pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
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「あーくそ、終わらん」
チリは四天王執務室で一人悪態を吐いていた。外はもう日が沈んでいるというのに、リーグ内はまだ騒めいている。
昼間、リーグのシステムにトラブルが発生した。どうやらネットワークごとやられたらしく、リーグ本部内はてんやわんやだった。
トラブル発生時もチリは一人で四天王執務室にいた。最近面接が立て込み、報告が追い付いていなかったのだ。リーグ内システムにそれぞれの面接の様子や所感を入力していき、さあデータを登録しよう、というところでシステムが動かない事に気づいた。
このままではここまでの努力がパーになる。そんなの耐えられない。誰か助けを、と内線をかけようとし、内線も繋がらない事に気づいた。
あ、これシステムやなくてネットが死んどるんや。せめてPC本体にデータを落とせたら……あ、あかん固まった。嘘やろ今フリーズするか。ほんま無理。クラウドに自動保存されとったりせんかな。せんか。ネット死んどったらするわけないか。あー終わった。チリちゃんネットやらシステムやらの詳しい事はわからんのや。もう無理や。アオキさんにもトップにもあんだけ保存はこまめにしろ言われとったんに。あー、無理。
頭を抱えても天を仰いでも事態は変わらず。どうする事も出来ないのでとりあえず誰かに助けを求めようと執務室を出たのが運の尽き。そこは地獄絵図だった。
トラブルを発端に混乱が混乱を呼びミスがあちこちに多発し空気は最悪。とにかく人の手でやるしかないチリちゃん暇なら手伝って!とあちこちから声をかけられるままに復旧やら応急処置やらの手伝いをさせられる事となり、あまりの忙しさにチリは当初の目的を忘れた。どうにかネットワークが復旧した頃には、日が暮れつつあった。
良かった良かったと執務室に戻り自分のPCと対面し、チリは絶句した。何も良くない。
先ほど手を貸した借りを返してくれと、システム課の人を呼んで見てもらったが、保存分しかデータは戻ってこなかった。一つ一つ登録するのを面倒くさがって一括登録モードで大量に打ち込んでいたデータは、ネットの海の藻屑となった。
元々2時間ほどで完了する作業なのだ。そんな事はわかっている。だが人は一度やり終えたと思ったものをもう一度やれと言われると、滅茶苦茶に生産性が落ちるのだ。理屈は知らないがそうなのだ。やる気も集中力も途切れ、疲労はマックス。今日は諦めて帰るか。でも、そんな事をすれば明日の自分が追いつめられる。明日はまた面接の予定があるのだ。今以上に膨れ上がったデータを入力するなんて気が遠くなりそうだ。
ガチャ、と不意にドアの開く音がして、振り向く。誰が来たのかと思えば、アオキだった。
「お疲れ様です」
「……お疲れさんです」
いつも通りの覇気の無い小さな声に、今日はチリも覇気無く答える。アオキもこんな時間まで残っているという事は、きっとトラブルの煽りをくらっていたのだろう。
「アオキさんも、残業?」
「ええ。営業部の方もバタバタと騒がしく、仕事が進まなくて」
「そらお互いお疲れさんやな。チリちゃんも、日付変わるまでに帰れるかどうか」
「あ、自分は終わりました」
「は?」
「なかなか仕事が進まなくてこの時間まで残ってましたが、先ほど業務を終えました」
「え、煽り?」
「もうリーグ内チリさんぐらいしか残ってませんよ」
「嘘やんさっきまで人おる感じしとったで」
「時間感覚もバグってますね」
「待ってアオキさんは何しに来たん」
「明かりが点いていたので、チリさんを眺めに」
「は?まじで煽っとる?」
「さっさとそれ終わらせてください。自分も早く帰りたい」
「はあ~??てか眺めるてなんやねん。それやったらせめて手伝わんかい」
「日付が変わるまでにイベントやり切らないと限定チルタリスが手に入らないんですよ」
「仕事必死でやっとる人間の横でソシャゲか」
「なので暇じゃ無いので、そっちはそっちで頑張ってください」
「まじで意味わからんわ」
横でデスクに軽く腰掛け、アオキが本当にゲームを始めてしまった。本当に意味がわからない。腰掛けてるそのデスクはハッサクのものだろう。後で言いつけてやる。
とりあえず自分は今目の前の仕事に集中しよう。今度は一つずつ登録する。横にアオキがいると集中できる。他人の目があるというのは、どうも良いらしい。
「そこ、字が違います。入力フィールドもずれてます」
「ゲームやっとったんちゃうんかい」
「もうチルタリスゲットできたので。ほら、色違い」
「ほんまや可愛い。ってちゃうわ。ノリ突っ込みさせんなや」
アオキがちょっと笑った。珍しい。職場ではあまり見ない表情なのに。
「そろそろ、終わりそうですか」
「もうちょいやから、待っとって」
「はい」
忙しすぎて忘れていたが、そういえば今日はアオキの家に行くと言っていたな、と今更思い出した。意味わからんって思ってごめんな、と心の中で謝ると、タイミングよくアオキの手がチリの頭に乗った。そのまま撫でまわされて、ああ思考が読まれたな、と気づいた。この男には敵わない。
「別に怒ってませんよ」
「……知っとる」
「早く一緒に帰りましょう」
「……うん」
アオキさんの優しさはわかりにくい