総務省も問題視する羽生結弦に対する「誹謗中傷」…名前を使った悪質便乗商法「筆に力がないので炎上を求めるしかない」
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まさに、捏造メディアである
ほとんどが羽生結弦と関係がない他人や他作品の話ばかり。
まさに、捏造メディアである。
近年では「憎悪クリエイター」とも呼ばれている。
それにしても正直なところ、羽生結弦の名前を使っているとはいえ、関係のない話かつネガティブな内容のためPVも伸びるようには見えない。それでも無理やり「ネタ」を作り貶める。
なぜ無理やりになるかといえば、無茶な「切り口」を求めるからである。
筆に力がないので炎上を求めるしかない
そしてなぜ無茶な切り口をなぜ求めるかと言えば、みな同じになってしまうからである。同じではPVが伸びない、筆に力がないので炎上を求めるしかない。羽生結弦の名前をこじつけであろうと使うしかない。
今回の件で言えば『Fantasy on Ice 2024』が始まるというだけでは、ただ書きくだすだけではみな同じ内容にならざるをえない。
もちろん良識ある報道メディアは善い方向での情報発信をするのだが、ゴシップメディアは「下げ」の「切り口」で書くしかない。
理由としては第一に上げた側にせよ下げた側にせよ関心を引くから、関心のない側にとっても「有名人がひどい目に遭っている」ことで関心を引くから、そして「そのほうが書くのに楽だから」である。
前回は概ねこのような内容で書いたが、それでは私がメディアの経験を踏まえて一部挙げる。
そうしたメディアもよくわかって、あえて燃料をくべている
『“羽生結弦の所作”を取り入れた「陰陽師0」 山﨑賢人主演でも”不入り”の深刻事情』(日刊ゲンダイDIGITAL)
日刊ゲンダイのネット記事だが、同誌(正確には新聞ではないため「誌」とする)による羽生結弦の記事としてはかつて『GIFT』のときの「本当にファンを思ってやっていることなのか」「東京ドームを満員にしたという事実が欲しいだけ」「欲」「せっかくの史上初が汚点となりかねない」とスポーツライターのコメントを借りて記事にしたことは記憶に新しい。
つまり「女性の読者はどうせ少ない」「おおよその中高年男性にすれば羽生結弦の人気(ここは男性アイドルでも当てはまる)は面白くない」だろう、という憶測から書かれている。
ネットが無かった、いまほど普及していなかった時代は帰宅途中のサラリーマンのおじさんが気晴らしで読むだけの雑誌だったので多くの目に触れる機会がなかったのだが、それがネットニュースやSNSによって嫌でも目にしてしまうことになってしまった。
これは日刊ゲンダイに限らず多くのゴシップ誌の新たな問題であり、昨今の炎上を含めた憎悪煽りの引き金ともなっている。そしてそれをそうしたメディア側もよくわかって、あえて燃料をくべている。
羽生結弦の名前を使った便乗商法
で、何が凄いってこの記事、羽生結弦がまったく関係ないのである。
実のところ昔からある手口なのだが、とにかく「羽生結弦」の名前をぶっこめればなんでもいいのだ。おそらく「『陰陽師0』不入り」ではPVがとれないと踏んだのだろう。ここに主演の山﨑賢人の名前を入れれば食いつくがもっと欲しい、そうだこの作品のアクション監督は羽生結弦のプログラムからインスピレーションを受けたと語っていた、なら羽生結弦の名前も入れちゃおう」である。そんなに外れていないと思うというか、その程度の話である。
ちなみに当の『陰陽師0』、4月19日~5月14日の興行収益は10億円、動員74万人で「不入り」とは言えない。そもそもここになぜ羽生結弦の名前どころか写真まで使っているのか意味不明でしかないが、実のところ意味不明でなく、羽生結弦の名前を使った便乗商法というわけである。まして、善いことに使うならまだしも下げである。このパターンは本当に多い。
とどのつまり、記事は羽生結弦まったく関係ない
『「羽生結弦とは愛される能力に違いが…」 宇野昌磨がプロ転向で成功する理由』(デイリー新潮)
これも同様に「羽生結弦」の名前はまったく必要のない記事である。それにしても「孤高を貫く“オラオラキャラ”の羽生」と語る「フィギュア担当記者」なる人物は存在するのだろうか。私も政治関係者の発言や一般人を扱ったルポルタージュでいわゆる「伏せる」ことはあるが、「孤高を貫く“オラオラキャラ”の羽生」と語る「フィギュア担当記者」はちょっとどうか。
みなさんもフィギュアスケートに詳しいからわかるだろうが「本当にいるのか?」とされても仕方がない。羽生結弦のファンでなくともそうした見方、アンチすらあまりする方はいないように思う。
それだけでは記事として成り立たないからだろう、スポーツライターや渡部絵美のコメントを持ち出してきて「肉づけ」したのか、その逆でスポーツライターや渡部絵美のコメントをとってはみたものの「燃やせそうにない」から「フィギュア担当記者」なる人物を出すに至ったのかは知るよしもないが、とどのつまり記事は羽生結弦まったく関係ない、なのにタイトルの先頭から「羽生結弦」というこちらもなんともな記事になっている。
総務省の検討会でも「羽生結弦さん」の「誹謗中傷の原因」と
こうして燃やすため、PVのための「切り口」ばかりを求めた結果「羽生結弦」の名前を使うに至る。かつての紙媒体のように購入した一部読者の目にしか触れない、触れたとしても中吊り広告程度だったものがネットニュースによって拡散していらぬ憎悪と当該人物(この場合はもちろん羽生結弦)に迷惑をかける。羽生結弦に限らない一部ネットメディアの問題だが、きちんと報じるメディアもまたこうした一部に迷惑している。
言論の自由は守らなければならないが、明らかな目的外利用こそそうした自由を制限しようとする側に利用されてしまう。総務省の検討会でも「羽生結弦さん」の「誹謗中傷の原因」として挙げられた「質より関心」「中身より注目」「なにより金」の「やったもの勝ち」が、これまでのゴシップメディアだけでなく中小ネットメディアや個人メディア、一般人に至るまで拡がっているのではないか、といった趣旨の「アテンション・エコノミー」(関心経済)に対する問題提起はもっともである。そうして取り上げてくれた総務省に声を上げ続けることも大事に思う。
他にもうんざりするほど「羽生結弦」の名前だけを使った「まったく関係ない下げ記事」が『Fantasy on Ice 2024』前に大量に出回ったが今回はここまでとする。これからも羽生結弦の被害とメディアの問題、書く所存である。
(了)