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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

最終章

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攻略対象の資質

 マリエは思う。


(私は――私は今まで、兄貴に頼ってばかりだった)


 前世、兄の死因を作ってしまったマリエは後悔した。


 もしもあの日、自分が海外旅行に行かなければ。


 リオンにゲームを押しつけなければ――違った未来がリオンにもあったのではないだろうか?


(私が兄貴を追い詰めたから)


 マリエは、エリカの眠るカプセルの前に立っていた。


 液体の入ったカプセルの中で、エリカはクレアーレの部下であるロボットたちに守られている。


 前世の娘を守るためにリオンを頼った。


(私は――この子に何もしてあげられなかった)


 前世でマリエは、とてもいい母親とは言えなかった。


 それを自分でも理解している。


 だからこそ。


 今度こそは、と。


 その結果がこれだ。


「ごめん。兄貴――ごめん」


 リオンのために回収したロストアイテムの“秘薬”は、強力なドーピングだった。


 それをリオンは、自分のために再調整を行い更に強力にしようとしている。


 使用回数は三回。


 一回使った後は、必ず中和剤を使用しなければ命に関わるような薬だった。


「私は――そんなつもりじゃなかったのに!」


 エリカの眠るカプセルに額を当てて、そのまま床に座り込む。


 ポロポロと涙がこぼれ――そして、マリエは顔を上げた。


 眠っているエリカを見る。


「エリカ、ごめんね。――私は兄貴に借りを返さないといけないの」


 立ち上がったマリエは、覚悟を決めると深呼吸をした。


 両手で頬を叩き、予想以上に痛くて真っ赤になる。


「よし! 気合が入ったわ。もう、こうなれば何だってしてやるわよ。私だってやればできる――はずだし」


 第二の人生。


 自分は一体何をして来たのだろう?


 そう思って人生を振り返ると、ろくな思い出がなかった。


 生まれた家は貴族だった。


 だが、見栄ばかり張る悪い貴族の家で、末娘の自分はろくな扱いを受けなかった。


 満足に食べられない暮らしをしながら、いつかゲーム知識を使って人生を逆転させてやると頑張った子供時代。


 幸いにして治療魔法の才能はあり、その技術を磨いて将来的に聖女に成り代わろうとした。


 学園に入学してからは、オリヴィアの立ち位置を奪って最初は楽しめた。


 そう、最初だけだ。


「――私、二度目の人生もろくなもんじゃないわね」


 苦笑いをするマリエは、エリカに別れを告げる。


「エリカ、ごめんね」


(今の私なら、アレも使えるはず。兄貴のためだったら――)


 部屋を出るマリエは、急いでユリウスたちのところへと向かうのだった。



 マリエが最初に行ったのは――。


「今まで、私は貴方たちを騙していました。本当にごめんなさい!」


 ――土下座である。


 そこは学園にある部屋の一つだ。


 以前は男子たちが女子を招いて茶会を開いていた部屋の一つだが、現在は使う生徒が少なく少し埃っぽい。


 そんな部屋で土下座をしているマリエの前に立つのは――ユリウスたちだ。


「マリエ、いったいどういうつもりだ!?」


 混乱するユリウスが立たせようとするが、マリエはその場から動こうとしなかった。


 ジルクが床に膝をつき、マリエに話しかける。


「マリエさん、何か事情があるのですね?」


 腕を組んだグレッグが、動かないマリエに居心地の悪さを感じながら溜息を吐く。


「何か覚悟があるんだろうさ。――話してくれるよな、マリエ?」


 クリスは、シートのかけられたテーブルや椅子に視線を向ける。


「マリエ、その状態では話すことができないぞ」


 ブラッドは、クリスと一緒にテーブルや椅子を用意しながら言う。


「お茶を用意しよう。ゆっくり話をしようじゃないか。マリエが僕たちを騙していた、という話をちゃんと聞かないとね」


 マリエはユリウスとジルクに両脇を抱えられ、立ち上がると涙を流していた。


「全部話すわ。話すから――どうか、兄貴を助けてください」


 マリエの訴えを聞くユリウスは、困った顔をする。


「マリエの兄? それはラーファン子爵家の?」


「違うわ。あのね。リオンは私の――前世の兄なの」


 その話を聞いて、ジルクが額に手を当てる。


「これは詳しく話を聞く必要がありそうですね。では、私はお茶を用意してきましょう」



 お茶の用意されたテーブルを六人が囲んでいた。


 マリエは俯きながら、うつろな目をして――今までの事情を話した。


 自分が転生者である事。


 リオンが前世の兄である事。


 そして――マリエは、本来であればユリウスたちと付き合うことなどなかった、と。


「私が悪いの。みんなを騙して――本当なら聖女はオリヴィアだったのに、欲に目がくらんで聖女を名乗ってしまったの」


 ユリウスたちの本来の相手はオリヴィアだった。


 マリエは素直にそう告げた。


(きっとみんな、私を罵倒してくるわね)


 マリエは自分の気持ちを包み隠さずに全て伝えた。


 本当は好きではなかった。


 ただ、地位や財産――そして顔が良いからつき合いたかった。


 マリエは思う。


(私って本当に駄目な女よね)


 自分の醜さに涙が出てくる。


 そして、騙していた相手に助けを求める自分が情けない。


 だが、こうしなければ――マリエは自分が許せなかった。


 同時にリオンを助けるためになら、全てを捨てるつもりがあった。


 いいとも悪いとも言えないお茶の香りが部屋に広がっている。


 紅茶を飲み干したユリウスが、マリエが喋るのを止めると口を開いた。


 五人とも、最後までマリエの話を聞いてくれた。


「――ジルク、相変わらずお前のお茶はまずいぞ」


 だが、そんなユリウスの口から出たのは、ジルクへの文句だった。


「え?」


 顔を上げるマリエは、どうしてそんな話をするのかと驚く。


 ジルクはユリウスを見ながら、目を細めていた。


「殿下には繊細な味が理解できないのです」


 ブラッドが笑っている。


「いや、まずいって。これならバルトファルト――いや、お義兄さん(・・・・)の方がマシじゃないかな?」


 マリエは口をパクパクさせる。


 いつの間にか上着を脱ぎ、シャツまで脱いでいたグレッグとクリスはお茶を飲まずに茶菓子に手を伸ばしていた。


「そっか――バルトファルトはお義兄さんか。なぁ、これから何て呼べばいい?」


 グレッグが相談したのはクリスだ。


「困ったな。今のバルトファルトは俺たちの上司でお義兄さんか」


 眼鏡を光らせ真剣に悩むクリスは、答えを出せずにいた。


 マリエはテーブルに両手をついて勢いよく立ち上がる。


「み、みんな、私は冗談じゃなく本気で!」


 きっと前世云々の話を信じてくれなかったのだ。


 マリエはそう思って、もう一度だけ真剣に伝えようとする。


 だが、そんなマリエの口にユリウスは人差し指を当てた。


 表情は微笑んでいる。


「マリエ、俺たちは別にお前の話を信じていないわけじゃない」


「ユリウス?」


 人差し指を唇から離したユリウスは、マリエを座らせると真剣な表情になる。


「確かに信じがたい話ではある」


 マリエは俯く。


 それでも、信じてもらうしかない。


 リオンを助けるためには――そう思っていると、今度はジルクが口を開く。


「ですが、私たちはマリエさんを信じますよ」


「ジルク?」


 今度はグレッグだ。


「マリエがこれだけ真剣に俺たちに訴えてくるんだ。これを信じないなんて男じゃない。そうだろ、お前ら?」


 揃った男たちの顔に視線を巡らせるグレッグに頷くのは、ブラッドだった。


「同感だね。それにね、マリエ――僕たちは伝えたはずだ。必ず君を振り向かせてみせると」


 クリスは眼鏡を外していた。


「マリエが今まで私たちに教えてくれなかったのは、きっと頼りなかったからだろう。だが、こうして伝えてくれたことが――今はとても嬉しいよ」


 マリエが信じられないという顔をする。


「どうして信じるのよ? どうして優しくできるのよ! 私は! 私は――あんたたちを騙した酷い女よ!」


 ユリウスが俯き、悲しそうに微笑むのだ。


「確かに酷い話だな。――俺たちは、マリエの苦しみを理解してやれなかった。マリエ、今まで辛かっただろう?」


 マリエが涙を流す。


「何でよ。どうしてここまで言われて――優しくできるのよ」


 マリエが五人を前に首を横に振ると、立ち上がったユリウスがマリエを優しく抱きしめる。


「――惚れた女を信じて何が悪い? マリエがこんな状況で嘘を吐くとは思えない。そして、お前が俺たちに頼ってくれたんだ。その気持ちに応えるのが――俺たちの役目だ」


 ジルク、ブラッド、グレッグ、クリス――四人も立ち上がる。


「さて、そうなるとのんきにお茶をしている暇もありませんね」


「そうだね。帝国との戦争――いや、生存競争だったかな?」


「本気の本気で戦争だ。俺たちもバルトファルトに手を貸すぞ」


「ならば、皆で一度実家に戻ろうか。――バルトファルトに力を貸すとなると、実家の力を使うしかない」


 強大な帝国と戦うために、五人はそれぞれ行動を開始しようとする。


 マリエは俯き、ユリウスの胸の中で泣くのだ。


「あ、ありがとうございます。本当に――ありがとう――ます。何でもします。私にできる償いは何でも――しますから」


 泣いて苦しく、声がうまく出てこない。


 ユリウスはマリエの背中を優しく撫でた。


「償いなど不要だ。マリエ、これは俺たちがやりたいからやるんだ。お前のために、そしてバルトファルト――リオンのために力を貸す」



 王都にあるレッドグレイブ公爵家の屋敷。


 そこにいるのは、帝国への対応のために王都に来ていたヴィンスとギルバートだった。


 二人の前に立つアンジェは、背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。


 娘、そして妹を前にして、二人ともとても冷たい目をしていた。


 ヴィンスが優しい声を出すが、どこか棘のある物言いをする。


「お前がここに来るとは思っていなかった。それとも、もう泣きつくつもりか?」


 帝国が攻めてくる現状で、実家の力を頼りに来たのか? そう言われた。


 ギルバートはヴィンス以上に冷たい。


「お前が私たちを裏切ったことをもう忘れたのか?」


 リオンが内乱を回避するため、アンジェは実家を裏切った。


 その事に後悔はない。


 それに――。


(今にして思えば、内乱を無理矢理回避したのは正解だったな)


 ――もしも内乱が起きてしまえば、王国は帝国を前に簡単に敗れただろう。


 アンジェは一度だけ小さく深呼吸をした。


 そして、ヴィンスとギルバートを見る。


 一歩も引かない姿勢を見せ、そして堂々と二人に――。


「父上――いや、公爵。貴方の孫を王にする」


 ――そう言った。


 その言葉を聞いて、ヴィンスが目を細めるのだった。


「以前は自分たちの都合で内乱を治めておいて、このタイミングで――いや、そういうことか」


 ヴィンスがすぐに気が付くと、ギルバートが怒りをあらわにした。


「今更遅い! 機を逃したと理解できないのか!」


 動くならもう少し早く。


 そう言って怒鳴るギルバートを、ヴィンスが手で制した。


「父上?」


 ギルバートが驚くと、ヴィンスは笑みを浮かべる。


 それは好戦的な――獰猛な笑みだった。


「そうか。そういうことか」


 アンジェは二人を前に落ち着いた口調で話をするのだ。


「帝国が攻め込んでくる前に、王国は一つにまとまる必要があります。そのために、レッドグレイブ公爵家には協力していただく」


 まるで上から目線の物言いに、ギルバートが前に出ようとする。


「ヌケヌケと!」


「止せ! ――いいだろう。当家は最大限の協力を約束する」


「父上?」


 ギルバートが理解できずにいると、アンジェは小さく息を吐き二人に背中を見せて部屋を出ていく。


「助かりましたよ。――公爵」


 父と呼ばなくなった娘を見送るヴィンスは、呟くのだった。


「新しい陛下によろしくな」



 アンジェが出ていくと、憤慨するギルバートにヴィンスは事情を説明した。


 それを聞いたギルバートが驚く。


「まさか!?」


 ヴィンスは愉快そうにしていた。


「そのまさか、だ。わしも驚いている。それにしても愉快な話じゃないか。わしの孫が王になるというのだからな」


 ギルバートが肩を落としていた。


 それを見て、ヴィンスがフォローをする。


「お前を王にしてやれなかったな。許せよ、ギルバート」


 ギルバートは吹っ切れたような笑顔を見せていた。


「いえ、私の力不足でした。まったく――アンジェが男なら、私は跡取りの地位をあいつに譲っていましたよ」


 自分よりも妹の方が優れていると認めるギルバートに、ヴィンスは驚き――そして、間を開けて大笑いをするのだった。


「ははは! ギルバート、お前は分かっていないのか?」


「な、何がですか?」


「アンジェが男であれば、よくて実力はお前と同等か、少し足りないくらいだ。いいか、ギルバート――女であるからあの子は強いのだ」


 そう言われて、ギルバートが首をかしげる。


「――それはどういうことでしょうか?」


 ヴィンスが目を閉じ、そして微笑む。


「愛した男のために、ということだ」


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