友情
ロストアイテムの回収は順調だった。
朽ち果てそうな城跡へと入り、そこでモンスターたちを片付けた俺はお宝を前にしてルクシオンと話をしている。
手に取った弾丸を眺めていた。
ゲームでは特別製だったが、これが役に立つかどうかは――微妙だろうな。
「これは使えそうか?」
『改良すれば可能ですが、性能を考えると――』
使えそうなアイテムもあるが、駄目ならルクシオンたちに改造させて使用するつもりだ。
それにしても、ゲームの知識が随分と曖昧だ。
ロストアイテムの回収に手間取ってしまっていた。
「ファクト――お前のお仲間の方はどうだ?」
旧人類側の復活した兵器たち。
その人工知能たちを束ねるのは、ファクトという巨大空中空母の管理人工知能だ。
『予定よりも五パーセントの遅れが出ています』
「原因は?」
『私の能力不足です』
万能なルクシオンでも、その性能には限界がある。
時間制限さえなければ、きっと完璧に修理もできたのだろう。
「お前で無理なら諦めるか」
そう言って立ち上がると、ルクシオンは俺に話しかけてくる。
『マスターは――』
だが、途中で一つ目を動かして入り口に向けた。
何か来るのかと銃を構えると、そこからやって来たのは――。
「見つけた!」
「殿下、こっちです!」
――ダニエルとレイモンドだった。
二人の後ろからやって来るのは、ユリウスである。
「お前ら、何でこんなところに?」
銃口を下げると、三人が俺に近付いてくる。
ダニエルは疲れた顔をしていた。
「殿下に頼まれたんだよ。お前の危機だから、ってさ」
レイモンドも同様だ。
「一人であっちこっち冒険していると聞いたけど、こんな時に何をやっているのさ? みんな心配しているよ」
帝国との戦争が迫っているのに、俺がいないため不安に思っている生徒がいるらしい。
普段憎まれているのに、こういう時だけは頼りにされるな。
「こっちにも事情があるんだよ。それより、何で俺の友達とこんなところに来たんだ?」
ユリウスに視線を向ければ、ここまで急いできたのか息を切らしていた。
「ク――クレアーレに場所を聞いた。バルトファルト、俺は――お前を連れ戻しに来たんだ」
そんなユリウスの言葉に俺は呆れる。
「は?」
「だから、お前を連れ戻しに来た! お前は――たった一人で戦うつもりだな」
その話を聞いて、ダニエルとレイモンドが驚く。
「え? いや、いくらお前でも今回は無理だろ」
「帝国だよ!?」
そんな二人を前にして、ユリウスが俺に言うのだ。
「マリエから全て事情を聞いた。バルトファルト、俺は――俺たちはお前に力を貸すぞ」
「――今、何て言った?」
ユリウスがマリエから全てを聞いたと言い、俺は苦々しく思った。
あの馬鹿妹は、いったいどこまで話したのだ?
ユリウスは、ダニエルとレイモンドに視線を向ける。
「すまない。二人で話をさせてくれ」
二人が頷いて離れていくと、ユリウスが俺の目を真っ直ぐに見る。
いつも思うが、こいつらは黙っていれば無駄に美形だな。
普段の行動が全てを台無しにしているとよく分かる。
「バルトファルト――お前はマリエの兄なんだろう?」
それを聞いて、俺は一瞬理解が出来なかった。だが、すぐにマリエを腹立たしく思うのだった。
「あいつ、話したのか?」
自分から転生者だと喋りやがった。
どこまでも突飛な行動をする妹だ。
少し前に、アイテムを回収してきたことで見直したが、俺の中でまた評価が下がった。
「マリエがお前を心配していた。助けて欲しいと俺たちに頼んできたんだ」
「――お前、マリエの話を信じたのか?」
溜息を吐きながら額に手を当てた。
こいつら、本当に大丈夫だろうか?
マリエが真実を話したということは、前世で俺たちが兄妹だったと伝えたことになるはずだ。
俺なら絶対に信じない。
だが、こいつらは違うようだ。
「当然だ。マリエが真剣に俺たちに伝えてきたんだぞ。信じない方がどうかしている」
「信じる方がどうかしていると思うけどな。お前ら――そんなだから、マリエなんかに騙されるんだよ。あいつの本性を知らないから、そんなことが言えるんだな」
転生者である妹に騙され、地位も財産も失った憐れな連中がユリウスたちだ。
もっと疑った方がいいと伝えようとすると――ユリウスが俺の胸倉を掴み上げる。
顔を近付け、俺を睨み付けてきた。
「――放せ」
睨み返すが、ユリウスは一歩も引かなかった。
「取り消せ。マリエなんか、とはなんだ。マリエは――俺たちにとって大事な人だ」
まだ目が覚めないらしい。
「あいつの話が本当だと何故分かる? あいつの妄想かもしれないだろうが」
「マリエの目を見れば分かるさ!」
「その程度で人のことが分かるかよ。勘違いだよ。そんなことだから、お前らは駄目なんだ」
容易く騙され、本来の道とは違う道を辿っている。
こいつらを見ると憐れに思えた。
マリエに騙された可哀想な男たちだ。
でも、これだけマリエのことを考えてくれているなら――大丈夫だろうな。
「あぁ、そうさ! 俺たちは確かに見る目がない! 周りにも迷惑をかけてきた」
「それが分かっているなら――」
「だが、マリエは俺たちを見捨てなかった!」
「いや、だから――」
こいつは何が言いたいの?
そう思っていると、ユリウスがマリエについて語る。
「最初は騙されたかもしれない。だが、マリエは俺たちを見捨てなかった。駄目な俺たちを見捨てず、そして引っ張ってくれたんだ」
それはあいつなりの罪滅ぼしではないだろうか?
「そうだな。お前らは駄目だな。だから、俺の手伝いなんてする必要はないぞ」
こいつらを帝国との戦争に参加させるのは避けたい。
これだけマリエのことを想っているのなら、きっと将来的にも守ってくれるはずだから。
「――バルトファルト、本気で言っているのか? お前、本気で一人で帝国と戦うつもりか? ルクシオンたちですら、勝てるか分からない相手だろうが! どうしてお前は、俺を頼らない!」
一人じゃない。ルクシオンたちがいる。それに、だ。
「お前らが頼りないからだろうが! それとも何か? 俺の代わりに戦ってくれるのか? 一体俺が――俺が誰のせいで苦労していると思っていやがる!」
何も知らないユリウスたちに腹が立った。
どうして俺がこんな重荷を背負わないといけないのか?
どうして俺がしたくもない戦争をするのか?
それというのも、こいつらのせいだろうが!
ユリウスを突き飛ばすと、俺は自分で思っていたよりも溜め込んでいたのか罵り始めた。
「お前らがのんきに過ごしている間に、俺がどれだけ苦労してきたか分かるか? マリエの尻拭いのために苦労して、お前らのせいで苦労して――おまけにお前の国が俺を苦しめたんだよ! 今まで、一体どれだけ――」
こいつらがもっとしっかりしていれば、俺が戦争をする事もなかった。
モブとしてノンビリできたのだ。
――筋違いとは分かっている。
ユリウスたちがしっかりしていても、結局こうなったのも理解している。
だが、我慢なんかできない。
ユリウスは黙って俺の話を聞いていた。
「お前らが何の役に立つ? 何もできないなら、黙っていろよ」
その方がいいに決まっている。
すると、ユリウスが拳を振り上げ――俺を殴った。
数歩下がると、ユリウスは声を張り上げる。
「あぁ、そうさ! 俺たちは役に立たない! だが、マリエが泣いて頼んできたんだ。お前を助けて欲しいと! だったら、その気持ちに応えてやるのが男だ!」
銃を捨てて拳を握る。
「できないことを偉そうに言ってんじゃねーよ! お前らなんて、肉壁くらいにしか役に立たないだろうが!」
ユリウスの頬に拳を当てると、殴り返してくる。
「だったら、肉壁にでも何でもなってやる!」
「お前らが死ぬだろうが!」
ユリウスが頭突きをしてくると、額をお互いに付けた状態になった。
本気で怒っている顔をしていた。
「お前は! お前は死なないのか!」
「――」
黙っていると、ユリウスはまた拳を振り上げてきた。
「誰もお前に死んでくれと頼んだ覚えはない!」
そんなことを言うユリウスに腹立たしく思う。
「なら、お前がやれよ! 俺が何もしないでいいようにお前が!」
「出来るならやっている! それが出来ないから――せめて俺たちは!」
ユリウスの腹に拳を叩き込むと、苦しそうにしていた。
それでも止まらない。
「マリエはお前に死んで欲しくないんだ!」
それが出来たら苦労などしない。
俺だって死にたくない。
「お前らじゃ役立たずなんだよ!」
「それでも!」
そのまま互いに殴り合っているのを、ルクシオンは見ているだけだった。
遠くでダニエルやレイモンドが、こちらの様子をうかがいながら止めようか悩んでいる姿が見えた。
ユリウスが俺に飛びかかり、胸倉を掴むとそのまま押し倒してきた。
俺に馬乗りになると、ユリウスは目が赤くなっている。
「俺は――マリエと出会って良かったと思っている」
急に何を言い出すのかと思えば、また惚気話だろうか?
「だが、お前とも出会えて良かったと――思っているんだ。そんなお前に死なれたら、俺だって気分が悪い」
こいつは何を言っているんだ?
「――男に言われても嬉しくないね」
「茶化すな!」
からかってやるとすぐに激高するユリウスは、涙を流していた。
「確かに俺たちは役に立たない。だが、それでも! それでも俺たちは、お前に手を貸すと決めたんだ。マリエに頼まれただけじゃない。――バルトファルトに――いや、リオン、お前に手を貸してやりたいんだ」
「――お前らがいると邪魔なんだよ」
参加させないために嘘を言うと、ルクシオンが口を挟んできた。
『いいえ、彼らの力は必要です。マスター、力を借りるべきです』
「ルクシオン、お前」
余計なことを、そう思っていた。
だが、ルクシオンの意見は違う。
『この問題は王国に住む者全ての問題です。マスターが一人で背負おうなどと、おこがましいにも程があります』
俺が口を噤むと、ユリウスが立ち上がって手を差し伸べてくる。
「言い返せないだろ? 帝国との戦いが避けられないのなら、俺たちだって黙っていられない。お前が嫌がっても勝手に参加するぞ。そうなると、困るのはお前じゃないのか?」
確かに勝手に参加されて、邪魔されても迷惑だった。
ユリウスの手を取る。
さっさと逃げればいいのに、馬鹿な奴だ。
「こき使ってやるから覚悟しろよ。お前ら、絶対に後悔するからな」
「お前との付き合いで後悔にはなれている。それに、俺たちだけじゃない。ジルクたちも動いているからな」
それを聞いて不安に思う。
「あいつら、また余計なことをしてないだろうな?」
「それは戻ってみないと分からない。それよりも、お前がいないことで王国の民が不安に思っている。戻って安心させた方がいい。お前は俺たちにとっての希望なんだ」
恥ずかしい台詞をよく言えたものだ。
逆に感心してしまう。
――だが、ロストアイテムの回収も一区切りがついたところだ。
さっさと戻ることにしよう。
他の四人が何かやらかしていないか心配だし、マリエが余計なことをしていないか気になるからな。
◇
帰りがけ。
飛行船アインホルンの船内で、ダニエルとレイモンドに話すことにした。
色々と隠して話したが――全てを話して受け入れられたマリエを、少しだけ羨ましく思う。
ユリウスたちのように、疑わずに信じてくれたなら――そう考えてしまうが、俺とマリエは違うので無理だろう。
レイモンドが震えていた。
「リオンでも勝てるかどうか分からないって――そこまで強いの?」
今まで勝ち続けた俺でも勝てないと正直に告げた。
勝ち筋があるとすれば、ほぼ捨て身で挑んで三割程度の勝率だとも。
「――だから、今回は参加しろとは言わない」
すると、ダニエルが俺を前に狼狽えていた。
「い、いつもの冗談だよな? いつもみたいに、実は勝てる見込みがあって、負けそうだって言っているだけだろ?」
今まで随分と利用してきたが、今回ばかりは強制参加など言えなかった。
「参加するなら死ぬ可能性が高いと思ってくれ。だから、俺はお前たちに参加しろとは言わない。命が惜しいなら逃げた方がいい」
二人が俯く。
レイモンドは眼鏡がずれていた。
「生存競争って何さ。過去に旧人類と新人類がいたとか、もうわけが分からないよ」
ダニエルも頭を抱えていた。
「そんなの急に言われても困るんだよ!」
そんな二人の前で、俺も肩をすくめて見せた。
「俺だって困る。おかげでしたくもない戦争をすることになったからな。けど――敵の親玉は確実に潰さないと、俺たちは生きていけないわけだ」
ダニエルが片手で顔を隠す。
「こんなの、どうしたらいいんだよ」
「自分のしたいようにしろ。参加しても、俺はお前らを守れるだけの余裕がない」
レイモンドが俺を見る。
「何で戦うのさ。リオンなら逃げられるよね?」
逃げても待っているのは緩やかな死だ。
この星ではいずれ滅んでしまうし、宇宙に逃げ出しても安住の地が見つかる可能性は低いだろう。
それに、ルクシオンでも全ての人を救えない。
「お前らは逃げていいぞ。俺に付き合う必要はないからな」
そう言うと、二人は肩を落としていた。
ダニエルは悔しそうにしている。
「何で大事な時に逃げていいなんて言うんだよ。今までは散々――くそっ」
レイモンドは無表情だ。
「それだけまずい状況って事だよね? 今までみたいに、冗談っぽく言って騙してくれた方がよかったよ」
いくら俺でも、この状況では騙せない。
こいつら、普段から俺を――まぁ、いいか。
「みんなに謝っておいてくれ。契約は――約束は、俺の方が守れそうにない、ってさ」