愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者   作:だんご大家族

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六話

 この日、薙切仙左衛門は遠月学園敷地内の最も高所に建てられた多重塔で評議を行っていた。参加しているのは部下の他に、分家の長や薙切の許で腕を振るうシェフの纏め役といった薙切家の舵取りに意見できる者ばかり。意見はできてもそれが採用されるかは当主である仙左衛門次第だが。

 遠月学園外で発生している問題点や報告など多岐にわたる議題に仙左衛門は重要な案件から命令を下し、組織を動かしていく。

 

 問題が発生したのは昼食を済ませ、会議が再開されてしばらくの頃だった。

 

「──仙左衛門様」

 

 襖の奥からの声で、評議に参加していた面々は口を閉ざした。

 

「何用だ」

「えりなお嬢様が参りました」

「そうか。この議題が片付き次第向かおう。部屋にて待つよう伝えよ」

「は。……それと、ですが」

 

 珍しく言い淀む声に、仙左衛門は顔を上げ襖に視線を向ける。

 

「えりなお嬢様の他にもう一人、仙左衛門様に会いに来たという方が……」

「……名は」

「それが……送迎を任された花邑は名前ではなく──忘れ形見、とだけ」

 

 その言葉に、仙左衛門はカッと目を見開く。

 この場にいる他の誰にも、その意味は通じない。意味がしっかりと伝わったのは仙左衛門ただ一人。花邑が──かつて誰よりも長く、もしかすれば父親である仙左衛門()よりも身近で付き従っていた花邑が、忘れ形見と呼ぶ人物など、この世に一人しかいない。見つけ、極秘に科学的検証による確定を得てから、すぐにでも会いたかった。しかし、彼が拾われたのは四條家が経営する施設。名も知らぬ無名の輩に引き取られた場所は織崎家の縄張り。彼にとっては運の良い環境で、仙左衛門にとって運の悪い相手。ようやく花邑を通して会えるかと思えば、劣悪な状態でその場は終わったと報告された。このまま一度も言葉を交わすことなく終わるか、と嘆いていれば、昨晩に会いに行くという連絡を花邑から知らされた。

 来たかと待ち望んだ一方、あの日の後悔も昨日のことのように押し寄せてくる。

 構わん、通せ、と口を開く──

 

「きゃああああああっ!!?」

 

 直前に、開放していた障子の先、外からの悲鳴で言葉は喉で止まった。今の悲鳴はえりなの声だと考えなくとも気付き、立ち上がろうとした。

 その前に物見としても使う外の手すりに人間が着地したのを見てしまった。

 人間――青年の片腕には先程悲鳴を上げたえりなが抱きかかえられている。まさか跳んできたのか。何層も屋根があるとはいえ、子ども一人抱えて多重塔を外から?

 

「っと、ほら到着。わざわざ階段なんか使わなくても、こうすれば一番早い」

「~~っ! 普通の人は屋根から入りません! そもそも真上に数メートルも跳ぶなんて、本当に人間なんですか!?」

「人間だとも。ちょっと人より身体能力が高いだけの、どこにでもいるお兄さんだ」

「ちょっとじゃないのは(わたくし)でもわかります!」

「はっはっは……さて、お喋りはここまでだね」

 

 えりなに向けていた表情を消し、仙左衛門へと視線を向ける。その顔は、瞳は――まさしく、あの日、判定を下した娘と瓜二つで。

 半ば睨みつけるような視線で青年は──悠は言った。

 

「はじめまして。来てやったぞ──クソジジィ」

 

 

 

 

  ★☆☆☆

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 自己紹介すると、驚きからか開いた口が塞がらない様子のえりなちゃん。代わりに声を上げたのは助手席に座るショートカットの少女。間違ってはないだろうが、たぶんこの子が秘書子もとい新戸緋沙子だろう。

 

「あ、ありえません! 嘘を言わないでください!」

「どうして嘘だと?」

「仙左衛門様の孫はえりな様とアリスお嬢様だけです。それに……」

「それに?」

「っ……、あなたは一体何歳なんですか!?」

「今は18だよ」

「その年齢です! 仮にあなたが仙左衛門様の孫だとしても、宗衛様はともかく真那様では明らかに歳が合いません!」

 

 そのタイミングで運転席に花邑が運転席に乗り込む。

 確かに少女の言う通り、自分の親としては二人とも若すぎる。まあ、長男たる薙切宗衛は男なので歳上の相手に孕ませたなんて言えば疑わしくもなるが、原作通りの性格ならば妻一筋娘バカであろう彼ではありえないと一蹴される話だ。

 

「確かにそうだね」

「じゃあ……!」

「花邑。母は自分を何歳で産んだ?」

 

 だったら、知ってそうな奴に聞くのが一番だ。

 ピクリと一瞬だけ動きを止めた花邑だったが、すぐに車の運転を始めて、

 

「17歳です」

 

 はっきりと言い切った。ああ、やっぱり消息不明の間はこいつが母を匿っていたのか。

 花邑の言葉を聞いて自分の中で確定した。ということは自分の父親は花邑か? と一瞬思ったが、その予想は違うと直観ではないが、何となく感じた。

 

「なっ……花邑殿!?」

「花邑、本当なの? 本当にこの人は(わたくし)と同じ――」

「はい、えりなお嬢様。その方は紛れもなくあなたと同じ、仙左衛門殿のお孫様に当たります」

「じゃ、じゃあ、(わたくし)かアリスの……」

「いいえ、それは違います」

「え?」

「悠様はお嬢様の母、真那殿の姉君であり。また宗衛殿の妹君である薙切未那様のご子息です」

 

 ですので悠様は従兄に当たります、と花邑は続けた。

 17ということはニノの予想通りか。けれど、アイのように自分の意思で望み身籠ったのかは未だわからないが。

 

「薙切、みな……?」

「真那様の姉……本当にそんな人物がいたのですか? 花邑殿」

「お嬢様はもちろん勉強熱心な緋沙子くんが知らないのも無理はない。未那様の記録はほとんど、二人が生まれるより前に仙左衛門殿が自ら抹消したからね。少なくとも薙切家と遠月学園にはもう何一つ残ってないよ。ネットや昔の新聞ならどこかに残っているか知れないが」

「おじい様が……」

 

 遠月学園在籍時の記録を消したのは聞いていたが、まさかそれ以外の記録まで消しているとは思わなかった。聞かなければいけないことが増えたようだ。

 えりなちゃんは少しショックを受けているようだ。たぶん、この子にとって祖父がそんなことをするとは思えないのだろう。

 

「まあ、えりなちゃんは気にしなくていいさ。これは自分とジジィの問題だからね」

「は、はい……って、さり気なく、ちゃん呼びはやめてください! それとジジィって、おじい様に失礼よ!」

「はは、だが断る。今のところジジィで十分。権力者だからって人のプライベートにずかずか入り込んでくる部下を従えているんだから」

「それについては本当に申し訳なく……」

「ああ、お前が謝るなよ花邑。部下の責任は上司の責任だ。母親については気にしてはいないが、あの件だけはしっかり文句を言わせてもらう」

「……あの後、どうなったのでしょうか?」

「子どもがいる前で詳しく話す気はない。後でゆっくりジジィを交えて教えてやるよ」

 

 流石に10かそこらの子どもに聞かせられる話ではない。話を断ち切って別のことを聞く。

 

「到着まで何分かかる?」

「十分ほどになります」

「そうか」

 

 なら残っている仕事を片付けておくか。

 鞄からノートパソコンを取り出しファイルを立ち上げる。ついでにアイへの弁当の残り物で作ったおにぎりを取り出しキーボードを打ち込みながら頬張る。漆黒米で握り、具はいくつも作ったが今食べたのは蟹ブタの照り焼きが入っていた。他にもストライプサーモンと玉葱のマリネ、野沢菜漬け等を具にしたおにぎりが何個か鞄に入っている。

 

 入院しているアイは当然のこと病院から食事が出されるのだが、それに加えて自分がグルメ食材で作っている料理や弁当を食べている。

 当初は病院の方から料理の提供はNGを出されていたのだが、そうするとアイのお腹が鳴るわ鳴るわ。病院側から出せる最大限の大盛にしても、一時間もしない内にくぅくぅ鳴りだすのだ。過食症*1ではないかとされたが、アイ本人に精神や肉体のストレスがないことや食後に自ら嘔吐してしまうこともなかったため、最終的に単純に病院から出せる食事だけでは足りないという結論になったのだ。

 まあ、原因はわかっているんだが。

 これまで何年もグルメ食材を食べ続けてきたアイは、少しずつ食べる量が増えていき、それに比例するように消費エネルギーも増えているようで、グルメ食材を使わない普通の食事だけでは足りなくなってきているのだ。更に今はお腹に新しい命を二人分宿している。その分も栄養が必要で、一日ぐらいなら普通の食事だけでも大丈夫だが、それ以上は空腹感がものすごいらしい。それに元々、出産に耐えられるようグルメ食材で肉体を強化する予定だった。なので、病院側にも特例で、自分が作り持ち込んだ料理を食べることを許可されたのだ。

 

 片手で食事、片手で書類作成をしていると、横から視線を感じる。顔を横に向ければ、えりなちゃんがこちらを、自分の手に握られたおにぎりを見ていた。

 

「……食べるかい?」

「あっ……い、いりませ──」

 

 くぅ~

 

 食べかけを渡すのはどうかと思い残りを食べ終えて、鞄からおにぎりを取り出して差し出す。えりなちゃんはハッとして慌てて否定するが、言い終わらない内にお腹が鳴った。自分の分は保温用機に入れずに持ってきたので冷めて匂いもしないはずだが、えりなちゃんの本能が反応したのだろうか。

 恥ずかしがるえりなちゃんに苦笑を浮かべ、手にラップで巻いたおにぎりを乗せる。

 

「食えなかったら吐き出してもいいさ。そういう舌ってのは聞いてるよ」

「……わ、(わたくし)の神の舌を知ってなお料理を渡すなんて、よほどご自分の料理に自信があるようですね」

「余り物とはいえ、一番食べてほしい相手のために作った料理だからね。自信がないって言ったら、あの子に失礼だ」

 

 食材にも失礼だ、とは口には出さなかった。

 

「……」

 

 そんな自分を何故か呆けた顔で見ていたえりなちゃんは、意を決したようにラップを外し全体に海苔を巻いたおにぎりを一口かじる。緋沙子ちゃんは助手席から事の様子を心配そうに見つめている。

 もぐもぐと咀嚼したえりなちゃんは、

 

「……美味しい」

 

 困惑した表情で呟いた。覗いていた緋沙子ちゃんも、ミラー越しに花邑もえりなちゃんの言葉に驚いていた。

 まあ、わかってたことだ。彼女が食べたのは、この世には本来存在するはずのない食材で作られた料理なのだから。

 

「この黒い米……他の黒米より、いえ、普通の米よりもだいぶ甘い。けど決して菓子のような甘さでない。それに冷めているにも関わらず米の一粒一粒がしっかり立ってる。食感もモチモチとしてて、まるで()きたてのお餅を食べているみたい。けど、これはどこの品種? 紫黒苑……黒田苑……どちらも違います。それに黒米は白米に少量加えて炊くのが普通なのにこのおにぎりは全てが黒米で作られている。でも、この食感は白米を食べたような感じ……どうして……(わたくし)が、神の舌がわからないものがあるなんて……!?」

 

 早口で捲し立てる。以前、ナベや壱護さんが食材や調理法を当てたことがあったが、えりなちゃんの食の知識はそれ以上だ。やはり薙切家の英才教育は凄まじいな。しこくえん・くろだえんってなんだ?

 もう一口、二口と頬張り、そこで具材に当たったようだ。口元を手で押さえる。声を上げようとする緋沙子ちゃんを手で制して、咀嚼し、飲み込んでから、

 

「……優しい」

 

 そう呟いた。

 優しい?

 

「例えるなら、そう──陽の当たる縁側で静かに寄り添い合って過ごしているような、そんな優しさを感じる味……」

「……」

 

 そういえば『食戟のソーマ』でもあったな、と思い出す。

 神の舌を持つ人間の独特の感性と言うべきか、食べた時に感じたイメージを感想として言うことが何度もあったが、どれも料理を食べた際の感想とはとても思えないものばかりだった。ゴリラを思い浮かべるってどんな感想なんだ。逆にそんな感想を出された料理を食べてみたくなったわ。

 

「え、えりな様が美味しいと評されるなんて……!」

 

 助手席からありえないと言わんばかりに口を開いている緋沙子ちゃんが呟く。

 

「……悠さんと呼んでも?」

「おじさんでもお兄さんでもお好きなように」

「……それでは。悠さんはどこでここまでの腕を?」

「家族や仕事場の人に作ってたぐらいだよ」

「そんな……! これほどまでの料理の腕、薙切家でもそうはいないわ! それが家族や仕事場だけ!? で、ではっ、今はどこの料亭で働いているのかしら!? 薙切家に雇われる気は!?」

「おおう」

 

 怒涛の質問攻めに流石に驚いてしまう。

 子どもの頃のえりなちゃんはこんな子だったのか? やっぱり原作とこの世界は違うわ。

 助け舟を、と思ったが、緋沙子ちゃんはポカーンと己の主を見ているだけ。ならば、と花邑に声を掛ける。

 

「花邑、なんとかしろ」

「ふ、ふふふ……お嬢様、車内では危のうございます。落ち着かれますよう」

「ぁ……ご、ごめんなさい。(わたくし)、つい……」

「いや、構わないよ」

「それとお嬢様。悠様は現在、料亭ではなく、とある芸能事務所に籍を置かれています。確か──苺プロダクション、でしたか」

 

 助かった、と礼を言う前に、花邑は思い出すかのように自分の所属先を言いやがった。そんな風に言わなくてもそこらへんの情報は知っているだろ。そう思っていたが、

 

「苺プロダクション……? どこかで……」

「え、あ、あぁーっ!!?」

 

 何故か聞き覚えがあるようで、思い出そうとするえりなちゃんの前に、呆けていた緋沙子ちゃんが絶叫を上げた。

 

「きゃっ、な、なに、どうしたのよ緋沙子?」

「え、えりな様! 苺プロダクションと言えばナベが──B小町の所属する事務所です!」

「……? …………あー!!

 

 今度はえりなちゃんが大声を上げる。

 君も、というか緋沙子ちゃんもナベって言ってるし主従共々アイドルに興味持ってるの?

 疑問を持ってしまったが、よく考えてみればこの子、緋沙子ちゃんに少女漫画持ってきてもらったり、トランプで負けず嫌いな一面があったりと、割と普通の少女らしい一面もあったな。それにおにぎりを食べた時の顔と今の驚いている顔。思ったよりも感情が豊かだ。

 きっと、自分が知らないだけで原作よりも周りを取り巻く環境が改善されているのかもしれない。自分の勘違いで改善されてなくとも、笑って過ごせているのならばそれは良いことだ。

 

「は、悠さん! ほんとに……本当に苺プロダクションで働いているのかしら!?」

「すげぇ食い付き。あー、証拠としては薄いかもしれないが、名刺見るか?」

 

 ぶんぶんぶん! と勢いよく上下に頭が揺れるのを見て、自分は懐から名刺を一枚取り出す。まだ卒業していないが、壱護さんが必要だろうと作って渡してくれたのだ。まさかこんなところで見せるとは思わなかったが。

 名刺を凝視しているえりなちゃんは少しすると、ガバッと顔を顔を上げると、

 

「悠さん! いえ──悠お兄様!!」

「なんて?」

「モーマイな愚妹のお願いを聞いてもらえないでしょうか!!」

「──」

「えりな様ぁ!?」

 

 助手席で緋沙子ちゃんが叫んでいるが、反応ができないでいた。ぐっ、と花邑の方からは何かをこらえるような音が聞こえる。というか吹き出しそうになるのを必死に堪えて視線を逸らしているのが見えた。

 え、待って。薙切えりなってこんなこと言う子だったっけ? いや、薙切えりなとえりなちゃんをごっちゃにしてはいけない。いやでも流石にこれは──

 なんて、かなり久しぶりに頭の中が混乱に陥っている。たぶん、ここまで混乱したのはニノのクソ重感情を聞いて以来じゃないか? 名家出身ってヤバい奴ばっかりだな。

 

「いけませんえりな様! えりな様のような高貴なお方が、そのように自身を辱めるような発言をなされては!」

「え? で、でも緋沙子。あなたに借りた漫画に、妹が兄にお願い事をする際、こう言っていたのだけど……」

「うわぁああ……私がえりな様の品位をぉぉ……!」

「……」

 

 やべー、この主従コンビずっと見ていたい。

 とは思ったが、このまま見ていたら、到着するまで話が終わらずにお願いとやらも聞けなくなってしまう。流石にそれは可哀そうだと思うので、自分は口を挟むことにした。

 

「あー、それで? お願いってなんだい? えりなちゃん」

「はい! あの、悠お兄様はB小町の方々とお会いしたことは?」

「お兄様は戻さないのね……ああうん、よく話すよ。仕事上、上司と一緒にB小町の仕事先にも行くこともある」

「で、ではっ、アイとも……!」

「あるね」

 

 というかほぼ一緒に暮らしている。なんならアイとの間に子どもも作っちゃってます。口には一切出さないが。

 自分の言葉にパァッと顔を輝かせると、

 

「では……ではっ……アイのサインを貰うことはできませんか!?」

「無理かな」

 

 たぶん、えりなちゃんの中では一世一代のお願いだったが、自分はバッサリと無理と返した。

 え、としか呟けなかったえりなちゃん。すぐに言葉を理解していき、興奮していた熱が段々と冷めていく。

 

「今すぐには」

「……え?」

「えりなちゃんがアイを、B小町のことが好きなのは凄く伝わった。けれど、そこまで好きなら今、アイが何をしているか知っているよね?」

「あ……はい。体調が良くなくて活動休止中だと……」

「正解。アイは今、病気を治すために体を休めているんだ。どこで療養しているのかは自分はもちろん、B小町のメンバーも知らない。だから、今すぐにアイのサインをあげることはできないんだ」

「そうだったんですね」

 

 だけど、と続ける。

 

「もしえりなちゃんが今から言う自分のお願いを聞いてくれたら、活動を再開したアイにサインを書いてもらえるようお願いしてあげる。もちろん、えりなちゃんに届けに行く」

「本当ですか!? あ……でも、お兄様ともう一度会えるかどうか……それに、アイドルが好きなんて、家の者に知られたら……」

「大丈夫。こう見えて、忍んで行動するのは得意だからね。えりなちゃんの家さえわかれば誰にも気付かれずに届けに行くよ」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。……そうだろ、花邑」

「いえ、その時は私に連絡してくだされば……それと、そろそろ」

 

 目的地への到着が近いのだろう。

 

「緋沙子ちゃんもどうだい? 自分のお願いを聞いてくれるのなら、ナベのサインもお願いしてくるけど」

「ほ、ほんと……ん゛ん。い、いえ、私はえりな様の秘書。そのような取引など……」

「え……緋沙子、あんなにナベのこと推してるのに、いらないの? (わたくし)、推しは違えど緋沙子とお揃いがいいのに……」

ん゛ん゛ん゛ん゛……えりな様ぁぁ」

 

 顔を真っ赤にして形容しがたい呻き声をあげる。推しのサインが欲しい本心とえりなちゃんの秘書として自制する知性、そして崇拝する主からの嬉しい言葉に感極まった感情が、緋沙子ちゃんの頭の中をぐるぐる駆け巡っているのだろう。

 数十秒、百面相を浮かべていた彼女だったが、

 

「条件を飲みましょう。──ですが! いくらあなたが薙切家の縁者だったとしても、えりな様に不遜な要求などしないように!!」

「子どもに無茶なお願いなんかしないさ」

 

 最終的に天秤が本心とえりなの方へと傾き、自分に釘を刺しながら取引を受け入れた。

 ちょうどその時、車が停まる。花邑が先に降りていくのを目の端に捉えながら、自分はお願いを口にする。

 

「自分からのお願いは一つ。──車の中で知った料理、特に食材のこと、自分の料理の腕。それらを誰にも話さないでほしい」

「……え。それだけ、ですか?」

「それだけ。でも、絶対に話してはいけないよ。ジジィ……自分たちの祖父にも、誰にも」

「そ、それなら……でも、本当に悠お兄様のことを秘密にしただけで、アイのサインを……?」

「それだけで、自分はすごくありがたいんだ。それでどうかな? 二人とも。お願いは叶えてくれるかい?」

 

 えりなちゃんと緋沙子ちゃんは顔を見合わせて頷き、「はい」と声を揃えて返事を返す。先に緋沙子ちゃんも車から降りる。

 

「ありがとう。じゃあ約束だ」

 

 礼を返しながら、つい施設の歳下の子どもたちにするように頭を撫でてしまう。怒られるかな、と思ったが、

 

「な、撫でないでください……」

 

 そう小声で呟かれるだけで、花邑が開けたドアからそそくさと降りて行った。

 多少は仲良くできたが、馴れ馴れしい態度で嫌われなかっただけ良しとしよう。ところでお兄様呼びはいつ治るのだろう。

 どうでもいいことを考えながら、花邑が開けてくれたドアから降りる。目の前に立つのは五重塔のような寺にありそうな建物。

 

「ここに爺さん(・・・)が……」

 

 見上げ、陽の光に目を細めながら呟く。軽く息を吸い、一瞬だけ誰にも聞こえない声を発する。

 アイを探す際に使用した『エコーロケーション』の劣化応用で、距離はそこまでだが、今の自分でも喉や頭にダメージを受けずに使用できる。もちろん連続での使用は喉と頭を痛めるしグルメ食材を食べないと使えないのだが。

 だけど、その一瞬である程度建物の内部を把握できた。障子を開けておいてくれたおかげで目的の人物もすぐ見つかったしな。

 入り口近くで黒服と話している花邑に近づく。

 

「──だから問題ない、と何度も言っているだろう。彼の面会はすぐに通る」

「花邑殿と言えど、面会の予定に入っていない、ましてや名前も伝えず、忘れ形見だけとは、通せるはずもない」

「だからこうして仙左衛門殿の指示があるまで待っているのだろう。お嬢様も待つと仰っておられる」

「えりなお嬢様を入り口で待たせられるわけがなかろう! 待つのは身元の怪しいこの男だけで十分なはずだ! 何故、花邑殿はそうも肩を持つ!?」

「何度も──」

 

 自分が建物を見上げている間に口論が起きていた。聞こえてくる声から、原因は十中八九自分の存在だろう。

 えりなちゃんはさっきの興奮や喜びの表情が嘘のように凛として、話に興味がないと言わんばかりの表情をしている。緋沙子ちゃんはそんなえりなちゃんの近くに控え周囲を警戒している。

 とはいえ、だ。何故、自分がわざわざ待ってやらなきゃいけないのだ。自分がアイと一緒に外出していた時はズカズカと入り込んできただろう。

 

「ああ──面倒だ」

「ひゃわっ!?」

 

 こちらの動きに気付かないえりなちゃんを、背後から片手で抱きあげる。

 自分の動きに口論していた黒服は驚きつつ臨戦態勢を取る。それに気配には気付いていたが、隠れていた黒服も飛び出してくる。

 

「おに、悠さん!?」

「え、えりな様に何をっ!?」

「孫が祖父に会いに行くだけだ、何を待つ必要がある。花邑、先行ってるから緋沙子ちゃんとさっさとあがってこい。──えりなちゃんは舌噛まないように気を付けて」

「お、お待ちください、悠様──!」

「え、えりな様ぁぁ~~っ!!?」

 

 止めようとする花邑の言葉を置き去りにし、両膝をバネにして足の力だけ跳躍する。

 

「きゃああああああっ!!?」

 

 人間離れした跳躍は容易く自分の背丈の倍もあるであろう高さの屋根まで届き、静かに着地する。それを繰り返すこと数回。時間にすれば三十秒も掛からずに目的の階層に到着した。

 トントンと軽く跳ねて屋根からフェンスに乗り移る。

 

「っと、ほら到着。わざわざ階段なんか使わなくても、こうすれば一番早い」

「~~っ! 普通の人は屋根から入りません! そもそも真上に数メートルも跳ぶなんて、本当に人間なんですか!?」

「人間だとも。ちょっと人より身体能力が高いだけの、どこにでもいるお兄さんだ」

「ちょっとじゃないのは(わたくし)でもわかります!」

「はっはっはっ……さて、お喋りはここまでだね」

 

 えりなちゃんの叫び声に笑みを浮かべて返し、言葉を締めて表情を、感情を、子どもに向けるものから全て切り替える。

 視線をえりなちゃんから部屋の中へ移せば、室内には数人の人間がいた。その中でひと際、威厳を持った老人が立ち上がろうとしていた。後ろへ流した長髪と見事に蓄えた髭。そして顔に一閃の傷を持った老人こそ間違いなく食の魔王──薙切仙左衛門、自分とえりなちゃんの祖父。

 えりなちゃんを抱きかかえたまま、人生初の祖父への挨拶をする。

 

「はじめまして。来てやったぞ──クソジジィ」

*1
摂食障害の一種で、食欲をコントロールできず、異常なほど大量の食べ物をひたすら食べてしまう病気のこと。




Tips『薙切えりな』:
 『食戟のソーマ』原作でメインヒロインの少女。神の舌と呼ばれる優れた味覚を持ち、十種類の違うブランドの塩を味見だけで見分けられるという。聖徳太子か。
 原作では高飛車でエリート気質だが、本作では……?
 この世界では花邑と緋沙子だけの秘密でB小町にハマっており推しはアイ。まあ、当然祖父は知っているのだが黙認されている。孫が笑えるならば……


Tips『新戸緋沙子』:
 原作同様、えりなを公私共に支え続けると誓っている。通称、秘書子。
 現時点でこの世界では、えりなの側近候補(ほぼ内定)として側に付き添い、空いた時間で勉学・料理・護衛術等を習熟中。己の全ては仕える主の為に。
 えりなと同じくB小町にハマっており、推しはナベ。

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