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不束者ではありますが、 - ima🍇の小説 - pixiv
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5,327文字
不束者ではありますが、
Twitterで公開したものと、その続きです。文字が飛んでいたところなど細かいところを直したついでに、蛇足ではありますが公開済み部分の一年後を1000字ほど加筆しました。今更バレンタインデーの話です。

アオキにチョコレートを渡して告白したいのになかなか一歩を踏み出せず、昼休みの屋上で思い悩むチリの元に現れたのは。
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2023年2月18日 16:51

 バレンタインデーというイベントは昔から苦手だった。下手に人目を引くルックスのせいで、学生時代から当日はチョコレートを渡そうとする主に女子学生が、チリの教室に列を作る始末。何だかんだと冷やかされるのも面倒で、ある年からは一切受け取らないことを事前に公表しておくことになった。
 時は過ぎ四天王の一人に就任すると、面接官と先鋒を務めるチリの知名度は爆発的に上がった。当然、学生時代にはなんとか切り抜けられたバレンタインデーというイベントが再びチリを追い詰める。大量に送られる贈り物はリーグが窓口になってくれることにはなったが、自分の存在を知ってほしいと願う人間があらぬ方向に突っ走った結果は恐ろしいもので、体液なんかが付着したような、口にするのも憚られるような物体が混入されることがあるのには流石に憂鬱になってしまうのだ。
 さて、そのバレンタインデーが、今年はまた別の意味合いでチリを悩ませていた。昼休みのパルデアポケモンリーグ、その屋上のバトルコートに備え付けられたベンチに腰掛けたチリは、膝に乗せた白い紙袋を見つめ、腕を組み、うんうん唸っていた。
「うーん……やっぱやめとくべきかなぁ」
 今日はバレンタインデーなのだから当然と言うべきか、チリの膝の上の紙袋の中身はチョコレートが入った小箱だった。たった六粒のチョコレートが収まる白い箱には黒とシルバーのサテンリボンがかけられ、シンプルな落ち着きと共に高級感を感じさせてくれる。これはチリが受け取ったものではない。なんと、多くの人の心を掴んでやまないチリその人が、たった一人の男に贈ろうと準備した品なのである。
 世界中が羨んで仕方ないであろうその男こそ、チャンプルシティのジムリーダーにして四天王の三番手、アオキだ。
 四天王に組み入れられ初めて会った時から、チリにとってアオキは気になる存在だった。一見どこにでもいる普通のサラリーマン。それが、ポケモンバトルとなるとべらぼうに強い。上手い。四天王としてはひこうタイプの使い手、ジムリーダーとしてはノーマルタイプのエキスパートとして活躍できる器用さもある。ポケモントレーナーとしての類稀な才能に惹きつけられると、恋に落ちるのはあっという間だった。せっかくの長身を台無しにする猫背が、モンスターボールを構えるとしゃんと伸びる時。それと同時に同時に鋭い眼光が宿る瞳。食べることが好きで、人にご馳走するのも好きらしい面倒見のよさ。無口なのに、ふとした瞬間に挟み込んでくる冗談には、他の人が同じことを言った時よりも格段に笑ってしまう。アオキは、何もかもがチリの目と心を惹きつけてやまない男になっていった。
 チリは思ったことを素直に口にすることを厭わない性格だった。それは恋愛感情だって同じつもりだったから、自分から恋を始めた経験はないなりに、アオキへの好意も折りに触れて伝えていた。アオキさん、おもろいな。そういうとこ好き。もっと知りたい。
 それなのに、アオキの返事はつれなかった。そうでしょうか。ありがとうございます。知ってもそう面白いことはないですよ。そんな、どこか壁を感じる対応の数々。チリに一切の興味がないのか、一回りは離れた年齢故に小娘の戯言とあしらわれているのか。いずれにしても、アオキの感情は微動だにしていないようにしか見えず、チリもそれ以上を伝えることができずにいた。
 でも、今日はバレンタインデー。アオキへの好意が自分の中で明確になって初めての、だ。だからこのイベントに乗じて、アオキに恋人としての交際を申し込んでやろう、と意気込んで、テーブルシティの名店でチョコレートを調達してきた、ところまではよかったのだが。
(迷惑に、なりかねない……)
 そんな思いが出てきたのは、自身のバレンタインデーにまつわる経験のせいとしか言いようがない。好きでもない相手からの愛の告白や重いプレゼントには散々悩まされてきたチリだ。同じ思いをアオキにもさせかねないと考えると、どうしても一歩が踏み出せなかった。
 深くため息をつき、項垂れる。もうすぐ昼休みも終わってしまう。今日のアオキは午後からジム勤務と聞いている。チョコレートを渡すチャンスはどんどん減っていくというのに。
「どないしよ、参ったなぁ……」
 つい、泣き言が漏れた。その時だった。
「どうしたんですか」
「ギャッ!」
 誰もいないと思って気を抜いていたチリの頭上から降ってきた声は、他でもないアオキのものだった。文字通り飛び上がって驚いたチリの膝から、紙袋が滑り落ちる。
「あっ」
「おっと」
 地面に叩きつけられる既のところで、ぱしっ、と音がして、アオキの手が紙袋を引っ掴んだ。
「ひえ……」
「大丈夫、ギリギリでしたが落ちずに済みましたよ。どうぞ」
「そうやなくて……いや、ありがとうございます」
 アオキさんに渡すつもりやったもんやからそのまま持って行ってください、と言うわけにもいかず、チョコレート入りの紙袋はチリの手元に戻ってきた。
「何か困りごとでも?」
「えーっと……」
 まさか目の前にいる人にバレンタインデーのチョコレートを渡すべきか否かを悩んでいたとは言えず、チリは再び口籠る。歯切れの悪いチリを珍しく思ってか、アオキがほんのわずかに眉根を寄せた。
「……何かあれば遠慮なく言ってください。自分も、ハッサクさんも……トップも、いますし」
 最後の一人だけは気軽に頼るのは現実的ではないし、そもそもチリの悩みの解決は、ハッサクでもトップことオモダカでもなくアオキにかかっているのだが。
「あ、ありがとうございます……」
「では、自分はこれで失礼します。あまり長居すると冷えますので、チリさんもほどほどに」
そう言うと、アオキは踵を返す。確かにここはパルデア地方でも比較的標高が高い場所にあるリーグ本部ビルの屋上で、風もそこそこ強い。物思いに耽りたかったチリはともかく、こんなところにアオキは何をしにきたのかはわからないが、その背中がゆっくりと遠ざかっていく。
 昼休みが終わればアオキはチャンプルタウンへ行ってしまう。今日はきっともう会えない。今この瞬間が最後のチャンスだ。これを逃せばバレンタインデーが終わってしまう。アオキのことが好きだと自覚して初めてのバレンタインデーが。
「……アオキさんっ」
 呼び止めてしまった。アオキが立ち止まり、振り返る。
「……何か」
「あの、これ、アオキさんに渡そ思てたんです。受け取るかどうかは、アオキさんにお任せします」
 アオキによって墜落の危機から救い出された紙袋を差し出す。中身がチョコレートであるとは一言も言っていないが、多分アオキにもわかっているだろう。そして、そう。アオキには受け取るか否かを決める権利がある。拒否したっていいのだ、かつてチリが数多の人々に告げてきたように。
 言いたかったことの一割も言えないような、ぶっきらぼうな愛の告白。震える手で紙袋を差し出すチリに正対したアオキの表情はいつも通りで、何を考えているかは読み取れなかった。が、しかし。
「……本当に受け取ってもよろしいのでしょうか」
「えっ、あ、もちろんです、はい」
 受け取ってもらえるとはあまり思っておらず、素っ頓狂な声が出る。実は意味合いが伝わっていないのだろうか。
「では、喜んで頂戴……する前に、これは『そういう意味』と捉えていいのでしょうか」
「そ、『そういう意味』?」
「え、自惚れでしたかね……」
 明確に曇りゆくアオキの表情に、チリが慌てる。
「あの、えと、アオキさんのことが好きなんです! って、意味……です…………」
 言ってしまってから、チリの顔がボッと赤くなる。きっと今の頬の温度はバクーダの体温より高いに決まっている。
慌てふためいて、きっとみっともない表情をしているに違いないと思うチリの顔を見て、アオキがふっと微笑んだ。
「……よかった、心底安心しました」
 そう言って柔らかく緩む頬を目の当たりにして、チリの胸が小さく音を立てる。ああ、こんな表情するんや。ひとつ新しく、彼のことを知ることができた。
 それはさておき。
「え、アオキさん、意味を知った上でなんでこのチョコレートを受け取ってくれはるんです?」
 チリの脳裏に浮かんだのは、これまでのアオキのつれない言葉の数々だった。どう考えても、告白をすんなりと受け入れてもらえる空気はなかったはずなのに、アオキの答えは明確だった。
「それはもちろん、自分もチリさんのことが好きだから、ですね。それ以外にないでしょう」
 迷いのない態度に、今度はチリが困惑する番だった。
「ええ……だって、今まで何回もアオキさん好きって言ってきたけど、全然相手にしてくれへんかったやんか」
「いや、それは」
 心外だ、と言うようにアオキの目が軽く見開かれる。
「他の人もいる場所でいきなり言われても、「そういう意味』だとはなかなか思わないですよ」
「あ〜……」
 我が身を振り返ってみれば、確かに好きだと告げるタイミングはあまりにも唐突だった。かつてチリに思いを寄せてきた数多の人々でさえ多くは人気のない場所にチリを呼び出そうとしていたというのに。時と場所を選ばねば、どれだけ素直な思いを口にしたって伝わらないこともある。
「うっ……確かに、困らせてしまってたかも。ごめんなさい」
「いえ、正直悪い気はしていなかったので」
「そうなんや……」
 それにしてはポーカーフェイスだったと思うが、人目があるからと嬉しさを隠していたのかもしれないと思うと、途端に愛おしく感じられた。
「では、チリさん」
 アオキは黒いグローブを外すと、ずっと片手をチリに向けて差し出した。
「ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします」
 これでは交際の申込というよりも商談成立といった風情だ。徹頭徹尾色気のかけらもない告白だったけれども、これからきっと、紙袋の中のチョコレートよりも甘い関係になれると信じている。
「こちらこそ。至らないところが多々ありますが、よろしくお願いします」
 チリもグローブを外した手を差し出す。ぐっと強く握り合うと、寒風に冷えていた掌に、ほんのりとした温もりを感じた。


◇◇◇


「アオキさん、あの時なんで屋上にいてたん?」
 二人が恋人同士として付き合い始め、最初のバレンタインデー。アオキの家のソファに寄り添い合って座り、チリが見繕ってきたチョコレートを二人で摘んでいる時、チリが不意に尋ねた。
「あの時、というと」
 アオキの視線が少し宙を彷徨う。チョコレートにまつわる「あの時」というと、二人の歴史の中ではまだまだ限定的だ。
「去年のバレンタインデーの、昼ですか」
「そうそう。おかげでチリちゃん、アオキさんに好きって言えたからよかってんけど、そういえばアオキさんは何しにわざわざあんなとこまで来てたんかなって」
「ああ、それでしたら…………あなたの様子が気になったからです」
「ほう?」
 これは面白い話が聞けそう、と顔に書いたチリがアオキを見上げる。期待に輝く瞳にやや気圧されたアオキだったが、今更隠すことはないですね、と小さく呟いた。
「毎年、バレンタインデーというとチリさん結構大変な思いをしていたでしょう。あまり嬉しくないものが送られてきたりとか……。あの日も、紙袋を持ったチリさんが思い詰めた顔でビルの上階に上がっていくのを見た、と総務部の人が話しているのが耳に入ったので、またおかしなものを受け取ってしまって落ち込んでいるのではないかと、心配になって……」
「えーっ、嬉しいやん」
 頬に手を当てはにかんで見せるチリを横目に、アオキは続ける。
「……しかし、屋上で見つけたあなたに声をかけるのは少々憚られたんです。つい心配で来てしまったものの、自分が声をかけたところで力になれるのか、却って迷惑になりはしないかと」
「おん。二人して同時に似たようなこと考えてたんやわ。でも、声かけてくれた」
「はい。あからさまに項垂れたあなたを見て、そのまま放って帰るという選択肢がどうしても取れなかったからです。気づけばあなたのそばに立っていました」
「それがなぜかというと?」
「あなたのことが好きだという自分の心に従ったから、ですね」
「ふふふふふふふ」
 嬉しくて仕方がない、と言うように肩に頭を乗せてきたチリを、アオキはそっと片腕を回して抱き寄せた。
「めっちゃ両思いやったんや」
「そうですね」
「もっと早く好きって言っとけばよかったわ。言うチャンス何回逃し続けたことか」
「まあ、それは」
 アオキがチリの手を取り、甲に口付ける。
「これから先、いくらでも言えますから」
「うん。アオキさん、好きよ」
「……先手を取られましたね」
 アオキが両腕で包み込むように、チリの細い体を抱きしめる。
「今年も一緒にいてくれてありがとうございます、チリさん。好きです」
 唇が重なる。さっきまで食べていたチョコレートより、もっとずっと甘い味がした。

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