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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第六章

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エピローグ

 自室で武器の確認をしながら、俺はクレアーレの考察を聞いていた。


「間違えていた?」


『ちょっと違うわよ。私たちは最初に“転生者の魂が、旧人類の遺伝子を呼び覚ました”と考えていたわ。だけど、実は“旧人類の遺伝子が、前世の記憶を呼び覚ましたんじゃないか”ってね』


 ショットガンをテーブルの上に置きながら、俺はクレアーレの物言いに溜息を吐く。


「ハッキリしないな」


『もっとデータがあればハッキリするわよ。でも、マスターはそれを許さないでしょう?』


 人体実験は反対だ。


 こいつらは、旧人類を復活させようと思えば、新人類に何をするか分からない。


 それこそ、旧人類を復活させるために、かなりの無茶をしたはずだ。


「なら、フィンはどうだ? あいつは帝国生まれだ。それに、皇帝は新人類の親玉みたいな奴だろ?」


 皇族は新人類の血を色濃く受け継いできたようだ。


 もしかしたら、新人類などのことを知識として受け継いでいるのかもしれない。


 ライフルを手に取って、鏡の前で構える。


 テーブルの上には弾丸が並べられていた。


『ブレイブが調べさせてくれなかったから分からないわ。あいつ、私たちを警戒していたからね』


「お前ら、結構ポンコツだよな」


『あら、酷い。マスターが調べさせてくれなかったんじゃない』


 今更、旧人類だの新人類だのと、騒ぎ出すとは考えてもいなかった。


『そもそも、新人類が旧人類の遺伝子を取り込んでいるなんて考えなかったわ。いえ、逆かもしれないわね。旧人類が、新人類の遺伝子を取り込んだのよ。過酷な環境で生き残るために、その手段を選んだのかもね』


「――今更、そんなことはどうでもいいな」


『そう? もしかしたら、環境が旧人類側に適したものになったら、旧人類を復活させるように仕込んでいたのかもしれないわよ』


「そんなことが出来るのか?」


『さぁ? でも、魔法なら何か方法があるのかもね。何もかも情報不足よ』


 ライフルを置いて、ナイフやブレードの確認をする。


 俺が武器の確認をしていると、クレアーレは続けてエリカの説明に入る。


『エリカちゃんは医療カプセルの中にいるわ。全てが終わるまで眠らせておくつもりよ』


「――それがいい」


『それから、マリエちゃんとレリアちゃんに確認を取ったわ。マスターなら“リメイク”って言えば通じるわよね?』


 その言葉を聞いて、俺は刀に似た剣を鞘へとしまう。


「リメイクされていたのか?」


『シリーズ三作品がまとめられた完全版ですって。据え置きハードと携帯ゲーム機で販売されたそうよ。でも、エリカちゃんがプレイしていたのは――』


「――無印ってやつか」


 どうしてエリカが黙っていたのか分かったよ。


 自分さえいなければ、何も問題ないと考えていたはずだ。


『魔素の話は二人とも知らなかったわ。というか、そもそも二人ともリメイクされた方はプレイしていなかったのよ。追加要素があったんじゃないか、って言っていたわ』


 俺は武器を置いて笑うのだった。


「笑うよな。みんなして勘違いしていたわけだ」


『――マスター、どうするの?』


「アイテムの回収に行く。今は少しでも勝率を上げたい。ルクシオンは?」


『帝国と戦わずに逃げるって選択肢はないのかしら?』


「ないな。これは生存競争だ」


 俺がそう言うと、クレアーレは不思議そうに尋ねてくる。


『いつもなら“勝てない戦いはしない”って言うところじゃない?』


「勝てない戦いも、勝てるようにしてから挑むのが俺のやり方だ。――クレアーレ、正直な勝率を教えてくれ」


 クレアーレは偽りなく答える。


『十二パーセント。勝利条件はアルカディアの破壊で、相打ちに持ち込んでもこれだけね』


「お前らのお仲間が加わればどうだ?」


『それでも三十パーセントに届かないくらいね。今更、ロストアイテムの一つや二つを回収したところで、どうにもならないわよ』


 それでも今は、やれることをやるべきだ。


 一パーセントでも勝つ可能性を高めたかった。


「何もしなかったら、それだけで終わりだからな」


『マスター、本当に一人で戦うつもり?』


 クレアーレの問いかけに俺は俯く。


「――みんなにどうやって説明する? 旧人類だの、新人類だの――まして、生存競争だと言って誰が信じる? 俺なら信じないね」


 説明すれば理解してくれるなど甘い考えだ。


 俺が転生者だと教えても、今の状況では無理矢理入院させられそうだ。


『マスターったら頑固ね』


「俺は人間に期待していないからな。いくら真実を説明しても、それを信じないのが人間だ。俺が何か企んでいると騒ぐだけだ」


 物語のように簡単にまとまるなどあり得ない。


 いつだって人は、大事な選択を間違え続けるのだ。


 セルジュやレリア――それに、神聖王国が色々とやらかしてくれた時の王国だ。


 口では言わないが、誰もが自分の利益を最優先にする。


 ――俺もその一人だ。


「一人の方が気楽だ。死ぬのも一人だからな」


『マスターが負けたら、困る人が大勢いるんですけど?』


「負けた後のことはお前に任せる。――みんなを守ってくれるんだろう?」


『それが命令なら、私の全てをかけて実行するわよ』


「なら安心だ」


 最悪、俺が全ての兵器と一緒に消えればいい。


 この世界の異物はなくなり、後に残るのはふわふわしたあの乙女ゲーの優しい世界だ。


 旧人類だとか、新人類だとか――面倒な暗い設定は、俺一人が全て片付けてやればいいのだ。


 ――簡単なことじゃないか。



 その頃。


 ルクシオンは、アンジェやリビア――そして、ノエルを呼び出していた。


 ルクシオンの話に驚愕するアンジェは、椅子に座って項垂れていた。


「――生存競争だと」


 リビアがアンジェを支える。


「え、えっと、あの――」


 困っているリビアに代わって、ノエルはルクシオンの説明を乱暴にまとめるのだった。


「つまり、生き残るのは王国か帝国のどちらか、って事よね? ――共和国の人たちはどうなるのよ?」


 ルクシオンは、ノエルの大雑把な説明を訂正する。


『共和国の人々は、聖樹の近くで生活していました。旧人類側の血が強かったのでしょう。もしくは、聖樹がそのように手を加えているはずです』


 ノエルが自分の右手の甲を見る。


 そこには、巫女の紋章があった。


「いつの間にか弄られていた、なんて怖くなるわね」


『問題は帝国です。彼らは、新人類側に近い存在です。魔素を作り出す要塞を復活させました。このまま、空気中の濃度を上げていく方が、彼らには都合がいい』


 アンジェが右手で顔を押さえている。


「そうなれば、我々が苦しむわけだ」


『――はい。クレアーレが言うには、何らかの方法で大気中の魔素が浄化され、一定レベルまで下がると旧人類の血が濃くなるように仕掛けられていた可能性があります。事実、そのように調査の結果が出ています』


 用意された資料には、ここ最近になって苦しむ子供たちが増加していた。


 アルカディアの稼働から、その数字が増えてきている。


「帝国は動かないのではないか? 待っていれば、王国をはじめとして旧人類側が弱っていくのだからな。何もせずに見ているのが一番だ」


『それは出来ないでしょう。王国にはマスターがいます。私は、旧人類側で完全な状態で残った兵器です。彼らは王国をもっとも警戒しています』


 リビアが胸の前で手を組む。


 ただ、ルクシオンをどこかで疑っているような目をしていた。


「ルク君は、どうするつもりなの? リオンさんをどうしたいの?」


 赤いレンズを僅かに下へと向ける。


 まるで、落ち込んでいるように見えた。


『私はマスターに戦って欲しくないのです。私は移民船ですから、マスターやその周囲の人々を乗せてこの惑星――地球から脱出できます』


 それを聞いたノエルが驚く。


「星から逃げる? 凄い話になってきたわね。というか、そんな事が出来る旧人類が、どうして新人類に負けたのよ」


『話せば長くなりますが、お互いに決定打に欠ける状況下でした。互いに消耗し、この惑星を荒廃させてしまったのです』


 ノエルが首を横に振る。


「馬鹿じゃん!」


 だが、アンジェにはその話が笑えなかった。


「我々にも十分にあり得る話だ。そもそも、こんな話をしたところで、信じる者の方が少ない。――王国はまとまれない」


 それは、帝国に対して戦えないことを意味していた。


 疲弊した王国に、大国である帝国と戦う余力などなかった。


「この三年だけでも、公国戦とこの前のクーデター騒ぎだ。公国戦で戦力を大量に消費している。領主たちは、下手をすれば帝国に寝返るぞ」


 生存競争だと言っても、誰も信用してくれない。


 リオンが何か企んでいると、警戒するだけだろう。


「リオンと話がしたい」


 アンジェが立ち上がってそう言うと、ルクシオンは一つ目を横に振る。


「何故だ?」


『マスターの現在位置はダンジョンです』


「なら、我々もすぐにそこへ――」


『――王都から随分と離れた位置にあるダンジョンです』


「――何だと?」


 この非常時に、リオンが王都を空けるというのは王国としても困ったことになる。


「何を考えている。公爵がそう簡単に動いていいはずがない。それに、私たちに何の相談も――待て? おい、まさかリオンは!」


 アンジェが両手でルクシオンを掴み問い詰めるのだった。


『はい。マスターはお一人で戦うつもりです』


「――あいつは、私たちを信用してくれないのか」


 アンジェが悲しそうに言えば、ルクシオンがフォローする。


 リオンの気持ちを代弁する。


『大事だから守るのです』


「それは、信用していないという意味さ」


 落胆したアンジェに、リビアが声をかけるのだった。


「何かあるはずです。リオンさんの助けになることがあるはずです」


 ノエルが髪をかく。


「聖樹はまだ若木だし、たいした戦力になれそうもないわね」


 ルクシオンは、三人に提案をするのだった。


『お願いがあります。マスターの血を残していただけないでしょうか?』



 始業式前にマリエが挑んだ森がある。


 そこに足を踏み入れたのは、二度目の挑戦をするマリエだった。


 自分で飛行船を手配して、カイルとカーラを連れてようやくアイテムを回収する。


「み、見つけた」


 泥だらけになり見つけた秘薬を前に、マリエは膝から崩れ落ちた。


 カイルも座り込み、カーラは倒れてしまった。


「本当にあったんですね」


「もう、歩けません」


 マリエは立ち上がると、まるでガラスの酒瓶に入ったような秘薬を手にする。


「これがあれば、兄貴の役に立てる」


 手に入れたのは、ステータスを飛躍的に向上させるアイテムだ。


 戦闘パートで使用すれば、キャラクターの能力が向上する。


 これがあれば、きっとリオンの役に立てるとマリエは考えていた。


 秘薬を抱きしめる。


「すぐに持って帰るわ」


 だが、カイルとカーラに止められてしまう。


「無理ですよ。少し休みましょうよ!」


「そ、そうですよ、マリエ様。もう夜ですし、このまま移動すると危険ですって」


 二人に止められたマリエは、洞窟の外を見る。


 入り口は随分と暗かった。


(秘薬を落としたら、兄貴に届けられない)


 秘薬を抱きしめ、マリエはその場に座って夜が明けるのを待つのだった。



『マスターの血を残していただけないでしょうか?』


 ルクシオンの提案に固まる三人。


 恥ずかしさからではなく、それが何を意味するのか理解したからだ。


 ノエルが頬を引きつらせる。


「冗談でしょ。こんな時に言わないでよ。それって!」


『――はい。マスターは、文字通り命を賭けています』


 リビアは脚が震えていた。


「待ってよ。そんなの――リオンさんは、いつも文句を言いながら何でも解決してくれて」


『私では勝てません。それはお伝えしました。逃げようとも提案しました。それも拒否されました。――運が良くて相打ちです。それも、敵の要塞を完全に沈めるのは不可能と判断します』


 アンジェがルクシオンを真っ直ぐに見つめていた。


「私たちが手を貸しても無駄か?」


『ヴァイスを引き上げ、整備しても無駄です。アルカディアに有効とは思えません』


「他を黙らせれば、少しは効果があるはずだが?」


『黒騎士に効果がなかった以上、もう無理なのです』


「帝国軍は止められるのではないか?」


『――勝率を大きく上げる理由になりません』


「それでもだ。少しは上がるのだな?」


『数パーセントです』


 アンジェが笑みを浮かべた。


「それだけ上がるなら、やる価値はある」


『本気ですか?』


「悪いが、いきなり未亡人になるつもりはない。それにな――『俺の子を生め』と本人の口から聞かない限り、私は認めないよ」


 リビアがアンジェを見る。


「アンジェ」


 心配そうにしているリビアの顔を見て、アンジェはすぐに頭の中で少しでも勝率が上がる方法を考える。


「分かっている。こうなれば、一パーセントでも高くなるように持っていく。王国はリオンに散々救われてきた。なら、今度はリオンを助けても罰は当たらない」


 ノエルが腰に手を当てて笑みを浮かべていた。


「言うじゃない。なら、レリアにも連絡を入れようかな。貯まりに貯まった恩を返すチャンスだよ、ってね」


 リビアが目を閉じる。


 そして、開けると――ルクシオンを見るのだった。


 そこに怯えはなかった。


「ルク君、私も覚悟を決めました。ヴァイスに乗ります」


 ルクシオンだが、電子音声はどこか悲しそうだった。


『――そう、ですか』


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