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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第六章

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それぞれの戦場

 女子寮の窓。


 騒がしさに窓を覗こうとするミアだったが、すぐに声がかかった。


「ミア、退いていろ」


「え?」


 窓を開けて入ってくるのはフィンだった。


「き、騎士様!? こ、ここ、ここは女子寮ですよ!」


 顔を赤くするミアは、普段よりも油断した格好をしていた。


 部屋着をフィンに見られたくないために手で隠す。


 だが、フィンは慌てない。


「緊急事態だ。上空に燃えた飛行船がいる。おっと、それよりも早く着替えた方がいい。場合によってはここを出るぞ」


「え?」


 ミアは、学園を去るのかと思って俯いてしまった。


「帝国に帰るんですか?」


「最悪の場合は、な。だが、そうなる前にリオンが対処するだろうさ」


 フィンの側に浮かんでいた黒助が、一つ目を横に振る。


『相棒はあの鉄屑のマスターがお気に入りだな』


「そうか?」


『あぁ、そうだ。俺様よりも頼りにしていないか? なぁ、そうなら本当に泣くぞ』


「いや、泣くなよ」


 窓の外を見ているフィンは、ミアに背中を向けている。


 急いで着替えるミアは、いったい何が起きているのかと不安になるのだった。


(みんな大丈夫かな?)



 もう一人。


 女子寮に飛び込んできた男子がいた。


 ジェイクだ。


「アーレ!」


「殿下? ど、どうしてここに?」


 アーレの部屋着は隙がない。


 部屋の中でも女の子らしい姿をしており、ジェイクは頬を染めて視線をそらすのだった。


「王宮から呼び出しがかかった。お、お前にも来てもらうぞ」


「私も王宮に、ですか? でも――」


「いいから来い。そのままでもいいが、何か上着を用意した方がいいな」


「殿下、私は――」


 アーレが何かを言おうとすると、ジェイクを追いかけてきたオスカルが声をかけてくる。


「アーレさん、フィンリーさんを知りませんか? バルトファルト侯爵の妹さんです」


 顔を出してきたオスカルに、ジェイクが驚いた。


「オスカル、急に顔を出すな!」


「失礼しました。ですが殿下、自分も急用なのです」


「そ、それから、あまりアーレの私服を視るんじゃない!」


 アーレの私服は、女の子らしく適度に露出もしていた。


 それをジェイクは乳兄弟でも見せたくないようだ。


 だが、オスカルは興味を示さない。


「え? 興味ありませんよ。それより、フィンリーさんを知りませんか? 一年生の女子に聞いたのですが、女子寮に戻っていないそうです」


 門限は過ぎている。


 以前は門限などあってないようなものであり、管理する側も未だに門限を守らない女子が多くて困っている状況だ。


 アーレは首を横に振る。


「ごめんなさい。知らないわ」


「そうですか。外で遊んでいるだけならいいのですが」


 オスカルがフィンリーを心配していると、ジェイクが不満そうにするのだった。


「お前、本当に私の乳兄弟か? もっと敬ったらどうだ?」


「自分は常日頃から、ジェイク殿下を敬っていますが?」


「その態度で敬っているのか!?」


 ジェイクは「何で俺の乳兄弟は残念な奴なんだ」と落ち込むのだった。



「あははは! さぁ、やってしまいなさい!」


 場所は学生寮の前。


 武装した兵士を連れた女性が、両手を広げて大笑いしていた。


 周囲には、随分と大きな蜘蛛型のロボットたち。


 だが、女性の命令を聞いても、動こうとはしなかった。


 ――当然だ。


「あ、あら? どうしたの? さっさと命令に従いなさい!」


 困惑する女性を前にして、アンジェが額に手を当てていた。


「お前は自分たちが扱う兵器を確認しなかったのか? これが最新の鎧に見えるなら、もう少し勉強した方がいいな」


 リビアも少し申し訳なさそうにしていた。


「あまりにも堂々としているので、言い出せませんでした」


 申し訳なさそうにしている理由を、ノエルが女性に教える。


「この子たち、私たちの味方よ」


「――え?」


 女性が口を開けて驚きながら、周囲を見渡して冷静にロボットたちを見る。


 ロボットたちが咥え、脚で挟んで持っているのが、彼女の味方である最新鋭の鎧だ。


 外国製の鎧は、特徴が少ない外見をしている。


 出所を特定されたくなかったのだろうが、目の前の女性がすぐに暴露するとは思わなかった。


 クレアーレが女性の前に出る。


『ねぇ、どんな気持ち? 味方だと思って堂々と命令したら、敵だった時の気持ちってどんな気持ちなのかしら? 教えて欲しいわ』


 最新鋭の鎧が、手も足も出ずに負けたのを知り、女性は再びその場に崩れ落ちた。


 アンジェがクレアーレを掴む。


「リオンの真似をして煽るな」


『一度くらいやってみたかったの。マスターってば、いつもノリノリだもの』


 俺は不満そうに愚痴をこぼす。


「俺がいつも他人を煽っているみたいに言うな」


 クリスが目を見開き、驚きながら俺を見ている。


「バルトファルト、それは本気なのか? 冗談だよな?」


「俺はいつも人を煽っていないぞ。必要がある時だけだ」


「そ、そうか」


 学生たちが集まってくると、アンジェは兵士たちを捕らえさせるのだった。


「リオン、我々は王宮へ向かうぞ」


「――分かった」


 歩き出すと、アンジェが側に寄ってくる。


「少しは私たちを頼ってくれる気になったか?」


「俺をのけ者にしてルクシオンたちと準備したの? 寂しいじゃないか」


「馬鹿。そうじゃない。――もう、お前は一人で悩むな」


 広場に出ると、ルクシオンが乗り物を用意していた。


 そこには、フィンとミアちゃんの姿もあった。



 王宮は騒がしかった。


 特に、ローランドの部屋の前には、大勢の貴族たちが詰めかけている。


 俺たちが来ると、ギルバートさんが鋭い視線を向けてきたが、アンジェが俺の腕を掴んで無理矢理関わらせなかった。


「アンジェ?」


「今は何を言っても無駄だ」


 貴族たちが、俺やギルバートさんの様子をうかがっていると、ユリウスがローランドの寝室から出て来た。


「バルトファルト! ――侯爵。陛下がお呼びだ」


「俺を?」


 アンジェを見れば、頷いたので二人でローランドの部屋に入る。


 そこには、ミレーヌさんやエリカ――ジェイクの姿もあるのだが、どうしてアーレもいるのだろうか?


 神殿の偉い人が、治療魔法を使用している。


 宮廷医がローランドの様子を見ながら、冷や汗をかいていた。


 部屋の隅には、目を閉じている師匠もいた。


 ――え、師匠ってもしかして、俺が思っているより凄い人なのだろうか?


 ミレーヌさんが、俺を一瞥(いちべつ)するがすぐにローランドに視線を戻して声をかける。


「陛下、しっかりしてください! 陛下! エリカ、貴女も声をかけて」


 ミレーヌさんに呼ばれ、エリカもローランドに声をかけていた。


「父上」


「――エリカか」


 目を開けたローランドの顔色は悪かった。


 ユリウスが、俺とアンジェをローランドのベッドの近くに案内する。


「バルトファルト、父上がお前にも話を聞いて欲しいそうだ」


「俺にも?」


 最期に嫌みでも言うつもりか? そんな不安なことを考えていると、ローランドが俺たちを見て口を動かす。


「来たか」


 アンジェは、俺とユリウスから少し離れて見守っていた。


 ユリウスがローランドに声をかける。


「しっかりしてください、父上!」


「ユリウス、分かっているはずだ。今の私では、この危機を乗り越えることは出来ない。――っ!」


 苦しそうにするローランドが、手を握ってくる。


「後は頼む」


「父上! お任せください。必ず――この危機を乗り越えて見せます」


 ユリウスが叫ぶが、俺はその前に一言だけ言いたかった。


「おい、握る手を間違えているぞ」


 小声で伝えてやったのだが、ローランドは気にした様子がない。


 意識が朦朧としており、間違えたのかと思ったが――そうではなかった。


「バルトファルト侯爵。後は頼む」


「おい! しっかりしろよ、陛下! ユリウスを助ければいいんだよな? そうだよな! そういう意味だよな!?」


 言葉足らずでは誤解を招く。


 ローランドに確認を取るのだが、小さく笑っていた。


「ここにいる者たちが証人となって欲しい。私の勅命――だ。バルトファルト侯爵を陞爵させる。全ての指揮権をバルトファルト“公爵”に委ねる。バルトファルト公爵、この危機を乗り切ってくれ。ユリウス、公爵の補佐を頼む」


「はい、父上!」


「もう、これで――大丈夫」


「父上ぇぇぇ!」


「ちょっと待てぇぇぇ! って、お前、実は余裕があるんじゃないか!?」


 ガッチリと俺の手を掴んだローランドは、意識を失う直前に俺を見て笑った気がした。


 周囲を見ると、俺に視線が集まっていた。


 ミレーヌさんが俺を見る目は、とても冷たかった。


 あれ? もしかして、かなり怒っていらっしゃる?


「陛下のお言葉です。バルトファルト公爵に指揮権を委ねましょう」


 エリカがローランドの手を握っていた。


 涙を流している。


 ジェイク殿下は、アーレに慰められているようだが――あいつちょっと嬉しそうにしてない!?


 いいのか? お前の親父が危篤なんだけど!


「ミレーヌさ――王妃様、ちょっと待ってください。俺に指揮権を委ねるっていったいどういうことですか!」


 ミレーヌさんが周囲へと指示を出していた。


「それが陛下の望みです。では、後は頼みましたよ。皆、今の言葉を集まった者たちに伝えなさい。この危機を、我々はバルトファルト公爵の指揮の下に乗り切ります」


 皆が慌ただしく動き出す中、ミレーヌさんがアンジェに近付いてきた。


「アンジェリカ、貴女たちが選んだ道です。やり遂げて見せなさい」


 アンジェがミレーヌさんの前に、堂々と立っていた。


「はい」


 ミレーヌさんが部屋を出ていくと、部屋の隅に控えていた師匠が声をかけてくる。


「ミスタリオン」


「は、はい!」


「この危機に私が出来ることは少ない。ですが、ミスタリオンの指揮下に入り、最善を尽くしましょう。ミスタリオンなら、この危機を乗り越えられると信じていますよ」


「師匠」


「ミスタリオンなら出来る。陛下もそう判断されたのでしょう」


 ――正直、それがとても怪しく感じているけどね。


 あいつが俺を信じる? あり得ない。断言できる。


 何か裏がありそうだが、素直に俺に押しつけた方がうまくいくと思ったのだろうか?


 だが、苦しんでいるあいつを問いただすことは、状況的にも心情的にも無理だ。


 俺もそこまで鬼にはなれない。


 考え込んでいると、アンジェが俺に声をかけてきた。


「リオン、お前は指揮を執れ。絶対に前線に出るなよ」


「え、いや、でも――」


 アンジェが俺を心配する気持ちも理解できる。


 だが、こういう時に前に出ないと――。


「バルトファルト、もうお前には実績がある。心配せずとも、お前が指揮を執るなら兵士たちは安心する。どうしても前線に出たいなら、俺たちが代わりに出る」


 いいことを言っている風だが、絶対に認められない。


 俺が言うよりも早く、アンジェがユリウスに言うのだ。


「殿下も前線には出しませんよ」


「え?」


「当たり前じゃないですか」


「い、いや、しかし!」


 そんなユリウスを見て、俺たちの会話に割り込んでくるのはジェイク殿下だった。


「兄上は王宮で怯えていればいいのです。ここは私が前に出ましょう。バルトファルト公爵、私に兵を預けろ。戦果を上げてやる」


 いや~、ないわ。


 実績のないジェイクに兵士は預けられない。


「お前も王宮で待機な」


「何故だ!?」


 後ろにいるアーレをチラチラと気にしており、きっと出来る男として見られたい見栄だろう。


 こいつ、本当にどうしてこんなに使えないのだろうか?


 攻略対象にもなれず、実戦ではどこに配置も出来ない。


「アンジェ、ジルクたちを呼んで欲しい」


「そうだな。たまには働いてもらうとしよう」


 そう。


 たまには頑張ってもらおう。


 ユリウスがジェイクと一緒にいじけていた「仮面を付ければいけるのに」「仮面か……ありだな」とか言っている。


 こいつら駄目すぎ!


 気が付くと、エリカが俺を見ていた。


「心配するな。俺はこの手のことになれているからな」


「――私もお手伝いします」


「エリカ?」



 貴族たちの集まる会議室。


 ローランドの勅命に苛立っている者も多かった。


 立派な髭を蓄えた、筋骨隆々の貴族が腕を組んで不満そうにしている。


 痩せた貴族が、それをなだめていた。


「あの若造の指揮下に入れというのか!」


「実績もある。何が不満だ?」


「何もかもが不満だ! 大体、私の年齢の半分以下の小僧だぞ!」


 その場に集まった貴族たちを見ているドミニクは、髭を撫でつつ考えていた。


(さて、どうしたものかな。レッドグレイブ家には恩もあるが、命令ならばバルトファルト公爵の下についても問題ない。彼の手腕を見るにはいい機会なのだがね)


 ドミニクが、リオンのファンと公言したのは嘘ではない。


 リオンは冒険者としても成功し、国の英雄になった男だ。


 年下ではあるが、尊敬しているのは事実だ。


 ただし、貴族として――領主としては、厳しい判断をする必要もある。


(レッドグレイブ家とやり合うなら、相応の力を示してもらわないと私も覚悟を決められない。さて、どうするのか見せてもらおうか、若き英雄殿)


 すると、会議の場にリオンが入ってくる。


 ただ、その後ろにはエリカの姿もあった。


 騒いでいた貴族の一人が、慌てて口を閉じる。


「エリカ様だ」


「婚約を破棄したのではないのか?」


「まさか、これを機会にまた婚約を?」


 騒がしくなると、リオンよりも先にエリカが貴族たちに挨拶をする。


「皆さんにお願いがあります。どうか、バルトファルト公爵にお力をお貸しください」


 ざわつく会議室。


 エリカが貴族たちに呼びかける。


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