1人ぐらい食べてもまぁバレへんやろ 作:こだまりパン
少年探偵団とのお宝探し、もといおしゃべり散歩はふつうに楽しかった。
学校帰りの彼らを長い時間拘束するのも憚られたので、まぁ帰り道の途中(多少の寄り道あり)までということで町の案内をしてもらったのだが、お宝探しはもはやオマケのような盛り上がりだった。
あの駄菓子屋は当たりが出やすい。幽霊屋敷があるらしい。喫茶店で見かける三毛猫がかわいい。サッカー遊ぶならあの公園がいい。かくれんぼはあそこがやりやすい。どこそこでカブトムシを見つけた。あの本屋のじいさんがあやしい。図書館の館長さんの顔がたまに怖く見える。あのお店の裏を通ると近道だ。などなど。
出るわ出るわ小学生ならではの情報の洪水。
本当に喋りたいこと片っ端から喋ってくれるね小学生。かわいいね。
それはそうと眼鏡男子はもっと喋って。じっと観察されるの怖いんだけど……?
み、みんなすごいねー、物知りなんだねー(棒)
これならお宝さがしだって楽勝なんじゃないかなー?
「そ……そうですよお宝! お宝さがしはどうするんですか?」
少年探偵団の頭脳担当、光彦くんが今思い出しましたと言わんばかりのリアクションをしてくれる。
「俺はパス。今日はもう時間ねーし、また明日で良いんじゃねえの?」
「えー! コナン君帰っちゃうのー!?」
「おいコナン! ノリが悪りぃぞおまえ!」
眼鏡男子コナン君がどこか冷めた返しをすれば、紅一点歩美ちゃんとおにぎり元太君が不満をぶーぶー。自分の意見をずけずけと言えてケンカにもならないこの流れだけでも彼ら四人の仲がとても良好なことが窺える。
にしてもコナン君、君帰っちゃうの? 意外。
さっきの出発から今まで、目つきとかに変な感じはしなかったけど、ずーっとおれのこと見たり何か考え事したりしてたじゃん。もしかして飽きた? 無害認定?
そこからは彼らの歩みに合わせて、目的地も言われないまま彼らについていくだけの時間が続く。その間も少年探偵団は「宝探し!」「行かない」「行く!」「行かない」「行ーくー!」「行 か な い !」と子どものようなやり取りを繰り返していた。あっ、子どもか。
結局あれこれ言い合っているうちに、なんと喫茶ポアロに到着してしまった。
おれが、おー……ん? 的な困惑顔を披露してみれば、それに気づいた一同が「あっ」といった表情を見せる。ほんの少しの間だったがやり取りに熱中して完全に存在を忘れ去られていたらしい。いや別に良いけども。あっ、あっ、年度年齢6歳児どもの微笑ましいやり取りに癒されてましたのでお気になさらずぅ……。
「あー……、どうせだしちょっと寄ってくか?」
「そ、そうですね! いっぱい喋ってノドもかわきましたし!」
「オレンジジュース!」
「歩美も!」
微妙な空気を入れ替えるようにコナン君が休憩を提案すると、年齢以上に敏い光彦君がそれを察して乗っかった。さらに休憩と聞いてジュースを連想した元太君の元気な声と、ついそれに釣られた歩美ちゃんがドアベルを鳴らしながら店内にわぁっと入っていく。
「あー! 二人とも待ってくださいよぉ!」
「あ、おいおまえら! ……ったく」
三人目光彦君もぴゃっと入店してしまった。コナン君の伸ばした手はむなしく宙ぶらりん。
にしても小学生が下校途中にサ店でけーきゅーとはマセてますなぁ。そういやこの世界ってまだ平成……時代柄かな?
この子らのこと最初見かけた時は集団下校で四人組作ってるのかと思ったけど、こうなると違うっぽいな。まぁ児童数が多い都会で小1四人だけの下校班とかまずありえないのか……? 全国から地方までニュースが不審者ブーム一色になって集団登下校が始まるのってまだ先のことなのかも……。
んー、わからん。どこら辺までがおれの知ってる日本と共通なのか全然わかんねーわ。
「ねえ、よかったら一緒にどう? 君も」
へ?
あぁー……うん、ぜひとも。
喫茶ポアロはアニメで見た内装そのままだった。
店員さんが榎本梓さん一人だけで、某100億の色黒男がまだ雇われていないところがおれの昔の記憶と違うところだけど。
あれ? あの三面男っていつから登場するんだっけ……?
ていうかそもそも今って原作で言うところのいつなんだろう。
シェリーさんが少年探偵団と一緒にいないし、道中の会話でも一言もふれられてなかったから、きっと序盤も序盤のところなのは確実だけど。
たしか名探偵コナンって、漫画とアニメで時系列が前後してたりするんだったっけ……? だめだその辺も全然わからん。もしかしておれが持ってる原作知識って基本役立たず……? わぁっ。
「どうせなら宿題やってこーぜ」
「歩美算数やりたーい」
「じゃ、じゃあボクが教えてあげますよっ」
「ほんとう? ありがとう光彦君!」
三人はわいわい、かといって店内の空気を邪魔しない程度の騒がしさで、注文したジュースと一緒に宿題をテーブルの上に広げている。梓さんはその光景を見てにこにこ。お客さんが少ない時間帯だし、まぁよほどのことがない限りはこの感じはOKなのかな。
六人がけのテーブルで元太君が角の一番奥、歩美ちゃんがその真向かい、ちゃっかり歩美ちゃんの隣に光彦君で、さらにおれが隣にお邪魔します。コナン君は元太君の隣、ていうか元太君がスペース大きく使ってるから必然的に
おれとコナン君のところにブラックコーヒーが来たところで
「へぇ、コーヒー飲めるんだ?」
お、オマエモナー?
……コーヒーが来たところで話が再開。
「そういえば自己紹介を忘れていましたね。ボクは円谷光彦です」
「私、吉田歩美!」
「小嶋元太だぜ」
「江戸川コナン」
「ボクたちみんな帝丹小学校に通ってるんです」
「1年B組なんだよ!」
「そんでもってオレたち四人で探偵団やってんだ! ……四人合わせて〜」
「「「少年探偵団!!」」」
三人とも座りながらなのに器用にポージングありがとなす。宿題片手に器用だね?
コナン君だけは頬杖ついた半笑いで他人のふりしてるけど。
で、きみは? って感じでおれに視線が集まる。
え、あー、どうしよ。名前……。……え、まじでどうしよ。どないしょ。何も考えてなかった。
前々世人間だった時の名前名乗るのはなんとなく「違う」ってずーっと前から心底思っちゃってるし、かといって前世での名前も……あ、いや今って死んで生まれ変わってるけどぶっちゃけ前世からの続きみたいなもんなのか? それなら別に問題ない……のか? だめだよくわからん。
まぁいいや。とりあえず。
おれの名前はデビル!
小学3年生!(推定) よろしくな!
「デビル……」
「でび、る?」
「え、悪魔なんですか?」
「ンだよそれぇ?」
ぽかんとしたコナン君。戸惑い気味の歩美ちゃん。ふつうに疑問顔の光彦君。ふざけられたと思ったのか素直に不満顔の元太君。
四者四様の反応だけどすまんのう。あながち偽名でもないんじゃよ……。
ほら、あの、名付け親(命名機関?)がちょっと特殊な(訓練を積んだ)人(人たち?)だったから……。
なんか特別な由来があるらしくてー、そこから取ったらしくてー……。
そう濁せばみんなして「あっ(察」って顔をしてくれた。話が耳に入ったらしい梓さんなんてあからさまに気の毒そうな顔になってるかんな。
そしてキラキラネームの存在はちゃんと認知されているらしく、彼らがこれ以上おれの名前に色々と突っ込んでくることはなくなった。嘘では無いけど本当のことでもないこのテキトーな言い訳で誤魔化されてくれてサンキューやで……ホンマええコらや……。
「んー、じゃあアっ君!」
「なんだよ歩美ぃ、急に」
「もしかしてデビルさんのニックネームですか?」
「そうそう! アっ君ってどう。悪魔のアっ君。かわいいでしょ~。どう思うコナン君?」
「か、かわ……? って、男子に”かわいい”で良いのかよ」
あ、おいら女なんでかわいいの大歓迎よ! ばっちぇこいなのよ!
「え!?」
「あ!」
「あ? そうなのか?」
「そうなの!? じゃあアっちゃんのほうが」
「いやいやいや、問題はそこじゃないんじゃないかな歩美ちゃん……」
本気でびっくり光彦君。驚きもあるけど得心の方が大きそうなコナン君。ぶっちゃけ男女の別に興味なしな元太君。妙なところでマイペースを発揮する歩美ちゃん。
ひゃだ……この四人すごくおもしろい……。
ま、とりあえずアっ君でよろしく! 気に入ったわ!
「それじゃあアっ君で決まりね!」
「なーなー、あだ名つけんだったらクマの方が呼びやすくねえか?」
「! クマさん!? それかわいいかも! アっ君女の子だもんね!」
「あのー、とりあえずよ、よろしくお願いしますね。アっ君…さん!」
呼びにくかったらデビルもじってデイブ……もといデブでもいいゾ。
「よよ呼びませんよ!?」
「アっ君は太ってなんかないよ!」
「そうだぞ! お前骨みてーだから見てて心配になっちまうくらいだ。もっとうな重食べろよな!」
「おいオメーら……。まぁそれはそうと、そういう自虐ネタはやらない方がいいと思うな。あまり自分を大切にしてないように見えちゃうのは、ちょっとね……」
おっとぉ、ここでマジトーンコナン君。急にどした。話聞こか?
……なんてさすがにジョーダンですよ。ジョークジョーク。キラキラジョーク。
「ハァ、せっかくこっちが気ぃ使ってやってるってのに……そういうの反応に困るんだっつーの」
口調はぶっきらぼうになってるけど、ガチの優しさ成分がビンビン伝わってきて居た堪れなさ過ぎで辛い。
ありがとうコナン君。うんそうだね。誰も喜ばなさそうだしちゃんと控えるようにするね?
自己紹介が済めば後はおしゃべりの時間である。宿題? そんなの小学生にとってはみんなで集まるためだけの口実だゾ。
この場にいるのは仲良し四人組+α。必然的に話題の中心というか興味の標的? はおれになる。
最初男の子かと思った。髪の毛白っぽくてかっこいいね。肌白ーい。仮面ヤイバー見てる? オレのカードコレクション見せてやるよ。ミ○四駆は? バトルえ○ぴつ何が好き? 3年生なんですね。どんな勉強してるの。どっから来たんだ。ねりけしのにおい何が好き。クラ○シュギアは? あ、もしかしてダ○ガンレーサー? 好きなベ○ブレードは? 今度プロフィール帳書いてほしいな。野球派? サッカー派? どこファン? あ、サポーター? ゴメラの最新作見た? オレはビオラ○テが一番好きだな。歩美はモフラ! そこはスペースゴ○ラ一択ですよ! 肩がとんがってるのジャマそうでダサくねーか? 元太君……それ以上は戦争ですよ! うげ、じょ、じょーだんだよ冗談。
そうして色々と質問が出たり話題によっては大幅な脱線をしたりと、きゃっきゃわいわいな時間が続く中。
「好きな食べ物は?」
歩美ちゃんからそんな質問が飛んできた。
……。
お肉かなー!
「肉! オレも好きだぜ!」
「元太君は何でも好きじゃないですか」
「そもそも元太、おめー嫌いなものなんてあったか?」
「お? んー……、ねえな!」
「アっ君お肉好きなんだー」
特にモモがねぇ。脂は少ない方が好みかな。
あとね、意外と内臓も悪くないんだよ?
「うわぁ、大人だぁ……」
「内臓食えるから大人、って……」
「ぼ、ボクもサンマはわただって食べれますよ!」
「サンマかぁ。また博士んとこのBBQで食いてえなー」
色々話しているうちにコーヒーの最後のひとすすりを飲み終えてしまった。
ごちそうさま! お金ここに置いとくからね!
そう言って机に小銭をぱぱっと置いて席を立とうとすれば、
「えー! もう帰っちゃうのー!」
「けど確かに、ボクたちもそろそろ帰る準備をしないといけませんね」
「オレ宿題終わってねーぞー!?」
「元太はそもそも一問も解いてねーじゃねーか……」
楽しかった! また会ったら遊ぼうね! 宝探しがんばって!
「お? お、おう! またなクマ! ちゃんと肉食えよ!」
「お宝見つけたら見せてくださいね!」
「歩美も見たい! アっ君ぜったい見せてね! 約束だからね!」
「……あー、まぁ、とにかく気をつけてね? 電車で来たんだっけ。早くしないと暗くなっちゃうだろうから」
ありがとうありがとう!
君たちも気をつけて帰るんだよ!
あ、梓さんコーヒーごちそうさま!
おいしかったです!
テーブル席からばいばい手を振る少年探偵団らとコーヒーカップを下げに来た梓さんに手を振り小走りに退店。別に連絡先を交換したわけでもないのに「またねー!」となるのは子どもあるあるだと思う。なんかそのうちどっかで会えそうだしまぁ良いよね! のスタンス。
店の外に出たらキックボードを展開して最寄り駅までGO!
もちろんクソガキロケットにならないよう速度は自重して。
「アっ君帰っちゃったね」
「おもしろい人でしたね」
「あれでホントーに女かよ?」
「「元太君!」 失礼ですよ!」
「わ、わりい」
デビルと名乗った白っぽいベリーショートの女の子が帰った後の喫茶ポアロ。
席に残りつつ帰り支度を始めた少年探偵団の面々の話題は当然その女の子のことだった。
歩美はもうお別れとなってしまったことへの惜しさ。光彦は彼女の受け答えから感じた、年相応以上かつややふざけ気味の態度の奥に見え隠れする冷静さなどのギャップから生じた印象の良さ。元太はとりあえず男なのか女なのか未だに腑に落ちないことへのプチ混乱。そして歩美・光彦から入るつっこみ。
そんな騒がしさをよそにコナンだけは彼女が出て行った、そしてキックボードに乗って去った方角に視線を向けながら、冷めてもなお流石の美味しさを保ったままのコーヒーを一息に飲み干した。
「………」
「? コナン君、どうしたの?」
「え? あ、いや。なんでもないよ歩美ちゃん。そろそろオレたちも帰ろうか」
気になる男の子の静かな様子が目につき、つい尋ねるも、当の男の子は煮え切らない返事だった。普段と何も変わっていないはずなのに、どう見ても何かを誤魔化しているような態度。しかし乙女の観察眼は騙されない。
小学1年生。吉田歩美。恋に恋するお年頃。最近転校してきたばかりのクール眼鏡ボーイが
(コナン君! アっ君のこと気になるんだ……!)
……うーん、惜しい。
喫茶ポアロから出て流れ解散となった少年探偵団。
元気よく「じゃあなー!」と駆けていく元太ら三人組を見送ったコナンは、事務所兼住居へと続く薄暗い階段を上っていく。
自身の脳内メモリに溜まった情報を咀嚼し、そして整理するため、その歩みは思いのほかゆっくりとしたものになる。
そしてふと、とある、たった一つの要素だけが詰まりを起こし、脳裏にこびりついた。
あの時、彼女の目が。暗いはずの瞳が。
──好きな食べ物は?
(いや、目の錯覚………──本当に見間違いか?)
釈然としないまま階段を上り切り、玄関の中へ。
──お肉かなー!
にんまりとした笑顔とその一言だけが、やけに頭の中に残り続けた。