お詫びにチート全盛りしたけど、現代日本じゃ使い道がない。   作:チート全バフ

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マッサージでも始めてみる

 数学の天才が原始時代に生まれたとして、その持っている才能を生かすのにどれだけの労力が必要だろうか。

 

 数字の発明、定理の発見、そして基礎理論を文字通りにゼロから構築しなければならない。

 机上の理論を現実世界に影響を与えるように応用を考えて体系として形作るという難題。学問の開拓者といえば聞こえは良いが、実際にその先駆者となる立場になればこれほどまでに面倒なものはない。

 

 つまり、俺が言いたいことは――――『魔術の才能』も原始時代に生まれた数学の天才と同じではないか。

 

 

 

「自称、魔術師の魔導書なんてラノベの設定書だろコレ……本物の魔術の基礎にもなりやしない」

 

 図書館で中世のトンデモ本と言うべき魔導書を読み漁った結果、俺は机の上で頭を抱える事態となっていた。

 世界でも有名な魔導書と言えるような本も、魔術の指南本も、本物の『魔術の才能』を持ってる俺からすれば出鱈目を並べたようなものにしか見えないのだ。こんなものの内容を、中世のワザップと馬鹿にするネット住人たちの気持ちも良く分かる。

 

 この世界に魔術なんてものは存在しない。

 本物の『魔術の才能』と『無限魔力』を持つ俺という人間以外は全員がインチキであると、ある種の悟りのような境地に達して少しだけ寂しい思いをした。もしかしたら、本物の魔術師も存在する可能性もあるのだが世界的に有名な魔導書たちが、死後の世界で神より授かった『魔術の才能』によって全否定された事実は覆すことはできない。

 

「魔術は自力で開拓していくしかないのか……先人たちも居ないゼロからの学問としての発展か……」

 

 絶対的な神という超越者の力がそう判断した以上、俺は地球のオカルトとは縁を切ることを決めた。

 才能を与えられたのだから魔術の基礎を発見することも容易だろう。それが数学者が数字の0を発明したように、あまりにも初歩の初歩の基礎である発見から始まり、この未開拓な魔術という学問を体系として成立させるには地道な作業をするしかないのだ。

 

 魔術は魔の『術』。つまり定められた法則があり、自然現象を解き明かして科学が発展したように、魔術も実験と検証を重ねて『術』という形に整えていくのだ。

 

 めんどくさいけど、才能を腐らせるのも勿体ないしな……。

 

「まずは魔術という論理体系を構築しよう」

 

 そもそも魔術の具体的な形がハッキリした訳ではない。

 地球の魔術がインチキであるから当てにならない以上、才能を磨いた結果に何が現れるのかは誰も分かりはしないのだ。

 

 まさに暗中模索、この世界の人間が誰も手を付けても踏み込んでもいない分野を開拓することはある種の高揚をもたらしていた。

 人類の誰もが知らない知識を手に入れ、そしてそれを力として身に着けるとなると気持ちは分かるだろうか。神が与えた『才能』はあくまでも素養を与えてくれただけで、『力』のように最初から手に入っているものではない。

 

 これを磨いてダイヤとするか、それとも炭の塊と捨て置くは己次第という事実、やりごたえは十分にある。

 

「才能は与えられたんだし、色々とやってみるのは面白そうだ」

 

 魔術とは別系統に『気功術の才能』というものも与えられている。

 未知の力と学問に対する好奇心が俺を刺激する。300の才能と力が見せてくれる知らない世界、その一つ一つを長い人生の中で味わってみたい。

 

 地獄に間違って堕としたことは今でも恨んでいるが、それでもその埋め合わせには神に感謝して次の人生の道標は定まった。

 

 

 

「はーい、ご予約の田辺さん、どうぞー!」

 

 あれから1年が経過して、俺は地元で有名な凄腕のマッサージ少年と名を馳せていた。

 

「おじいさん、身体の方が凄い凝ってますねぇ……特に気の流れも悪くて腰痛が酷いでしょう?」

 

 『万能武術』による肉体に対する深い理解がマッサージの天才へと昇華し、『気功術の才能』によってどんな身体の凝りも不具合も簡単に治せてしまう。

 そんな能力を地元の老人たちに無料で施術によって奉仕していたら有名になってしまった。

 

 初心を忘れた訳ではない。

 このマッサージも『気功術の才能』の鍛錬には欠かせない重要な要素なのだ。気の淀みを見切り、流れを正常にしてから鬼才とも言えるもみほぐしによって筋肉と骨を健康な形へと戻していく。

 そのおかげで俺の才能は磨きがかり、老人も肉体が健康になってお互いにウィンウインな関係を築けて万歳だ。

 

 俺は善行を積まなければ気が済まない性分だった。

 神から保障されているとはいえ地獄を経験すればどんな悪人でも行いを改めると思うほどに酷い目に遭っていたし、死んだ後にまた地獄行きなんてことが万が一にもないように積める善行はコツコツと積んでいく。

 

「お金は必要ありませんから、また具合が悪くなったら来てくださいね」

 

 『黄金律』があるから老人からお金を取る必要もない。ただひたすらに善行と『気功術の才能』を磨き続ける俺の姿は、老齢による肉体の不具合に苦しんでいた人たちからすれば聖人のように見えているのだろう。というか、気功術によって病気が治癒することが本当にあるので、雑誌に取り上げられたりしてちょっと不安になる。

 

 必要な範囲でやってるだけだから、変に注目を集めるのは嫌なんだけどなぁ……。

 

 下世話な週刊誌の記者が末期の患者を送り込んできた事件もあった。

 万能の治癒を施すマッサージ師の噂を聞きつけて、病人の身体が本当に健康になるのかコッソリと実験していたのだ。そんなことを知らない俺はいつものようにマッサージと気功で施術をして治して、それで事実確認を済ませた週刊誌が記事にしたのだ。

 

 病人の期待に応えられたのは良かったのだが、まるで実験動物のように病気を治せるか試す記者の倫理観を疑った。これで期待だけさせておいて病気が治らなかった場合の当事者の気持ちを考えたことがあるのか、と抗議の電話や記者との話し合いすらも記事にされてうんざりする。

 それに加えて、その記事によって集まってくる人間の質が少し変わってしまったのだ。

 

「はーい、ご予約の古仲さ……ん……」

「お願いです。私の病気を治してください!先生しかもう頼れなくて……ッ!」

 

 本来ならば終末期医療の段階に入る人たちがたまにやってくるのだ。

 気の衰えからして余命数年もない中年の女性。やつれた表情、それでも瞳には雑誌の記事を真に受けるほどに藁にも縋ろうとする切望を宿してこちらを見てくる。

 

 ここで治さないという選択肢は当然俺には存在しない。

 

「それじゃあ、施術をしますね」

 

 末期患者をこうやって治癒するから噂はどんどんと信ぴょう性を増して広がっていく。

 それ自体は悪い事ではないのだが、こうやって治し続けていくといずれは個人のキャパシティの限界が見えてくる上に、良からぬ企みを抱いた人間も集まってくる。

 

 勝手に整理券の()()()()とか、代理予約とかで必要もないのに席を埋めていく転売屋、弟子を名乗る怪しげなマッサージ師、こいつらを1日でも良いから地獄に堕として悔い改めさせてやりてぇ……。

 

 人の看板を利用して騙したり搾取したりする行為は本当にやめてほしい。

 マッサージの利用客に警察関係者の人が居たので協力してくれるのだが、それでもこういった詐欺のような真似が平然と横行する状況に閉口する。いつの間にか地元の人のためのマッサージが、最近ではもうそういった人たちが予約すら取れない事態になっている。

 

「はい。終わりましたよ。不具合があれば、またご利用ください」

 

 やつれた表情から生気を取り戻した表情へと変わる女性。

 衰えた気を整えて、気を送り込んで生命力を取り戻せばこんなものだろう。病気も治癒しているし、身体の不具合が消えたことに泣いて感謝されることは嬉しいのだが、次の予約をしている人を呼ぶ前に少しだけ休憩をする。

 

 好意で借りている市のコミュニティセンタービルの4階。その一角に用意された休憩スペースで椅子に座りスマホを眺め。

 

「ネットでも話題になってきたし、これからどうすっかなぁ……」

 

 玩具のワニが床を水面にするかのように覗き心配そうにこちらを見つめる目にそう小さく呟くのだった。


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