pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
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いつも、仕事を次の日に持ち越さないよう、残業をしてでも捌き切るアオキさんが、手元にある仕事を捨て置いて帰る準備をし始めた。
珍しくなんか観たいテレビでもあるんやろか、と無意識にジッと見つめると、近くにいたハッサクさんがうちの肩をポンポンと叩いて、咎めるように眉を下げて首を振った。
慌ててアオキさんから視線を逸らすと、ハッサクさんがアオキさんには聞こえないようにコソッと、『今日は数年前に亡くなった奥さんの命日で、お墓参りに行かれるんですよ』と教えてくれた。
アオキさんは相変わらず小さい声で、『お先に失礼します』と会釈して出て行った。
「……結婚、してたんや」
アオキさんが出て行った数十分後ハッサクさんも退勤し、動揺した気持ちのまま、帰らないとと己に言い聞かせて帰る準備をした。
リーグを出てからも、頭の中を占めるのはアオキさんのことだった。
奥さんとは死別し今は法律上は独身とはいえ、結婚した経験のある人。
ここまでぐるぐると思い悩んでしまう理由は、しばらく前から、アオキさんに片思いをしているからだ。
自分よりひとまわり以上歳上の、しかも結婚した経験があると判明した人。
「え、無理ちゃうんこれ…。
独り身なんやったらちょっとチャンスあるかなとか思ったけど、離婚とはまたちゃう死別って…」
胸がキシキシと痛む。
(いやだって、絶対そんなん、奥さんのこと忘れられへんに決まってるやん)
こんなことでは泣きはしない。
泣きはしないが、なんだか歩くのも嫌になって、リーグの門の前でへたり込んだ。
異変を感じ取ったのか、ドオーが心配そうな顔でボールから出てきた。
頭を優しく撫でてやると、ドオーの元々ゆるい顔がさらにゆるんだ。
「ああ、ごめんなぁ。心配してくれてるんやな。
チリちゃん、ちょっとへこたれてもうたわ。
………なんであの人なんやろなぁ」
「ドー…?」
ポケモン勝負に興味ないみたいな顔をしながらも、よく観察すると喜怒哀楽それぞれに表情が変わっていたり。
周りをよく見ていて、人の表情や顔色を正確に読み取ったり。
ポケモンたちの世話を焼いている時の、優しい目だったり。
「極め付けはなぁ、チリちゃんのことちゃんと女の子として扱ってくれるねん。
重いモン運んでたらなんも言わんと持ってくれたり、残業で遅なった時に夜道送ってくれたり…。
まぁこんなカッコしてるからやけど、王子サマみたいな扱いのことが多いねん。
でも、アオキさんはチリちゃんのこと王子サマやなくて、どっちか言うたらお姫サマみたいに扱ってくれる…。
それがやっぱ嬉しくて、気づいたら好きになってもうてた」
わざわざ歳上の望みのない人を好きにならなくても、今までの経験上、どんな人でも寄ってくるだろう。
「でも、チリちゃんはアオキさんがいいなぁ…。
……奥さん、どんな人やったんやろな。
ちょっとでも近づけたら、見てくれるようになるかなぁ」
帰る気になれず、ぼーっとしゃがんだままドオーを撫で続けた。
お腹も空いてたはずなのに、今はそれすらもどうでも良くなってしまった。
「……チリさん?」
顔を上げると、今現在頭の中を独占しているアオキさんが目の前にいた。
「え……?お墓参り、行ったんじゃ…?」
「…なぜそれを?
というか、チリさんこそこんな時間にこんな所で何をしてたんですか」
アオキさんの言葉にハッとして、慌てて立ち上がった。
ドオーも空気を察してか、そのままボールに戻った。
そうだ、お墓参りのこと。
「えっと、ハッサクさんが教えてくれて…。
うちがぼーっとアオキさんのこと見てたもんやから、それで教えてくれたんです。
すんません、いっちょかみして…」
「ああ、なるほど」
アオキさんの表情は変わらない。
怒ってるようには見えないが、元々ポーカーフェイスの人だから上手く読み取れず。
「墓参りは済みました。
ただ中に忘れ物をしてて、それを取りに」
怒ってるわけではないと分かり、ホッと胸を撫で下ろした。
そうだ、このままの流れで、奥さんのことを聞いてみるのもいいかもしれない。
今を逃したら、きっと聞く機会は二度と持てないだろうから。
「…奥さん、どんな人やったんですか?」
あくまで、世間話の体を装って。
アオキさんは表情を変えず、しばらく考え込むとようやく口を開いた。
「一言でいうと、元気な人でした」
「元気な人…」
「ええ。
私と正反対で、声が大きくてとても明るい性格で、笑顔の絶えない人でしたね」
心臓がキシリ、と音を立てた。
奥さんのことを話すアオキさんの表情が、まるで宝物を見つめるかのように優しかったからだ。
そんな表情を向けてもらえるのが、とてつもなく羨ましい。
自分で聞いたくせに、耳を塞いでしまいたくなった。
「……なんか好きなものとか、ありました?」
「そうですね……甘いものが好きでしたね。
よく出掛けてはクレープやらアイスやら買っていました」
ああ、違う。
甘いものはあまり好きではない。
これでは、奥さんに近づけやしない。
アオキさんと奥さんの記憶に触れれば触れるほど、心臓がキシキシと鳴った。
甘いものが好きで、少しふくよかで、背が低くて、よく笑って、明るくて、ひこうポケモンが好きで、料理が上手な女性。
違う、全然違う。
甘いものは苦手だし、体質のせいで細っこくて、背は高いし、よく笑うし明るいのは同じだけど、好きなポケモンはじめんタイプだし、料理は苦手だし。
なれやしないのだと、思い知らされる。
アオキさんが息を呑む音がして顔を上げると、あのポーカーフェイスのアオキさんが驚いた表情をしていた。
「え、なんかついてます…?変ですか…?」
「いや、だってチリさん…なんで泣いてるんですか」
言われて、ひた、と自分の頬に触れると、確かに涙で濡れていた。
泣いていることを自覚すると、さらにポロポロとこぼれ落ちてくる。
拭っても拭っても止められず、乱暴に袖で擦ろうとするとアオキさんに手を掴まれた。
「あんまり強く擦ると腫れてしまいます。
とりあえず、私も忘れ物を取りに行かないとなので、中に入りましょう」
手を掴まれたまま、リーグの方へ歩き出す。
奥の執務室に着くまで、お互いに無言。
ただただ触れた場所が熱くて、アオキさんに恋をしていることを嫌でも思い知らされてしまった。
執務室に着き、アオキさんは給湯室から保冷剤を持ってくると、自身のハンカチと一緒に差し出した。
「予備のハンカチで汚れてはいないので、良ければ使ってください。
あとこれ、冷やしてくださいね」
「……ありがとうございます」
その後もそれぞれ自分の席に座り、終始無言。
うちが鼻をすする音だけが無音の中に鳴り響いていた。
しばらくして涙も落ち着いてきた頃、それを察したアオキさんが保冷剤を片付けに席を立った。
「…なんで泣いたんか、聞かへんのですか」
「まぁ…気にならないと言えば嘘になりますが、女性の涙の訳を聞くほど無粋なことはありませんから」
ほら、こういうところ。
こういうところが狡くて、でも好きで。
「……うちは、なんで泣いたんかアオキさんに聞いて欲しい」
もういいか、と思った。
こんなに目の前で泣いておいて、フォローもしてもらって、アオキさんの心が奥さんのところにあるのだと分かってて、それでも尚、恋心を中で抱え続けるのは辛かった。
「…いいのですか?」
「うん、いい。アオキさんに知ってほしい」
「なんで、泣かれたのですか」
「…………アオキさんのことが、どうしても好きで。
でも今日、死別した奥さんがいてはるって知って、アオキさん自身もまだ奥さんのこと愛してはるんやなって分かったら苦しくて、それで…」
アオキさんの目が見開かれた。
そりゃ驚きもするだろう。
ひとまわり以上歳下の同僚に泣かれて、訳を聞いたら告白されて。
「…お、おじさんですよ」
「そんなん分かってますよ。
関係あらへんって思うくらい好きなんです」
「し、かも、こんなくたびれた」
「それもアオキさんの味やから」
「……あなたみたいに若くて綺麗な方が何故」
「…えっ、チリちゃん綺麗…!?
アオキさんから見て、綺麗!?」
「ええ、とても綺麗で可愛らしい方だと思います…けど、なんで私を」
「うそ…!めっちゃ嬉しい、それだけでものごっつ嬉しい…!」
さっきまでの悲しさや嫉妬まじりの嫌な感情が嘘みたいに晴れ、心臓がキュンと嬉しい悲鳴をあげた。
抱えきれない喜びに、自分自身を掻き抱くようにして耐えた。
鼻の奥がツンとして、今度は嬉しくて泣きそうになってくる。
「そ、そんなに喜ぶんですね…」
「当たり前やないですか、好きな人に褒められたんですよ!
そりゃ嬉しいに決まってるでしょ…!」
アオキさんはしばらく考えるように目を閉じ、やがて開くと、改まったように『チリさん』と呼んだ。
「私は年齢的にもあなたと比べるとかなり上で、職場の同僚で、死別した妻のことも…数年前のことなのでまだ完全に吹っ切れてはいません。
…なので、お付き合いしましょうとは、言えません。
ですが、妻のことも吹っ切れて、前を向こうと思ったその時、あなたみたいな方に側にいてほしいと思います。
……かなり自分勝手な発言ではありますが、まずはお友だちからで、来るその日を待っていてはくれませんか」
アオキさんが、眉を下げて手を差し伸べた。
言われた言葉の意味を何度も何度も頭の中でリフレインして、自分の都合のいい夢ではないかと疑う心を真実ではっ倒した。
おそるおそるアオキさんの手を握ると、確かな強さで握り返してくれた。
その体温と、ここにある事実に体の奥底の方から立ち昇ってくる歓喜に震えた。
「も、もちろん、いつまでも待ちます!」
引っ込んだはずの涙がまた溢れてくる。
アオキさんは仕方がないな、とでも言うように笑うと、手元のハンカチで優しく目元を拭ってくれた。
「私には勿体無いほど、素敵な方ですよ」
「あら〜?チリちゃん、なんだかご機嫌さんです?」
「え、分かる?そやねん、チリちゃんめちゃめちゃご機嫌さんやねん」
「ご機嫌さんなチリちゃん、とっても可愛いですの〜!」
「えー!嬉しいー!
ポピーちゃんもチリちゃんに負けへんくらい可愛いで〜!!」
次の日、始業前から湧き上がる喜びを抑えきれないうちを見たポピーちゃんが、ルンルンとした顔で話しかけてきた。
傍目にも分かってしまうほど上機嫌なのは、勿論アオキさんのあの言葉があったからで。
帰宅後、夢じゃないかと何度も右の頬をつねったせいか、今日は少し右側だけ腫れているような気がする。
「おはようございます」
「あ、おじちゃん、おはようございますですの!」
「おはようございます〜」
出勤したアオキさんに声をかけると、少しだけ微笑んで会釈をしてくれた。
今まではポーカーフェイスだったのに。
ずるい、ずるすぎる。
「ポピーちゃんどうしよ……チリちゃん、ハイパーウルトラ上機嫌やわ…!!」
「わー!ポピーもハイパーウルトラ上機嫌になりますの〜!」
そうだ、来たる日のために、料理も練習しておこう。
ハイパーウルトラ上機嫌チリちゃんは、大好きな人のためならなんだってできるのだ。
end.
オマケ
「本当に不思議なのですが、何故私を…?」
「え?そこ聞いちゃう?
………チリちゃんカッコいいから、今まで大概の人からはまるで王子サマか!みたいな扱いやったんやけど、王子サマって基本は脇役でしょ?
でも、アオキさんはずっと女の子として…どっちか言うたらお姫サマみたいに扱ってくれたから。
重いモン持ってくれたり、車道側歩いてくれたり、夜道送ってくれたり…。
チリちゃんのこと主人公にしてくれて、それがめっちゃ嬉しかったから、いつのまにか好きになってました」
「………」
「うはー!照れるぅー!
ほんま言わせんといてくださいよアオキさん!」
「当然のことですよ。
あなたはかっこよくて美しいから、王子様にもお姫様にもなれてしまいますね。
どちらでも、なりたい方になってしまえばいいんです」
「…………ずるぅ」
(それならアオキさんにお姫サマにしてもらおかな)
今度こそend.
アオキさんがモブと結婚してます(死別)
初アオチリ
アオキさんの口調が迷子!!