pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
なんでもない日のリーグの終業後のことだった。
何故その日だったのか自分でも本当によくわからない。
「では、お疲れ様でした。お先に失礼します。…チリさんもほどほどに。」
「おおきに。アオキさん、お疲れ様です。」
そう言って、足早に帰っていくアオキさんの背中を見て、ああ自分は彼のことが好きなのだと自覚した。
本当にストンと落ちてきたのだ。
そして同時に、これは勝ち目のない、最初から失恋なんだと悟った。
自分に向ける視線が、他の人に向ける視線と変わることはなく、あくまで同僚としての付き合いだけ。
それに、自分は女性らしさもなければ可愛らしさのカケラもない。
彼はきっと、女性らしくて可愛らしい人が好きなんだろう、もしくは恋愛には興味がないのかもしれない。
彼は1人でも生きていけるだけの力があって、そして普通を愛しているのだから。
自分のような不純物がそこに入り込む隙なんてないんだと、最初からわかっていたのだ。
この恋心を忘れてしまおう、くよくよ落ち込むのは「チリちゃん」らしくないのだから。
アオキさんと距離をとって、時間が経てばきっとこのぎゅっと胸を締め付けるような気持ちからも逃れられるはずだと、チリは思っていた。
その日を境にチリはアオキを避けるようになった。
仕事やポケモンに打ち込むことで、彼について考えることをやめた。
仕事終わりにたまに2人で飲みに行くこともあったが、それをしなくなった。
業務連絡についても、メモやメッセージアプリでほとんどどうにかなってしまったので、ほとんど彼との接点は無くなった。
忙しくしていたので、きっと避けていることは彼にはもちろん、周囲の人にもバレていないだろう。
唯一上司であるオモダカにはなんとなく悟られていそうだけど些細なことに感じていた。
チリがアオキを避けるようになっても、彼は何一つ変わらなくて、それが余計に「ああ、本当に脈なしやったんやなぁ」と胸が痛くなったが、一方ですごくホッとしていた。
もしもアオキに何故避けるのかと聞かれたら、きっと泣いてしまうから。
それは「チリちゃん」ではない。
強くてかっこいい、「チリちゃん」ではない。
まあそれはさておき、現実とは厳しいものである。
「アオキ、チリ。シンオウ地方に出張です。今度のリーグ主催のイベントはシンオウ地方のポケモンをメインにしますので。後で送る資料に詳しい情報が書かれています。確認しておいてください。出発は明日の朝1番の飛行機です。」
「えっ。」
「どうしました?」
「あ、なんもないです。」
突然の出張に頭が回らない。
え、明日って急すぎん?
てか、事務仕事どないしよ…。
いや、ちゃうやん!
アオキさんと一緒って、うわ、エッ、無理なんやけど〜!?
顔色をコロコロと変えるチリに、オモダカは「では、あとで飛行機のeチケットも送られてくるので、準備をお願いしますね。明日の荷造りがあると思いますので、今日は早めに切り上げて帰ってください。」
と、すらすら言ってサッサと立ち去ってしまった。
呆然と残されるアオキとチリ。
固まる2人だったが、今回硬直が早く解けたのは珍しくアオキの方だった。
「…チリさん。」
アオキの甘い声(チリ曰く)にまた胸がぎゅっと締め付けられたチリは、つっけんどんに「な、なんです?」と言ってしまった。
「よろしくお願いしますね。」
「よろ、しくお願いします…。」
ぶっきらぼうで、いかにも不機嫌そうなチリに、彼は大人の対応をしてくれて、それがよりチリを惨めな気分にさせるのだった。
明日なんて来ないでほしい、そう願うチリとは関係なく、時間は経っていく。
かくして、朝はやってきてしまった。
荷造りに追われたのはもちろん、アオキのことでよく眠れなかったチリは、最悪のコンディションで翌日を迎えた。
空港には早めについたので、眠気覚ましにそこら辺のカフェでコーヒーを啜った。
そのコーヒーは泥水のように苦く、それがますますチリの気分を落ち込ませた。
アオキと合流して、飛行機の座席を確認すると、わかってはいたがやはり隣の席同士。
これから15時間程度の時間をずっと共に過ごさなければならない。
何が悲しくて失恋が確定した相手とこれから2人っきりで過ごさねばならぬのだ。
…だめだ、切り替えよう。
これは仕事なんだから。
荷物を預け、身体検査やら出国やらを終わらせ、飛行機の時間まで暇になってしまった。
免税店を見て回るほどチリはブランド物に興味があるわけでもない。
「アオキさん、免税店でも見ます?チリちゃんはあんま興味ないんでそこらへんのカフェにでも入っとこうと思うんですけど。」
「いえ、クレジットカードの特典でラウンジに入れるので、そちらに。チリさんもいかがですか?」
「へっ?」
急な申し出に驚くが、すぐにいつもの笑顔に戻して言った。
「いやいやいや。チリちゃんは遠慮しときますよ。」
チリはラウンジやらクレジットカードの特典のことをあまりよくわかっていなかった。
それにアオキも気がついたので補足した。
「…2人まで入れるんです。飲食物も提供されますし。」
そこまで言われてしまうと、どんなところか気になってしまって、チリは「じゃあお願いします。」と言う他なかった。
適当な席に着くと、アオキは少し嬉しそうに「では飲み物と食べ物を取りにいきましょうか。」と言うので、チリもそれに倣った。
寝不足であまり食欲はなかったが、それでも美味しそうなものがたくさんあったので少しずつ選んで、飲み物はトマトジュースにしてみた。
席に戻ってもアオキはまだ帰ってきておらず、先に食べるのもな、と思って待っていると、大量に食事をとってきたアオキが現れた。
あまりの量に驚いていると、アオキは「朝、抜いてきてるんで…。」と少し恥ずかしそうに言ったが、絶対違うやん、普段からめっちゃ食べるやんと心の中でツッコミを入れた。
まもなく飛行機の時間、となると、ギリギリまで食事を楽しんでいたアオキを急かしながらゲートへ向かう。
普通に間に合って、座席に着くことができてホッとしたのだった。
このあと離陸してすぐに機内食が出たので、今度こそ「いやまた食べるんかい」とツッコミを入れた。
先程食べたのもあってチリが果物と飲み物にしか手をつけないのをみて、隣のアオキが欲しそうにしていたのであげた。
「チリさんはあまり食べないですよね。」
機内食の謎の料理を食べながらアオキは言った。
「いや、アオキさんが食べ過ぎなだけですー。まだ朝ですし。」
意外とスルスルと喋ることができた。
「おじさんに言われるのも嫌でしょうけど、もっと食べたほうがいいですよ。心配になります。」
「えっ。」
ブワッと喜びがチリの心を満たす。
アオキが、自分に興味を持ってくれて、しかも心配してくれた。
いやいや。
チリは自分に言い聞かせる。
それは「同僚のチリちゃん」に対してであって、チリ個人に向けているわけではない、勘違いしてはいけないのだと。
「ずるいわ、ほんまに。」
諦められなくなるやん。
チリの呟きは、飛行機の中の雑音にかき消され、アオキには届かなかった。
シンオウに着いてしまうと、それはそれは忙しかった。
お互いに忙しすぎて、最終日にようやくホテル前で落ち合うことができたのだ。
それまでは本当に顔を合わせる間もなく、それぞれが分刻みのスケジュールをこなしていたので、今回はありがたかったが、今後はごめん被りたい。
「トップの組んだ日程鬼畜すぎん????」
「いや、いつも通りですよ。」
「そうやけども。」
軽口を叩きながら、フロントへそれぞれ並ぶ。
どうやらオモダカは最終日の日だけホテルのランクを上げてくれたらしく、豪華なロビーに客室への期待が上がった。
アオキの番が来たので、次は自分だなとぼんやりスマホをいじっていると、何やらフロントでアオキが揉めているようだった。
ん?と顔を上げると、アオキは心底困った顔をしていて、何かトラブルが発生したらしい。
アオキが「チリさんもこちらへ。」と手招きするので、仕方なく「どないしたんです?」と向かった。
「すみません、何かの手違いで、部屋が一つしか取れていないようでして。」
「はぁ!?」
思わず大きな声が出てしまうが、これは不可抗力だと思いたい。
「え、他の部屋は…?」
少しボリュームを下げて聞くと、フロント係の女性は申し訳なさそうに「本日は満室でございまして…。」と言うのだから、どうやら本当に一部屋しかないらしい。
「ここら辺って他のホテルありますよね?」
「あるにはありますが、本日は近辺でアイドルのコンサートがありますので、厳しいかと…。」
そうなるとアオキと2人で部屋を使うしかあるまい。
チリは諦めて、「じゃあ2人で一つの部屋を使うんで、案内お願いします。」とフロントのお姉さんにお願いした。
意外だが、アオキはチリとの同室を嫌がらなかった。
まあ、実際かなり疲れていたので寝れたらどこでもいいと思っているのかもしれないけども。
チリはアオキのことを極力考えないように、サッサと夕食をとってシャワーを浴びて寝てしまおうと、荷物の整理をテキパキと始めた。
もともと荷物の少ないアオキはさっさと整理を済ませて、何やら調べ物をしている。
チリが荷物の整理を終わらせると、アオキはタイミングよく、「近くに良さそうな居酒屋があるので、そこに行きませんか。」と聞いてきた。
チリは少し悩んだ。
気持ち的には嬉しいけども、勘違いをしたくないので断りたい、でも断りにくい。
その結果、「じゃあ行きます…。」とチリは搾り出すように言ったのだった。
居酒屋は最高だった。
多少混んでいたが、料理はもちろんのこと、地酒も最高に美味い。
「染み渡ります…。」
と、幸せそうにグイッと酒を煽るアオキに料理を頬張りながらチリはウンウンと頷いた。
名物だという新鮮な海鮮料理はパルデアではなかなかお目にかかれない類のもので、2人してここぞとばかりに腹に詰め込む。
先程アオキからの誘いを断らなくて良かったと心の底から思った。
「うわ、アオキさん、ここ釜飯もあるらしいで。」
「それは是非食べましょう。」
「やんな。」
どうせ残ったらアオキが食べるからとチリも遠慮せずに注文する。
実際全て食べてしまうから恐ろしい。
ホテルに着く頃にはお互い満腹感による眠気と疲れもあったのか、酔いが回っていた。
部屋に着くと、チリは今すぐにでもベッドに入りたいのを我慢して、シャワーを浴びることにした。
今ベッドにダイブしたらすぐに眠ってしまうだろう。
「アオキさんー、お風呂どうしますー?」
「お先にどうぞ。」
「ありがとさーん。」
酒ですでにチリに遠慮というものは無くなっていたので、素直にお礼を言い、着替えを持って浴室に行ったチリは「おお!」と歓喜の声をあげた。
「アオキさん!」
「どうしました?」
「檜風呂ある!」
浴槽だけでも十分なのに、檜風呂がついていたのだ。
これにはテンションが上がる。
「それはやばいですね。」
「めちゃくちゃやばい。」
お互い、かなり酔っていたのだと思う。
じゃなければ、ああはならなかったはずだから。
「アオキさん、一緒入る?」
「喜んで。」
なんの躊躇いもなく2人は髪やら身体やらを洗って、流石に狭いのでチリはアオキの足と足の間に入って背中をアオキに預ける。
アオキもチリの腹に手を回して、いい感じにくつろいでいた。
「極楽や〜。」
「ほんとに…。」
しばらくの間は本当に幸せだった。
激務の後の美味しい食事と酒、さらに檜風呂。
ここ最近は本当に忙しかったのが嘘のように疲れがほぐれていくような感覚。
極楽とはこのことである。
ではなかった。
だんだん時間が経つに連れ、お互い酔いが覚めるというか、冷静になっていく。
あれ?この状況まずいんじゃ…?と。
チリは現在自分が全裸で、しかもアオキに見られているし、その上一緒にお風呂に入ってるしで顔というかもう全身がオクタンのように茹で上がっていった。
「…。」
「…。」
背後のアオキも酔いが覚めてきたのか、身体が強張っているのがダイレクトに伝わってくる。
非常にまずい。
「えっと、アオキさん…?」
「…。」
ついに重い沈黙に耐えられなくなったチリが声をかけるが何の反応もない。
かと言って後ろを振り返るのも恥ずかしい。
万事休す。
アオキが正気に戻るのを待つしかなかった。
アオキの様子がおかしい。
チリの腰に回された手は解ける気配はない。
いつものアオキなら、すぐ飛び退いていそうなものなのに。
「…チリさんは、」
「へっ?」
低い、怒っているような声だった。
「…チリさんは、誰とでもこんなことをするんですか?」
「えっ?ぅわっ!?」
アオキはチリの細い腰に回していた腕を締め付け、さらに密着させた。
アオキの肌を直に感じ、チリはさらに混乱する。
「え、なん、」
口をぱくぱくさせながら、目を白黒させるチリにアオキは容赦ない。
「答えてください。あなたは誰とでも酔った勢いで男と入浴するんですか?」
「っ!」
男の、アオキの、低い声がチリの耳元を掠めて、チリは背中がゾワっとするのを感じた。
思わずぴくりと身じろぎしたチリに、アオキはムッとしたように腕の力を強めた。
「逃しませんよ。」
「あ、アオキさん…?」
普段とは全く異なる様子のアオキに困惑するばかりのチリに、痺れを切らしたのか、「早く答えてください。」と急かした。
それでも、事故であれ好きな人に裸を見られ、かつ怒られていることがショックで、チリは「あ」とか「う」とか漏らすばかりで話にならない。
ついにはあの気丈な同僚がひっくひっくと肩を震わせ静かに泣き出すものだから、アオキは急に頭が冷えてきて、少し冷静になった。
「…チリさん、怒ってしまってすみません。酔って同意した俺も悪かったですが、チリさんは女性なのですから、もっと危機感を持ってください。」
アオキが何とか泣き止ませようと、目の前のチリの小さな頭を撫でるが、啜り泣きは止まらなかった。
「チリさん、上がりましょうか。逆上せてしまいます。」
とりあえず風呂から出ようと声をかけるが、返事がない。
「チリさん?」
「ぁお………だから。」
堪えたような震えた、小さな声で、やっとチリは返事した。
「すみません、もう一度お願いします。」
「あ、アオキさんやった、から。」
ぐずぐずと泣きながら、膝に顔を埋めながらチリはそう言った。
「それは…?」
「私は!アオキさんが好きで、でもダメやから。困らせたくないし…。」
泣きながらそう告白するチリの言葉はもうごちゃごちゃで、言っている本人も自分で何を言っているか分からなかった。
「アオキ、さんは、1人でも生きてける人やから。…私に、入る隙は無いし、」
もうチリの視界は涙で揺れていて、まるで水の中で目を開けているようだった。
「チリさん、」
「好きになりたくないんよ、もう、嫌や…。」
もうここで溺れてしまいたかった。
好きな人に自分の気持ちを知られてしまった絶望感で、このお湯の中でぼんやり消えていけたらどんなにいいか、と思い始めていた時だった。
「チリさん!」
アオキの大きな声に引き戻される。
「っぁ?」
「…とにかく、上がりましょうか。」
「…はい。」
チリは死刑宣告を受けた囚人のような気持ちで、アオキの言葉にノロノロと従ったのだった。
2人は無言で身支度をした。
チリに至っては茫然自失も同然だったので、辛うじて衣服は身につけたが、それ以外は何もする気が起きなくて、ただぼうっと一点を見つめていた。
涙は止まったが、代わりに髪からポタポタと水滴が落ちる。
ああ、これで本当にアオキさんとの同僚としての関係も終わってしまった。
「…髪、乾かさないと風邪ひきますよ。」
相変わらず優しいアオキさんに、フッと自虐的な笑みが溢れる。
「アオキさんは、いつも優しいなぁ。」
「優しくはないです。貴女を泣かせていますし。」
「なはは。」
よくいうわ、とか吐き捨ててホテルの床を見つめた。
それに、もう涙は引っ込んだのに。
「…とりあえず、風邪ひきますんで。」
不意にアオキが近づいてきたかと思うと、チリの髪をタオルで優しく包み込んで、乾かし始めた。
手にはドライヤーもあるので、乾かしてくれるらしい。
アオキはチリの髪を手で梳きながらドライヤーの風を当てた。
時折頭皮に当たる指がくすぐったくて、手が優しくてまた泣きそうになった。
「熱くないですか。」
「…大丈夫です。」
優しくされたら、もっと好きになってしまうのに。
こうなったらもう物理的に、どこか遠くへ行ってしまおう。
相棒たちには悪いけど。
そう考えていた。
「…チリさん、先程の話ですが。」
ドライヤーの音に紛れて聞こえたアオキの声。
大好きなその声はうるさいドライヤー越しにでも聞こえるのか。
「…先程は変なこと言ってすみませんでした。忘れてくれると助かります。「チリちゃん」も、私も忘れるんで。」
チリは先手を打とうと、早口でそう言った。
変に気を遣われたくはなかったらもう耐えられない気がしたのだ。
「忘れませんよ。嬉しかったので。」
「は?」
まさかの言葉に、チリはあんぐりと口を開けた。
アオキはドライヤーを止めた。
いつのまにかチリの髪は乾いていた。
「最近チリさんが俺を避けてたのには気付いてました。…てっきり他の男性と良い関係になったのかと。 」
「えっ…。」
「自分を想ってくださっていたなんて、嬉しいです。」
「うん…?」
思っていた展開と違いすぎて、もう頭が追いつかない。
そんなチリとは違って、アオキは嬉しそうにベッドの端に座るチリの目の前に回って床に膝をついた。
そしてアオキは今だに項垂れているチリの手を取って目線を合わせる。
「チリさん、自分も貴女のことを好いています。…お付き合いしていただけないでしょうか?」
「おつ、きあい…?」
「ええ。こんなおじさんですから、できれば結婚を前提にお願いしたいのですが…。」
「け、こん?」
「はい。…本当はチリさんに想いを告げる気はなかったのですが、同じ気持ちということは遠慮しなくても良いということですよね。」
「同じ気持ち…?アオキさんが私のこと好きなん…?」
「ええ、そうです。合ってますよ。」
「ほんまに…?」
「ほんまです。」
アオキのその言葉にブワッと再び涙が込み上げてきた。
急に泣き出したチリに、アオキは慌てて「い、嫌でしたか?!」と聞いた。
チリは「ちゃう、いや違う。」と子どもみたいにぐずぐず言いながらべしょべしょに泣いた。
もう普段のかっこいいチリちゃんなんて存在しなかった。
「う、うれひい…。」
きっと、もう顔は涙やら鼻水やらで悲惨なことになっている。
それを見られたくなくて俯いて手で顔を覆い隠そうとしたが、アオキに止められた。
「顔、見せてください。」
「いやや。」
「見せて。」
優しい声でそう言われたら従わざるを得ない。
せめてもの抵抗として袖でゴシゴシ顔を拭いてから、ノロノロと顔を上げた。
「ああ、擦るから真っ赤になってるじゃないですか。」
「…しゃーないやん。」
「まあ、チリさんの顔が見れたので良いです。」
アオキらしくない言葉にチリは少し目を丸くした。
「さっきからアオキさん、変なの。」
「そうですね。いつもは貴女の方が口数が多いので。」
「なんで今日はアオキさんがようさん喋るん?」
「さあ、好きな人が泣いてるからですかね。」
「やっぱ変やな。」
嬉しくて、変だと言いつつもチリは笑った。
「お、ようやく笑ってくれましたね。」
「アオキさんが笑かしたんやん。」
「貴女は笑っている方が素敵です。」
「ふは、口説いてるみたいやな。」
「ええ、口説いてるんです。いい歳したおじさんが年下の美人さんを一生懸命口説いてるんですよ。笑ってください。」
「はははっ!」
アオキは嬉しそうな顔をした。
そんな顔、食事中の時でも見たことがなかった。
「それで、口説かれてくれるんですか?」
アオキはチリの手を取った。
チリもアオキの手を握り返した。
「当たり前やん。離したらあかんで!」
「もちろんです。」
「…とりあえず、お風呂もう一回入ります?」
「え、いいんですか?」
「仕切り直しやで。」
「望むところです。」
「襲ったらあかんで〜。」
「え、あ、おそっ?!え!チリさん、ちょっと!」
「なははは!」
お付き合いしてないのにお酒のノリで一緒にお風呂に入っちゃって(なぜ)、
お風呂に浸かってたら酔いが覚めてきて、
正気に戻るやつ。
ネタが欲しいです。