発達障害のある子どもたちへの科学的知見に基づく支援方法とは?
2022年に文科省が実施した調査によると、全国の公立小中学校の通常学級において、発達障害の可能性がある子どもが8.8%いるという結果が公表された。様々な特性がある子どもたちを支援する方法を学び、実践し続けてきた小嶋悠紀氏に、その支援方法などについて話を伺った。
大学時代の経験と教師の道を経て
発達支援コンサルの会社を起業
小嶋 悠紀
株式会社RIDGE SPECIAL EDUCATION WORKS 代表取締役
信州大学教育学部卒業後、教職経験を経て、起業。特別支援学級担任・特別支援教育コーディネーターとして、発達理論・科学的知見に基づいた特別支援教育を15年以上に渡って実践、成果を上げる。保育士の技量向上研修に注力し、保育園での発達障害児の早期発見、園生活で改善・成長を実現。米国視察による世界最先端の特別支援教育・乳幼児発達支援のメソッドを取り入れ、日本初のセンサリーツール「ふみおくん」など、様々な教材・教具を開発。年間100本以上のセミナー・研修・講演会に登壇している。特別支援教育総合webマガジン「ささエる」編集長。主な著書に『発達障害・グレーゾーンの子がグーンと伸びた声かけ・接し方大全』(講談社)など。
── 発達障害のある子どもたちへの支援を始めたきっかけをお聞かせください。
小嶋 大学1年生の時、ボランティア活動でADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)など発達障害のある子どもたちに出会いました。その子どもたちは少々コミュニケーションが噛み合わなかったり動作が大きすぎたりしたものの、明るく好きなものもあり、特段大きな問題があるとは思えませんでした。
しかしボランティア活動を終えた後、そうした子どもたちが学校で不登校になったり、学校や家庭で荒れたりすることを聞いたのです。
保護者は「この子たちは学校で何のケアも受けられないまま虐げられている」と言うのです。その時、この矛盾に対峙し、問題解決に取り組むのが自分の役割ではないかと思ったのがきっかけとなりました。
── その後、教育現場で研鑽を重ねられてきたのですね。
小嶋 大学卒業後、教師の道に進み、特別支援学級を担当しました。目の前の子どもたちにとって、より良い支援の方法を研究し、実践を続けてきました。その後、保育園にも関わる機会があったのですが、保育士の支援能力を高め、幼少期に適切な対応をすると、子どもたちの成長に目覚ましい効果があり、小学校入学前の支援の重要性にも気づきました。
── 2023年4月に保育園・学校での 発達支援コンサル・研修事業を主な事業とした会社を起業されました。その背景をお聞かせください。
小嶋 公立の学校教員は数年ごとに異動があります。異動すれば、私の指導法はその学校から途絶えてしまうかもしれません。当時から、TOSS(Teachers' Organization of Skill Sharing)という教育研究団体に所属していて、発達障害に関するセミナーや講演会の講師をする機会はありましたが、自分が直接サポートできる子どもたちの数が限られることにジレンマを感じていました。
そこで、米国の先進的なメソッドや培った経験値を世の中に還元していこう、日本の子どもたちの幸福に貢献しようと思ったのです。
── 毎年、米国の教育現場を視察されていると伺っています。
小嶋 2016年に初めて米国に行ったのですが、そこで日本の遥かに先を行く行政の支援システムと、科学的知見に裏付けされた支援を目の当たりにし、大きな衝撃を受けました。日本で適切な支援を要する多くの子どもたちに先進的なメソッドを届け、日本社会へ問題提起していくことが、急務だと感じています。
発達障害か個性なのか
誤った対応が発達障害に繋がる
── 発達障害とはどのような特性があるのでしょうか。
小嶋 ADHDは、主に不注意・衝動性・多動という3つの特性があります。また、当面の作業に必要な一時的な情報を記憶したり、整理するための機能、いわゆるワーキングメモリー(作業記憶)が弱いという特性があります。ASDは想像力が弱く、対人関係に混乱したり、狭く偏った認知に特徴があります。
発達障害の医療現場では多因子モデルが使われています。その子が持つ発達凸凹に加えて、不適切な対応、不適切な就学、失敗体験、虐待などの因子がどのくらい積み重なっているかで判断されます。あるラインを超えると発達障害と診断されますが、超えなければ個性です。発達凸凹が少ない子でも、周囲の大人の対応が原因で発症するケースが多々あることは否定できません。
── 発達障害に関するそうした知見は、教育現場で周知されているのでしょうか。
小嶋 概念は浸透していますが、正しい支援方法の習得は進んでいないのが現状でしょう。多因子モデルへの理解も乏しいですし、誤った対応で発達凸凹の溝を深めてしまうことが頻発していると思います。
私が支援してきた事例でも、個別計画を立てる際にその子の過去について、ヒアリングをすると、ある年に担任教師から酷い扱いを受けたなどショックな出来事に遭遇していることが少なくありません。
文部科学省の調査※では、全国の公立校小中学校の通常学級に在籍している子どもたちのうち、8.8%が発達障害の可能性があるという調査結果が公表されています。しかし、実際には、もっと多いのではないかとも言われています。例えば、米国のある州の発達支援担当者は、全体の約23%と話していました。
※「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査(令和4年)」(文部科学省)
短く端的な言葉がけが重要
科学的知見に基づく最適な支援を
── 発達障害のある子どもたちには、どう接すれば良いのでしょうか。
小嶋 発達障害の特性のひとつに多動があります。日本では止めさせようとするのですが、米国では動きを抑制しない方法を採用しています。動きを求める脳のニーズを満たすことで、気持ちを落ち着かせたり、学習の集中力を高めるのです。
そのため、米国の教室には、さまざまな動く椅子を置いており、子ども達は好きな椅子に座り、途中で別の椅子に座ることもできます。
── 教材や教具の開発もされていますが、ご紹介いただけますか。
センサリーツール「ふみおくん」を使用する様子。多動のある子どもの感覚欲求を満たすことで、学習をサポートする
「学校ソーシャルスキルフラッシュカード」は、リズム感のある簡潔な言葉とイラストで、学校生活で大切な行動規範を楽しく学べる
小嶋 センサリーツールと呼ばれますが、その子の感覚欲求に応えることでさまざまな行動調整を行う感覚刺激教具を開発しています。
足の多動性を損なわない「ふみおくん」や、鉛筆をかじれる「かじれるくん」、書くことに苦手意識を持つ子のための「トレースくん」などを提供しています。こうしたフィジカル面のサポートは特に小学校では重要になります。
また、学校生活に必要なソーシャルスキル(社会生活技能)を、毎日短時間でトレーニングできる「学校ソーシャルスキルフラッシュカード」も効果的です。リズム感のある簡潔な言葉とイラストで、子どもたちは学校生活で大切な行動規範を楽しく覚えることができます。
── 科学的な知見に基づいた支援方法について教えてください。
小嶋 応用行動分析学などさまざまな知見が活用されていますが、教えてほめる、そして学習を成功させることが重要です。自尊感情、成功体験を増やすことが子どもたちの成長にとって鍵になるからです。そして、ポジティブな行動とネガティブな行動は同時には起こりません。適切な行動を増やせば、不適切な行動は自然と減っていきます。
また、ワーキングメモリが弱い子は、教師の言葉がけの最後のフレーズしか頭に残らないことがよくあります。このため、教師の指示は短く、端的に、具体的に伝えることが求められます。特に伝えたいフレーズは最後にもってくると良いでしょう。一方、時には周りの子にわからないような方法をとり、その子の自尊感情を損なわないための配慮も必要です。そういう時は、言葉でなく身体的な接触でそっと指導してあげることで、その子だけに伝えることもできます。こうしたベーシックな支援スキルは発達障害のあるなしにかかわらず、すべての教員が身につけるべきだと思います。
── 学習面で有効だった支援策があるそうですね。
小嶋 ADHDはワーキングメモリが弱いという特性がありますから、教えた傍から忘れてしまいます。私は計算のヒントが書かれたポスターを教室の壁に貼ったり、下敷きを活用して、長期記憶支援を行なってきました。これを数か月続けるとどの子も自力でできるようになるのです。
── 貴社の事業内容について教えてください。どういったプロセスで支援を進めるのですか。
小嶋 まずは教室や園で子どもたちを観察、行動を記録して、月に1、2回、カンファレンスを行います。問題の背景要因を洗い出し、支援方針を提案、経過観察とフィードバックを行っていきます。同時に保護者に向けたカンファレンスも行い、関係者全員に伴走していくのです。
こうした施策により、数か月で目覚ましい変化が起きてきます。期間は1年間が多いのですが、更新を希望されるケースも増えていますね。また、必要に応じて、新任の教員や保育士向けの研修も行っています。
また、弊社のメソッドは社会人にも有効です。発達障害の傾向を持つ社員に対応する管理職研修など、企業向けの研修も行なっています。
発達障害支援の向上と
子どもたちの未来を見据えて
── 日本の発達障害のある子どもへの支援は、どのような課題があるのでしょうか。
小嶋 米国視察で驚いたのは、公立学校の教室に専門家が5人位常勤していることです。発達障害と診断されるとその子1人のために予算が下りるからで、個々の特性に合わせた専門的な資格を持つスタッフが対応にあたります。近年、日本はインクルーシブ教育を推進していますが、ADHDとASDの子どもを一緒に指導するのは問題がありますし、医学的支援が必要な重度障害や二次障害のある子は個別支援が不可欠です。
こうした対応なしで、安易にインクルーシブ教育を導入すればかえって状況の悪化を招きかねません。
── 今後の展望をお聞かせください。
小嶋 発達障害のある子どもたちは不登校になりがちで、中間教室に行くことすら困難なのです。そうした子どもたちに向けたオンラインスクールの開講を目指しています。
また長期的には、その先にある就職支援も視野に入れています。福祉領域ではなく事業として手に職を持ってもらえるような新しい雇用の場を創ること。こうした健全な社会参加は、子どもたちの未来に欠かせないと思うからです。
── 最後にメッセージを。
小嶋 最近、弊社へ自治体からの相談や依頼も増えています。発達障害のある子どもたちへの支援と教育の質の向上、専門的な人材の確保は急務ですし、新任職員への研修も必須でしょう。教育委員会や自治体の方々には、この領域にもっと目を向け、改善のための予算確保と人的資本の拡充を強くお願いしたいと思っています。