pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
「……あかん。限界や……。入らへん……」
節電のため必要最低限の灯りしかついていない、四天王専用の執務室。自席にて仕事を続けていたチリはうう、と呻き声をあげる。右手は文字を入力するためキーボードの上に乗せており、左手は口元に添えていた。口の中にはあと少しで飲み込めそうな、咀嚼したパンが詰まっている。身体は正直で、もう受け付けられないと喉をきゅっと締めてくる。しかし甘くドロドロになってしまったものを口に含み続けることが段々と辛くなり、チリは急いでペットボトルの蓋を開け、お茶で無理やり流し込んだ。
「はぁ……。しんどいわ……」
誰もいない部屋の中でポツリと言葉を漏らす。デスクの上には紙袋が置いてあり、中にはポフィンに似た小さなパンがあと2つ入っているのだった。それを見つめ、チリは大きなため息をつく。まだ2つも残っている……。残業中、お腹が空いて仕方ないという状況で、本来ならばそのパンはありがたい物であるはずだった。
しかしチリにとって、それは紙袋を見つめているだけでむかむかとしてくる、全く嬉しくない品物なのであった。なんであのとき話しかけてしまったのだろう。イラついた気持ちを落ち着かせようと、チリはまた1つため息をつきながら、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きむしった。
数ヶ月前、お昼休みに廊下を歩いていたチリは、嗅いだことのない香辛料の甘い香りに興味をそそられた。これは営業部から香っているようだ。執務室の中に入り、女性陣が集まっている輪の中に首を突っ込むと、彼女達は皆ポフィンの見た目をしたパンを頬張っていた。
「それ、今流行りの店のやろ?自分、よく買えたなぁ!」
数日前にドンナモンジャTVで発信されていたことを思い出しながらチリは話しかける。
「これ、さっき営業の帰りに男の子が買ってきてくれたんです……あ、あそこにいる彼です」
1人の女性が顔を向けた先にはあまり見たことのない若い男性が立っていた。職場の皆のために自腹で買ってくるなんて、随分と着前がいいなとチリは考えた。顔を眺めているとぱちっと彼と目が合った。すたすたとこちらに向かってきた彼の手には小袋が抱えられている。
「チリさん!こんにちは!」
「お、おう。こんにちは。……随分と元気がいいなぁ」
あまりの勢いに少し驚きつつ、営業部の人間らしい大きな挨拶にチリもきちんと挨拶を返す。
「チリさんも良かったらどうぞ。受け取っていただけませんか?」
彼は手にしていた紙袋をずい、と差し出してきた。
「いやあ、人気のお店だし、美味しそうだし、つい並んじゃいましたよ。1時間は待ったかな……。売り切れる前に買えて良かったです。チリさんにあげられるなんて嬉しいなぁ!」
周りの女性達もきゃいきゃいとはしゃぎながら、どうもありがとうと騒いでいる。今の時間がお昼休み中でよかった、少しうるさすぎるくらいだ……とチリは思いながら、そこで1つだけ引っかかることに気が付いた。
外回りの人間が少しサボりの時間を取るというのは珍しいことでもない。しかし皆のためとはいえ、仕事の合間に1時間も道草してたのか。
……周りの人が喜んでいる姿を見たかったのだろう、と厳しい言葉をチリは飲み込む。
「これ、いっぺん食べてみたかったんよ。おおきに。嬉しいわ。あとで3時のおやつに食べようかな……」
紙袋を受け取ると、意外と重量があった。1つしか入っていないのでは、と思いすぐに受け取ってしまったが、中には3つパンが入っていた。
「中にコクのあるクリームが入っているんです。甘い物好きな女子にはたまらないと思いますよ」
ニコニコと笑顔を向けてくる彼に、食べ切れる自信がないからと返そうとするも、せっかくだから残業中に食べてください、と断られる。チリはその好意を無碍にはできなかった。
「いきなり飛び込んできた人間がもらうのはなんだか悪い気もするけど……じゃあお言葉に甘えさせてもらうな。ホンマおおきに。周りで食べたい人がおったら一緒に食べるわ」
チリは彼のことをにっこりと見つめ、そして手を振りながらフロアから立ち去った。
ポピーがいたら紅茶を淹れて一緒に食べよう。トップは……食べるだろうか?そう思いながら四天王専用執務室の自席に戻るも、残念なことにその日はポピーもオモダカも不在であった。まぁ1人でも食べ切れるだろう。紙袋から1つ取り出して、パンをちぎってみる。中にはカスタードのようなクリームがぎっちりと詰め込まれており、どろりと机に溢れそうになる。お行儀が悪いが慌ててずず、とパンに口をつけて濃厚なクリームを吸い出す。甘い甘いそれは、今まで食べたことのない他の地方の味がした。空気も甘い香辛料の香りで満たされる。
「へえ……。めっちゃ美味しいやん。人気が出るのも分かるなぁ」
クリームが落ちないように慎重に口に運ぶ。1つ食べたところで結構な満足感を得られたため、残りは後で食べようと思い、チリは2つのパンを冷蔵庫に入れた。その日は悲しいことに残業が長引き、お腹が空いたチリはそのパンをありがたくいただいたのだった。
しかし、ここからチリの頭が痛くなる日々が始まった。
一度お礼をするために営業部に行った後、彼が定期的に話しかけてくるようになったのだ。しかも、片手には紙袋が常に抱えられていた。中身はいつも3つのパン。種類は豊富らしく毎回味は違うが、こってりとしたクリームであることには変わりない。
もうこの生活が始まってから2ヶ月は経過した。 1週間に1度のペースで手渡されるそれに、チリはすぐに飽きてしまった。初めは周りの人間に声をかけて配っていたのだが、最近は皆に遠慮されるようになってしまっていた。彼が好意を持って渡していることを察されているようだ。
更に、少し前から他の人が帰宅し始める定時を過ぎてから渡されるようになっていた。そのため更に他の人に渡し辛くなってしまっていた。
3ヶ月目に突入した日、チリはついに今までより強い口調で、きちんと断る決心をした。廊下でパンの袋を渡されかけたとき、チリは自分のポケットに手を突っ込み、絶対にもらうつもりはないという意思を見せつけるように話した。
「もう持ってこなくてええって。美味しい物をくれるのはホンマに嬉しいんよ。でも、こんなに持ってこられても、チリちゃんからは返せる物がないから心苦しいねん」
「僕が渡したくて渡してるだけなので、気にしないでください。チリさんって残業も多いでしょう?身体も細いし、甘い物でエネルギー補給してもらいたいんです」
心苦しいと言う言葉で遠回しに断るも、彼には全く通用しない。
「いや、実はもう結構飽きてきてて……。」
「毎回味が違うから大丈夫かなって思ってました。じゃあこのお店の他の物を持ってきますから!」
「しつこいなあ、もういらんって言うとるやろ!」
我慢の限界と感じ、チリはついにイラついた声で返事をした。しかし対して響いていないのか、彼はへらへらと笑いつつ、美人さんは怒っても綺麗ですね、と褒め言葉をかけながら、ぽおんと柔らかく紙袋を放ってきた。
「なっ……!ちょっと……!」
落とす訳にはいかない、とチリは慌てて自分のポケットから手を出し、袋を抱き止める。
「食べ物を粗末に扱うなって習わんかったん!?」
怒りながら前を向くと、彼はすでにいなかった。一瞬の間に廊下を走って立ち去っていったようだ。あまりにも失礼な態度に、思わずぽかんと思考を止めてしまったチリだけが廊下に取り残された。
彼に渡された物をもう食べたくはないが、食べ物に罪はない。くしゃくしゃによれてしまった紙袋を渋々持って帰るしかなかった。
もはや苦手から嫌いという感情に移行した男に粘着され、チリはかなり追い詰められていた。
残業しながら、もはや処理をする気持ちでパンを口にするも、身体が拒否反応を起こしてもはやお茶がないと飲み込むことができない。以前持ち帰って冷凍したときは、家の中にパンがあるという事実だけで気分が悪くなったことを思い出し、なんとか会社で残りの2つをどうにかするつもりでいた。
ぐしゃぐしゃにしてしまった髪の毛から一度ゴムを外し、縛り直す。そしてまた1つ唸るようなため息をついたところだった。
「お疲れ様です。……随分と大きなため息ですね」
後ろから突然聞こえてきた声に、ヒャッと肩を震わせる。びっくりしたまま振り返ると、部屋の入り口に無表情のアオキが立っていた。
「お、おつかれさんです……。いや、ため息聞かれとったの、恥ずかしいですわ……。
……アオキさんはなんか用事でもあったんです?わざわざこんな時間にこの部屋に来るなんてよっぽどのことやないですか?」
「そうですね。明日は四天王としての業務がなさそうなので、持ち出していた関連資料を戻しに来ました。他の仕事の資料に混ざってしまっては大事ですから……」
静かな靴音をたてながら部屋に入ってきたアオキを見ながら、チリはどうしようかと焦っていた。もう21時を過ぎており、誰もこの部屋に来ることはないと思っていたため気が緩んでいた。こんなぐだぐだした状況の自分をあまり他人に見られたくはなかった。その様子に気が付いていないアオキは自身のデスクまで歩き、ビジネスバッグを床に置く。
「……何か食べていたのですか?」
「え?」
アオキは、きつい首元を緩めるために軽くネクタイの結び目をゆすりながら話し続ける。
「だいぶ甘い匂いがしているので。お菓子でも食べていたのかと思ったのですが……」
目線をチリのデスクに向けたアオキは、紙袋の存在に気が付き、ああ、と声を漏らした。
「これ食べとりました。アオキさん、今流行りのお店のパン屋さん……知っとりますか?」
チリは中身が入っていることを証明するために、片手で袋を持ち上げる。ずっしりとしたパンによって、紙袋の底が抜けそうだ。
「できたばかりのあのお店ですか。……店の前を通りかかると大抵長蛇の列ができてますよね。随分並んだのでは?」
「ああ、貰い物です。……いや、ちゃいます。貢ぎ物です……」
「?」
どういう意味だろう、と疑問に思っているのがありありと分かる表情をしたアオキを見つめつつ、チリはこれまでの経緯を説明し始めた。
「ーーーーと言うことで、週に1度はチリちゃんのところにこのパンが貢がれるようになったワケです。ちゃんちゃん。
……正直もうキツくてキツくて……」
特に口を挟むことなく相槌をうってくれるアオキを前に、チリはどんどんと本音を曝け出していく。
「周りの女子たちも貰ってくれなくなって、こっちは困り果ててるんやけど……」
大袈裟に頭を抱えて下を向く仕草をしたチリに、アオキはポツリと呟く。
「近くにいるじゃないですか。適任者が」
「……ええ?」
「ですから、いるじゃないですか。よく食べる人間が、近くに」
すたすたとチリの机の前に移動してきたアオキは、いつも通りの口調で、何ということもないといった態度である。
「1つご提案です。……もし、チリさんが嫌でなければ、そちらのパンは自分がいただきますが……」
「え、いいんですか?」
「はい。とても人気のようですし、純粋に興味があります。それに……そんな顔しているチリさんが、無理をする必要はないと思います」
ほんの少しだけ、困り眉をしながら優しい顔をするアオキを見て、チリは胸が苦しくなった。
「アオキさん……ありがとうございます。助けてもらっても、ええですか?」
「はい。承知しました」
スーツを脱ぎ、グレーのワイシャツ姿になったアオキは、袖を汚さないように腕まくりをした。チリは紙袋の中からパンを取り出して、アオキに手渡す。
「あっ、これクリームがめっちゃ入ってるんで、普通に食べたら溢れるかもしれん……!お皿……はここにはないからな、デスクの上にティッシュ敷きます?」
アオキが席に戻って食べると思い、チリは自分のデスクの上のティッシュを掴もうとした。
「いえ、結構です。いただきます」
立ったままアオキは手元のパンに齧り付いた。中身が溢れてしまう、とチリは椅子から腰を浮かす。しかしアオキの鋭い視線がぶつかった瞬間、すとんと座り直すことになった。
アオキは大きく口を開けて、音も立てずにパンを頬張っていく。クリームがはみ出して指を伝ったり、床に落ちることもない。静まり返った部屋の中、丁寧にパンを食べるアオキのとても静かな咀嚼音だけが響いている。ごくん、と飲み込む時の喉の動き、その瞬間だけ震える空気の音を、チリはじいっと見つめ、聴いていた。
「……ご馳走様でした。美味しいですね、これ」
チリが30分かけてやっと食べていたパンを、アオキは2分ほどで食べ切った。
「だいぶ味わってしまったので、ゆっくりになってしまいました」
「あ、ありがとうございます……。初めて食べたときは美味しくて嬉しかったんやけど、毎週毎週はとても無理で……なはは、助かりました……」
美味しそうに、思い切りよく食べてくれている姿に思わず見惚れてしまっていたチリは、少しぼんやりとしたまま返答する。
「まだ残ってますよね。我慢しないでください。こういうのは、食べられる人が食べるべきです」
「……ホンマ、そのとおりですわ。もう1つ、お願いしても……?」
「……はい、ええですよ」
堅物なアオキさんがコガネ弁で返してくるなんて、意外すぎる。チリが驚いている間に、アオキはデスクの上の紙袋を自分の近くに引き寄せる。
「いくら甘いものが好きな人だったとしても、これを毎週はキツかったと思います。チリさん、そんなに甘党ではないですよね?」
「おん……そうです。甘いのは好きですけど、そんな極端なワケやないし……。どちらかというと酒のつまみみたいな物の方が好きやなぁ……」
ふふ、と笑みを浮かべたチリの顔を見て、アオキも少し表情を緩ませる。
「ではもう1つ遠慮なく。いただきます」
「どうぞどうぞ。よろしくお願いします」
アオキはまたかぷり、と大きな口を開けてパンに齧り付く。先程と同じく、クリームが暴れることはない。自分が食べるときは毎回べちゃべちゃにしてしまうから、周りに見苦しい姿を見られないようにこっそり食べていたというのに、この人はなんて美しく、美味しそうに食べるのだろう。
惚れ惚れするほどの食べっぷりで、あっという間にアオキの手からパンは消えていった。最後の一口を食べる瞬間、アオキの指先に力が入った。
「あ」
指先に少しだけクリームが残っている。チリが小さく声を出したことにより、アオキもそれに気が付き、困った顔をする。
「……ティッシュをいただけますか?」
「……あっ、ウェットティッシュ持っとるからちょっと待ってな……。
……アオキさんが今考えてること、よーく分かります。アオキさん……今目の前にはチリちゃんしかいませんよ」
「…………」
ソワソワしたアオキの気持ちが伝わってきて、なはは、とチリは笑う。
「ペロリといっちゃってください。」
大人の男性として、また年下の女性の前でそれをしていいかどうか散々迷っていた様子だったが、チリの言葉を受けて、アオキはちう、と音をたてながら自らの指を舐めた。
「……ウェットティッシュ、どうぞ」
「……ありがとうございます」
自分のデスクに戻って椅子に腰掛けたアオキは、水筒に入っているお茶を飲みながら、ふと疑問に思っていたことを投げかけた。
「そういえば、なぜ自分に声をかけなかったのですか?」
すぐに考えつきそうなのに、と言うアオキに、確かにとチリも考え込む。
「……あれ、そういやいつもお裾分けしてたのって女性だけやったかもしれないです。なんでやろ……」
身近な男性陣を頭の中で並べてみたが、渡した覚えがある人間が1人もいない。男性は甘い物を好まない、という偏見が自分の中にあったのだろうかとチリは不安に思う。
「単純に、男性から貰った物を男性に横流ししたくなかったんでしょうね。あなたは」
「どういうことですか?」
「無意識のうちに、渡すのは罪悪感の少ない同性かつ仲がいい方が良いと思ってしまっていたんですよ」
自分に置き換えて考えてください、と前置きをして、アオキは続けて話し続ける。
「チリさんが気になっている方にお菓子をあげたとします。その方が、職場で仲良くしている他の方とお菓子を食べている姿を想像してください。……どうですか?」
「……チリちゃん1度も好きな人にお菓子なんてあげたことないですけど……確かに自分の恋敵になりそうな人と食べていたら、ショックかもしらへんなぁ……」
「そういうことです。嫌いな男から貰った物だというのに、無意識のうちに男性に渡すことに負い目を感じていたんでしょう。チリさん、それは優しすぎますよ」
「なはは……優しすぎ、かぁ……。ホンマ無意識でした。アオキさんがいなかったら今日は最悪の気分で終わるところでしたわ」
すっとチリは立ち上がる。アオキがパンを食べ終わった時に、実はパソコンの電源を落としていたのだった。
「アオキさん、もう1個お願いしてもええですか?」
「……内容によっては承諾しかねますが……要件はなんでしょう?」
「この後呑みに行かへん?」
パン2つも食べてお腹ぱんぱんかもしれんけど……と、どんどん声が尻すぼみになっていくが、アオキは思いの外乗り気の様子だった。
「自分も同じことを考えていました。まずは口の中をサッパリさせたいですね……。色々聞いていたら自分もなんだかムカムカしてきました」
「お、なら今度はチリちゃんがアオキさんのお悩みを聞く番やな!宝食堂に行きましょ!」
チリの声は明らかにウキウキとしている。アオキはホッと胸を撫で下ろしつつ、呑みすぎないように気をつけましょう、と小さく答えた。
数日後のお昼。営業部の執務室に大量の荷物を抱えてチリは飛び込んだ。何事か、と誰もが遠巻きにチリを見つめる中、「パンの彼」は自分に用事があると考えたのか、嬉しそうに近付いてくる。しかし、彼が口を開く前に、チリは先手を打った。
「この前はどうもありがとさん。おかげで助かったわ!」
「先日のパンのことですよね?残業中の良いお供になりましたか?」
「そうそう、あれのおかげでな、
ーーーーーー気になってる人とかなり話が弾んだんよ」
「……え?」
ゲホゲホと斜め後ろの方向から咳き込む音が聞こえてきた。水か食べ物でも喉に詰まらせてしまっただろうか。悪いことをしているなぁと思いつつ、チリはそのまま会話を続ける。
「自分みたいなおじさんが、平日の日中に女子に囲まれて並ぶのは躊躇われていたから、ついに食べられて嬉しい〜ってだいぶ喜んでたわ。話が弾んだノリで、自然に呑みにも誘えたし……仲が進展したのは自分のおかげや!ホンマ感謝の気持ちしかあらへんよ……!」
「は!?はぁ!?」
後ろの男性はまた咳き込んでしまっている。ちょっと楽しくなってきたが、反対に明らかにテンションが下がっていく彼に、更に追い討ちをかけることを忘れない。
「でな、お礼に持ってきたから、これ全部食べてな?」
両腕に下げていた袋をどんどん空いているデスクの上に置いていく。そして中に入っていた大量の箱をテキパキと並べ出す。
「一応全部人気の店でお取り寄せしてん。お菓子の山や……多分数ヶ月は甘い物に困らへんはず!
金額はトントンになるよう見積もったし、わざわざ並んでもらった時間に関しては、時給換算して少し上乗せしとるから堪忍な!」
勢いの良さと、情報量の多さにもはや何も話せなくなった彼へのトドメはこれだった。
「悪いけど、チリちゃんも色々限界やねん。自分、押せ押せで攻めるのもええけど、静かに横から獲物を掻っ攫うテクも覚えた方がええで!ほな!」
言いたいことを全て吐き出し、そして反論する隙も与えず、チリは部屋から飛び出す。
自席に戻ったタイミングでスマホロトムがブルブルと震える。ピッと電話を繋ぐと、覇気のない小声が聞こえてくる。
『ちょっと意地悪すぎですよ。見るからに彼、落ち込んで午後は使い物になりそうもありません』
『優しすぎ、って言ったのはアオキさんやろ。あれくらいしないと伝わらないはずやし、無罪にしてほしいわ』
『……それに、自分は獲物を掻っ攫った覚えもありません』
『じゃあ、チリちゃんが勝手に掻っ攫われただけかもしれません。気にせんといてください。あ、でも近いうちにまた呑みに行きましょ!』
『…………はぁ…………。』
無言のまま、ピッと通信が切られる。
チリは予想どおりの反応だったなと思いつつ、スマホロトムで口元を隠す。そうでもしないと、このにやにやとした顔がバレてしまう。あんなに毎日重い気分で過ごしていたのに、今は晴れやかな気持ちでいっぱいだ。
甘い物はしばらく食べなくていいかな、それよりも彼とご飯に行きたい。
チリは笑いながら午後の業務の準備をするのだった。
アオチリ初投稿になります。付き合ってはいないけれど、かなり良い関係の2人です。好感度MAXに近いので、アオキさんが結構喋ります。