存命人物の不祥事を記述することがWikipediaのルールに抵触することと、その建前が特定人物ばかり有利になるよう運営されることは、それぞれ難しい問題ではある。
wikipediaの『園子温(山本孝之)』の記事、例の事件のことについて書くと、捨て垢がきて削除していくらしい、怖い - Togetter
そこでWikipediaが一映画監督のような個人の不祥事を列挙する場ではないという建前は他にも見られるが、河瀬氏の項目はあまり注目されていない。
河瀨直美 - Wikipedia
何度もさしもどされて現時点では不祥事を記述する方向で保護されている「園子温」と違って、「河瀨直美」には不祥事をうかがわせる記述がない。
変更履歴を見ると、暴行事件については2022年5月25日にAroma7777777氏が文春報道にもとづいて記述したところ、当日中にDaraku K.氏がいったん削除している。
「河瀨直美」の版間の差分 - Wikipedia
Daraku K.氏は複数ジャンルの編集を積極的におこなっていて、現在は問い合わせ対応ボランティアチームにも参加するような人物だ。あくまでルールにのっとった編集だろう。
利用者:Daraku K. - Wikipedia
すぐにAroma7777777氏が河瀬側の主張も記述して、両論併記するかたちに修正してからは、複数の編集者が参加しながらしばらく暴行の記述はのこされた。
たとえば2022年9月22日にKa1357氏が暴行の記述を移動させたりと、他の編集者も削除ではない修正をおこなっている場合がある。
「河瀨直美」の版間の差分 - Wikipedia
そして2023年10月22日にTonyzpizza氏が暴行の記述をすべて削除。これ以降は他の編集者は別の記述を修正や追記しているが、暴行の記述をもどしてはいない。
「河瀨直美」の版間の差分 - Wikipedia
少し興味深いのが、Tonyzpizza氏は暴行記述を削除した一回だけを例外として、「杉山央」という人物の項目の編集ばかりおこなっている。
Tonyzpizzaの投稿記録 - Wikipedia
ちなみに河瀨氏と杉山氏は、大阪万博において、同じシグネチャーパビリオン「いのちのあかし」のプロデューサーと計画統括をそれぞれ担当している。
【万博協会 いのちの輝きプロジェクト】8氏、多様なパビリオン提案 | 建設通信新聞Digital
▽いのちのあかし=①河瀬直美氏(映画監督)②いのちを守る③記憶の建築④計画統括・杉山央氏(森ビル)、展示・バーチャルコンテンツ・佐藤哲也氏(ソニーマーケティング)。
杉山氏の熱心なファンが、仕事で協力する人物の不祥事を消したのかもしれないし、そうでないかもしれない。
ちなみに「杉山央」の項目をたちあげたのはTonyzpizza氏ではなくBorder20180621氏で、こちらは「杉山央」および杉山氏が企画した「TOKYO NODE」の項目のみ編集している。
Border20180621の投稿記録 - Wikipedia
ルールで禁じられているので両氏とも本人ではないだろうが、あまりファンが多いともいいがたそうな人物を熱心に編集する編集者がふたりもいるのはふしぎではある。
また河瀨氏の不祥事といえば、同時期に東京五輪公式ドキュメンタリの取材報道でさまざまな問題が指摘されたこともある。
NHK、事実確認せず不適切字幕「金もらって」「五輪反対デモ参加」:朝日新聞デジタル
ヤラセを疑われる取材をしたのは第二班監督をまかされた島田角栄氏で、それを報道したNHKが証言内容ねじまげてしまった問題があるとしてBPOの審議対象にもなった。
五輪反対デモ歪曲テロップ問題のBPO報告が出ていたが、あくまで放送局を審議する組織なので、まだNHK側の問題しかわからない - 法華狼の日記
逆にいえば河瀨氏の直接的な不祥事とはいいがたく、「河瀨直美」の項目に記述されたことがないこと自体には違和感がない。
しかしドキュメンタリ『東京2020オリンピック SIDE:A/SIDE:B』の項目にも、不祥事について直接的に言及した記述はなく、論評の要約でにおわされているだけ。
東京2020オリンピック (映画) - Wikipedia
前田有一は「SIDE:A」を初日に品川で鑑賞し、「初日なのに観客は9人しかいなかった。敬遠された理由はいくつもの問題が発覚した上に、反感を買った事だと思う」「河瀬は作家性が強く、ただでさえ“独善”と批判されがち。万人受けとは真逆(記事原文ママ)の作風なので、こうなる可能性は十分予測できた」と論評している[18]。
Wikipediaを読むだけでは「いくつもの問題」が何を指しているかわからない。出典のゲンダイ記事を読むと、保守派の前田氏*1だが問題点を広く指摘している。
河瀬直美監督「東京2020オリンピック SIDE:A」歴史的“大コケ”の必然…欧米ウケを重視か?|日刊ゲンダイDIGITAL
「私が見た品川の映画館でも、初日の夜というのに観客はわずか9人でした。敬遠された理由としては、公式エンブレムの盗作疑惑や新国立競技場の建築費高騰をはじめ、問題を起こし続けた東京五輪自体への反感の強さがまずあるでしょう。さらに大会組織委員会の会長だった森喜朗や、開会式の音楽担当・小山田圭吾がハラスメントで辞任し、とどめに河瀬直美監督自身のパワハラ問題です。NHK・BS1スペシャル『河瀬直美が見つめた東京五輪』で、字幕を捏造したとされる問題も鎮火していません。また、河瀬監督は作家性が強く、ただでさえ“独り善がり”と批判されがち。万人受けとは真逆の作風なので、こうなる可能性は十分予測できました」
ドキュメンタリの取材時と取材現場の紹介に問題があったのではドキュメンタリの項目に記述しづらいかもしれないが、現時点ではWikipediaの各項目は単純に説明不足だと感じる。
いっそ映画の項目から前田氏の論評を消したほうが内容のまとまりが良くなりそうなくらいだ。
ちなみに「園子温」の注目されていない編集として、漫画家の永井豪氏とたがいに賞賛しているというものがある。性加害報道以前から存在していたが、2022年7月30日に説明もなく消された。
「園子温」の版間の差分 - Wikipedia
批判として2021年の宇野維正氏によるものだけが記述され、古くから作品を批判*2している柳下毅一郎氏の記述がないあたりも、良くも悪くも園自身の不祥事だけが抹消されているとはいいがたい。
報道当初に出典もなく津田大介氏との関係を記述するような編集がされたこともあった。むしろ園氏の問題を第三者に転嫁して攻撃に利用するような問題すらあるのではないだろうか。
不祥事の発覚と愉快犯によるWikipedia汚染 - 法華狼の日記
もちろんこれは園氏を追及してはならないという意味ではまったくない。事実を軽視してまで不祥事を攻撃の材料につかうようでは、きちんとした批判にはなりづらいということだ。
*1:記事全体を読むと、ドキュメンタリから分断批判を読みとり、それを「欧米ウケを意識」と論評している。
*2:『黒い殺意(人間蒸發)』 -日本名物をすべて盛りこんだ偽園子温映画。いつのまにパチられるほどのブランドになっていたのか (柳下毅一郎) -2,487文字- | 柳下毅一郎の皆殺し映画通信