お詫びにチート全盛りしたけど、現代日本じゃ使い道がない。   作:チート全バフ

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『樹海の魔女』が世間を騒がしずぎる

「――――ッ!?はぁ……はぁ……夢だよな」

 

 悪夢に魘されていた俺は飛び起きるように目を覚ました。

 500年以上もの間地獄で責め苦を味わっていた記憶が、転生して新たな人生を歩んでも毎晩のように悪夢となり苦しめる。『健康長寿』によって肉体と精神を整える力を有していようとも、魂に刻まれたトラウマからは決して逃れられないのだ。

 

 今の人生の50倍もの時間を地獄で拷問され続けたんだ……そりゃ、簡単には忘れられるわけないか。

 

 醜悪な怪物としかいえないような獄卒たちに痛めつけられ続け、どんな思考してたらそこまで悪辣な拷問を思い付くんだよと、まさに地獄の悪鬼そのものの豊富な責め苦。肉体的にも精神的にも発狂するほどの所業を行われ、肉体が壊れたら次の瞬間には治癒し、正気を失ったらならば無理やりにでも正気へと戻す。

 その期間は535年の時間と言われても、体感では永劫と思える地獄を味わっていたのだ。

 

 正直、『才能』や『力』を与えられても割に合わない。

 廃人寸前まで500年以上も()()()で追い込まれ続け、そのお詫びとして『才能』や『力』を与えれるならばついでに記憶を消して欲しかった。とはいえ、あの横暴な神様の前でそんな下手なことを口にできる訳もなく、転生をして次の死後の保証もされても地獄への恐怖は刻み付けられるように残ってしまう。

 善行を積まねばならぬならば積み上げ続け、悪行を行うことに強い忌避感を持つ善人強制ロールプレイ状態の俺の人生は『才能』と『力』があっても相当に不便な状況だと思う。

 

「『樹海の魔女』のニュースか……これもいい加減に落ち着いてくれないかな。たった五分の出来事をここまで騒がれると……」

 

 スマホのSNSからは『樹海の魔女の美少女フィギュア化?!』と本人の与り知らぬところでグッズ展開をしているのは苦笑するしかない。

 実在の人物に肖像権はないのか、と思ったのだがソシャゲで偉人や武人、果ては聖女と呼ばれる人物までキャラクターとして消費される日本で今更かと思い出す。少なくとも現代日本の『樹海の魔女』の立ち位置が、現実ではなく幻想(ファンタジー)側の住人として扱われているといういい例かも知れない。

 

 

 コミケの事件での騒動はやっちまったなという思いと、ああするしか俺に選択肢はなかったという諦観があった。

 死後の裁きによる地獄行きの恐ろしさを身を以て体験した人間が、理不尽に命を奪われていく犠牲者を前にして助ける力を持ちながら助けないという()()をすることができるのか、と。病気や事故とは違う、人の悪意によって起こされた凶行を眼前で繰り広げられたら止めるのが善行ではないか。

 

 強迫的な善行を積むことへの観念に、あのパニックとなった群衆を全員助けるという選択肢を選ばされる。

 

「現場で目撃しちゃった以上は関わらざるを得なかったしなぁ……」

 

 その時の俺は待機列とは少し離れた場所のコンビニの店内に居た。

 映画の評論の同人誌欲しさにコミケまで訪れた訳であるが、『力』を使って会場内に侵入するのは悪行であるので憚られ適当に時間を潰しながら入場開始を待っていた。飲み物を買おうかと店内を物色していたら、周囲が慌ただしくなり人の叫び声がした辺りで店から飛び出れば惨劇の現場が目に入り事態を把握する。

 

 瞬間、ほぼ脊髄反射のような反応速度で犠牲者たちを助けるために俺は動き出していた。

 コンビニのトイレに駆け込み『変身』と『瞬間移動』、そしてパニックとなった群衆を落ち着かせるための『後光』を携えて『念力』によって見下ろす立ち位置から『畏敬』を与える光を数万人の人に浴びせたのだ。

 

 その時は超常の力が露見するリスクよりも、目の前の犠牲者たちを救う善行が俺には何よりも優先された。

 『千里眼』と『気功術の才能』によって待機列の犠牲者全員を正確に把握したあと、『癒しの手』と『万能武術』によって最速で最短の手際によって次々と傷を癒し死者を復活させていく。持てる『才能』と『力』を十全に発揮し、そして数百人の死傷者をたった五分で全員を治すという荒業を成立させた。

 

 頭の中は善行を積むことへの強迫観念と、犠牲者を見捨てた場合の悪行への恐怖で満たされていた。人の命を救ったことより、これで地獄堕ちは免れるという安堵のことしか考えられない程に。

 そんな束の間の安息も、超常の存在を前にして畏れを抱いている群衆に気付いて背筋が凍り付く思いになる。

 

 誰もかれもがスマホを掲げて現場を撮影していたのだ。『変身』によって性別も容姿も変えているとはいえ、本物のオカルト存在が世間に露呈したのだから焦りを感じるのは当然だろう。

 

「どっかの記者が『樹海の魔女』の都市伝説を引っ張ってこなければ、もっと穏便に済んだかも知れないのに余計なことしやがって……」

 

 謎が謎のままであったなら、いずれは話す話題もなくなり下火となっていただろう。だが、記者が『樹海の魔女』という形をマスメディアに提供してしまったせいで事態はややこしくなった。

 

 本物の神様の存在に対する言及、オカルトの否定、否定しながらも本人は死者の復活などの超常の力を有し、人外の美貌を持つ魔女などお茶の間にいらぬ話題と混乱を引き起こすには十分な材料である。

 コミケに現れた女性と『樹海の魔女』は同一人物。そう結び付けられたせいで『魔女教』ともいえる新興の宗教団体が本人の許可なく立ち上がって、『樹海の魔女』の言葉を深読みしたり余計な解釈を加えて教義を作り、自分たちが信仰を続ければ再び『樹海の魔女』はこの世界に降臨して信者たちを救うという謎の理論を持ち出し始めた。

 

 その結果、コミケの映像記録から『樹海の魔女』の力は本物であると確信して、病人や死者の復活を望む人が次々と入信して世界的にみれば小さいが、新興の宗教団体としては巨大な組織を創り上げてしまう。

 

「勝手に人の名義を借りて活動を始めるって面の皮が厚すぎるよな。いや、悪い組織ではないんだが……」

 

 幸いなことがあるとすれば、『魔女教』ともいえる新興宗教団体の活動は健全であることだろうか。

 『千里眼』で監視しても不正の場面は見当たらず、『樹海の魔女』の言葉通りに善行をコツコツと積み上げている。本物の神様の肖像画を大きく掲げ、人の名前を借りてやってることの割には健全で善良な信者たちの集まりなので、俺が最後に信者たちを救うという謎の理屈以外は無害な宗教団体だった。

 

「『樹海の魔女』って形を与えたせいで、色々と世間が騒がしくなったし……それもこっちまで波及するし」

 

 本物のオカルトが存在すると知った世間は、次なる()()を血眼になって探し始めた。幻想(ファンタジー)が現実となったならば、『樹海の魔女』のような奇跡を有する人間が確実に居るはずだと、魔女狩りのように自称、超能力者や霊能力者は白日の下に晒されてその能力が本物かどうか片っ端から検証していく状況が作り上げられていた。

 超富裕層な方々のコミュニティの協力がなければ、マッサージ少年である俺まで世界に晒されていただろう。

 

 自称、霊能者や超能力者たちの詐欺師が偽物と断定されていく姿は痛快でもあったが、その標的としてマッサージ少年である俺が選ばれそうになった時は笑えなかった。

 

「色々と情報工作とかで借りを作っちゃったけど、まぁその辺は仕方ないか」

 

 超富裕層のコミュニティの影響力は凄まじかった。

 インターネットに存在するマッサージ少年に関する記事や情報の操作のみならず、SNSでの俺に対する言及まで自然にみえる手口で次々と封殺していく。『樹海の魔女』というちょうど良い(デコイ)を利用して、マッサージ少年の話題が少しでも現れたら『樹海の魔女』の話題へと巧妙にすり替えていく。

 まるで黒い烏を白いと言わせるように、インターネット上のマッサージ少年に対する印象はただのマッサージが上手いだけの子供という評価へと定着させ、病気を治すという話はただの馬鹿話として流されるような雰囲気へと数週間で作り上げてしまう。

 

「これってもし借りを返さなかったら、この情報操作能力でお前のことを社会的に潰すって脅しでもあるよな」

 

 借りを作らせて釘を刺す。

 ついでに傲慢なIT長者が不正な株式操作と脱税で監獄にぶち込まれた辺り、超富裕層のコミュニティはとても飴と鞭の使い分けが上手いのだろう。世界でもTOP100に入る資産のIT長者すら俺を勧誘するのに邪魔だと判断したら排除するところをみると、いかにもアメリカらしい利益至上主義の行動で感服する。

 

「仮入会でも良いから入ってくれって……これ断れる奴は居ないだろ」

 

 年に四回、手配されたプライベートジェットに保護者同伴で乗って会員たちの集まりでマッサージを施すだけと頼まれた。

 その話が事実であることは『力』を使って目を見ればすぐに分かった。提案としては悪くない、むしろそれだけマッサージ少年の能力を買って譲歩してる形なのだろうから、俺は借りがあるので仮入会という形でコミュニティに参加することにした。

 

「向こうからしたら12歳の子供。本格的に誘うにしてももう少し成長するまで待つって感じか」

 

 コミュニティの参加者の面子もある。12歳の子供が会員になるのは流石に説得が難しかったのだろう。

 マッサージによる実力の証明と適齢期になるまで正会員になるのは保留、そこら辺の落としどころとして迎え入れるつもりなのだろうが、どっちみち選択肢はほぼないので会員には大人しくなっておこう。

 

 それよりも大事なことは別にあった。

 

「『樹海の魔女』の件はどう始末するかなぁ……」

 

 いっそ『樹海の魔女』の名が一人歩きするくらいならば偶像化も考えながら、俺は悪夢の嫌悪感が消えたので再び眠りに落ちることにする。

 


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