お詫びにチート全盛りしたけど、現代日本じゃ使い道がない。   作:チート全バフ

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『魔女』と罵られても困る。

「マッサージ終わりましたよ。はい、次の方ー!」

 

 超富裕層だけが入れる会員制のコミュニティと聞いて人は何を想像するだろう。

 人の生き死にを見世物にするデスゲーム、私有地で行われるマンハント、違法な奴隷売買、盗品等の非合法な商品を扱うオークション、と世界の富の80%をたった1%の富裕層が独占しているのだから、それくらいの違法行為が横行していると俺は内心で思っていたのだが、実際にその超富裕層のコミュニティに参加すると()()()()()()()()()ことに驚く。

 

 違法なことなんて何もしていない。というより、小さな島を会員だけのリゾート地に改築するという規模を除けば、そこら辺にあるような金持ちの社交クラブとやっていることそのまま。

 

 超富裕層の人が集まってすることは談笑して酒を飲む程度。

 世界的なIT企業の社長すら、俺の勧誘を成功させるために社会的に抹殺をするくらいなのだ、そのコミュニティとなればさぞ映画の世界のようなことが繰り広げていると思っていたら、実態はただの金持ちの老人会と知った時は梯子を外された気分になった。

 

「腰と肩、それに肝臓の方まで色々と問題ありますね。それじゃ施術を始めます」

 

 

 

 

 平均年齢が50代半ばのコミュニティとなれば、会員たちの最大の悩みは富よりも健康面だろう。

 どれだけの資産を有していようと健康を金で買うには限界がある。肉体の管理と維持に大枚を叩いて専門のセラピストを雇おうとも、加齢と共に筋肉は衰え、骨は弱り、内臓だって老化していく。それは人間という生物ならば誰しもが必ずぶつかる壁であり、大抵の人は諦観によって妥協を選ぶが、超富裕層といえる人たちは権力と金を有するがあまり諦めを知らなかった。

 

 時の権力者が回春を求めるように、超富裕層の人たちも健康という人類普遍の問題を金で解決する手段を求めた。

 

 神秘学などのオカルト的なアプローチから、遺伝子工学という科学的なアプローチまで、莫大な資産を投じた結果に日本に居るマッサージ少年という()()()()に辿り着く。そしてコミュニティの代表である役員たちとの話し合いの場で両親とともに出席した時、ふと疑問に思ったことを口にした。

 

『俺以外の本物のオカルト存在って他に居ましたか?それか、そういう超常的な存在や物品など』

 

 その言葉に代表団たちの爆笑や苦笑、そして苦虫を噛み潰したような表情をしてから一様に真面目な面持ちになる。

 

『私たちの知る本物のオカルトは『樹海の魔女』と目の前にいる君だけだね』

『聖遺物やオーパーツ、そういう神話や伝説に語られるような物品などは?』

 

 コミュニティの代表たちにも『オカルト肯定派』や『オカルト否定派』の勢力があったのだろう。にやにやとして笑みを止められない老人が、周りを揶揄するような言葉がいくつか飛び交ったあとにしばらくの沈黙の後に告げる。

 

『魔女の言うように……オカルトは存在しない。超富裕層の労力をこんな馬鹿げたことに何百年と費やして結論はコレとは笑ってしまうさ。回春や蘇りという幻想(ファンタジー)に私たちは15世紀からひたすらに縋り続けてきたのだ。調査にどれだけの人員と時間と資産を浪費し続けたか……挙句には、ここまでやって『本物』とされるオカルトは現代になってたった2人しか見つけられない』

 

 俺もオカルトを否定している立場であったが、全否定するほどではなかった。

 『樹海の魔女』としての発言も、あくまでも【私が見てきた範囲】と前置きしてから述べているし、現にこの俺だって本物の神様から『力』と『才能』を授かった立場であるのだから他のオカルト的な力を有する存在の可能性も信じてはいた。

 しかし、その可能性すら打ち砕くように15世紀から存在していた超富裕層のコミュニティがオカルトを探し求めて、やっと見つけた本物が『俺』しかいないのだ。

 

 魔女も本当は俺だし……つまるところ、本物のオカルトは世界にたった1人しかいないのか?

 

『ロンギヌスの槍もただの錆び付いた骨董品、仏舎利も見つけたはいいがただの骨、ほとんどの聖なる品々や神々が授けたものも全てはただの『モノ』だ。そこになんの超常の力も存在しない、人の手で作られて逸話を盛られたペテン……大方、宗教家が人心を掴むために用意したものだろうね』

 

 まるで諭すかのような老人の声音の裏には、期待の裏返しのような落胆と怒りが含まれていた。

 求めた結果は得られずとも、世界中の宗教家が欲しがるような『モノ』をこのコミュニティは発見し続けたのだ。聖遺物や伝説に語られるモノを手に入れた時の会員たちの高揚と、現実を見せつけられた絶望は理解できるような気がした。俺も転生をして、この世界は『偽物』のオカルトに塗れていることに大きな落胆を覚えたのだから。

 

『それにやっと見つけた『本物』のオカルトである存在の1人から、他のオカルトを否定されたとなったら『否定派』であった私は大笑いしたよ!まさか肯定する立場にいるはずの『魔女』の口から神秘学を全面的に否定されるとはね!『肯定派』の本物の存在を見つけて得意げな顔をした連中に泥を塗るどころかク――――っ、おっと、興奮して失礼した』

 

 オカルトの類が本当に嫌いそうなおじさんだなぁ……むしろ、この人も魔女によって自分の信念を補強された一人か。

 

 魔女の存在は世界に本物のオカルトが存在する証明となった反面、その『本物』がオカルトを否定したことで激しい論争が起きた。

 

 魔術のような神秘学を超常の存在が出鱈目と切って捨てたのだ、数千年と積み重なった歴史がただの嘘と言われて怒り狂うオカルティストも大勢居たが、最終的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言われて興奮した頭に冷や水をぶっ掛けられる事態となる。

 肉塊となった死者すら蘇らせた、骨と肉が露わになった傷口すら癒し、そしてトドメには後光が差して空を飛ぶ超常の存在である『樹海の魔女』。それを相手にすれば、どれだけ弁が立とうと言い包めるのは難しい。

 

 世界はもう小手先の奇跡では物足りなくなっていたのだ。せめて、空でも飛ぶくらいの超常を引き起こせなければ偽物と断じられる程に、本物のオカルトの存在がオカルトという世界に終止符を打ち込んだ。

 

 オカルト否定派ほどに『魔女』を支持し、オカルト肯定派ほどに『魔女』を嫌う逆転現象。

 むしろ本物が居るからこそ、その言葉の信ぴょう性が増して他のオカルトを攻撃して否定する材料になるのだ。俺としてはこの事態は別の『本物』を見つけるいい機会だと思っていたが、結局はその『本物』の姿の影も形もなくて、目に見えるような確かな超常はこの地球には俺以外に存在しないのかと少しだけ寂しかった。

 

『まぁ、その点については君という存在が居る時点で『肯定派』の連中もちょっとは安心したようだがね。魔女が語るように、知る範囲では私以外の本物のオカルトの存在を知らない、という言葉は真実となった訳だから』

 

 すいません……その魔女も、実は俺なんです……。

 

『君のマッサージのよる超常の力は理解している。年に4回、コミュニティで行われる会合の間だけ会員たちに施術をして欲しい。渡航費用も滞在費も、そしてこのコミュニティからの全面的な支援も保証しよう。見ての通り、ここは老人たちの集まりで、君のマッサージを欲している会員たちで溢れているしね』

 

 断る、という選択肢は最初からなかった。

 超富裕層のコミュニティの影響力を身を以て体験したので、ここで誘いを受けないということは出来ない。そして、飴と鞭の使い分けが上手いこの組織が俺を一方的に搾取するということはしないはずだ。基本理念である、ギブ&テイクという名の相互扶助、大富豪の身体の不調を治せば相応のお返しを受け取るという、このコミュニティの鉄則が俺自身の身を大きく守るだろう。

 

 

 

「施術は終わりましたね。はい、次の方ー」

 

 この四年間のマッサージ活動のおかげで俺の影響力はコミュニティ内で最も強いものとなった。

 マッサージで肉体の不調や病を治せるという『力』は、超富裕層が『金』や『権力』では絶対に買えない『健康』という最大の恩恵を授けるのだから、相互扶助が絶対ともいえる原則のコミュニティでは、金では代えられない『価値』を持つのは当然のことだろう。代わりが居ない存在となれば、その発言力は不動のものとなり最速最短で組織の上層部へと昇り詰めていく。

 

 知らぬうちに成り上がってるけど……こんな地位を貰っても使い道がねぇ!

 

 年に4回、会合は長くても10日間ほど、それだけの時間をひたすらマッサージを続けるだけで世界的な影響力のある組織の上位の地位を手に入れる。

 見事なサクセスストーリーであるとは思うが、こんな地位を手に入れても使い道がないのも事実。やりたいことは『力』と『才能』があれば何でも出来るし、日本のマッサージ少年という情報が世間に漏れないように口止めや言論統制するくらいにしか、このコミュニティの影響力を行使していない。

 

 いい食いもんが食えることが、超富裕層のコミュニティに所属する最大のメリットって……もうちょっと欲を持った方がいいな、俺。

 

 悪いことなんて地獄に堕ちるから出来ない上に、それ以外の行動なら自前の『力』と『才能』を使った方が遥かに楽しい。飯が美味くて飲み物が美味しい、世界的にもっとも影響力のあるコミュニティに所属して良かったと思えることは、美食を頼めば世界中からすぐさまに取り寄せてくれることだろうか。

 

「世界的なシェフの料理はマジでうめぇ……」

 

 『料理の才能』もあるが、わざわざ調理して片付けをする手間が面倒なのだ。

 やはり料理は外食として誰かに作らせて食べることが遥かに楽で効率がいい。ケータリングで配膳されている料理を摘みながら、次のマッサージを求める大富豪か、政治家か、そんな権力者を待っていると使用人が困った様子で現れる。

 

「……その、急用で凪様に会いたいという方たちが――――あっ、もうすぐ来るそうです」

 

 嫌な予感がした。

 このマッサージの順番を待っているのは超富裕層と言える世界的に影響力のある人物たち。それを差し置いて誰が入ってくるのかと、寿司を手掴みで食べていきながら部屋で待っていると、アポイントなしの電撃訪問が許されるような別の形の最高権力者たちが入ってくる。

 宗教家、それも世界的にも有名な面子が宗教を超えてズラリと並び、日本式のお辞儀をしてから供回りの人たちが用意した椅子に座る。

 

 あり得ない事態であった。ここは超富裕層のコミュニティの所有する島、それも年に4回の会合の最中であるので、これは完全に仕組まれた状況であることを悟る。

 

 『否定派』の役員たちは宗教勢力が嫌いだから、『肯定派』の信心深い方たちがこの場を用意したな……。

 

 神秘主義やオカルトを否定する役員たちならば、真っ先にこちらに連絡を飛ばすはず。そもそもマッサージ少年の情報はコミュティ内では外部に漏らすことは、そのまま社会的な抹殺に繋がるので話すわけがない。つまり、金銭的な損得勘定を超えた理由、たとえば『信仰心』のような損得や理屈を超えたものを持ち、ここに来るまで完全に情報封鎖を可能にする会員となれば『肯定派』の役員たちがしでかした出来事だろう。

 とりあえず、話だけは聞いておこうと寿司を口に運ぶ手を止めると――――

 

「君に『聖女』と呼ばれる『魔女』の暴走を止める手伝いをしてほしい」

 

――――開口一番に開かれる文句に興味を惹かれたが、結局は自分たちの信仰を守るのに『聖女』が邪魔であるだけと知り、『()()』の前で彼女を迂遠な言い回しで罵る宗教家たちの話を聞くことにした。


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