挿絵表示切替ボタン
▼配色






▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第六章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
132/177

久しぶりのダンジョン

 一年生の頃の行事を覚えているだろうか?


 冒険者になってダンジョンに入るやつだ。


 一年生は全員が受ける授業なのだが、言ってしまえばちょっと危険な社会科見学である。


 そんな場所に、場違いな武装をした男がいた。


 ――フィンだ。


「お前は何をしているんだ?」


『これでも軽装だ』


 黒い全身鎧。


 フルプレートを着込み、くぐもった声を出しているフィンは大きな盾を持っていた。


 鎧の一部から目が出現する。


 まとっているのは、黒助なのだろう。


 そういえば、俺が購入した課金アイテムもこんな感じだった気がする。


 ちょっと刺々しいデザインが、男心をくすぐってくる。


『相棒、俺が言うのも何だが、ちょっと大人気ないと思うぞ』


『馬鹿野郎! ミアに万が一のことがあったらどうするつもりだ! これでも俺は妥協したんだぞ!』


 このシスコン、ミアちゃんの盾になるためフルプレートを用意したようだ。


「フィン、過剰戦力って言葉を知っているか?」


『い、いや、だが、何かあったらどうするつもりだ?』


「お前は本当に過保護だな。見ろ、みんな呆れているぞ」


 周囲を見れば、引率の教師も同級生たちも引いていた。


 その中にはフィンリーの姿も確認できる。


「まったく、ミアちゃんも恥ずかしそうにしているじゃないか」


 俯いて耳まで赤くしているミアちゃん。


 だが、俺に冷たい目を向けているのはフィンリーだ。


「いや、兄さんも酷いわよ」


「え?」


 後ろを見れば、エリカが両手で顔を隠している。


 耳まで真っ赤にしていた。


 小声で俺に抗議してくる。


「おじ――リオンさんの馬鹿」


 周囲には無人機たちが整列しており、エリカを守る位置についていた。


 フィンが俺の胸に、人差し指でついてくる。


『お前も人のことを言えないじゃないか! というか、三年のお前がこの場にいるのはどういうことだ!』


 俺はフィンから顔をそらした。


 すると、嬉々としてルクシオンが俺に報告してくる。


『マスター、地下一階の掃討は完了しました! 後は二階と三階入り口の掃討を残すのみです』


 最悪のタイミングでルクシオンが、俺がしていることをばらしてきた。


 エリカが俺を見て怒っている。


「リオンさん?」


 その隣に立つのは、正式に婚約者に戻ったエリヤだ。


「あの、兄貴。流石にこれはないです」


「――駄目か」


 あの日以来、俺のことを兄貴と呼ぶようになってしまった。


 ま、別にいいけどね。


 引率の教師が俺に抗議してくる。


「待ってください、侯爵! これでは授業になりません!」


 だが、フィンの方は嬉しそうにしている。


『これでミアの危険が減るな』


『相棒は、そういうところだぞ』


 教師が俺を問い詰めてくる。


「それより、三年生も授業中のはずでは?」


「あぁ、サボったんだ。そして、今日は“偶然”にもダンジョンに入りたくなった。他意はない」


 堂々と答える俺に、教師はある人に助けを求めに行くのだった。



「ミスタリオン、心配する気持ちは分かります。ですが、やり過ぎではありませんか?」


「申し訳ありませんでした!」


 目の前にいるのは、俺の師匠だ。


 フィンもお説教を受けている。


「どうして俺まで」


「ミスタフィン! 貴方も同じですよ。相手を大事に思う気持ちは素晴らしいですが、いきすぎれば重荷となってしまいます」


「は、はい!」


 教師が泣きついた相手とは、学園長である師匠だった。


 俺も流石に師匠には抵抗できない。


「二人とも、罰としてここで待機していなさい。見守るというのも大事なことですよ」


 師匠がそう言って去って行くと、俺とフィンはダンジョンの入り口で待つことになった。


 エリカもミアちゃんも、ダンジョンへと入ってく。


 ミアちゃんは小さく手を振ってくれたが、エリカは少し怒っているのか無視していってしまった。


 いや、余裕がないように見えた。


 フィンが俺を見る。


「エリカちゃん、大丈夫か?」


「緊張しているのかもしれないな」


 人がいなくなったので、お互いに座って話をした。


 フィンは安堵している。


「しかし、ミアが助かる方法をエリカちゃんが知っていて助かったよ。うちのアホ皇帝も、詳しい内容は知らなかったからな」


 エリカは三作目について詳しかった。


 何しろ、随分とやりこんだそうだ。


 伯父さんとして、あの乙女ゲーをやりこむというのはちょっと心配だったのだが、理由を聞いたら泣けてきてマリエをハリセンで叩いてしまった。


 何しろ『ずっと家で一人だったから、母さんのゲーム機で遊んでいたの。よく分からなかったけど、母さんが楽しそうにしていたから』子供ながらに、母親の気を引きたかったのか、それとも母親と同じものを見たかったのか――とにかく、可哀想な話だったよ。


 家に帰っても親がいない。


 いても眠っており、相手にしてもらえないわけだ。


 よく道を踏み外さなかったものだ。


「俺は帝国の皇帝が転生者、っていうのが驚きだな。あの乙女ゲーを知らなかったのか?」


「前世で妹がプレイしているのは見た、とか言っていたな。ただ、その妹さんとは仲がよくなかったらしい」


 俺と同じようなタイプだ。


 フィンはミアちゃんの様子が気になるのか、ダンジョンの入り口を気にしていた。


 黒助が注意する。


『相棒、大丈夫だって。ミアはこの中なら元気になれる。ここは魔素が多いからな』


「わ、分かっているさ」


 俺はそんなフィンを見てからかうのだ。


「や~い、シスコン」


「はぁ? お前もだろうが!」


「俺のどこがシスコンだ? 訴訟も辞さないぞ」


 言い争っていると、ルクシオンが呟くのだ。


『争いは同レベル同士でしか発生しないのですね』


 ――こいつ、何が言いたいのか?


『ただ、マスターの目的は達成できましたね』


 フィンが俺を見る。


「目的?」


 ルクシオンが正直に答えるのだった。


『マスターがエリカを可愛がっていると、学園の生徒にアピール出来ました。これにより、両者が不仲でないと示せます』


 俺とエリカが婚約破棄したことで、勘違いする馬鹿を出さないための芝居みたいなものだ。


 だから――。


「そういうことだ。フィンのシスコンとは違う」


「シスコンじゃないって言っているだろうが!」


「どこが違うのか言ってみろよ!」


 黒助が目を横に振っていた。


『相棒、言い返しても無駄だ。相棒が負ける』



 一年生たちは、ダンジョンに入り目的地を目指していた。


 ミアは普段よりも体が軽く感じる。


「何だか今日は調子がいい!」


 楽しそうなミアとは対照的に、エリカは苦しそうにしていた。


 胸元で手を握りしめている。


「エリカ!」


 心配するエリヤが側に駆け寄ると、エリカは笑顔を作った。


「大丈夫。問題ないわ」


 青い顔をしているエリカは、誰が見てもやせ我慢をしていた。


 すると、周囲にいた生徒たちが騒ぎ出す。


「おい、モンスターの群れだ!」

「何でこんなに出てくるのよ!」

「誰か、助けを呼んでこい!」


 騒ぎ出す生徒たちは、エリカたちを守るために前に出るのだった。


 それを見たエリカが、駆け出して皆から離れていく。


 逃げ出したようにも見えるが、不思議なことにモンスターたちはエリカを追いかけはじめた。


「エリカ!」


 エリヤが追いかける。


 ミアも追いかけようとすると、生徒たちを抜けたモンスターが近付いてきた。


「きゃっ!」


 慌てて武器を手に取って構えるが、怖くて目を閉じてしまう。


 ミアに襲いかかろうとしたモンスターたちだが、急に動きを止めると――そのまま方向を変えてエリカを追いかけた。


 目を開けたミアが、不思議な光景を目にする。


「え?」


 モンスターたちが、自分たちを襲わずにエリカを追いかけていたのだ。


「何が起きたんだ?」

「モンスターが襲ってこないなんてあり得るのか?」

「数人をすぐに上に戻せ! 教師に知らせて、先輩を呼んでこい!」


 慌ただしく動き出す生徒たち。


 ミアは、エリカのことを心配して駆け出すのだった。


「留学生! 勝手に動き回るな!」


 他の生徒の意見を無視して、ミアは一人でエリカを追いかける。



「暇だな」


 欠伸をしていると、フィンも頷く。


「そうだな。それより、ミアは大丈夫かな?」


『相棒、その話題は数分前にもしたぞ』


 黒助がそう言うと、ルクシオンがわざとらしく訂正するのだ。


『数分? 五十八秒前ですが?』


『お前らのそういうところが苛々するんだよ!』


『おや、間違いを指摘されて怒ったのですか? これだから新人類の兵器は駄目なのです』


『あぁぁああぁぁぁぁあ!! 苛々する! 相棒、こいつだけでもスクラップにしようぜ!』


 今日も元気に仲が悪い。


 フィンの方は、黒助の意見を無視している。


「ミア、泣いていないかな?」


「お前は自分の相棒の意見を全て無視しているな」


 俺がそう言えば、ルクシオンが赤い一つ目を光らせていた。


『マスター、鏡をご用意いたしましょうか?』


「え、なんで?」


 ダラダラと話をしていると、息を切らした一年生たちが出入り口から出てくる。


 予想よりも早かった。


「もう戻ってきたのか?」


 立ち上がると、一年生たちが俺を見て叫ぶのだ。


「先輩、エリカ様が! それに留学生も!」


 事情を聞いた俺は、すぐにルクシオンを見る。


 持ち込んだコンテナが開き、姿を見せるのはエアバイクだった。


 だが、俺よりも素早かったのはフィンだ。


 黒助をまとうと、黒い液体に覆われて全身鎧を着用した姿になった。


 蝙蝠のような翼と、トカゲのような尻尾がついている。


『リオン、悪いが先に行く』


『相棒! 強行突破だ! 鉄屑は後からノンビリ来いよ。どうせ俺様には追いつけないからな』


 空を飛んでダンジョンに入るフィンを見送ると、俺はエアバイクに乗った。


 用意していたショットガンを肩に担ぐ。


「ルクシオン、最短ルートでエリカたちを助けるぞ。――おい、聞いているのか?」


『――舐めた物言いをしたな、欠陥品。私の実力を侮ったことを後悔させてやる! マスター、最短ルートを全速力で移動します。振り落とされないように注意してください』


「あ、はい」


 色々と言いたいこともあるが、今はエリカの救出が先だった。


「どうして面倒事になるのかな」


 浮き上がったエアバイク。


 ルクシオンが俺に注意してくる。


『舌を噛むので黙っていてください』


「了解――ぬわぁぁぁ!」


 分かったというと、エアバイクが想像していた以上のスピードでダンジョンの通路を走り抜けた。



 エリヤがエリカを見つけた時は、モンスターに囲まれていた。


 座り込んで苦しそうにしているエリカを見て、エリヤは剣を抜いて庇うように前に出る。


「エリカ、無事だよね!」


 エリカが顔を上げる。


「エリヤ、なんで来たの?」


「ぼ、僕は君の婚約者だから」


 脚が震えてくる。


 エリヤは震えながら、襲いかかってくるモンスターたちの相手をしていた。


 すると、そこにミアがやって来た。


 一本道であるため、迷わなかったようだ。


「二人とも!」


 声をかけてくるミアを見て、エリヤは覚悟を決めるのだった。


(エリカを助けるためには、誰かがここに残るしかない。僕が時間を稼ぐんだ)


 ミアがいるなら大丈夫だろうと、エリヤはすぐに事情を説明する。


「ミアさん、エリカを連れて先に戻って欲しい」


「え、でも」


「ここは僕が何とかするから、上にいる兄貴たちを呼んでくれ。で、出来れば、早く呼んできて欲しい。そうすれば、みんな助かるから」


 でも、と言うミアに、エリヤは強い口調で言う。


「行くんだ!」


「わ、分かったわ」


 苦しそうなエリカを見て、ミアは肩を貸すとこの場を去るのだった。


 モンスターたちを前にして、エリヤは剣を振るう。


「ここから先は行かせないぞ!」


 襲いかかってくるモンスターたちを、剣で斬り伏せていく。


 だが、腕を噛まれ、脚を噛まれ、倒しても次々に出現するモンスターを前にエリヤは苦戦していた。


(耐えないと。僕がここでモンスターを通したら、エリカたちが危ない)


 必死に戦うエリヤだが、数が多いモンスターたちに囲まれつつあった。


 このままでは危ないと思っていると、後方が明るくなった。


「邪魔だあぁぁぁ!」


 エリヤの横を通り過ぎたのは、エアバイクだった。


 モンスターたちを巻き込み、吹き飛ばして黒い煙に変えていく。


 エアバイクから降りてきたのはリオンだ。


「あ、兄貴!」


「伏せていろ」


 リオンがショットガンの引き金を引けば、モンスターたちが吹き飛んで黒い煙へと変わった。


「エリカたちはどこだ?」


「戻ってもらいました。僕がここに残ってモンスターたちを引きつけたんです」


「でかした!」


 エリヤの行動を褒めるリオンは、すぐにエリカたちを助けに向かおうとエアバイクに乗る。


 少し遅れてフィンがやってきた。


 翼をたたみ、地面に滑り込みながら急停止するのだが、慌てているようだ。


「ミアはどこだ!」


『何でお前らがここにいるんだよ!?』


 そんなブレイブに、ルクシオンは赤い瞳を光らせて答える。


『最短ルートを選択した結果です。新人類の兵器には出来ない芸当ですね』


『お前、本当に腹立つ!』


 リオンは、ルクシオンとブレイブを無視してフィンと話し合う。


「途中で会わなかったのか? 二人は先に戻ったみたいだぞ」


「会っていないから聞いている! それより、ミアは方向音痴だ。こんな場所でウロウロさせたら、どこに行くか分からないぞ!」


 エリヤは顔を青ざめさせた。


(方向音痴? え? ミアさんも!?)


「う、嘘だ。だ、だったらまずいですよ、兄貴!」


「え、なんで? エリカもいるから心配いらないだろ」


 しっかり者のエリカがいれば、ミアちゃんと一緒でも迷わないはずだ! などと言っているリオンに、エリヤは叫ぶのだ。


「エリカも方向音痴です! それも、凄い方向音痴なんです!」


「――え?」


  • ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねで応援
受付停止中
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ