そして先程とは違うざわめきが広がった。


 本来であれば、上に立つ人間は簡単に頭を下げてはならない。


 それは分かっているが、俺に出来る誠意の示し方は他になかった。


 普段のように煽ってくると身構えていた貴族たちが、俺の態度に驚いている。


「明日は季節外れの雪でも降ってくるかな?」

「槍が降ってくるのではないか?」

「バルトファルト公爵が頭を下げたと言ったら、誰も信じてくれそうにないな」


 笑っている貴族たち。


 俺はこの態度に驚いて顔を上げた。


 すると、整列していたジルクが肩をすくめている。


「事前にしっかりと説明させてもらいましたよ。貴方はいつも詰めが甘いですからね」


 お前に言われたくないと思ったが、確かにいつも詰めが甘い。


 だから、こんな苦労をすることになってしまう。


 整列している貴族の中には、モットレイ伯爵――ヴィンスさんの派閥の貴族もいた。


「リオン殿――いえ、リオン様、侮らないでいただこう。私たちとて意地がある。未来の我が子のために、命を賭けるのを恐れるとでも?」


 馬鹿にするなと言っているのだろうか? それなら――頼もしいくらいだ。


 そう思っていると、モットレイ伯爵が膝をつく。


「そしてこの命――リオン様に預けましょう」


「え?」


 俺が驚いている間に、全員が膝をつく。


「貴方は勘違いをしています。我々が頼られるのではない、貴方が頼られているのだ」


 謁見の間の貴族や騎士たちまでもが、俺の前に膝をついた。


 モットレイ伯爵が言う。


「改めてこちらからお願いいたします。今一度、王国のためにお力をお貸しください。それが、我らの願いです」


 罵声が飛び交うと思っていたのに、逆に貴族たちから力を貸せと頼まれた。


 ジルクは一体どんな説得を行ったのだろうか?


「――全員立て」


 貴族たちが俺の命令に従い立ち上がる。


 中には不満そうにしている奴もいるが、目を輝かせている奴もいる。


 全員が納得していないのは分かっていた。


 それでも、力を貸してくれるようだ。


 俺は謁見の間に視線を巡らせ、感謝を口にする。


「ありがとう。これで勝てる見込みが――」


 すると、謁見の間に兵士が飛び込んできた。


「ファンオース公爵家の艦隊が接近中! 共和国の艦隊もこちらに向かっていると報告が来ています!」


 謁見の間に緊張が走った。


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