留学生
学園校舎の前に来たミアとフィンは――それぞれ違う感想を述べる。
「うわ~、凄いですね、騎士様。この学園、お城みたいですよ。こんなところで、貴族の皆さんは勉強するんですね」
平民として育ったミアからすれば、王国の学園はお城に見えた。
何もかもが豪華に見えてしまう。
だが、フィンは違う。
「貴族趣味が出過ぎているな。無駄な装飾が多い」
金をかけるべき所を間違っていると思っているようだ。
ミアが困っている。
「き、騎士様、厳しいですね」
「ん? いや、別に文句を言いたいわけじゃないが――まぁ、お国柄だろうな。帝国はもっと質素な建物が多いから、異文化を感じられていいんじゃないか?」
慌ててフォローしてくれる自分の騎士に、ミアは安心した。
「今日からここで学ぶんですね。私、楽しみです」
嬉しそうなミアを見て、フィンも笑顔を向けてくる。
「よかったな。さて、入学式に向かう前に、教室へ行こうか。ミアの教室はこっちだ」
フィンが手を引いてミアを連れていく。
ミアはキョロキョロと周囲を見ていた。
(外国の学園に通えるなんて、私って幸せ者だな)
これからの学園生活に期待を膨らませていた。
◇
「お宝を探そうと森で遭難するとか、お前たちは本当に馬鹿だな」
入学式の準備で忙しい中、俺は自分の寄子になってしまった四人を前にグチグチと文句を言っている。
嫌な上司の典型だろうが、俺にだって言い分がある。
「怒らないでくださいよ。みんな無事でしたし、よかったじゃないですか」
笑顔のジルクは、悪びれる様子もない。
「お前らはもっと反省しろよ!」
ブラッドなど、髪型が決まらないと手鏡を持って髪を触っていた。
「新学期には間に合ったんだ。いいじゃないか。それより、この髪型をどう思う?」
「知らねーよ!」
そして、更なる問題児が二人いる。
「どうよ、新しいはっぴだぜ!」
「グレッグ――それ、どこで作った? 私も欲しいぞ」
目を離すと服を脱ごうとする二人――グレッグとクリスだ。
今は制服の上着を脱いで、その上にお祭りのはっぴを着用していた。
――もう、何なんだよ、こいつら!
そして、面倒なこいつらのおまけが――。
「バルトファルト、新入生への挨拶は俺がしていいのか? お前がした方がいいだろ」
「何でお前がいるのに、俺が新入生に挨拶をするんだよ。俺、そういうの嫌いなんだ」
「俺も得意じゃないんだが?」
控え室で賑やかな五人の面倒を見ている俺は、早く制服姿のエリカを見たいと思うのだった。
前世――出会うことのなかった姪っ子と、この世界で出会えたのだ。
それに、エリカには大きな恩がある。
返しきれない恩のある姪っ子の面倒を見ない伯父はいない。
「ところでバルトファルト」
「どうした?」
ユリウスに尋ねられたのは、留学生のことだった。
「帝国から留学生が二人来ている。俺たちが関わるわけじゃないが、何かあれば助けてやって欲しい」
「――まぁ、気にかけてやるが、どうして急にその話をするんだ?」
帝国からの留学生は、俺も気になっていた。
何しろ、本来なら一人だけが留学してくるはずなのだが、二人も留学してくる。
一人は主人公で間違いないが、もう一人は男だ。
ゲームには登場していないというから、怪しくて仕方がない。
ただ、ユリウスはあの乙女ゲー云々という話を知らない。
それなのに、気にかけてやって欲しいとはどういう意味だろうか?
ユリウスは少し困った顔をしながら、俺に事情を話すのだった。
「実は――今年はエリカの他に、弟も入学してくるからな」
ユリウスの腹違いの弟は、三作目に登場する攻略対象の男子だったはずだ。
マリエ曰く「アウトロー」だったか?
だが、女性のイメージするアウトローってどうなんだろう?
本当に無法者、ということでもない気がする。
俺たちの会話にジルクが割り込み、ユリウスの話に付け足してくる。
「【ジェイク】殿下ですね。殿下とは腹違いになりますが、もっとも王太子に近い立場にいます。ただ、ちょっと性格に問題がありましてね」
「そんなにか!?」
「――何故、そんなに驚くんですか?」
「いや、だって、性格に問題しかないお前らが、性格に問題があるって言うくらいだぞ。そいつはきっととんでもなく性格が悪いに違いない、ってね」
からかってやると、ジルクがムスッとしていた。
「失礼な。ですが、ジェイク殿下は少々粗暴――いえ、ワイルドな方です。留学生相手に何かするとは思えませんが、気を付けるべきですね」
――ワイルド、ね。
そんなジェイク殿下が、主人公を射止めて物語をハッピーエンドに導くなら問題ない。
むしろ、応援してやってもいい。
だが、エリカに手を出したら――人生から退場してもらおう。
「留学生に関しては俺も気を付ける。さて、そろそろ時間だから行くぞ。あと、そこのお祭り馬鹿二人は制服を着ろ!」
「え? どうしてだ、バルトファルト!」
「これは私たちの正装だぞ!」
――お前らはどうしてこんなに残念なんだ?
だが、いつまでも馬鹿に構ってはいられない。
俺には気になることがあった。
悪役王女が、実は優しい姪っ子だったのだ。
それとは逆に、主人公が酷かった――というパターンだけは嫌だと思いつつ、俺は控え室を出て入学式の会場へと向かう。
主人公を早いところ見極めたいのだが――最近、ルクシオンの様子がおかしい。
エリカに構っているだけではなく、どうにも不機嫌なのだ。
主人公の様子を探らせても成果が出ていないのも気になる。
「――厄介だよな」
そう呟き、入学式の会場に入った。
◇
入学式。
在校生代表の挨拶を読むのは、ユリウスだった。
その様子を、ミアの隣に座ってみているフィンは口元に手を当てて見ている。
(ここまでは順調――とは言い難いか)
王国に入国し、入学式までは普通にゲーム通りの進行を見せていた。
だが、ブレイブから気になる報告がある。
フィンにテレパシーで伝えてくる内容は、
『相棒、どうやら俺様たちは見張られているようだ。この鉄臭い感じは、旧人類共の遺物に違いないぜ』
(旧人類?)
『生存競争に敗れたなら、さっさと退場して欲しいよな。苛々するぜ』
ブレイブが苛立っているのを感じ、フィンは隣に座っているミアを見る。
緊張している様子だった。
(俺たちを探っているのか?)
『俺様が防いではいるが、狙いはどうやらミアらしいな。相棒たちが気にしている“転生者”かもしれないぜ』
(かもしれない、か。ちゃんと調べたのか?)
『向こうにも厄介な奴がいるんだよ! 一番怪しいのは、リオンっていう英雄だな』
自分たちが知らない名前。
最近になって名前が聞こえてくるようになった王国の英雄。
(チートアイテムを手に入れて成り上がった、っていうのはあり得るな)
フィンは警戒を強める。
(黒助――お前なら勝てるか?)
『負け犬共に負けるかよ。だが、相手の戦力は未知数だからな』
フィンは考える。
(黒助でも調べきれないとなると、厄介だな)
在校生代表の挨拶を終えるユリウスと代わり、今度は新入生代表のジェイクが出てくる。
癖のある金髪はショートで、鋭い目つき。
青い瞳が綺麗だった。
気の強そうな顔付きをしている王子様は、先程の大人しそうな兄とは違い――。
「私がジェイクだ」
――いきなり、入学式とは思えない挨拶をはじめる。
「さっきの愚かな兄は、王太子を廃嫡された負け犬だ。そして、もっとも王太子の地位に近いのはこの私になる。ホルファート王国を背負うのが誰なのか、お前らはその辺りをしっかり考えておけ」
ミアが驚く。
「き、騎士様、挨拶をしている人、何か今までとは雰囲気が違いませんか?」
フィンが右手で顔を隠した。
(ゲームでもいきなり派手な挨拶をしていたが、リアルでも同じかよ。というか、リアルだと――どう見ても痛い奴じゃないか)
ジェイクが教師たちに止められ、下がっていく姿を見てフィンは思った。
(あいつにミアは任せられないな)
「――ミア、あの手の男は気を付けた方がいい」
「は、はい?」
自分の騎士が何を言っているのか分からないミアは、頷きつつも不思議そうにしていた。
フィンは前を向く。
(さて、相手はどう出てくるかな?)
まだ会ったこともないリオンが、どのような人物なのか警戒するフィンだった。
◇
『――私の邪魔をする存在がいます。しかも、新人類の遺物です』
入学式が終わり、控え室に下がった俺にルクシオンが報告してきた。
「可能性があるとすれば、留学生の主人公とその付き添いか」
『付き添いは護衛騎士という立場ですね』
「マリエが言っていたな。確か、帝国の制度だったか?」
留学生を探らせてはいるが、どうにも情報が集まらない。
その理由が――新人類の遺物というか、兵器だとは思わなかった。
ユリウスの弟が痛い奴だっただけでも大変なのに、まさか留学生たちがチート持ちとは厄介だな。
「お前が邪魔をされて情報を集められないとなると、相手は強いのか?」
『何を言っているのですか? 私が負けるなどあり得ませんよ。相手の戦力が測れていないので警戒しているだけです。どうしてそのような評価になったのか疑問ですね。もしや、私よりも強いのではないか? そんな疑問をマスターは抱いているのですか? ――心外ですね』
早口で捲し立ててくるルクシオンに呆れつつ、俺は相手の出方が分からないのが怖いと思った。
「何を考えているのか分からないのは怖いよな。せめて、何が目的なのか分かるとありがたいんだが」
『マスター、先手必勝です。留学生など最初からいなかったというのはどうでしょうか?』
「却下だ。留学生に酷いことをするなんて、アルゼル共和国と何も変わらないぞ。俺は心優しい男だから、その手は使わない」
『お優しいですね』
「――相手の目的が分かれば、どんな手を使ってでも対処するさ」
『マスター、私は信じていましたよ』
敵対するなら容赦なく潰す。
それが――俺がアルゼル共和国で学んだことだ。
もう、転生者に期待なんてしない。
「一度、留学生と話をするか」
搦め手が駄目なら、正面から攻めるしかない。
◇
そこは学園の謹慎室だった。
ジェイクが放り込まれ、非常に荒れていた。
「私の価値を知らない馬鹿共が!」
扉の向こうにいるのは、そんなジェイクの乳兄弟である【オスカル・フィア・ホーガン】だった。
背が高く、ガッチリした体つきをした赤毛の男だ。
髪は後ろで束ねている。
厳つい感じで、ジェイクの護衛という印象を与える男だった。
「殿下、入学式の挨拶は真面目にすると言っていたではありませんか」
「だから真面目にやっただろうが。私の立場を明確に伝えてやった」
このジェイクという王子は野心家だった。
邪魔な兄が廃嫡され、もっとも王太子の地位が近い立場になった。
そのことで、多少浮かれている。
「軟弱な兄上に代わり、私がこのホルファート王国を導かなければならない。オスカル、それはお前も分かっているだろう?」
「はい、殿下」
ジェイクは謹慎室にあるベッドに腰掛け、足を組む。
「オスカル、バルトファルトを呼べ」
「殿下?」
「王宮では面会も許されなかったが、学園に来ればこちらのものだ。どちらに付き従うのか、バルトファルトに問う」
ジェイクの性格もあって、王宮ではリオンとの面会が許されなかった。
(バルトファルト、英雄なら判断を間違えるなよ。もしも間違えた場合は――私は父上や王妃様のように甘くはないぞ)
今や王国の切り札となりつつあるリオンを、自分の下に付けようとジェイクは考えていた。
「すぐに呼んでまいります」
「頼んだぞ、オスカル」
オスカルが離れていく。
ジェイクは自分が王になることを考えながら、微笑むのだった。
「バルトファルト、私の前に膝をつく時が来たぞ」
しばらく待っていると、オスカルが戻ってきた。
「殿下、お連れしました!」
だが――ジェイクは頬を引きつらせる。
「オスカル――そこにいるのは誰だ?」
オスカルが連れてきた女子を見ると、
「は、はじめまして、殿下! フィンリー・フォウ・バルトファルトです。あ、あの、殿下に呼び出されるなんて思ってもいませんでした」
――バルトファルトで間違いはなかった。
オスカルは満足したような表情をしている。
「殿下も色を知ったのですね。まさか、バルトファルト嬢をお呼びになるとは思いませんでした」
ワナワナと震えるジェイクは、手を握りしめて――叫ぶ。
「オスカァァァルゥ! 私が呼んだのは兄の方だ!」
「え!? まさか、そっちでございますか!」
「どういう意味だ! お前は、私の話を聞いていたのか!? むしろ、どこをどう間違えば、そこの女子を連れてくるのだ!」
本気で驚いているオスカルを見て、ジェイクは思うのだ。
(どうして私の乳兄弟がこいつなのだ!? 兄上の乳兄弟なら、もっとうまくやっただろうに!)
頭を抱えるジェイク。
そして、それを見て困惑するオスカル。
――フィンリーは、期待しながら連れてこられたら、兄の方がいいと言われてとても微妙な気分になっていた。