ボスの強力な攻撃を受けてパーティは全滅寸前……HPを回復しながら、時に蘇生しながら、パーティを立て直しつつボスのHPを削っていく。RPGをプレイするうえで幾度となく見た光景である。
しかし、もしその「回復」がそもそもゲーム内になかったらどうなるだろうか? あまりに当たり前に存在するゆえ、回復が存在しないRPGでのバトルを想像できない方も少なくないだろう。
そんなRPGの当たり前の要素である「回復」を「プレイヤーの時間を奪っている要素」とし、バトルから排除したゲームが2024年4月25日に発売された『サガ エメラルド ビヨンド』である。
そもそも、『サ・ガ』(サガ)というRPGは、同じスクウェア・エニックスより発売されている『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』に限らず、他社のRPGとも比べ物にならないほど強烈な個性を持つ作品だ。
どれほど個性が強いかは、「レベルと経験値の概念がない」「種族ごとにキャラクターの成長過程が違う」など、初代『魔界塔士Sa・Ga』で導入され、以降のシリーズにも継承されているシステムが物語る通り。
また、1992年発売の『ロマンシング サ・ガ』で初めて導入された、プレイヤーの選択と行動次第でイベントが変化する「フリーシナリオシステム」も個性の強さを物語る象徴のひとつとなっている。
そうした個性の強さもあって、『サ・ガ』というRPGには刺されば”グッサリ”と刺さり、虜になって遊び込んでしまう面白さがある。
最新作『サガ エメラルド ビヨンド』でも、基礎部分は前作『サガ スカーレット グレイス』を踏襲しつつ、バトルを始め、個性の強さが滲み出たゲームデザインは相変わらずだ。
このたび、電ファミニコゲーマーでは、そんな『サガ』シリーズ生みの親であり、今作の『サガ エメラルド ビヨンド』でディレクターとシナリオを手がけた河津秋敏氏にインタビューする機会を得た。
なぜここまで個性の強いゲーム作りに挑み続けるのか。回復をなくし、さらにはショップも排除した、今作で目指したRPGの形とは。河津氏のゲーム作りにおける考えや背景に迫った。
さらに本作は、バトルのゲームバランス調整にディープラーニング型AIを採用した、スクウェア・エニックスとしては初の事例ともいう。
今作でバトルディレクターを担当した柴田伯一氏、同社のリードAIリサーチャーである三宅陽一郎氏にも同席いただき、AI導入に至るまでの経緯や実際にどう活用したのかについてもお話を伺った。
聞き手/TAITAI、実存
文/シェループ
編集/竹中プレジデント
撮影/増田雄介
RPGでは当たり前に存在する「回復」と「ショップ」をなくした理由
──「回復」というのはこれまでのRPGにおいて当たり前に存在している要素だと思うのですが、『サガ エメラルド ビヨンド』では回復がないとお聞きしています。なぜRPGのバトルから回復という存在を排除したのでしょうか?
河津秋敏氏(以下、河津氏):
自分としては、回復はバトルを引き延ばしてプレイヤーの時間を奪っている要素だと思っているんです。ゲームに縛り付ける時間を長くするだけの要素で、必要性を感じないんですね。
──回復はユーザーの時間を奪っている……ですか。これまでRPGには当たり前に存在していた要素なだけにその視点は驚きです。
河津氏:
それに回復があると、回復役に盾役に攻撃役にと、パーティ編成が固定化されてしまうじゃないですか。そうすると自由度がなくなる。
自分自身、HPが削られるのが嫌いなのでどうしても守りを固めて回復で万全な状態を維持して……と戦ってしまいがちなんです。
ですから、自分がゲームをデザインするときは逆にそうならないよう「できるだけ攻撃的にプレイしたほうが有利になる」よう作りたいと考えています。
──河津さんとしては、プレイヤーには持久戦より短期決戦を楽しんでほしいわけですね。
河津氏:
はい。ですから「回復はいらない」「戦闘にかかるターン数も短くしたい」とオーダーしました。プレイヤーにはヒリヒリした戦闘を体験してもらいたい。戦闘にかかるターン数が短くなると激しいどつき合いになるので。
柴田伯一氏(以下、柴田氏):
「回復なし」というオーダーがあったときは、正直「どうなってしまうんだろう?」という心境でした。実際、調整も難しかったです……。
RPGにおけるボス戦のゲームデザインって「強力な攻撃を食らってHPが削られ、MPというリソースを消費しながら回復魔法や蘇生魔法で立て直しながらボスにダメージを与えていく」の繰り返しが基本なんですよね。
これまでのRPGにおいて当たり前に存在したものが使えないとなると、どうすれば盛り上がりを演出できるんだ……? と。
河津氏:
回復がないと「楽勝」か「あっという間に全滅」か、バランスがピーキーになりがちですからね。適切なバランスを見極めるのはすごく大変だったんじゃないのかなと思います。
前作『サガ スカーレット グレイス』の経験からして、回復なしでもバトルが成立することはわかっていたので、今作でも大丈夫だという確信はありました。
ただ、加えて今作では「お店(ショップ)」もなくなったので、調整はさらに大変だったと思います。
──回復に限らず、ショップというRPGにおけるお約束の施設もなくすとは! 非常に大胆なことをされましたね。
河津氏:
前作は、装備などを強化するショップはあったんですが、その程度であればメニュー画面から直接できるようにすればいいと思ったんです。オンラインショッピングと同じです(笑)。
ですから、今作ではメニュー画面から自分の好きなタイミングで装備を強化できるようにしています。意外と、ショップがなくても成立するんですよ。
柴田氏:
ただ、ゲームバランスを調整する側としては、かなり苦労しました……(笑)。
ショップがないということは、「プレイヤーがいつ、どの装備を手に入れる」かのコントロールができないことを意味していますから。
河津氏:
RPGにおけるショップは、ゲームデザインにおけるひとつの閾値(しきいち)なんです。
『ドラゴンクエスト』が典型的な例ですが、新しい町や村に訪れると上位の武器や防具が手に入るので、強い敵が楽に倒せるようになる……というものですね。
つまり、ショップがあるおかげで「先に進めば進むほど、自分も敵もだんだん強くなっていく」というわかりやすいレベルデザインとなるのですが、本作ではそのショップがないので、「だんだんとインフレしていく」ようにコントロールするのが難しいんです。
柴田氏:
そのため、どんなバトルが発生するのかをシミュレーションして、「こういうプレイをしたら確実にこの装備は持っているだろう」と想定しながら調整をする必要がありました。
ただ、どうしても想定外の遊び方をするプレイヤーは出てきてしまうので……その場合は想定外の苦戦を強いられることにはなります。そこはもう、厳しいお言葉をいただくことになっても仕方がないと、割り切っての挑戦になっています。
前作でダンジョンやマップを削ったのはやり過ぎだった
──そもそも河津さんが、「回復」「ショップ」と、従来のRPGでは当たり前にあった要素をなくそうと考えるようになったのはなにか理由があるのでしょうか?
河津氏:
ゲームですから、面白いことだけをしていれば十分だと思うんです。
回復が「プレイヤーの時間を奪う要素」に過ぎないのであれば、ショップも「なくても成立」するなら、なくてもいいですよね。
現実の場合は仕事をされている方もいますから、お店がなくても成立するわけではないですし、もしお店がなくなると配達する人たちが忙しくなってしまうじゃないですか。でも、ゲームはデジタル世界ですので、現実に倣う必要なんてない。思いついたらどんどん試していける。
──回復が「プレイヤーの時間を奪う要素」というお考えについては、いつごろからお持ちなのでしょうか。
河津氏:
もともと「なんとかならないのかな?」という思いは微かにあったんですが、強く思うようになったのは、ソーシャルゲームが出始めたころからだと思います。
課金により「時間を買う」システムが出てきて、最初は自分自身「これっていいのか?」と感じていましたけど、思い返せばそれがきっかけのひとつでしたね。
──なるほど。ちなみに、RPGに当たり前にある要素で「回復」と「ショップ」以外に、河津さんとして「これは必要ないんじゃないか?」と試してみたものってあるんですか?
河津氏:
じつは「マップは必要ないんじゃないか?」と考え、フィールド以外のダンジョンやマップを取り除いてみたことがあります。
たとえば、A地点から目的地のB地点に移動する際の移動時間って、極論を言えば無駄ですよね?
かといって、AからBに移動するためにファストトラベル的な機能を入れてしまうと「目的地に到着するまでの空間はなんのために作られたのか?」となるじゃないですか。
それで思い切って取り除いてみたのが前作の『サガ スカーレット グレイス』だったんですが……あれはやり過ぎでしたね(笑)。
一同:
(笑)。
河津氏:
なぜやり過ぎだったかと言うと、ビデオゲームでは、「プレイヤーがキャラクターを操作している感覚」がものすごく重要だからなんです。だから移動で動かしている時間はまったく無駄じゃない。その時間があるからこそ、プレイヤーとキャラクターが一体になれるんです。
『スーパーマリオブラザーズ』が分かりやすい例なのですが、ゲームをプレイしていてマリオが思い通りに動いてくれるだけでも楽しいじゃないですか。この感覚がビデオゲームの基本中の基本なんですね。
そのことは、前作でマップを完全に削ったことで、改めて痛感しました。なので今作はマップ上を動くゲームにしようとなったんです。
──一度削ってみて改めてその重要性に気づかされることもあるんですね。
河津氏:
やはりRPGには数十年積み重ねてきたものがあるので、「本当に必要だから残っているもの」が多いんですよね。
ただ、その常識を疑うこともゲーム作りにおいては大事なことですから、難しくもあります。
──ゲームクリエイターとしてキャリアの長い河津さんですが、いまだに攻め続けるその姿勢、めちゃくちゃすごいですね……。
河津氏:
僕はどちらかと言えば「攻める役」なので、攻めなければという意識はあります。
うちの会社は『ドラクエ』や『FF』など、人気タイトルがありますので許してもらえているのかもしれません(笑)。許されている間は、自分が思う「面白いゲーム」を追及していきたいですね。
テストプレイ中に「ロマンシングが足りない!」と指摘が入った
──ここからは今作『サガ エメラルド ビヨンド』の立ち上げの経緯についてお聞きしていければと思います。まず、今作はどのような作品を目指して開発を始められたのでしょう?
河津氏:
前作の『サガ スカーレット グレイス』は、ダンジョンマップの探索や消費アイテムの管理といった定番システムや遊びをカットし、必要最低限の要素だけでコマンドRPGを組み立てることを目標にしていました。
それが達成できましたので、「次は探索要素などを少し足して、最低限から広げていこう」として始めたのが今回の『サガ エメラルド ビヨンド』となります。
バトルシステムでは前作でも1ターンにおける味方、敵の行動が表示される「タイムラインバトル」の仕組みを入れていましたが、今回はそれをどのように発展させていくのかを課題として掲げています。
──今作ではバトルのディレクターを柴田さんが担当されていますが、バトルについては柴田さんがいちから形作っていったのでしょうか。あるいは河津さんの方からイメージを伝えられ、柴田さんが仕上げていったのでしょうか。
柴田氏:
自分がチームに合流した頃にはバトルの企画はほとんど完成していて、プロトタイプも動いている状態でした。ですので、自分からバトルに関して新企画を盛り込むことはほとんどなかったです。
──なるほど。柴田さんから見て、『サガ』シリーズのバトルにはどのような特徴があると思われているんでしょうか。
柴田氏:
自分のイメージですと、『サガ』シリーズのバトルは「難しい」「頭を使う」、そして「こんなシステムが入っているんだ!?」との意外性があることでしょうか。
ほとんどユーザーさんの目線と変わらないんですが、直接体験してみないと分からないのが『サガ』シリーズのバトルの特徴かなと思います。
──確かに。私の主観ですが、『サガ』シリーズのバトルって感情の振れ幅が大きいように感じます。
柴田氏:
それはまさにその通りだと思います。今回、バトルのテストプレイ中に他の開発スタッフから「ロマンシングが足りない!」と言われたことがあったんですよ(笑)。
一同:
(笑)。
柴田氏:
いきなり何を言っているのかと(笑)。ただ、詳しく話を聞いていくと、言わんとしていることはわかるものでした。
今作の戦闘では、事前にタイムラインの配置があり、連携を組み立てることができるのが特徴なのですけど、それだけでは面白味が足りないと言われたんですね。
それは本当にその通りで、意外性が不足していたんです。それもあって感情が揺れ動くこともなく、「ロマンシングが足りない!」のひと言が出てきたのかなと思います。