共闘
地下へと続く坑道のようなダンジョン。
ミアに肩を借りて歩くエリカは、青い顔をして苦しそうにしている。
「ごめん――なさい」
そんなエリカに、ミアは元気よく返事をするのだった。
「大丈夫ですよ! 私、こう見えても少し前までお転婆って言われていたんです。エリカ様一人なら、ダンジョンの外に連れて行けます」
そして、十字路に来る。
ミアは少し考えてから、頷いて言う。
エリカは苦しそうにしながら左を見た。
「右ですね!」
「左ね」
二人の意見が割れてしまった。
ミアが困っている。
「え? 右ですよね?」
「左だと思うのだけど?」
このように、常に意見が違ってしまう。
ミアは頷いた。
「なら、さっきは私の意見で左にしましたから、今度は右にしましょう!」
「そ、そう? ありがとう。でも、ここって今はどの辺りなのかしら?」
ダンジョンの通路などどこも同じに見えてしまう。
ミアは明るく振る舞うのだった。
「大丈夫です。きっと、もうすぐ出口ですよ。ほら、違う階層の入り口が見えて来ました!」
そう言って、二人は地下三階を越えて、更に奥へと進んでいく。
そこは地下五階への入り口だった。
奥へと進む二人は対照的だ。
ミアは普段とは違い顔色もよく、元気いっぱいだった。
対して、エリカの顔色は悪い。
普段と正反対である。
「エリカ様、大丈夫ですか?」
「――大丈夫よ。それよりも、もしものことがあったら、貴女は一人で逃げなさい」
「え?」
エリカに言われ、驚くミアは足を止めてしまった。
ただ、エリカは続けるのだ。
「貴女一人なら大丈夫。モンスターにも襲われないわ」
「どういうことですか?」
ミアは考える。
確かに、今までモンスターに襲われた経験はない。
帝国にいた時も、モンスターが近付いてくることはなかった。
先程、モンスターたちが自分を避けていたことも気になってくる。
「もしかして、エリカ様は何か知っているんですか?」
苦しそうに笑うエリカは「少し喋りすぎたわね」と言って、壁に背中を預けるのだった。
「私はね、昔からモンスターを引き寄せてしまうの。だから、私を置いていけば、きっと貴女は助かるわ」
ミアは困っている。
「あの、モンスターは人を襲いますよ」
「そうね。でも、私は特別よ。嫌われているの」
嫌われているという言葉が気になる。
ならば、まるで自分はモンスターたちに――。
そこまで思考すると、ミアは通路の奥を見た。
「嘘。なんでこんなに怖いモンスターがいるの」
奥から顔を出したのは、通路をギリギリ通れる大きさのモンスターだった。
こんなダンジョンの浅い場所に出てくるモンスターではない。
事前に知らされていたモンスターとは違いすぎる。
ミアが急いでエリカを連れていこうとする。
だが、エリカは座り込んでしまった。
苦しそうに胸を押さえている。
「エリカ様!」
「っあ! ――い、行きなさい!」
声を絞り出し、ミアに逃げるように言うと、エアバイクが二人の横を通り抜けてモンスターに体当たりを行うのだった。
吹き飛ぶモンスター。
そして、発砲音がモンスターとは反対側の通路から聞こえてくると、エアバイクが爆発する。
燃料に引火して燃え上がるエアバイク。
周囲が一気に明るくなると、二人に近付いてくるのはリオンだった。
「おや、珍しい。この辺りでは見かけない顔だな。よし、死ね」
モンスターが炎の中から出てくると、リオンはショットガンを構えて引き金を引く。
魔法陣が銃口の前にいくつも展開されると、ショットシェルが突き抜けて紫電が発生した。
モンスターを紫電が貫き、黒い煙に変えていく。
黒い煙を吸うと、エリカが咳き込み苦しそうにする。
「エリカ様!」
ミアが叫ぶと、すぐにリオンが側により、エリカにマスクを付ける。
「どうしてこんなに奥まで来た! 無茶をするな」
マスクを付けたエリカは、少し落ち着いていた。
ルクシオンが近付いてくると、何やら分析をはじめる。
『地下五階でもかなりきついのでしょうね。マスクの着用をご提案したいところです。もしくは、ダンジョンへ入ることを禁止したい』
リオンは通路奥を見ると、すぐにショットガンを構えた。
「団体か」
『モンスターがこちらを目指して集まってきています。マスター、五分間だけ時間を稼いでください』
「弾が持つかな?」
次々に集まってくるモンスターたち。
先程の話が本当ならば、エリカを目指して集まってきていることになる。
ミアがエリカの腕にしがみついていると、今度は黒い鎧をまとった騎士がモンスターたちに突撃していく。
手に持った剣を一振りすれば、モンスターたちが黒い煙に変わっていくのだった。
「騎士様! ブー君!」
『ミア、無事だな!』
『ブー君は止めろって言っただろうが!』
次々に現れるモンスターたちを斬り伏せていくフィンだが、数も多くて苦戦していた。
そんなフィンを、リオンが援護する。
フィンに飛びかかってくる大きな虎のようなモンスターの頭部を、リオンが撃ち抜いた。
「援護するから、もっと派手に暴れていいぞ」
そんなリオンの言葉に、フィンは少し嬉しそうにしていた。
『俺に当てるなよ』
「当たっても平気だろうに」
二人とも、どこか余裕すら感じる。
そんな二人を見て、ミアは思うのだ。
(騎士様、何だか嬉しそう)
国にいた時よりも、フィンが楽しそうにしている姿を見て、ミアは嬉しくなるのだった。
いつもは、緊張しているか自分を心配ばかりしている。
もっと笑顔を見せて欲しかったミアには、王国に来てよかったと思えたのだ。
『当たった! 相棒、あの鉄屑、俺に当てやがった!』
『――変な動きをするからです』
『嘘吐け! 絶対に予測できたはずだ!』
『新人類の兵器を予想など出来ませんね。理解したくもない!』
「お前ら五月蠅いよ! ルクシオン、お前もちゃんと仕事をしろ!」
『マスター、私を疑うのですか!?』
『黒助、お前も集中しろ!』
『相棒、もっと俺様を大事にしろよ!』
ただ、ブレイブとルクシオンは、仲が良さそうには見えなかった。
二人が騒いでいる間に、モンスターたちは全て倒されるのだった。
◇
その頃。
地上ではメルセが、ローランドの友人である宮廷医に詰め寄っていた。
場所は誰も来ない倉庫である。
「随分な趣味ですね」
報告書にまとめられていたのは、宮廷医の趣味に関する情報だった。
あまり公に出来ない趣味が書かれており、ローランドの友人は慌てて報告書を抱きしめる。
「こ、これはその!」
「言い訳なんて聞きたくないわ。これをばらまかれたくなかったら、分かっているわよね? ちゃんと持って来たのでしょう?」
宮廷医は、鞄から薬を取り出した。
ドクロのマークを貼りつけられた瓶を、メルセは奪い取る。
「これさえあれば、あの糞爺ともおさらばできるわ」
ローランドを糞爺と呼ぶメルセは、本当に忌々しそうにしていた。
「何が愛しのメルセよ。私の恋人になりたいなら、もっと若くないと駄目よ。老人なんて興味ないわ」
王国貴族の、女性らしい言葉に宮廷医が顔を背けた。
「どうして陛下はお前なんかに」
「口を慎め、下郎! 変態趣味の屑が、私を“お前”ですって? いい、私は本来なら、伯爵家に嫁ぐはずだったのよ。伯爵夫人よ。それが、あいつのせいでこんな目に――」
息の荒いメルセを刺激しないように、宮廷医は鞄に書類を押し込み逃げ出すのだった。
その背中を見て、メルセは笑う。
「間抜けな陛下に言ったら許さないわよ」
下品に笑っているメルセに近付くのは、作業着姿のルトアートだった。
「姉さん、ご機嫌だね」
「そうね。あの爺の相手をしなくてすむもの」
「陛下? まだキスもしていないとか言わなかった?」
「あいつのつまらない話を聞くだけで、苛々するのよ! 私がどれだけ苦労して、王国軍の情報を聞き出したと思っているの?」
メルセがルトアートを蹴る。
「ご、ごめんよ、姉さん」
「男ならもっと女性に気を遣いなさい! だからあんたは駄目なのよ! さっさと結婚して、あのゴミ共を屋敷から追い出しておけば、私たちがここまで苦労しなかったのに!」
ゴミ共とは、バルカスたちの事だ。
「あんな領地、私には相応しくない! 本土に領地が欲しいよ。田舎と言うだけで馬鹿にされるのはもう嫌だよ」
「あんたがそんなことを言っているから、リオンの糞野郎が調子に乗ったのよ!」
まったく関係ないが、メルセは八つ当たりをしたいだけだ。
ルトアートが作業着を汚していると、ゾラがやってくる。
「五月蠅いわよ、メルセ!」
「お、お母様。――ごめんなさい」
そんなメルセも、ゾラの一言に萎縮してしまう。
倉庫内にあった椅子に座るゾラは、酒瓶を持っていた。
床にはいくつも酒瓶が転がっている。
「まったく、どいつもこいつも私を馬鹿にして。何が淑女の森よ。私が悪いと勝手に決めつけて、八つ当たりをして」
酒瓶からそのまま酒を飲み、口元を拭うゾラは数年前よりも一気に老けていた。
年齢よりも高齢に見える。
「――ルトアート、学園の情報は調べたわね?」
「は、はい!」
「なら、あの穀潰しの婚約者たちを捕まえなさい。人質にして、穀潰しを私の目の前で拷問するわ」
ルトアートが慌てて止める。
「お母様、無理だ。相手は公爵令嬢だよ!」
「どうせ私たちが国を取り戻せば、ただの小娘よ! あいつも前から気に入らなかったのよ。身分が高いだけの小娘が、私を馬鹿にして」
酒を飲むゾラは、アンジェとの初対面を思い出していた。
自分を馬鹿にする態度を取ったことが許せないようだ。
「平民の娘も連れてきなさい。目の前でいたぶってやるわ。あの穀潰しが、泣いて許しを請う姿を見られるわね。最後は、穀潰したちの死体をバルカスに送りつけてやる。結婚してやった恩も忘れた極悪人のバルカスは、どうしてやろうかしら」
メルセもルトアートもドン引きしていた。
だが、全てを失い、酒に酔って暴れ回るゾラを二人は止められなかった。
そして、ゾラは外国から取り寄せた品をルトアートに渡す。
「お母様、これは?」
「幹部たちから渡された品よ。扱いが分からないから押しつけられたの。何でも鎧になるとか、そんなロストアイテムらしいわ。ルトアート、お前が使いなさい。この薬を飲んで使えば、凄い力を得られるそうよ」
どう見ても怪しい薬を、ゾラはルトアートに手渡した。
「――え?」
黒い鎧の一部らしいが、こんなものをどう扱えばいいのかとルトアートは悩むのだった。
◇
次の日。
ローランドと密会したメルセは、宮廷医に渡された毒薬を使用した。
遅効性の毒物で、絶対に証拠が残らないという品だと聞いている。
ローランドがメルセに抱きつく。
「今日も君の唇を奪えなかった。残念だよ、メルセ」
「もう、陛下ったら」
(私の唇? ふざけんなよ、おっさん!)
抱きつくローランドを両手で押しのけ、メルセは手を振るのだった。
「またお待ちしております、陛下」
「ローランドと呼んで欲しかったのだがね」
「あら、では次回ということで」
(お前に次なんてないけどな。私たちを苦しめた元凶が、相手をしてもらえるだけ幸運だと思うのね)
「――そういうことにしておこう。では、さようなら」
ローランドが去ると、メルセはフードをかぶって移動を開始する。
表通りに出ると、昔はもっと派手に遊んでいたことを思い出すのだった。
(どうして私がコソコソしないといけないのよ)
すると、三人組の男女が向こうから歩いてきた。
「ちょっとフィンリー! なんでそんなにお小遣いを持っているのよ!」
「ジェナ、いい加減に落ち着けよ」
「リオン兄さんがくれたのよ。泣きついたらイチコロだったわ」
「あいつも何をやってんだ」
ジェナがフィンリーに怒っていた。
ニックスは、そんな妹たちを見て呆れている。
「あ~あ、王都で人気のエステがあるって聞いたから、一度は受けてみたかったのに」
ジェナが背伸びをしながらそう言うと、ニックスが笑っていた。
「年下の男を落とすために必死だな。性格を直したらどうだ?」
「何ですって! あんたはそんなことだから、結婚が決まらないのよ! オスカル様なら、そんなことは絶対に言わないわ!」
「だって、あいつはお前に興味ないだろ。この前なんか、ずっと筋トレについて話をしていたぞ。俺に『いい筋肉ですね。どうやって鍛えたんですか?』ってずっと聞いてきて怖かったからな」
フィンリーはクレープを食べていた。
「姉さん必死すぎ。でも安心して。オスカル様が『お義姉さん』って呼んでくれるかもよ」
煽るフィンリーに、ジェナが叫ぶ。
「今に見てなさいよ。絶対に振り向かせてみせるわ。フィンリー、クレープ頂戴!」
クレープを奪われ、フィンリーがジェナの腕を掴む。
「返してよ!」
楽しそうな姉妹を見ながら、ニックスは溜息を吐くのだった。
「お前ら仲が良いよな」
三人の横を通り過ぎるメルセは、唇を噛みしめていた。
(何であんたたちが楽しそうにして、私がコソコソ隠れているのよ。あんたたちは、王都で遊んでいられる身分じゃない癖に)
いつまでも過去に囚われるメルセだった。