リオンの選択
王都近くに浮かぶ港。
帝国の使節団を見送りに来た俺は、フィンと向かい合っていた。
黒助が俺を警戒している。
『相棒、本当に良いんだな?』
そして、ルクシオンも同様だ。
『――マスター、貴方は選択を間違えた』
互いにチートアイテムが五月蠅くていけない。
俺はフィンに肩をすくめて見せた。
「ま、色々と言いたいことはあるだろうが、次に会う時はお互いに敵同士だ。負けてくれてもいいんだぞ」
俺の軽口に、顔色の悪いフィンが返してくる。
「言っていろ。まぁ、俺が勝ったら、助命嘆願くらいしてやる」
手を差し出す。
フィンが力強く握ってきた。
「――すまない。俺は、これだけは譲れない。お前の提案は受けられない」
「そうか。――分かっていたよ」
帝国に魔素を供給する技術を提供すると持ちかけた。
だが、フィンの決断は変わらなかった。
技術提供をしたところで、ミアちゃんは一生を病院のベッドの上で過ごすことになる。
ルクシオンたちでもそれが限界だった。
それを、フィンは受け入れられない。
受け入れられるわけがない。
前世の妹さんのことを思えば、絶対に阻止すると分かっていた。
「――楽しかったよ。嘘じゃない。お互い、何も知らないまま――楽しく過ごしたかったな」
「そうだな」
フィンと話をしていると、ミアちゃんがやってくる。
「あ、あの、公爵様!」
「何かな?」
笑顔で対応する。
ミアちゃんは事実を知らないからだ。
そんな彼女に、冷たい態度を見せられなかった。
「え、えっと、エリカ様のご病気ですけど、大丈夫ですよね?」
「――あぁ、問題ないよ。ルクシオンたちがすぐに治療してくれる」
「よかった。慌ただしく帰るので、ろくにご挨拶も出来なくて不安だったんです。せっかく、お友達になれたのに」
――近付かせるべきではなかった。
せめて、この子が酷い性格をしてくれていれば、こんなに悩まずにいられたのだ。
「エリカにはちゃんと伝えておくさ。――元気でな」
「はい!」
満面の笑顔を見せるミアちゃんが、眩しくて――憎かったよ。
もっと腹立たしい奴なら良かったのにね。
少年騎士がミアに声をかける。
「ミリアリス殿下、出航のお時間です」
「は、はい! えっと、公爵様――いえ、リオンさん、今までお世話になりました!」
笑顔で手を振るミアちゃんに手を振っていると、フィンが俺に背中を向けてくる。
「――リオン、さよならだ」
「あぁ、さようなら」
俺は二人を笑顔で見送った。
◇
王宮の屋上。
車椅子に乗ったエリカを外に連れ出したのは、マリエだった。
「今日は凄く天気が良いわね。――エリカ、ミアちゃんたち、もう戻ってこられないんだって。せっかく来年も遊べると思ったのに残念よね」
以前よりも顔色が悪いエリカは、マリエに笑顔で答える。
「母さん、卒業後も遊ぶつもりだったの?」
「留年したい気分よ。エリカと一緒に学園生活が送れるなんて楽しいわ。でも、どうして急に体調が崩れたのかしらね? クレアーレも詳しいことは教えてくれないし」
エリカは理由を知っていた。
「――どうしてだろうね」
(伯父さんは気付いているだろうけど)
「エリカ、苦しくない? 兄貴に頼んで、また医療カプセルを使わせてもらう?」
「大丈夫。入院生活には慣れているから」
老後のほとんどは病院生活だった。
働き終わったら、そのまま体調を崩したのだ。
その後は、ずっとベッドの上だった。
(きっとこれは神様がくれた幸せなんだと思う。だって、母さんと――伯父さんにも会えて、大事にしてもらえたから)
エリカにとってはご褒美のような毎日だった。
嫌なこともあったが、今はとても幸せだった。
(私一人がいなくなれば、何も問題なくなる。それでいい。それがこの世界の流れだから)
エリカが空を見上げると、遠くに帝国の使節団の飛行船が見えた。
外に出て、しばらくその場に待機している。
「ミアちゃんたち、何かトラブルかしら?」
「どうかな? 外交官さんたちも引き上げるから、戸惑っているのかも」
「何か慌ただしかったわよね」
二国間はこの出来事もあって、緊張状態になっている。
それをマリエは気が付いていなかった。
屋上のドアが開き、リオンが顔を出す。
エリヤの姿もあった。
「エリカ、公爵がお見舞いに来てくれたよ」
どこか戸惑っているエリヤの後ろでは、リオンが張り付けたような笑顔をしている。
(――伯父さんに最後まで迷惑をかけちゃったな)
マリエが車椅子を押して、リオンに近付くのだった。
「ちょっと、何だか雰囲気が怖いんですけど。エリカは病人なんだから、苛々しているなら後で――あ、兄貴?」
リオンが拳銃を取り出すと、マリエを無視してエリカに話しかける。
「悪い子だ。俺を騙していたな?」
エリカは頷く。
「ごめんなさい。でも、知ったら、止められましたか?」
「――お前は本当に悪い子だ。いったい誰に似たんだか」
自分の命と帝国民の命。
天秤にかけるまでもない。
エリカは旧人類の血が色濃く出た先祖返りだ。
事実を教えてしまえば、リオンがどう動くか予想できなかった。
(私一人が犠牲になれば、全て丸く収まる)
あの乙女ゲーの三作目をクリア後に、エリカはネットで情報を検索した。
そこに書かれていたのは、登場する兵器や世界観などの記事だ。
実は旧人類と新人類の争いが過去にあったと書かれ、兵器は両者が残した負の遺産だった。
意外にもシリーズが続き、その設定が引き継がれていったようだ。
そして、エリカはミアと対立する旧人類の血が濃い人物だった。
ミアを嫌う理由に「旧人類と新人類の因縁を盛り込みたかった」と書かれていたのだ。
ゲーム中には出てこない設定だ。
「結果的に良かったと思っています。お二人に事実をおはなしすれば、どうなったか分かりませんから」
リオンが帝国を襲撃したかもしれない。
それだけは駄目だ。
「――個人的には、お前の優しい気持ちは評価するよ。だけど、これは予想できたか?」
リオンは銃口をエリカに向けた。
エリヤが慌て出す。
「あ、兄貴!」
マリエも同様だ。
エリカの前に出て手を広げた。
「何を考えているのよ!」
リオンは真剣な目をしている。
「退け。全てを解決する方法だ」
リオンの行動にエリカは考える。
(あちらにも転生者がいるようだし、もしかしたら私の殺害が戦争回避の条件なのかな? だったら、ここまでかな)
帝国は、リオンがエリカを可愛がっていると知っている。
このまま刃向かってくるのが怖いために、王国にエリカをどうにかするように圧力をかけたのかもしれない。
リオンの事だ。
戦争を回避するために、エリカの命を奪うことを決断したと考えた。
(最後まで伯父さんに迷惑をかけちゃうな)
フラフラしながら、エリカはそう考えた。
「――いいですよ。貴方に撃たれるなら、それも悪くありません」
マリエがエリカに振り返った。
「な、何を言っているのよ! そんなの駄目に決まっているじゃない!」
だが、マリエが振り返った直後にリオンが口を開く。
「――エリカ、お前は悪い子だよ。だが、俺はもっと悪い奴なんだ」
「いえ、伯父さんは優し――」
言い終わる前にリオンが引き金を引くと、弾丸がエリカに当たった。
血が噴き出し、マリエの顔に血が飛び散る。
マリエは、それを指で触れて震えていた。
すぐにエリカの撃たれた箇所を手で塞ぐのだった。
(――思ったよりも痛くない)
「エリカ! エリカァァァ!」
(ごめんね、母さん。こうなるって最初から分かっていたんだ。エリヤもごめんね。それに伯父さん――伯父さん?)
リオンは薄らと笑っていた。
エリカはその笑みが、まるでリオンが壊れてしまったように思えるのだった。
◇
帝国の使節団。
飛行船の甲板で、手すりに掴まっていたフィンは屈み込む。
『相棒、あいつらの監視はない。リオンは約束を守ったぞ』
「そうか」
涙を流すフィンは、リオンに感謝する。
「ありがとう、リオン。――ごめん。本当にごめん」
ブレイブが悲しそうな目をする。
『俺様は、相棒は間違っていると思う。でも――俺様は最後まで相棒の味方だ』
「悪いな、黒助。俺みたいな馬鹿な相棒に付き合わせちまった」
『ブレイブって呼んでくれないが、俺様にとっては最高の相棒だ。今までの使い手の中でも、最高の相棒だ。俺様が保証する』
ブレイブは、今まで色々な所持者がいた。
旧人類と戦っていた新人類をマスターに持っていた。
その後、使い手が代わり、戦争が終わると眠っていた。
そこを掘り起こしたのがフィンだ。
『――俺様を相棒として扱ってくれたのは、相棒だけなんだ。だから、俺様だけは最後まで付き合うぜ』
「悪かった。そうだな。これは俺が――俺たちが決めたことだ。泣いてばかりはいられないな」
『相棒、俺様でもあいつに勝てる可能性は五分だ。それを忘れないでくれ』
「あぁ、分かっている」
フィンはミアを守るために、王国では無理が出来なかった。
リオンのテリトリーで戦うのは不利だ。
フィンは見逃してもらえたのだ。
「――リオン、すまない。俺は、お前とは手を組めない」
ブレイブがフィンに知らせる。
『相棒、ミアだ』
フィンが涙を拭う。
「騎士様、ブー君! ――あ、あれ? 騎士様、もしかして泣いていたんですか?」
フィンは無理に笑顔を作るのだった。
「いや、目にゴミが入っただけだ」
「嘘はいけませんよ。目の周りが赤いですからね。騎士様も、やっぱりお別れは辛いんですね」
「――そうだな」
「大丈夫です。きっとまた会えますよ。そうだ! 今度は帝国にご招待すれば良いんです。公爵様たちや、エリカ様を誘いましょう」
無邪気なミアを前にして、フィンはどうしたら良いのか分からなくなった。
「ミアは――エリカちゃんたちと仲良くしたいか?」
首をかしげるミアは、何故当然のことを聞くのかという顔をしていた。
「当たり前じゃないですか。えっと、学園に通えなくなりましたけど、私は新しい目標が出来ましたよ。王国との間で友好の架け橋になるんです。お姫様だから、それくらい出来ますよね? ね!?」
期待のこもった視線を向けてくるミアに、フィンは頷く。
「そうだな。いつか――そうなるといいな」