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ぺタ
シンデレラはガラスの靴を履かない - ぺタの小説 - pixiv
シンデレラはガラスの靴を履かない - ぺタの小説 - pixiv
19,414文字
シンデレラはガラスの靴を履かない
いい加減モブを悪役にする癖を治したいんですが…
非常に書くのが難しかった作品です。アオチリ。pkmn世界ではない日本によく似た世界のパラレルです
UP主は個人企業に勤めた事はありますが作中に出てくるような大手企業に勤めた事はありません。すべてがファンタジーです
以下注意点
チリちゃんが虐待されている
自殺をほのめかす描写がある
稚拙な企業描写
悪役モブ
pkmnは一切出てこない
十代半ばのポピー
アオキさんなにやってんの
その他もろもろ

耐えられる方のみどうぞ
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1511853,551
2023年3月20日 03:18

 チリの育った環境は割と悪かった
 父は大企業を経営するワンマン社長。一族経営で家族や親戚は優遇される
 兄弟は多く、一番上の兄は父の跡を継ぐ事が決まっており、母や二番目の兄も役員
 そんな中でチリは役に立たない三女として生まれてきた
 というわけで、粗相をしてもしなくても罵倒され、蹴られ、地下のトイレ以外何もない部屋に閉じ込められて食事を抜かれる事など当たり前だった
 暖房も冷房も無いので冬は寒さに、夏は暑さに耐えるしかできなかった。見兼ねた使用人がこっそり水とおにぎりを持ってきてくれたのが救いだった
(こんな家出てってやるわ…!) 
 と歯を食いしばって折檻を耐える幼少期を送っていた
 けれど現実は上手くいかない。何度家を出ようとしても捕まった。何故か情報が家に行っており、捕まって、折檻されて、あの地下に入れられるのがいつもの事だった
「なんでうちを家に置いとくん?役に立たんのやろ?」
 傷をさすりながら聞くと、二番目の兄は鼻で笑った
「はぁ?そんなん足らん頭で考えや。」
(考えても分らんから聞いとるのに。)
 そんな日、一番上の姉から告げられた
「あんた明日からうちの会社の社員やし。」
 チリは訳が分からなかった。最低限文字と計算はできるけど、ほとんど小学校、中学校は休み、…というか休まされ、高校は通信制を卒業したばかりのチリは勉学も社会にとって必要な常識も無い
「どういうことなん?」
「物は揃えてあるから出社し。」
 不審には思ったが、チャンスだとも思った。親が経営する会社とはいえ就業したら人に揉まれ、生きていく術を学べる
「ああ、当たり前やけどチリに渡す給料なんて無いし。」
 たとえそれがただ働きだったとしてもだ

 意外にも、当てられたのは企画部だった
 試用期間ともいえる三ヶ月、そこでチリはがむしゃらに学んだ。当初、最低限のマナーすら知らなかったチリに上司は苦い顔をしたが、水を得たスポンジのように色々な事を吸収していくチリに、周囲は感化されて良くしてくれるようになった

 それから一年
 チリは、ある企画を思いついた
 成功すればこの国の発展に大きく貢献でき、会社の利益も多大なものになる。しかし、他国の製造物が必要でそれを確保できるかは非常に難しいものだった。また、この国の中小会社の協力も必要不可欠で、この難しい案件に頷いてくれるかは分からなかった
 チリはまず部長に案を出した。部長は難しい顔をしてただ一言
「一人でやってみろ。」
 とだけ言った。他者の援助は受けられないというわけだ
 チリはまず外国語を学んだ。必要物資がある国の言葉だ。それを学びつつ、電車で中小会社をまわる。案を見せて、頭を下げて協力を頼んで、それでも九割の会社には断られた
 だが、一割はチリの必死さに根負けしたのか頷いてくれた
 そうして中小会社の協力を得た後、チリは外国へと飛んだ。部長が経費で落としてくれたリスニングのCDを聞くに聞いて、何とか簡単な言語くらいは喋れるくらいにはなっていた
 そこで、その物資を生産している会社に行き、交渉する。これを作ればこの国にもあなたの会社にも大きな利益が出ますよと片言で必死に言った
 しかし、どこの会社も頷いてくれなかった
 門前払いをくらい、チリは肩を落として歩く。とぼとぼと歩いて公園でベンチに座った
「知らん外国人が来たらそらそうなるわな…。」
 けれど、諦めてはいけない。なんとしてでもモノにしなければ
 そして立った時、子供の声がした
「えーん!えーん!」
 放っておけず、子供の声のする所まで行く。川の近くで子供が泣いていた
 女の子だった。ショートカットにボンネットをつけている
「どないしたん?」
「おとこのこにいじめられたんですの。」
 正確には聞き取れなかったが、男の子と虐められたというのは聞こえた
「ポピー、なまいきなんですって。ちょっとわからないことがわかるから、えらそうにって。」
 生意気。分からない事が分かる。偉そう
 Poppyとはポピーというのだろう。この子供の名前か
 チリは屈んだ。ハンカチで子供の涙を拭く
「負けたらあかんで。ええか。勉強するんや。力では男に敵わん。けど、勉強して、賢くなったら虐めとる奴も見返せる。」
 ポピーは顔を上げた
「おねえちゃん、がいこくのひとなんですの?」
「そや。ちょっと遠いとこから来たわ。」
「…たくさんべんきょうして、もっともっとかしこくなりますの。」
 片言だが、伝わったようだ。チリは大きく頷いた
「絶対諦めたらあかんで。折れたらあかん。今は虐められてても、賢くなったらきっと見返せる。だれもポピーを虐めたりせんわ。」
「はいですの。」
 子供は自分で涙を拭った
「おねえちゃんのなまえは?」
「チリや。」
「チリちゃん。ですね。」
 子供は笑った
 その次の日も各会社に訪問して説得をした
 多くは断られたが、一社だけ、説得に応じてくれる所があった

 企画が立ち上がって二年
「ようやくものにできた…!」
 あとはプレゼンをして上から許可をもらうだけだ。プレゼンの場は部長が上に掛け合ってくれた
 よし、とデータを持って会議室へと向かう
 会議室にはもう全員揃っていた。部長と、父と、チリの兄弟もいる
 場は、静かだ
「今日は自分のために集まってくださり、ありがとうございます。企画の立案をさせてもらったチリです。では早速プレゼンに移らせてもらいます。」
「いや、その前に、もう一人企画を進めていた者がいてね。そちらからプレゼンをしてもらおう。」
 え?と思う。三番目の兄が立った
「自分の企画はこれです。」
 そうして映し出されたのは、チリが企画立案したものと、全く一緒だった
「…というわけで、各会社の協力と海外の物資を得ました。計画は順調に進んでおります。」
 会議室に拍手が沸く。その中でチリは、ひたすら混乱の中にいた
(え…?なんで…?)
「とても良い案です。続いてチリさん、発表を。」
 チリは、立ったまま動けなかった

 企画部の時に使っていたビジネス関連の物は全部捨てられた
「良い夢見せてやっただけや。自分が出来るって勘違いしとるお前を見てるのは気持ちよかったわ。」
 チリは埃っぽい倉庫に押し込まれる
「今日からここがお前の仕事場な。いらん書類を整理しとけ。」
 大量の書類とフラットファイルを前に、チリはへたり込んだ

 五年が経った
 倉庫室を訪ねてくる者は滅多にいない。朝、定時に出勤すれば机の上に昨日の分の書類が積まれていて、それを捌き、定時になったら帰るというルーティンワークが行われている。簡単な仕事やから昼もいらんやろと企画部の時は持たせてもらった弁当も持たされていない。ただ働きなので一円も持っていないから、自販機でジュースを買う事もできない
 そんな日々も慣れた
 そんな日、珍しく来客があった
「は、こんなとこでよう仕事やっとるな。服に埃つくから来たくなかってん。」
 二番目の姉は塵を振り払うように手を振る
「何か用?」
「何かありましたか?やろ。アンタと違ってこっちは役員や。」
「…。」
 姉は顔を歪ませる
「はっ、強情なやっちゃ。せっかく縁談持ってきてあげたって言うんに。」
 チリは小首をかしげた
「縁談?」
 そういえばチリより上の兄弟は皆結婚しているか婚約者がいる。どこも良い所の出で、式も盛大に上げたそうだが、例によって招待されていないので縁談と言われてもピンとこない
「そうや。チリもええ歳なんやから結婚せえと社長直々の命令や。…結婚相手はな…。」
 ひゃははと姉は甲高い声で笑った
「うちの会社の平社員や!ヒラとヒラでお似合いや!」
「…。」
「はん。とりあえず今週の土曜に会社の近くの喫茶店で顔合わせや。相手の年齢は四十。チリも儲けたなあ!」
 写真を置いて、姉は倉庫を出て行った
 姉が完全に出たのを見計らって、チリは相手の写真を見る。どこかくたびれた、生気の無い顔だった
 チリは立つ
「よっしゃ!」
 ガッツポーズを決めた
(このおっさんなら上手く懐柔できるかもしれん。最低でも昼ご飯くらいは食べれる。上手くいったらある程度の小遣いくれて、自由にさせてくれるかも。そしたら車の免許や他の資格も取れるかもしれん。)
 絶対にチャンスは逃さん。そう意気込んでチリは見合いに臨んだ

 良い服は持っていなかったので、いつものリクルートスーツだ
 言われた喫茶店に行くと、写真の通りの顔が窓際の席でどこかぼんやりとしながら佇んでいた
「失礼します。遅れてすみません。」
 チリが頭を下げながら座ると、相手も頭を下げた
「いえ。時間通りです。」
 チリは笑う
「チリ言います。今日はよろしくお願いします。」
「アオキです。」
 小さな声だ。しかし低音で、聞き触りの良い声だった
(ぐいぐい行ったら逆に引かれるか。)
「営業部の方と聞きました。大変なのに時間を見つけてくれてありがとうございます。」
「…言いやすい言葉でいいです。無理に敬語を使わなくても。」
 チリは目を開いてアオキを見た。アオキはコーヒーを啜っている
「あはは。おもろい人やねんな。」
「そうでしょうか。」
「アオキさんは敬語使ってるけどええの?」
「自分はこれが落ち着くので。」
 チリはにんまりと笑う。これは行けるかもしれない
「単刀直入に言うけど、今回のお見合いについては?」
 アオキはコーヒーから目を離してチリを見た
「チリさんはどう思われますか?」
 チリは遠慮なく言った
「個人的にはお願いしますと言いたいわ。」
「ではそうしましょう。」
 さらっと言われて逆に混乱した
(えっ?ええの?)
 チリの心を見透かしたようにアオキは言う
「上司から良い人を見つけろと言われるのも飽きてきたので。チリさんこそ、自分はもう若くありませんがいいですか?」
「うちも親から結婚せえ言われんの嫌やねん。アオキさんなら優しそうやしええよ。」
「では交渉成立と言う事で。」
「おん。よろしゅう。」
 呆気ないくらいに簡単に結婚が決まった

 結婚が決まったと父親に言えば頭を鷲掴みにされてフローリングに叩き付けられた
「今まで育ててくれてありがとうございました。も言えんのか。」
 チリは歯を食いしばった。そして血を吐くように言う
「今まで、育ててくれて、ありがとうございました。」
 本心からではない。ただ、言わないともっと酷い暴力が待っているから言うだけだ。それでも父の気を収めるには十分だったらしい
「まあええわ。とっとと出ていけ。今日中にな。」
(言われんでも出てってやるわ。)
 そしてチリは服と下着をポリ袋に入れ、それらと判子だけ持ち、家を出た
 と言っても携帯は持っていないしアオキの住所もまだ知らない。とりあえず明日から平日なのでそれまで公園かどこかで時間を潰そうと、駅まで歩いていたら、前からアオキが歩いてきた
「ああ、ちょうど迎えに行こうと思っていたんです。」
 ぽかんとしたチリの手を取ってアオキは歩き出す
「家に来てください。…額の傷の手当てもしたいので。」

「チリさんには申し訳ありませんが勝手にマンションを決めてしまいました。」
 と案内されたのは、会社から十駅ほど行って、そこから十分ほど歩いた所にあるマンションの三階だった
 3LDKだが一つ一つの部屋は広くない。それでも家賃はそこそこするだろう
「部屋の一つはチリさんが使ってください。」
 と言ってリビングに置いてあるソファーに座らせる。すぐに救急箱を持ってきてアルコールを染みこませたコットンをピンで持ち、チリの額に当てた
「いっづ!」
「少し血が滲んでいますね。」
 そして四角形の絆創膏を貼られた
「…ありがとうございます。」
 出たのは、本心からの感謝の言葉だった
「構いませんよ。…婚姻届はいつ提出しましょうか。チリさんのタイミングに合わせます。」
 チリは即答した
「今すぐで。」
 一応、と既に取ってあった婚姻届にサインと判を押し、たまたま休日開庁していた役場に行き提出をした
 家に帰るとまたしてもソファーに座らされ、テーブルに小型の箱が置かれた
「大したものではありませんが。」
 開けてみると、指輪が入っていた。プラチナの、シンプルな指輪
「…。」
 アオキは困ったように笑って頭をかく
「年甲斐もなく、焦ってしまいました。本当ならチリさんと一緒に買いに行くのが正解だと分かってはいたのですが。」
「いや、嬉しい。」
 誰かから物を貰ったのはいつ以来だろう。丁寧に左手の薬指にそれをはめて、まじまじと見た
「サイズはどうですか?」
「ぴったりや。どうやって調べたん?」
 くすくすと笑いながら聞くと、アオキも薄く笑った
「これでも営業ですので。」
「なんなん、それ。」
 しばらく二人で笑いあっていた
 その日の晩はアオキの作ったカレーだった。チリが全く家事が出来ないと言うと、作ってくれた
「家事は徐々に覚えていきましょうか。…そうですね。まずは洗濯から。」
「…すみません。」
「指導しますので大丈夫ですよ。」
 恥ずかしくて俯いたチリにアオキは出来立てのカレーを出す
(あったかいご飯や…。)
 今まで冷や飯しか食べた事の無いチリにとって新鮮だった
 スプーンを取って食べようとするチリの手をアオキは止める
「まずは、いただきます。から。」
「あ…。」
 二人で手を合わせる
「「いただきます。」」
 カレーは、とても美味しかった。温かいご飯とスパイシーな香辛料が合わさっていて、よく煮込んであるのか、牛肉が口に入った途端とろけた
「おいしい…。」
「それはなによりです。」
「……おいしい……。」
 ぽろぽろと涙が零れてきた。必死で拭うチリに
「ゆっくり食べていいですから。」
 とアオキは柔らかな声をかけた

 泣きじゃくりながらおかわりを何杯もして、お腹いっぱいになった所で風呂に促された
 お風呂は丁度いい湯加減で
(何やろ、ここが天国かな。)
 いやいやと首を振る。とりあえず資格を取るだけの資金を調達しなければ
 風呂から上がると、アオキが入っていった
 アオキが上がるのを待って、スウェット姿のアオキに問う
「えと、うちら夫婦やからセックスした方がええんかな。」
 アオキはしばし目を開いたあと、チリの頭を撫でた
「別に焦らなくてもいいかと。」
 そう言ってアオキは部屋に入って行った。チリも髪を乾かした後自分の部屋に入る
 南向きの窓から日がよく当たる、明るい部屋だと気づいたのは朝起きてからだった

 会社に出勤すれば二番目の姉が笑いながら近寄ってきた
「アンタもう結婚したん?あのオッサンも手ぇ出すん早いな。」
 チリは何も言わなかった。無視して倉庫へ行く
 ぐいと左腕を掴まれた
「めっちゃ安い指輪やん。ケチられたな。」
「…別にええやろ。」
 安いか高いかは問題ではない。ちゃんと贈ってくれた。それで十分だ
「まあええわ。式するん?」
「するわけないやろ。」
 式はするつもりはない。あんな家族に囲まれてウエディングドレスを着るなど考えただけでもぞっとする
「したら盛大にからかってやろう思ったのになあ。残念やわあ。」
 ケラケラと笑って二番目の姉は廊下に消えて行った

 昼休みに倉庫の扉が叩かれた
 家族…いや、元家族なら遠慮せずに入ってくる。不思議に思ってどうぞ。と声をかけると入ってきたのはアオキだった
「お弁当、忘れましたよ。」
 机の上に弁当を置かれる
「え?」
「外で食べますか?」
「いや、ここでええけど…。」
 シンプルな木製の弁当箱を開けると、出てきたのはかやくご飯、唐揚げ、オムレツ、茹でたブロッコリー、ウサギのようなりんごもある
「…食べてええの?」
「チリさんに食べてもらうために作りましたので。」
「…ありがとう。」
 かやくご飯を口に入れてみる
「アオキさんもしかして料理上手い?」
「食べるのが好きなんです。」
 そう言うアオキはたくさんのおにぎりを持ってきていた
「今週の土曜に出かけませんか?」
 食べながら聞かれて、頷く
「…?ええけど。」
「朝の十時くらいに家を出ようと思いますが。」
「うん。着替えとく。」

 その週の土曜、パーカーとジーンズに着替えてリビングに行くと、シャツにカーディガン、スラックスのアオキが待っていた。軽く朝食を取り、家を出る
「どこ行くん。」
「ショッピングモールです。」
「ふーん。買いたいもんあんの?」
「ええ。沢山。」
 ショッピングモールに着いてまず行ったのは鞄屋だった
 きょろきょろと眺めていると、店員に声をかけられる
「どのような商品をお探しでしょうか。」
「いやうちは…。」
 横からアオキが声を挟む
「チリさんは何がいいですか?」
「へっ?アオキさんのもんを探すんとちゃうの?」
 アオキは無表情で言った
「チリさんの物を買いに来たんですよ。鞄一つ持っていないじゃないですか。」
「えと…。」
 店内を見渡す。革製、布製、ナイロン製、色んな鞄と財布やポーチなどの小物も置いてある
「鞄と財布とキーケースを選んで下さい。この店が気に入らなかったら別の店に行きますし気軽に見て下さい。」
「言われても…。」
 色んな種類がありすぎて分からない。結局アオキと一緒に選ぶ事にした
 そうして、通勤用のナイロン製の黒のリュック、ベージュの革の財布、同じベージュのキーケースを選んだ
「…もしかしてチリちゃんのもん買いに来たん?」
 店を出て訪ねると、アオキは素直に頷いた
「そうですよ。」
「でも鞄と財布あれば十分やろ。」
 アオキは首を振った
「まだです。」
 次に連れてこられたのは携帯ショップだった
 絶句するチリにアオキはサンプルをまじまじと見る。しばらくしてチリに来いと目くばせしてきた
「このモデルの中で好きなカラーを選んでください。」
 値段を見て飛ぶかと思った
「じゅ、十五万…!」
 チリは慌てて首を振る
「あ、あっちの三万くらいのにしようや。別に電話するだけでええし。」
「あちらはバッテリーも短いですし、反応も良くない。」
「いやいやいや…。」
 しかし、押し切られた
 結局ホワイトを選んで店員の質問に答え終わって、設定が完了したら昼の一時をまわっていた
「昼食は何が食べたいですか?」
「…オムライス。」
 一度食べて見たかった物をあげたら、オムライス屋に連れて行ってくれた
 チキンライスを大きな卵でくるんだシンプルなオムライスを食べた後は、アパレルショップを連れ回された
 ヒィヒィ言いながら見て回ったら、なんとなく自分の趣味がボーイッシュというより男性が着ている服が好きだと気がついて、メンズブランドで女性でも着られる服とそれに合うブーツを選んで、試着した
 試着室にこれで髪を纏めて下さいと手を入れられて受け取ったのはプラスチックの髪留め。服を着た後にそれで後ろの髪を纏めて試着室を開けたら、何故か黄色い声がした
「…?」
「とてもよく似合ってますよ。」
「…?ありがとう。」
 ブーツを履いて他にも選んだ服をカウンターに持っていく。カウンターにいたのは男性だったが何故か女性に代わっていて、頬を赤らめた女性店員が会計をしてくれた
「…?アオキさん。」
「なんでしょう。」
「…今日結局いくら払ったん?」
「まだ行く所ありますよ。」
「まだあるん!?」
 次に連れていかれたのはホームセンターで、そこでチリの部屋のカーテンや布団カバーやシーツなどを選んだ
 最後に連れていかれたのは、家電量販店だった
「スマホはもう買ったやんな?」
「パソコンを買います。」
「アオキさんのやんな?そうやんな?」
「チリさんのに決まっているでしょう。ノートパソコンで申し訳ないですが。」
 チリは頭はくらくらした
 スマホより高いノートパソコンを買って、沢山の荷物を持ちながら家に帰る
 ふらふらになってダイニングで水を飲めば、す、と通帳二冊と判子とキャッシュカード二つが出された
「あ、今日のお金やな。ちゃんと払うわ。」
 と言ってもお金が無い事に気がついた
「あ、いや、後で絶対払うから!」
「いえ、このお金はあなたのです。」
「…?」
 通帳を見てみると、確かにチリの名義になっている。判子もチリのだ。キャッシュカードもだ
「なにこれ?」
「こちらの通帳はあなたの八年分の給与が入っています。結婚前のお金は個人資産であり特有財産なので好きに使ってください。こちらは結婚後に手に入れたお金を入れて下さい。ついでにあなたの給与もここに振り込まれます。キャッシュカードは番号を教えますので、後で銀行に行って好きな番号に変えて下さい。」
「…は?」
 自分に給与など無かったはずだが
「あなたが通帳を持っていない事に気がつき、経理に問い質しました。そうしたらあなたの一番上の兄が来て話をしまして、労基に反するのでは?と言いましたらこれをくれました。」
「えっ?えっ?」
「これからはちゃんと給与を振り込んでくれるそうですよ。」
 通帳の中身を見る。大きな桁が並んでいた
 チリの、八年分の給料
「――。」
 言葉が、出なかった

 資格を取らなければ。幸いなことにお金はある。とりあえず自動車運転免許と簿記と、外国語。一応一国は話せるが、まだ足りない
 調べてみれば夜でもやっている教習所があったのでそこに登録する
(簿記は一級を目指さな。)
 そうしてチリの昼は仕事、夜は資格習得の日々がはじまった。加えて家事もマスターしなければいけない
 仕事は定時で帰れる。アオキは営業で遅くなる事が多いから、その時間に教習所に通い、道すがらリスニングをする
 帰ってからアオキを待つ間洗濯物を片付け、アオキが帰ってきたら料理をする所を見て料理を学ぶ。アオキはまずは計量カップと計量スプーンの使い方を教えてくれた。料理本に書いてある適量がどのくらいなのかも。そして食事の手伝いをして出来た料理を食べて、お風呂に入って歯を磨き、髪の毛を乾かすと、部屋にこもり、教習所で習った事の復習と簿記の勉強をする
 簿記一級合格本と書かれた本を読んで、まずは専門用語を学ぶ事にした
 夜の一時くらいまで勉強をして、寝て、四時に起きて少し勉強してから洗濯機を回し、洗濯物を干す。その間アオキは朝食と弁当を作ってくれるので朝食を食べて慎重に食器を洗って、弁当を持って家を出る
 そんな日々を過ごしていたが、チリの顔色はどんどん悪くなっていった
「大丈夫ですか?」
 アオキに聞かれて慌てて首を振る
「大丈夫やけど?」
「顔色悪いですよ。」
「えっ、元気やで!」
 アオキはため息を吐いた
「今日の夕食は自分一人で作ります。」
「いや、大丈夫やから!ようやく昨日包丁握らせてくれたやん!やから…」
 ぐらっと地面が揺れた。くらくらと目が回る
 地面にぶつかろうとしたチリの体はその直前で支えられた
 
『痛い!やめて!髪の毛ひっぱらんといて!』
『別にええやろ。』
『なんでお兄ちゃんもお姉ちゃんも弟も妹もチリちゃんばっかりいじめんの!?』
『おとーさんが虐めてええって言ってたもん。チリはな、アイジンの子やから。うちの子やないけど、アイジンが死んだから仕方なく置いてやってるんやって。』
『うちの本当のお母さん死んでしまったん?』
『はぁ?きっしょ。一人前に泣くなや。』
『やめて!蹴らんといて!』

『なあ、チリちゃんってなんでいっつも臭いの?』
『え?チリちゃん臭い?』
『おい、○○ちゃん、このドロドロお化けに近寄んなや。』
『はーい。授業を始めます。その前に今日はチリちゃんが来たからチリちゃん係決めよか。』
『ぼくいやでーす。』
『あたしもいやー!』

『お前久しぶりに学校行かせのに虐められてきたんやってな。恥ずかしい。そんな子知らんわ。おい、誰かチリを地下室に閉じ込めとけ。』
『旦那様、今日は雪が降っていますが…。』
『大丈夫やろ。そんなんで死ぬ奴ちゃうわ。ほれ連れてけ。連れてかんと解雇するぞ。』

『寒い…。お腹へった…。』
『寒い…。誰か助けて…。』
『寒い…。』

「寒い…。」
 けれど、左手にぬくもりを感じる
「ぬくい…。」
「起きましたか?」
 左手の先を見ると、アオキが手を握っていた
「アオキさん…?」
 あれ?自分は何をしている?
 勉強をしなくては
 慌てて起き上がろうとしたところをアオキに肩を押されて止められた
「熱がありますよ。」
「そんなん平気や。」
「駄目です。」
 強く言われて押し黙る
「病人は寝ていなさい。今卵粥を持ってきますから。」
「たまごがゆ…。」
 どんな食べ物だろう。想像もつかない
 するりと離された手が惜しい。三十分ほどしてアオキは小さなテーブルと一人用の土鍋を持ってきた
 小さなテーブルをチリのベットの横に置くと、その上に土鍋を置く。蓋を開けた
「わぁ…。」
 黄色い、柔らかなご飯。小さく三つ葉が刻んである。アオキはそれを蓮華ですくい、ふぅふぅと冷ますとチリの口に運んできた
「どうぞ。」
 言われるがままに口を開く。熱くて柔らかいご飯が口の中に入ってきた。ゆっくり噛んで嚥下する
「おいしい…。」
 薄い塩の柔らかな味がとてもおいしかった
「二口目、いけますか?」
「うん。」
 そうしてチリは卵粥を全て食べきった
「では洗ってきます。」
「あ…。」
 行かないで欲しい。と思ったが止める言葉は出なかった
 しかし、十分もしたら帰ってきた
「本を読んでもいいですか?」
 そう言いながら、アオキは椅子に座る。文庫本を片手で開いた
「…いてくれんの?」
「そうですね。」
「…うつるよ。」
「そんな軟ではありません。こう見えて鍛えているので。」
 左手を握られた。チリは体を布団の中に潜らせる
 目を閉じた
 悪夢は、見なかった

 朝、起きると手は繋がれたまま、アオキは椅子に座って寝ていた
「…。」
 繋がれた手を見る。節くれだった、大きい男の人の手。握ってみると、少し硬かった
「…。」
 しばらく握っていると、アオキの瞼が動いた
「チリさん…?」
「おはよう。」
「おはようございます。熱を測りますね。」
 机の上にある体温計をチリの額に翳す
「36.4。平熱ですね。」
「もう動いてええん?」
「病み上がりなので今日は家でゆっくりしてください。」
「アオキさんは仕事?」
 アオキは薄く笑う
「今日は休日ですよ。」

 リビングにあるテーブルに教材を置いた
「教習所…は知ってましたが、簿記一級と外国語ですか。…頑張りすぎですね。」
 アオキは難しい顔をする。チリは頭を下げた
「教習所に行ってたんは知ってたんやね。すみません。迷惑をかけて。」
「これくらい構いません。しかし一気に詰め込みましたね。睡眠時間はどれくらいですか?」
(ええと、一時に寝て、四時に起きてたから…。)
「三時間?」
「短すぎです。」
「…すみません。」
「謝らなくてもいいです。これから直していけばいいんですから。」
 チリは首を傾げる
(どうやって直したらええんやろ…?)
「とりあえず今は運転免許取得のみに絞りましょうか。」
「え?でも…。」
「資格は逃げませんよ。大丈夫です。今は一つ一つ確実にこなしていった方が良い。それに、運転は下手をすると死亡事故に繋がりますから、集中して学ばないと。」
「…はい。」
「簿記はいきなり一級は難しすぎますね。」
「でも、そうやないと使いもんにならんて。」
「どこで知ったんですか?多くは二級で大丈夫です。」
「えっ、そうなん?」
 目標は高ければ高いほどいいと思っていた
「税理士でも目指すなら話は別ですが、会社で働く分には二級で十分です。…チリさんは企画部にいた事があるそうですが、総務部は無いそうなので実質初心者ですね。初級からはじめましょうか。」
「…はい。」
「外国語はその後に勉強しましょう。」
「でも…。」
 言い募ったチリにアオキは首を傾げる
「何かありますか?」
「…電車に乗ってる時とかリスニングした方がええかなって。時間が無駄やし。」
「好きな本を読んだり、音楽を聴いたり、動画を見たらどうですか?」
 チリは目を瞬かせた
「好きな、もの…。」
「本は文庫本が千円以下で買えますし、音楽は携帯に入れられます。音楽が聴ける専用の機器もあります。動画も携帯で見れますよ。」
 チリは携帯を机に置いた。電話とメール、カメラしか入っていない携帯
 アオキはそのままタップした
「ここで動画が見れます。音楽を聴けるのはここですが、一曲入れるにつきお金がかかります。お金の入れ方はまた後で教えますね。一応LINEもダウンロードしておきましょうか。簡単なメッセージならLINEで十分です。」
「メールとどう違うん?」
「通信料が安いです。それとこちらの方がやりやすい。自分のIDを送りますね。」
 チリは新しく入ってきたそれをタップした。アオキと書かれた友達の所におにぎりの画像があって思わず笑ってしまった
「ここを押したらネットに繋がるので、写真をダウンロードしたい時は好きな写真を長押ししてください。」
 チリは試しに動物で検索する。色んな動物が出てきて、その中でもウーパールーパーが可愛かったので写真をダウンロードしてLINEの待ち受けにした
「…今度、水族館に行きましょうか。」
「行く!」

 出来るだけ十二時までには寝て五時以降に起きる事と言われたので守ろうとしているが、なかなか寝られない
 この間の悪夢のせいだ
(また、あの時の事を夢に見てしまうんやろか…。)
 ごろごろと寝返りをうつ。携帯でドナンジャモTVを見ても、好きなライムのラップを聞いても気分は晴れない
 あんな悪夢はもう見たくない
(水飲みに行こ…。)
 台所で水を飲んで部屋に戻ろうとすると、アオキの部屋が目に入った
(手握られとったら見んかったんよな。)
 無意識にアオキの部屋の前まで足を運んでしまった
(起きとるやろうか…。)
 その時、ガチャと扉が開いた
「チリさん?」 
 突然の事にチリは目を泳がせる。部屋の中にあるアオキのベットが目に入った
「いや、あの、その…」
 アオキはいつものように薄く笑った
「…一緒に寝ましょうか。」
 チリは目を開く
「ええの?」
「自分の部屋では狭すぎるので、和室に行きましょう。」
「和室?あるの?」
「もう一つの部屋がそうです。四畳ほどで狭いですが。」
 アオキについていく。確かにもう一つの部屋は和室だった
「布団を持ってきて、ここで一緒に寝ましょうか。」
「うん。」
 そして、和室に布団を敷いて、手を繋いで寝た
 朝、起きると隣にアオキの寝顔があって笑う
(無精髭、生えとる。)
 その日から、和室が二人の寝室となり、手を繋いで寝るのが習慣になった

 一年後
 運転免許と簿記二級も取り終わり、チリは会社に辞表を提出した
「今までありがとうございました。」
 清々したとロビーまで歩いている最中、手を強く掴まれた
 すぐ下の弟だった
「チリさん、父さんが社長室まで来いって。」
「はぁ?うちはもう辞めたんや。行く義理なんて無いで。」
「来て下さい。」
 強く手を引かれて、たたらを踏む
「ちょっと!」
 無理矢理社長室まで連れていかれて、前を見れば、あからさまに高価だと分かる椅子に座った父がいた
「久しぶりやな。」
「なんですか?」
 父はにやっと笑う。嫌な笑みに冷汗をかいた
「辞表は受け付けへん。」
「はぁ!?こっちは辞めるって…」
 頭を押さえられた
「言い方考えて下さいよ。チリさん。」 
 チリは弟を睨みつける
「お前…!」
 その時、ビリビリと何かを破る音がした
 チリは固まった。出したはずの辞表が父の手によって破かれていた
「これで、お前はまだうちの社員や。」
「何考えて…」
 父は、くいっとチリの顎を持ち上げた
「明後日の役員会、お前も来い。」
「はぁ?」
「来んかったら、また地下室や。」
 ぞわっとした。忘れかけていた記憶が蘇ってきた

「チリさん?」
 夕食時、アオキに話しかけられて、チリは笑う。無理して笑っている自覚があった
「何?」
「…いえ。」
 アオキは目を伏せた

 思えばこの時、アオキの様子がおかしい事に気がつくべきだった

 役員会の日、顔をしかめて会議室に行けば、見たくもない顔が勢ぞろいしていた
 父、母、一番上の兄、二番目の兄、三番目の兄、すぐ下の弟、少し離れた弟、一番上の姉、二番目の姉、成人したばかりの妹、叔父、叔母
 皆一様にチリを見る。二番目の兄はにやにやと笑っていた
 あの笑みを浮かべながら、さんざんチリを苛め抜いたのだ
 チリがますます顔をしかめた時、父の声がした
「儂は今日を持って社長を辞任する。」
 やけにテンションの高い父親に眉を顰めた
(やから何やって言うねん。)
 だが、次の言葉を聞いて固まった
「次期社長は、チリや。」
 会議室の中が拍手に包まれた
 ぽかんと立ち尽くしたチリを見て、父は言う
「この会社を任せられるのはチリしかおらん。頼むで。」
 そう言って会議室を出ていく
 皆よろしくな。とか頼むで。とか言って出て行った
 残されたチリは、呆然と立っていた
(何なんや…。)
 呆然としたまま家に帰る。混乱していて、家の中がやけにすっきりしている事に気がつかなかった
(とりあえずアオキさんに言わんと…。)
 だが、夜の八時を過ぎても、帰ってこない
(営業かな?)
 何か作らんととダイニングに行って、テーブルの上に何かあるのに気がついた
 離婚届だった
 
 最初、それが意味する所が分からなかった。ふらふらと近づいてよく見ると、アオキのサインと判が押してあった
 メモが貼ってあり、そこには判を押したら置いておいてください。と確かにアオキの文字で書いてあった
 チリは、その場に崩れ落ちた

 どうやって一夜を過ごしたのか分からないが、次の日チリは出勤した
(とりあえず役員から見直さな。)
 だが、社長室に行けば行くほど人がいなくなる
(おかしい。秘書の一人や二人いてもええのに。)
 社長室に行く。机には大量の書類が置かれていた
 債務確認書だった
 目を見張った直後、社長室の電話が鳴った
「見たか、チリ。」
 父の声だった
「…。」
 言葉が出ない
「ようやった。ようやったな。儂。ようお前を育てた。」
 どくんどくんと心臓が鳴る。冷汗が止まらない
『なんでうちを家に置いとくん?役に立たんのやろ?』
『はぁ?そんなん足らん頭で考えや。』
「このためだけにお前を育てたんや。会社の負債をお前に押し付けるためだけにな。」
「ふさい…。」
「百億、ちゃんと返済してくれよ。」
 ツーツーツーと鳴った電話を、チリはしばらく握りしめていた

 よろよろと自宅に帰る
(せめて、アオキさんは巻き込みたくない。)
 ダイニングに置いたままだった離婚届にサインと判を押す。それを置いて家を出た。流石に自分で役場に持っていく気力は無かった
(百億…。どう返したらええんやろ…。)
 いつの間にか会社に戻っていた。二十五階のビル。エレベーターに乗って最上階のボタンを押す。そこから更に屋上へと続く階段を上っていた
 屋上に出て、柵の前まで行く。柵に肘をついて、下を見た
(ああ、そっか。)
 悟った
(うち、生きてる意味なんて無かったんや。)
 柵に足をかけようとして
 その時、携帯が鳴った
 無表情でそれを見る。知らない番号だ
「…もしもし。」
「もしもし。チリさんですか?」
 知らない女の声だ
「私、オモダカと言います。今よろしいでしょうか。」
 オモダカ…。聞いた事が無い。……いや、どこかで聞いた
 そうして告げられた会社の名前は、誰もが知る、この国で最大の会社の名前だった
「私そこの社長を務めております。」
「その、社長さんが、うちに何の用でしょうか。」
「つきましては、あなたの会社を買収したく思いまして。そうですね。五百億でいかがでしょう。」
 携帯を落とすかと思った
「ごひゃ…!」
「話をしませんか?」
 チリの選択は一つしかない
「行きます!今からそちらの会社に寄せていただきます!」
「いえ、提案をしたのはこちら側なので。こちらから赴くのが筋というものでしょう。」
 屋上の扉が開いた
 携帯を持った背の高い女が立っていた
「はじめまして。チリさん。私がオモダカです。」
「…。」
 風が吹いた。チリの緑色の髪とオモダカの黒髪が揺らいだ
「なんで…。」
 タイミングが、あまりにも、出来すぎる
 オモダカはただ笑うだけだ。チリは走りだした
「ちょっと、行く所があるんで、待ってて下さい!」
「ええ。社長室にお邪魔していますよ。」
 エレベーターに乗って一階まで行く。ロビーを出て、タクシーを捕まえた
「ちょっと、役場まで!」

 長い、計画だった
「まったく、何年営業をさせるつもりだったのか。」
 最初は、あの会社の悪事を暴くのが目的だったのだが、いつの間にか一人の女性を救うのがアオキ個人にとっての全てになっていた
「まあ良いでしょう。」
 アオキは笑った。安堵と、少しの寂しさが含まれる笑みだった
「これであなたは自由です。」
 ロビーに入り、戸籍担当課へと向かう
「これを。離婚届です。」
 担当者に緑色の紙を出した
 その腕を、掴む手があった

「待っ…で…。」
 チリはぜぇはぁと息を吐く。間に合った
「それ、出さんといて…。」
 その腕を掴んだまま、地面に座り込んだ。するりとアオキの手から離婚届が離れて舞った
「好き、なんです。アオキさんの事、好きで、だから離婚したくない…。」
 二十もいい所を超えた女が公共の場でみっともないと思う。けれど涙は止まらない
「好きなんです。好きなんです。」
 泣きじゃくりながら、アオキの腕を掴む。みっともなく、縋るように
「好きで、好きで、仕方ないんです。うちと離婚しやんといて。」
「チリさん。」
 びくっとチリの肩が震えた
 そのチリの手を掴んで、アオキは立たせた
「家に帰りましょうか。」

 家の玄関について扉を閉めた瞬間、チリはアオキを抱きしめた
「オモダカさんって女の人がうちの会社を買収してくれるって。」
「はい。」
「もしそうなったらうちは多額の負債を背負わんくて良い事になる。」
「…はい。」
「ずっとアオキさんとおりたい。…嫌?」
「おじさんですよ。」
「おじさんでもええ。アオキさんがいい。」
「自分は、何の取り柄も無い、ただの普通の男です。」
「チリちゃんにとっては最高の男や。」
「他にもあなたを大切にしてくれる男などいくらでもいます。」
「そんなんいらん。アオキさんだけおったらええ。」
 チリはアオキを抱きしめる腕をさらに強めた
「なあ、チリちゃんの事が嫌い?」
 アオキは笑った。諦めが混じった、ひどく優しい笑みだった
「負けました。」
 チリの背中に腕が回る
「好きな女性を泣かせるなんて、男が廃りますね。」
「ほんまや。責任取ってうんと幸せにしてや。その分チリちゃんもアオキさんの事めっちゃ幸せにするから。」
 二人でくすくすと笑っていると、アオキの携帯が鳴った
「アオキです。…はい。今行きます。」
 アオキは携帯をスーツのポケットにしまう。そこでチリは思い出した
「あ!」
 アオキはいつもの薄い笑みを浮かべた
「行きましょうか。」

 社長室にいるオモダカは置いてある債務確認書を見ていた
「ずいぶんと色々な所から借りていたんですね。」
「そうですね。」
 隣にいるアオキが普通にオモダカと話し出したのでチリは二度見した。オモダカは首を傾げる
「あれ?チリさんは知ったんじゃないですか?私とアオキの関係を。」
「いや、こんなに普通に話すとは思わんくて。」
「じゃあ話していないんですね。」
 チリはアオキを見る。アオキはため息をついた
「そこはおいおい。もうすぐやってきますよ。ボタンさんの罠にかかったはずですから。」
 その時、社長室の扉が開いた
「チリ!オモダカ氏がこの会社を五百億で買ってくれると言うのは本当か!?」
「チリ!はよ社長の座を返せや!」
「あんたなんか用済みやねん!」
 次々に言ってくる家族に、反論しようとしてオモダカに止められた
「はじめまして。オモダカと言います。」
 にこりとオモダカは笑う。父は慌てた
「オモダカ氏…!これはこれは…。来ていらっしゃったんですね。」
「はい。チリさんとお話をしに。チリさん、買収の話は受けてくれますか?」
 チリはオモダカに頷いた
「もちろんです。」
「では契約成立と言う事で。続いて我が社が御社に目を付けた理由ですが…長くなりますがよろしくて?」
 父は汗を拭きながら言った
「ええ、是非聞きたいものです。」
「とある少女がある日私を訪ねてきました。その少女は他国の子供だったのですが、その国のある会社の会長の孫娘でして。その伝手で単身私に会いに来たのです。その子供は言いました。数年前、泣いていた時に勇気づけてくれた女性がいたと。その女性が私の会社で働いていないかと。私は少女の会社が扱っている物を見て驚きました。御社が発売した物に含まれている元素を持つ物質だったのです。私はそれが発売された時やられたと酷く悔しがりましたのでよく覚えていたのです。その子供は言いました。勇気づけてくれた女性が発売に関わっていると。しかし調べてもその女性の名前がありません。不思議に思い、御社の噂をかき集め、どうやら優秀な社員を重宝するように見せかけてその手柄を掠め取っている輩がいるようだと結論に至りました。」
 家族の顔色が青くなっていく。オモダカは続けた
「そこで御社の実情を把握しようと我が社の社員を送り込みました。」
 チリはアオキを見る。アオキはいつもの笑みを浮かべていた
「しばらくして、大きな利益を上げているにも関わらず、国に報告された所得金額が少なすぎると報告が上がりまして。詳しく調べた所、使い込みがあるようだと。」
「でたらめだ!」
 父親…いや、元父親が叫ぶ
「そんな証拠がどこにある!?」
「幸いな事に送り込んだ社員の妻が書類等を集めておく倉庫で働いていたので、上手く探すことが出来ました。そこから証拠となる申請書等が見つかりました。既に警察には提出済みです。あなたがいつまで社長だったか、その時の役員は誰だったかも把握済みですので。」
 沢山の足音が聞こえる。扉が開いて制服の警官が駆け込んできた
「この会社の元社長とその役員達だな。横領の罪で話を聞きたい。」
 元家族たちは真っ青になった
 その元家族に言ってやった
「ありがとうな。」
「チリ、助けてくれるのか?」
「いや。うちにアオキさんを紹介してくれて、ありがとう。そこだけはほんま感謝しとるわ。」
 元家族はそこではじめてアオキの存在に気がついたようだった
「あ、アンタ!チリの…!」
 二番目の姉が甲高い声を上げる。オモダカは笑ってアオキの肩に手をついた
「奇跡でしたわ。まさかうちの社員にこんな強くて可愛らしい女性をつけてくれるなんて。」
「気に入りましたか。」
「気に入りました。」
 元姉は慌てて叫ぶ
「アンタ!ただのヒラの営業部員やないの!?」
 元父は冷や汗を流す
 まさか、世間体を気にしてあてがっただけの無能そうな男が
「彼は私の右腕で我が社の副社長をしております。」
 チリは瞠目する
「え?は?副社長?」
 アオキはあちらの方を向いた
「…まあ、そう言う事なんですよ。」
「自由に動く事ができるのがアオキだけだったので。」
 オモダカは笑う。元父が金切声を上げた
「チリ!助けてくれ!」
 チリはため息をついた。自分はこんな男に恐怖を感じていたのか
「良かったやん。昔うちをよう閉じ込めてた大好きな地下室とよく似たとこに入れんで。」
 それが合図だった。元家族は呆然としたまま警察に連れていかれた
 オモダカは笑う
「さて、この会社の新しい社長を決めなければ。人事も総入れ替えしないといけませんね。」

 会わせたい人物がいるとオモダカの会社に呼ばれた
 最上階の社長室に入ると、十代半ばの少女が駆け寄ってきた
「チリちゃん!」
 一度会っただけだが、すぐに分かった
「ポピーか!?」
「会いたかったですの!」
 二人は抱き合う
「ポピー!めっちゃ美人さんに成長して!」
「ポピーはもっともっと美人さんに、賢くなりますわよ!」
 思えば、ポピーとの出会いが全てだったのだ。彼女と出会わなければ、自分はどうなっていたか分からない
「ありがとうな!ポピー!」
「ふふ。チリちゃんくすぐったいですの。」
「ヴヴッ!ようやく再会した二人!小生がんどうじで…!」
「…誰?」
 部屋の隅で金髪の中年の男性が泣いている
「ハッサクおじちゃんですの。」
「ハッサク…?」
「我が社の相談役ですよ。」
 アオキが入ってきて説明した
「トップと、ハッサクさんと、自分がこの会社の方針を決めています。…最近はポピーさんも会議に参加するようになりましたが。」
「へぇ、すごいやん。ポピー。」
「ポピーはこの国で学ぶ事にしたのです。」
 ポピーは胸を張る。その頭を撫でてやった
 その時、扉が開いてオモダカが入ってきた
「ポピーと再会できたようですね。」
 チリは頭を下げる
「ありがとうございます。」
「構いませんよ。会いに行くと言って憚らないのを何とか宥めていたのは私ですから。…チリさんに聞きたい事があります。」
 チリは背筋を伸ばした
「なんでしょうか。」
「あなたをあの会社に戻すわけにはいきません。色々思う所があるとは思いますが。」
 チリは首を振った
「それはええです。」
 なんとなく、そうなると思っていた
「そこで質問を。…我が社の本社の入社試験を受けるつもりはありませんか?」
 チリはオモダカを見た。視界の隅でアオキが小さく笑うのが見えた
「受けます!」
 チリは思いっきり笑った

「ちょっと寂しいな。あのマンションを引き払うの。」
「自分には元々住んでいた家がありますから。」
 アオキやオモダカのいるチリが新しく働く事になった本社は前チリがいた会社とはかなりの距離がある。とても通う事が出来なかった
「でも楽しみやな。アオキさんの家。」
 アオキの運転する車は海沿いを走る
「海の近くなん?」
「そうです。会社からは離れていますが、静かな所が気に入りまして。」
「水族館が近くにあったりして。」
「ありますよ。」
「ほんま!?」
 やがて車は一軒の家の駐車場に入る。大きくもなく、小さくもない、二階建ての一軒家だった
 チリは入って見渡す。普通の家だ
「…和室、ある?」
「ありますよ。」
「そこ、寝室にできる?」
「できます。…それとこれは提案なんですが。」
 小首を傾げたチリにアオキは言った
「まずは結婚式からはじめませんか?」
 チリはくすぐったそうに笑った
「する。ポピーやオモダカさん達に祝福されたい。」
 アオキと目が合った。笑いあっていたら自然と顔を寄せていて、唇が重なった
 はじめてのキスは、ひどく甘かった

シンデレラはガラスの靴を履かない
いい加減モブを悪役にする癖を治したいんですが…
非常に書くのが難しかった作品です。アオチリ。pkmn世界ではない日本によく似た世界のパラレルです
UP主は個人企業に勤めた事はありますが作中に出てくるような大手企業に勤めた事はありません。すべてがファンタジーです
以下注意点
チリちゃんが虐待されている
自殺をほのめかす描写がある
稚拙な企業描写
悪役モブ
pkmnは一切出てこない
十代半ばのポピー
アオキさんなにやってんの
その他もろもろ

耐えられる方のみどうぞ
続きを読む
1511853,551
2023年3月20日 03:18
ぺタ
帰郷
12,325文字95
コメント
ゆずす
2023年5月5日

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