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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:三嶋 与夢

第六章

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エリヤ

「リオン、お前はフレーザー家のエリヤと本気で決闘するのか?」


 翌日。


 男子寮に乗り込んできたアンジェに問われた俺は、寝癖を手櫛で整えながら答える。


「向こうが白い手袋を投げ付けてきたんだよ」


「それは聞いている。だが、フレーザー家は国境を預かる身だ。その後継者であるエリヤと戦い、恨みを残せば面倒になる。今でさえ、王国をいつ裏切ってもおかしくない状況だぞ」


 フレーザー家は、王家との婚約を破棄されている。


 それだけでも憤慨ものなのに、今度は決闘で虚仮にされれば何をするか分からない。


「今は国内で不穏な動きも多い。落ち目ではあるが、フレーザー家を敵に回すと厄介だ」


「分かっているけど、今更取り繕っても遅くない?」


「そ、それはそうだが」


 アンジェはかなり焦っているように見える。


 それだけ、王国内は危ういのだろう。


 それにしても、最近はルクシオンとクレアーレも忙しそうに動いている。


 あいつら、また何か企んでいるのだろうか?


 アンジェが悲しそうに俯いていた。


「リオン、私はエリヤの気持ちが少し理解できるのだ」


「だろうね」


「だから、面目の立つようにしてやってくれ。私からの願いだ」


 アンジェに頼まれたなら、あの五人のように徹底的に叩くことも出来ない。


「分かったよ」



 学園に登校し、休憩時間になるとマリエに呼び出された。


「何だよ」


「兄貴、エリヤのことなんだけど」


「またその話か」


 朝から皆がエリヤの話をしてくる。


 学園中に、エリヤが俺に決闘を申し込んだ噂が広がっていた。


 既に賭けをはじめようとしている馬鹿もいたが、俺とエリヤでは勝負にならないと賭けが成立していないようだ。


 エリヤは特別優秀な生徒ではないからね。


「面目の立つような決闘にはしてやるつもりだ。角が立たないように終わらせるさ」


「兄貴が言っても信用できないわよ。あ、そうじゃないの!」


 マリエは俺に、エリカとエリヤの関係について話をする。


「エリカだけど、実はエリヤのことを嫌っていないのよ」


「え? 何であいつなの? もっといい男は沢山いるだろうに」


「婚約が決まって、エリカは何度かエリヤの領地に向かったらしいの。エリヤ、甘やかされて育っていたから、最初は酷かったらしいわ」


 あの乙女ゲーでは、エリカは性格の悪い女で、エリヤはその子分みたいな婚約者だったと聞いている。


 だから、エリカはエリヤのことを好きだとか思ってもいなかった。


 え? あいつがいいの? どこがいいの?


「でも、エリヤってエリカに一目惚れをしたらしいの。だから、エリカは――」


 エリヤにいい領主になってもらうように、色々とアドバイスをしていたようだ。


 エリヤの奴は、エリカにいいところを見せようと頑張ったとか。


 それを聞いた俺は、いったいどうしたらいい?


「つまり?」


「たぶん、エリカってエリヤと結婚したかったんじゃないかな? 凄く嬉しそうにエリヤのことを話すのよ。あの子、自分の気持ちを口にするのは苦手なの。だから、エリヤと結婚したいとは絶対に言わないわ。でも、そう思っているのは分かるし」


 我慢しすぎるところはあると思っていた。


 だが、前世の母親であるマリエも気が付いていたのは意外だ。


 こいつは気が付かないと思っていた。


「よく見ているな」


「だって、あの子って私が駄目だったから我慢強くなったところがあるのよ。こ、これでも責任を感じているわけでして」


 やっぱりお前のせいか。


「それで? お前は俺にどうして欲しいんだ?」


 マリエが俺に土下座をしてくる。


「エリカとエリヤを結婚させてください!」


「……えぇぇぇ」


 ――また、面倒な願いをしてくる。


 それってつまり、俺にミレーヌさんの顔に泥を塗れと言っているのと同じなのだが?


 いや、いずれはそうなると思っていたけどさ。


 俺、気付けば全方位に喧嘩を売ってない?


 ローランドになら喧嘩を売ってもいいが、恩のあるヴィンスさんとかミレーヌさんに喧嘩を売るのはちょっと気が引けるんだけど。



 放課後。


 屋上に一人でいると、俺の側にクレアーレが近付いてくる。


『あら、珍しく悩んでいるわね』


「馬鹿。俺はいつも悩んでいるんだぞ」


『知っているわよ。けど、そんなに悩む姿も珍しいわよ』


 俺はクレアーレに、本音を吐露する。


「エリカがエリヤのことを好きなのは分かった。だが、それであの子は幸せになれると思うか?」


『さぁ? だって、私やルクシオンからすれば、マスターとの間に子作りをして欲しいからね。エリカちゃん、旧人類の遺伝子が色濃く出ているの。マスターとの間に子供が出来れば、私たち的には嬉しいし。ま、そのせいでしばらく体調不良だったみたいだけどね』


「そうなのか?」


 エリカが表に出てこなかった理由は、本人がこの世界に関わっていいものかと悩んでいたのもある。


 だが、一番は体調だった。


『常に安静にしていなきゃいけない状態じゃないの。けど、あまり無理は出来なかったみたい』


「いや、それと旧人類云々はどんな関係があるんだ?」


『大気中の魔素よ。これが今までよりも薄くなったの。ほら、共和国の聖樹が暴れたじゃない? あの時、かなりの魔素を吸い込んだみたいなのよ。今まで微妙なバランスだったのに、そのせいで魔素が薄くなったのよね』


 共和国の聖樹が暴れ、魔素が大気中より少しだけ減ってしまった。


 おかげでエリカは元気になったようだ。


 それを聞いて、少しだけ心が軽くなった。


「元気になったならいいか」


『だから、エリカちゃんとマスターは子作りしましょうよ』


「駄目だ。姪っ子はそういう対象じゃない。見守りたい親心を理解できない人工知能だな」


『今は他人じゃない! 手を出せよ、ヘタレ!』


「てめぇのせいでアーロンがアーレちゃんになったのを忘れてないからな! そもそも、お前のせいでジェイクがアーロン狙いになったんだよ!」


 お茶会の後のことだ。


 ジェイクがアーレちゃんによく声をかけるようになったらしい。


 ――もう、ジェイクは攻略対象ではなくなった。


 王族の男にろくな奴はいない。


『――で、マスターはどうしたいの? エリカちゃんとは結婚したくない。けど、エリヤも認めない。もしかして、結婚させないつもり? それって酷くない? ずっと側に置いて可愛がるとか、おぞましいことでも考えているの?』


「――それはない。だから悩んでいるんだろうが。エリヤ以上にいい男を捜すか?」


『エリカちゃんが納得するかしら? あ、別件を思い出したわ。実はね、攻略対象の下級生男子だけど、学園入学前に婚約が決まっていたわよ』


「は?」


『だって、今って女性の方が余っているもの。マスターのお兄さんも毎日のようにお見合いをしているわよ。学園入学前に婚約者がいるなんて、珍しくないみたいね』


 俺が入学した頃とは状況が違ってきているようだ。


「今の一年が羨ましいな」


 この事実を、フィンの奴にどうやって説明しようか?


 それが問題だ。


『でも、今は逆に女子に対して横暴な男子も増えているわよ』


「そうなのか?」


『立場が変わったし、今までの鬱憤もあるからじゃない? 婚約を餌に手を出して、そのまま遊んで捨てている男子もいるわね』


 うらやまし――くないな。


 女の次は、今度は男が増長するのか。


 まるでシーソーゲームだ。


 誰かバランス取れよ。


「――そいつらがエリカたちに近付いたら、お前の好きなように処分しろ」


『いいの! やったー! マスター、大好き』


 こいつに大好きと言われても嬉しくないな。


 しかし、本当にどうしよう?


 喜んでいたクレアーレが、急に周囲の景色に溶け込み消えてしまった。


 誰かが来たようだ。


 屋上に来たのはノエルだった。


「リオン、お客さんだよ」


 連れてきたのは、学園の関係者ではなく軍人のようだ。


 俺に頭を下げてくる。


「え、誰?」


 ノエルが笑いながら教えてくれたのは、俺としては困る人物だった。


「フレーザー家の騎士さん。エリヤ君の教育係だって」


 三十代の髭を生やした真面目そうな軍人が、背筋を伸ばして俺の前に立っている。


「侯爵にお話があってまいりました」


 ――ノエル、何て人を連れてきたんだ。


「決闘の話か?」


「はい」


「それなら、ユリウスたちみたいに虚仮にすることはない。安心しろよ」


「いえ、そうではないのです」


「何だ?」


「侯爵、エリヤ様のお気持ちを受け止めていただきたいのです」


 ――こいつは何を言っているのだろう?


「気持ちだ?」


「はい。エリヤ様は、これまではお世辞にも立派とは言えない方でした。ですが、エリカ様と出会い、そして変わられたのです。領主になる自覚を持ち、領内のことに関心も持たれるようになりました。――今が大事な時なのです」


 立派な領主となってもらうために、こいつら家臣としてはエリヤに心が折れてもらっては困るようだ。


「お前ら、エリカとの婚約破棄はどう思っているんだ?」


「――腹立たしいというのが素直な感想ですが、だからと言って王国を裏切るわけにもいかないのが本音です」


 俺の側で、周囲からは見えないクレアーレが耳打ちしてくる。


『嘘じゃないわよ』


 俺はエリヤの教育係を見ながら、気持ちを受け止めるという意味を確認する。


「それは、俺に本気で相手をしろという意味か? それとも、手加減をして欲しいのか? そもそも、エリヤは強いのか?」


「エリヤ様の実力は、並の騎士以下でございます」


 ハッキリ言う家臣だな。


「ただ、最近は気合を入れて訓練もしており、鎧の操縦技術も上達しております。なので、怪我をしない程度に、本気で相手をしていただきたいのです」


「それ、難しくない?」


 困っている俺に、ノエルが話しかけてくる。


「どうするの? 別に殺したいと思っているわけじゃないんでしょう?」


「当たり前だ」


 何が悲しくて、学園の決闘で命を賭けなければいけないのか。


 そういうの、もう流行らない。


 ノエルが俺を見る目は、真剣そのものだった。


 何かを心配しているような目をしている。


「――別に殺すつもりも、怪我をさせて後遺症を残す戦い方もしない。これでいいんだろ?」


 教育係の騎士が、俺にお礼を言って屋上から去って行く。


 すると、クレアーレが姿を見せた。


『また面倒よね』


「クレアーレ、あんたもいたんだ。最近見かけないから心配したわよ」


 ノエルがそう言うと、クレアーレも軽口を叩く。


『これでも忙しいのよ。マスターみたいに、イジイジと悩んでいる暇もないの』


 こいつ、どうして俺を引き合いに出した?


 ノエルが笑いながら、俺の隣に来る。


「リオンは、エリカ様と結婚しないの?」


「しないよ」


「好きならすればいいのに。アンジェリカもオリヴィアも怒らないと思うわよ」


「エリカは好きだけど、どちらかと言えば親愛というか親戚みたいな関係? だから、結婚となると違うんだよね」


「そうなの?」


「そうなの。だから、エリカには幸せになって欲しいんだけど、どうしたらいいか分からないんだよね」


「そっか。なら――」


 俺はノエルの提案を聞いて、エリカを試すことにした。



 学園の闘技場。


 久しぶりに顔を出したニックスは、ポップコーンを片手に決闘を観戦することにしていた。


 連日お見合いが続いており、今日はリオンを理由に逃げ出してきたのだ。


 弟が決闘するので見にいきます、と強引にお見合いから逃げ出してきた。


(上は四十代から下は一桁――こんなの間違っている)


 疲れた顔をしているニックスの隣には、ジェナが座っていた。


「あ~、嫌なことを思い出すわ」


「お前、リオンの鎧に爆弾仕掛けたよな。家族としてドン引きだよ」


「五月蠅いわね! 私にそれ以外の選択肢があったと思うの?」


 苛々しているジェナだが、王都で随分と息抜きを楽しんでいた。


 買い物やら、友人たちとの再会。


 だが、婚活だけはうまくいっていなかった。


「ちくしょう! リオンの伝が使えれば、すぐにでも王都の貴族と結婚できるのに!」


 ニックスは呆れていた。


「そんな調子だから、親父たちもお前の結婚に反対するんだよ。心を入れ替えれば考えるのに、お前が態度を変えないからだ」


「女を奴隷みたいに扱うなんて間違っているわ!」


「だから男を奴隷にするのか? お前はまったく成長しないな」


 今のジェナが、リオンに近付きたい貴族と結婚すれば問題しか起こさない。


 そのため、ジェナの結婚にリオンの伝は使わせていなかった。


「もう、王都で観光を楽しんだなら、帰って寄子の誰かと結婚しろよ」


「嫌よ。私は絶対に諦めないわ」


 ニックスのポップコーンを奪い、ジェナはやけ食いする。


 そんな二人の隣に来たのは、フィンリーだった。


「あ、二人も見に来たの?」


 そんなフィンリーの後ろには、お菓子などを大量に持っているオスカルがいた。


「バルトファルトさんのお知り合いですか?」


「うん。うちの兄と姉よ」


 少し厳つい顔をしているが、オスカルは美形だ。


 高身長で筋肉質の体。


 ジェナがポップコーンを落とすのを見て、ニックスは顔に手を当てた。


(あ、こいつジェナが好きなタイプだ)


「フィンリーがいつもお世話になっています。姉のジェナです」


「オスカルです。バルトファルトさんにはいつもお世話になっています」


 急に猫なで声を出すジェナを、ニックスもフィンリーも呆れてみている。


「ジェナ、がっつくなよ」


「姉さん、最低」


 フィンリーは、どうやらそこまでオスカルのことを好きではないようだ。


 だが、姉が狙っているのは許せないらしい。


「年下の男子を狙わないでよ」


「フィンリー、そう怒らないでよ。いくら私の方が女性として魅力的だからって、自分を卑下することはないわ」


「はぁ!? 私がいつそんなことを言ったのよ!」


 二人の間で火花が散る幻覚が、ニックスには確かに見えていた。


 オスカルが困り果てている。


「二人ともお美しいですよ」


「もう、オスカル様ったら正直ですね」


 ジェナがなりふり構わず、オスカルの腕に抱きついていた。


 それを見て、フィンリーが目を見開き睨んでいる。


(面倒にならないといいけどな。――ん?)


 誰かに見られている気がして、振り返るとそこには清掃作業をしている学園の職員がいた。


 若い男は帽子を深くかぶっている。


(あれ? 誰かに似ているような)


 ニックスが顔を向けると、逃げるようにその男は去って行く。


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