pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
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急にオモダカに呼び出されこれを見ろとデスクに広げられた雑誌に、一瞬ワケが分からず思考が停止した。
そうして数秒遅れて意味を理解し、終わった、と思った。
オモダカが組んだ指の向こうからこちらをじっと見ている。
自分は正面に立っていてオモダカはデスクに座っているのでこちらが見下ろしているのに、何故こうも威圧感を感じるのか。
「状況は理解しましたか?アオキ」
小さく頷いてからギ・ギ・ギ、と首を動かして、壁際に立つ彼女へ目をやった。
腕を組んだ体勢でスラリとした体を壁へ預け、何となくといった風にオモダカのデスクへ目線を向けている。その様子から、彼女もすでにこの記事を確認済みなのだと判断した。
「…記事が出るのはいつですか」
「明日です」
「金でどうにかなりますか」
恥も外聞もなくそう問うも、返事は無情なものだった。
「なりません」
「…圧力、では」
「無理です。というより、そんな事をしては逆効果です」
終わった。完全に終わった。
思わず天を仰いでしまう。
非凡サラリーマンの異名の元、営業にジムリーダーに四天王に、三足の草鞋を休み無しで働いてきた日々だった。
日々の癒しは自分のポケモンと触れ合う事、食べる事、そしてたまに酒を飲む事。
立場と歳を考えてセクハラやパワハラなど、ハラスメントには人一倍気を遣ってきた。
時に真面目すぎる、気にしすぎ、と揶揄されても、女性と二人になるような事は避けてきた。
なのにどうして、昨夜は彼女とサシで飲んでしまったのだろう。
誓ってやましい事は何も無かった。
彼女のオススメだという居酒屋で食事と酒を楽しみ、少し飲み過ぎたという彼女に肩を貸して彼女の自宅の玄関先まで送り届けた。ただそれだけだ。
なのに…。目の前の記事を飾る写真の数々に、目を背けたくなる言葉の羅列。
『リーグの某幹部、年下女性をお持ち帰り?』
『人気四天王が熱愛発覚!?お相手は同僚男性か』
『二人は食事を楽しんでいたが、やがて酔い潰れた様子の女性を空タクへ乗せて女性の自宅へ向かった』
終わった。何もかも。
今までの努力も人生も仕事も、とにかく何もかも終わった。
パルデアで熱烈的な人気を誇る彼女に自分のような中年親父が手を出したなんて記事が出回ったら、明日からもうパルデアのどこにも居場所は無いだろう。
きっと街の人には石を投げられ彼女のファンには泣かれ、いい歳の親父が恥ずかしいと指をさして笑われるんだ。
法的手段も取られるだろう。性的な接触は何も無かったが、きっと何かしらの罪に問われるのだ。
自分は前科者になるに違いない。
アオキ は めのまえ が まっくら に なった !
一瞬そんな言葉が頭に浮かび、意識が遠のきかけた。
「えっと〜、チリちゃんから一個提案があるんですけどぉ」
「っ…、チリさん、この度は誠に…」
あまりの事態に彼女も同席していた事が頭から抜けていた。
まずは彼女へ謝罪せねばと直立姿勢から腰を折ろうとしたのを片手で制して、彼女は首の後ろに手を回しながら続けた。
「とりあえず、これが出るのは確定なんやろ?じゃあもうそれはしょうがない。止められへんもんは止めへん。重要なんはその内容やろ?」
「といいますと?」
どこか面白そうに促すオモダカに、同じ様に面白げに笑って彼女は言う。
「明日、正式に声明を出しましょ。リーグとして記事に訂正したいって」
その案には無理があると静止をかけた。
「しかしチリさん、これだけハッキリと写真も撮られていて人違いや勘違いですでは通じないでしょう」
「ああ、ちゃうちゃう。そういう事やないよ。ようは、まるでウチらがよろしくない関係と思われるのが困るワケやろ?ハッキリ言うと…アオキさんがチリちゃんをわざと酔わせてお持ち帰りした、みたいな流れが一番困るワケや」
「その通りです。事実を証明出来ない以上、リーグとしてもアオキに何らかの処分を検討せざるを得ません」
「自分は…!」
「分かっています。ですが、それを理解出来るのはアオキに近しい者だけ。世間にとってはこの記事が事実となり得る事は十分予想出来るでしょう?」
「……はい」
「そこでや!ウチらが二人でおったのはもう誤魔化されへんのやから、関係性の方を誤魔化しましょ!」
「関係性を?」
「そうです。つまり…ウチらはただの同僚やない、秘密の恋人関係だったんですて発表する!」
「………それが、チリさんの考える打開策ですか?」
「そや!チリちゃんめっちゃ頭ええやろ!?」
「え〜〜、と…ですね…チリさんがチリさんなりに考えてくださったのは分かりますが…」
「トップ、完璧やろ?」
「完璧ですね」
「は!?」
「うわビックリした。アオキさんてそんなデカい声出せたんや」
「いやいや、何一つ解決してませんよ。何も誤魔化せてませんし。それじゃあ意味が無いでしょう」
「何故ですアオキ」
「なんであかんの?世間に対して、妙な記事が出ましたけどウチらは恋人なんです〜恋人と食事して送ってもらっただけで何もやましい事はありません〜て言ったらええだけの話やもんね?」
「その通りですね」
「いや、だから。自分とチリさんが恋人だなんて世間に誤解されてはまるで意味が無いでしょう。そこを否定しないと、あなたに対して申し訳がたたない」
「なんで?」
「は…?」
「なんでチリちゃんとアオキさんが恋人やったら問題なん?アオキさん、今はパートナーおらんて昨日言ってたやんか」
「自分の事はいいんです、あなたですよチリさん。自分みたいな男…おっさんと、あなたの様な人が恋人などと世間に誤解されてはあなたにとってマイナスでしかない」
「そんなんチリちゃんは気にせんよ」
「あなたが気にしなくても世間は…!」
「ええこと教えたろか、アオキさん」
「…なんですか」
「チリちゃんはな、ベッドを共にしたいと思えん様な男の前で酔ったりせん。信頼出来ん様な男に家の場所なんか教えん。それとな、ほんまに付き合ってええと思われへん様な男の為に、こんな提案はせん」
「な…にを…あなたは…」
「チリちゃんもなあ、いい加減疲れたんよ。これだけあからさまにアピールして誘ってんのに、全然気付いてくれへんし、やっと二人で飲めて家の前まで連れて来れたのに、玄関先であっさりはいサヨナラや。ごめんやけどこのチャンス逃したくないねん」
せやから、諦めて?
そう言ってこちらを見上げて笑う姿に、ようやくハメられた事に気付いた。
「あなた、最初からこれが狙いで俺を誘ったのか?」
「あは。やっと自分の言葉で喋ってくれる気になったん?」
「質問に答えて下さい」
「言うとくけど、チリちゃんが仕掛けたんちゃうで?ただ、パパラッチがおるんに気付いててアオキさんに言わんかっただけ」
「十分あなたのせいでもあるでしょう!」
「怒らんとって!チリちゃんの恋心に気付いてくれへんアオキさんが悪いねん!」
ふざけるな、と言い返そうとして、オモダカが静かに告げた。
「原因がどうあれ、起こっている事は変えられません。どうしますかアオキ。記事が出れば恐らくパルデア中から苦情と抗議が殺到するでしょう。それに対応する為に一体どれだけの人件費がかかるか…。リーグがどれだけあなたを庇っても、あなたに対する処罰を求める声も当然出るでしょう。しかし、チリが言うようにあなた達がパートナーであると発表すれば、この記事は熱愛発覚へと印象をすり替えられるのです」
決めるのはあなたです。
そう言われて、足元が崩れていく錯覚に陥った。自分が一体何をしたっていうんだ。
真面目に働いていただけなのに、どうしてこんな目にあわなければいけないのか。
額に掌をあて、ちょっと待ってくださいよ、と呟く。
自分にとって、彼女にとって、リーグにとって、最善なのは何か。
分かっていても、どうしても選べない。
「…そんなに、チリちゃんと恋人って思われんの、嫌…?」
「チリさん…」
「チリちゃんとしては、声明文出すだけで何かしようとか考えてへんし、アオキさんは今まで通りおってくれたらええねんけど…。別に、ほんまに恋人にしてくれとか、言わへんし…」
そう言って俯く姿に、彼女らしくないと思った。そんな姿は見たくない、と。
いや、自分のせいで傷付いたりしないでほしい。自分にそんな価値など無いのだ。
「分かりました」
「えっ…?」
「女性にここまで言わせては、覚悟を決めるしか無いでしょう。チリさんがこんな冴えない親父の恋人だと思われていいと仰るなら、自分も予想される罵詈雑言や恨みつらみも受け止めましょう」
「ほんま…?」
「はい。記者関係にはプライベートな事だからとあしらえばいいのですから」
「いいん?ほんまに!?」
「しばらくは何かと周囲が騒がしくなるかもしれませんが、バトル以外ではなるべく人前に出ないようにして世間の関心が薄れるのを待ちましょう」
「う〜ん。チリちゃんとしてはこの機会に色々進めていきたいねんけどなあ…」
「何か言いました?」
「ううん、とりあえずは形式上でもアオキさんの恋人になれるし、いいわ!」
何やら彼女がぶつぶつ呟く様子が気になるが、とりあえずは双方納得出来たし声明文を出したらしばらく大人しくしていよう。
そう決意して一人何度も頷いていると、それまで黙っていたオモダカがにこりと笑った。
「記者会見開きますよ」
「「は???」」
「あなた達、自分の立場を全然分かってませんね。四天王同士の熱愛発覚、しかも雑誌にすっぱ抜かれてる。記者会見して記事のマイナスイメージを全て否定して、順調かつ良好な関係であると世間にアピールなさい」
「ええんですか!?」
「ちょっと待ってください!そんな事出来るワケ無いでしょう!?」
「声明文など、記事に対する嘘の対策だとすぐ見抜かれます。カメラの前で仲睦まじい姿を存分に晒してパルデア中のファンを絶望のどん底に突き落としてあげなさい。それぐらいしなければ、意味がありません」
「写真も!?えっじゃあ腕とか組んでもええですか!?」
「そうですね、あまりベタベタしては熱狂的なファンが刺しに来るでしょうから、程々にしておきなさい」
「やっほーーーい!!!!!」
「やっほい、じゃ無いです!やりませんよ記者会見なんて!!!!」
普段は出さない大声で全力で拒否をしても、オモダカはいつもの様に笑うだけ。
「一度覚悟を決めた事を、舌の根も乾かぬうちに撤回するのは見苦しいですよアオキ。上司命令です、やりなさい」
「パ、パワハラ…じゃないですか…」
「私がパワハラなら、アオキはアルハラ?それにセクハラですか?」
撃沈。二の句が告げない。
最初から自分に選択肢なんてなかった。今この室内に自分の味方は居ない。
ふらふらと客用の椅子まで後退して、そのまま崩れ落ちた。
記者会見?記者会見だって?
自分と?”あの“チリさんが?
パルデア中に向けて交際を発表するだって????
「正気じゃない…」
思わず零れ落ちた言葉に、悪魔が二人ニヤリと笑った。
これ(パパラッチされるやつ)の違うパターンのやつです。
せっかくオチまで書いたのでもったいない精神であげます。